キースの変化
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戦は兄の言う通り様子見だったようで、二ヶ月弱で決着はついた。
そもそもウルムとは国力が違う。
ウルムは土地が痩せていて、作物を育てることに適していない。そのためこれまでは周囲の国からの援助に頼っていたが、今の王に変わってから援助に頼るよりも、搾取しようという方針になった。
そして周囲の国に喧嘩を売るようになってしまったが、食べ物に事欠いている状態で、戦をしようとする方が間違っている。
兵士とて人間だ。食べ物がなければ動けるはずがない。
今回もそういう理由が勝敗を決めたのだろう。
何はともあれ、今回は王都に悲報が届くことがなくてよかったと、アリアは安心した。そしてキースが王都に帰って来るのを指折り数えながら待った。
◇
死者も、大怪我をした者もなく勝利した第三騎士団を、王都の住民たちは沿道で迎えた。アリアももちろんその中にいる。いち早くキースの無事を確かめるためだ。
「お帰りなさい!」
「お疲れ様」
「無事でよかった」
様々な声が飛び交う中、アリアはその集団の中にキースの姿を見つけた。
兜を外しているキースには、多少の切り傷が顔にあったものの、特に大きな傷はない。よかったと胸を撫で下ろしたが、よく見るとキースの様子がおかしいことに気がついた。
キースの隣にいるルーカスは勝利のためか、無事に帰れたからかはわからないが、嬉しそうに笑顔を浮かべているのに、キースは無表情だ。滅多に見ないキースの表情に、アリアは心配になり、後で会いに行こうと決めたのだった。
◇
結局キースに会えたのは、翌日だった。帰還してすぐキースに会った兄から、翌日会いにくると聞いたのだ。
そして約二ヶ月ぶりに会うキースは、以前と様子が違っていた。いつも明るい表情だったのに、今は憂いを帯びた表情をしている。そんなキースをどこか遠くに感じて、声をかけるのをためらってしまった。
アリアの戸惑いに気づいたのか、キースが先に口を開いた。
「アリア、どうしたんだ?」
「それは私が聞きたいわ。私は貴方が無事に帰って来て嬉しいけど、どうして貴方は嬉しそうじゃないの?」
「……そりゃそうだろ。俺は戦に行ったんだ。人を殺したんだよ。それで喜べる方がどうかしてる」
キースは自嘲気味に笑った。アリアは自分がどれだけ無神経なことを言ったかわかって、恥ずかしくなった。
キースは傷ついているのだろう。これまでずっと訓練ばかりで実戦を行なったことがなかったキースには、実戦がどんな意味を持つのかわかっていなかったのかもしれない。
実際に誰かを殺したことのないアリアにはキースの今の気持ちはわからない。それでも、傷ついている彼の心に寄り添いたかった。
「……私はね、キース。貴方みたいにそうやって人の命の重さを知っている人はすごいと思う。戦だから仕方なかったって言う方が簡単かもしれないのに貴方はそうじゃないもの。だからね、苦しくても貴方が自分と向き合っていくつもりなら、私は貴方の力になりたい。貴方の辛さをわかりたいと思う。だから、何でも話して欲しいの」
「……聞いても楽しくないぞ」
「別にいいの。ただ貴方が話したければだけど」
キースはしばらく無言でアリアを見つめていたが、覚悟を決めたのか、静かに話し始めた。
「……最初は国を守るためだって、誇らしかったんだ。俺は伯爵家の人間とはいっても三男で貴族としての義務なんて果たしてなかったから」
キースがそんな風に考えているとは思わなかった。彼はいつも明るくて、そんなことは考えても仕方ないと笑い飛ばす人だったから。
でも、アリアがこれまで見ていたのは彼の表面だったのかもしれない。今、ようやく本当の彼に触れているのだと、アリアは続きを黙って聞いていた。
「でも戦場で出会ったのは、俺とそう歳が変わらないのに、酷く痩せて目がギラギラした奴らばかりだった。あいつらは国のためというよりも、自分たちのために戦っているように見えた。よっぽど生きるために必死だったんだろうと思う。
俺はそれで自分がいかに中途半端だったか思い知らされた。そんな思いで戦ってたからか二度、命の危険にさらされたんだ」
「そんな!どこか怪我したの⁉︎」
命が危なかったと聞いて、アリアは慌ててキースにすがりついた。手、腕、頭と触れて、異常がないのを確かめていると、キースは苦笑した。
「危なかったと言っても怪我をする前に切り抜けたんだ。一度目はルーカスのおかげで無事だった。だけど、二度目は自分で切り抜けるしかなかった。それで振りかぶって斬りつけようとした敵に、俺は剣で胸を貫いた。あの肉をえぐる感触は今も忘れられない。
そして血を吐いて倒れた奴は言ったんだ。死にたくない、あいつが待ってるって。皆同じなんだ。帰りを待ってる人がいるのは。俺はそんなことにも気づかなかったんだ……」
「そう……」
その時のことを思い出しているのか、キースは苦悶の表情を浮かべ、視線はどこか遠くを見ていた。
アリアはどう返せばいいのかわからなかった。気休めならいくらでも言えるかもしれない。でも、キースはそんなことを望んでいない気がしたのだ。それに真摯に自分の罪を悔いている彼に、それは失礼な気がした。
しばらく無言が続いて、キースがふとアリアを見た。アリアもキースと同じように考え込んでいたのに気づいたのだろう。アリアの強く寄せられた眉間を人差し指で押さえて小さく笑った。
「なんでお前がそんな顔してるんだよ。これは俺の問題だ」
「違うわ。私が聞きたいって言ったんだもの……なのに、私には貴方の辛さを完全に理解することなんてできない。そんな私が何を言っても心に響く訳がないわ。本当に……ごめんなさい」
自分の無力さにアリアは項垂れた。だが、キースは首を振った。
「いや、そんなことはない。お前は一所懸命考えてくれたんだろ?そうじゃなければそんなに辛そうな顔はしないはずだ。俺は下手な慰めを言われるよりもそっちの方が嬉しい。ありがとうな、アリア」
「お礼なんて……」
「ああ、そのことだけじゃないんだ。二度目に襲われた時、正直まだ人を傷つけることに躊躇いがあった。だけど、その時お前の顔が浮かんだんだ。それで俺は待ってくれている人がいるんだと思って、生き延びられた。だから、ありがとう」
「キース……」
そう言って笑った彼は、アリアの好きな笑顔の彼だった。こんな自分でも少しは彼の役に立てたのだろうか。そう思うと嬉しくて視界が潤んで涙が溢れた。
そんなアリアに困ったように、キースは優しく涙を拭ってくれた。
ありがとうございました。




