男にしかわからない話
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キースの所属する第三騎士団は、慰労のために一週間の休暇をもらった。それほど長くなかったが、じっとしているのが苦手なキースには耐えられなかったようだ。
そのため、毎日兄やアリアに会うためにマクファーレン家に来ていた。
◇
休暇も半分を過ぎた今日も、兄のロイに会うために来ていたキースに呼ばれて、三人でお茶をしていたら、ふとキースがアリアに聞いた。
「なあ、アリア。お前はこっちに帰ってきてから社交に参加してるのか?」
ドキッとする一言だった。
キースがここに来る度に会うということは、それだけアリアが屋敷にいるということだ。気付かれないと思っていたのがおかしいが、そこには触れないで欲しかった。
引きつり笑いで誤魔化そうとしたアリアに、兄が嫌な笑いを浮かべてバラした。
「ああ。こいつね、お茶会でいじめられて、泣きながら帰って来たんだよ」
「泣いてない!」
泣きそうにはなったが。そこは大きな違いだ。胸を張って否定したアリアを、可哀想な人を見るような目でキースは見る。
「お前……そんなことで大丈夫なのか?俺と結婚したら準男爵夫人になるんだぞ」
うっと言葉に詰まったアリアを横目に、兄がキースと会話を続ける。
「大丈夫じゃないだろうな。だから茶会にも参加するように言ったのにな……まあそれよりも、結局、叙爵は決まったのか?」
「……ああ」
「意外だな。お前のことだからもっと嫌がるかと思ってたぞ」
「俺だって断れるものなら断りたかったよ!」
キースは声を荒げて悔しそうな顔をした。
戦で人を殺したことに色々思うところがあるキースが、表向きでも戦功を称える叙爵をすんなりと受け入れるとは思えない。それでも王の決定に否とは言えるはずがない。
そんなキースの葛藤がわかる気がして、アリアは目を伏せた。
しばらく気まずい沈黙が続いた。だが、そんな空気を変えるように兄が唐突に声を上げた。
「アリアもキースもそうやって屋敷にこもっているから思考が後ろ向きになるんだよ。今日はいい天気だし、気分転換に出かけたらどうだ?」
「は? なんだ、突然」
キースは目を白黒させている。アリアはこの兄が突然変なことを言い出すことには慣れているので、また始まったのかと呆れた。
「いや、ずっと思ってたんだよ。アリアときたらこちらに戻ってからも引きこもってばかりだし、キースはキースでうちに来るぐらいしか予定がない。キースは折角の休暇だろ。婚約者を楽しませなくてどうする!」
「いや、婚約者といってもアリアだし」
「ちょっとキース。それはどういう意味かしら?」
「ずっと一緒だったんだから今更だろ」
キースの言葉にアリアはカチンときた。
「あのね、キース。これからも一緒にいられるかなんてわからないのよ。例えば、貴方に好きな人ができてこの婚約がなくなるかもしれないし、その反対もあるかもしれないじゃない。婚約する時にキースが言ったのよ?」
キースははっと息を飲んだ。それから少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「……もしかして、アリア。好きな男でもできたのか?」
「どうしてそうなるのよ。私は貴方がって言ったんだけど」
「俺はないぞ」
「だから、そういうこともあるかもしれないってことよ。ずっと変わらないものなんてないんだし」
これまでだっていろんなことが変わってきた。変わらないのはアリアの恋心だけだ。
でもその気持ちは、アリアがキースに釣り合うようになるまでは告げるつもりはない。
キースの顔を見ていられず、アリアは視線を逸らした。キースはアリアを凝視しているようで、視線が痛い。そこでまた兄が呆れたように話に加わってきた。
「本当にお前らは……なんでわざわざことを難しくするかなあ。もっと単純に考えればいいだろうに」
アリアは兄が何を言いたいのかわからず、首を傾げた。
「お兄様、意味がわからないのだけど……」
「まあ、わからないだろうな。でも自分で考えろ。俺はもう知らん。とっとと街にでも行ってこい。いじいじうじうじ鬱陶しい」
しっしっと兄は手を振って部屋から出て行ってしまった。仕方ないとキースを見てもぼうっとしていて、兄がいなくなったことにすら気づいていないようだ。
「キース?」
近づいて目の前で手を振ると、キースはようやく気づいたようだった。数回瞬きをして、アリアと視線が合った。
「あ、ああ。どうしたアリア」
「どうしたじゃなくて、これからどうする?お兄様、どこかに行っちゃったし」
兄が去った後を指差して、困ったようにアリアは言った。元々キースは兄に会いに来ていたはずだ。
「そうだな……今日は俺も帰るよ。また改めて誘うから、一緒に街に行こうぜ。その時までに行きたいところを考えておいてくれよ」
「それはいいけど、大丈夫?なんかぼうっとしてたみたいだけど」
「……ああ、俺は馬鹿だなと思ってな」
「? さっぱりわからないんだけど」
「いいんだ。これは俺の問題だから。気にするな」
苦笑してキースはアリアの頭を撫でる。三歳しか違わないのに子供扱いをされているようで、アリアは面白くない。
「ちょっと、キース。私はもう子供じゃないわ」
「そんなのはわかってるよ。変わらないと思ってたのは俺だけだったんだな」
キースは目を細めてアリアを見る。その目が優しいものだったので、アリアは恥ずかしくていたたまれなくなった。
そうしてキースは何かが吹っ切れたような明るい表情で帰っていった。
結局アリアには、兄とキースが言いたかったことがさっぱりわからなかったのだった。
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