大切な人
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翌日、早速キースはアリアを誘いに来た。
だが、いくら兄に言われたからといって、どうして朝から来るのか。
「ねえ、キース。私の気のせいじゃなければ、まだ朝で、私はこれから朝食なのだけれど?」
「ああ、そうだな。俺のことは気にするな」
気にするなと言いつつ、向かいで食べるのをじっと見ていられると落ち着かない。家で食べてこなかったのだろうか。
「お腹空いてるなら、キースの分も用意してもらいましょうか?」
「ああ、いや、それならそれをくれ」
そう言って指を指したのは、アリアが持っている食べかけのパンだった。
「いやいや、これは食べかけだから……」
「それでいい」
どんな嫌がらせだ。
よりにもよって好きな人に、自分の食べかけを食べさせるのは、とアリアは躊躇った。
それなのにキースは全く気にする素振りを見せず、立ち上がってアリアの手を掴むと、パンをそのまま口に入れた。
「ちょっ……キース!」
もぐもぐと咀嚼して、キースは頷いた。
「うまいな」
「……そういう問題じゃないと思うんだけど……」
アリアの心臓はバクバクだ。顔も火照って赤くなっているだろう。朝からこんなに刺激の強いことはやめてほしい。
「なんだか食欲がなくなったわ。ごちそうさま」
完全に空気になっていた給仕の者にそう言って、アリアは立ち上がった。
「なんだ、もういいのか?」
「……ええ」
誰のせいだと思っているのか。涼しい顔のキースが憎らしくて、思わず睨んだ。だが、キースはそんなアリアに何処吹く風といった感じだ。
「それならもう行くか。しばらく街を回って向こうで昼食にしようぜ。ロイにオススメの店を教えてもらったんだ」
「へえ、お兄様がね」
「ああ、誘いたい女性がいるんだと。で、俺たちに偵察してきてくれだとさ」
「お兄様もいい加減一人に決めたらいいのに……」
子爵家の跡継ぎで、見た目も悪くない兄はそれなりに人気がある。縁談の申込みも多いが、恋愛よりも政略に重きを置いているせいか、特定の相手が決まらない。より得がある方がいいと切って捨ててしまうのだ。
アリアとしては、兄のいいところをわかってくれる女性がいいと思うのだが。
「まあロイにも考えがあるんだろ。俺たちがどうこう言える問題じゃないしな」
「そうね。というか思ったんだけど、お兄様も誘ったらいいんじゃない?お兄様自身が店の雰囲気を知ることができるんだし」
今までも三人で出かけることはあった。だから今度もキースは頷くと思ったのだが。
「……いや。二人がいい」
キースは真剣な表情でアリアを見ていた。思いがけない言葉にアリアの頭は一瞬真っ白になった。
その後ひょっとしたらという期待と、特に意味はないだろうという諦めが交互にアリアの心を駆け巡る。
聞くのが怖かったが、アリアは恐る恐る聞いた。
「ねえ、キース。どうして……?」
キースは聞かれると思ってなかったのか、目を瞬かせてから気まずそうに視線を逸らした。
「……昨日、言っただろ。ずっと一緒にいられるかわからないって。俺は馬鹿だから言われるまで気がつかなかったんだ。で、戦場にいた時のことを思い出した。人はいずれ死ぬ。それが早いか遅いかはわからない。でも俺は騎士である限り、早い可能性が高いだろうなって。それなら今この時を大切にしたいと思ったんだ。あ、だからといってロイが大切じゃないという意味じゃないぞ」
少し照れ臭そうに話すキースにアリアは嬉しくなった。恋愛での好きではないかもしれないが、キースの中でアリアは大切な存在なのだと思ってくれているのだ。
「……うん。わかってる。ありがとう、キース」
「なんで礼を言うんだ?」
「キースは気にしなくていいの」
「ふうん……変な奴」
「なんとでも言って」
アリアは嬉しすぎて顔がずっと緩みっぱなしだった。そんなアリアをキースは不思議そうに見ながら、二人は馬車で街へ出かけた。
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