キースの噂
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それから戦況は遠く離れた王都にいるアリアにまで聞こえてきた。国同士の全面戦争ではないので、あちらの兵力はそれほど多くはなく、じわじわとこちらが押しているようだ。その中には、キースやルーカスの話もあり、彼らが無事にあちらで活躍していることがわかってアリアは安心した。
だけど日に日にキースに会いたいという思いは募る。
彼の無事な姿が、笑顔が、全てが恋しい。
そう思う反面、エミリアの顔がちらついて、不安になる。そんなことを考えながら日々は過ぎていった。
◇
「おい、アリア。また招待状が来てるぞ」
「知らない」
「そんなこと言っても駄目だ。ちゃんと見ろ」
落ち込んでいる時にそんなもの見たくない。深くため息をつくと、仕方なく兄から招待状を受け取った。
招待状の主はまたまたメーベルト伯爵家。よくもまあ飽きずに誘うものだとアリアはある意味で感心する。
だからといって参加する気は全くないが。
「はい、お兄様。ちゃんと見たからお返しするわ」
「そんなの俺だっていらないよ」
「あら?エミリア様は美人でスタイルもいいのよ?お兄様だったら喜ぶと思っていたわ」
「いやー、美人でもあの方はちょっとな……」
そう言って兄は苦笑する。まるで知り合いのような言い方を不思議に思って兄に聞いた。
「お兄様、エミリア様と知り合いなの?」
「……知り合いというか、まあキース繋がりでちょっとな……」
遠い目をする兄はどこか達観しているように見える。エミリアとの間によっぽどのことがあったのかもしれない。
「でも知ってたのならお茶会に行く前に教えて欲しかったわ。おかげでとんでもない目に遭ったんだから」
「甘えるなよ。それくらい自分で切り抜けられなくてどうする。お前は曲がりなりにも子爵令嬢だ。こんなこと、これからだって何度もあるぞ」
兄の言葉はもっともだ。おかげで耳が痛い。だが、よりにもよって王都に帰って初めてのお茶会があんなになるとはアリアだって想像できなかった。少しくらい文句を言ってもバチは当たらないと思う。
それにしても、これからもあんなお茶会が続くのかと思うと胃が痛くなる。エミリアがキースを好きな限りは。
「……ねえ、お兄様。キースはいつ帰って来るの?」
「それは正直わからない。戦況は常に変わるからな。ただ今回もウルムは様子見で仕掛けてるみたいだから、そんなに長引かないとは思うんだが……」
そこでふと思い出したように、兄が話を変えた。
「そういえばキースに叙爵の話があるのは知ってるか?」
「えっ、知らないわ」
全く予想もしていなかったのでアリアは驚いた。
「建前としては戦での功績ということだが、実際は政治上の駆け引きって奴だ。あいつの実家のカルヴァレスト伯爵家といえば、伯爵家の中でも力が強い。で、伯爵領だけでなく子爵領や男爵領も持っているのは知ってるか?」
「ええ。それはキースに聞いたことがあるから」
この国では領地に爵位が与えられる。なのでキースの実家はカルヴァレスト伯爵であり、ビュッセル子爵でもあり、イステル男爵でもある。実際にはその領地を引き継いだ人物がそう呼ばれるのだが。
「それなら話が早い。王は伯爵に、これまでの功績としてさらに領地を与えようとしたんだ。言葉は悪いが、褒美を与えることで裏切りを防ぎたいんだろう。もちろんカルヴァレスト卿はそんな人ではないが。ただ今回みたいに隣国からの襲撃にあった時に身内で争ってたら命取りになりかねないから、王はこれまでの功績に相応しい人物全てに、褒美を考えているようだな。
だが、伯爵がさらに力をつけるのを他の貴族が面白く思わなかった。パワーバランスが崩れるからな。そこで目をつけたのがキースだ。伯爵家の人間ではあるものの、三男ということで伯爵家に権力が集中せずに済む。
それにキースの兄たちは現在持っている伯爵領、子爵領、男爵領を引き継ぐ。だからキースには領地がなかった。ちょうどよかったんだろうな。
ただキースの場合は、貴族たちが納得するように、兄と違って一代限りの準男爵という形にはなりそうだがな」
一代限りでも叙爵は叙爵だ。キースにとってはいいことのはずだ。
「お兄様、それならキースはもう戦に行かなくてもすむの?」
「それはどうだろうな。もし準男爵になったとしても、誰かに領地経営を任せて騎士を続けるという手もある。キースの性格からしてそっちの方が可能性は高いだろうな」
「そうね……」
キースが領主として、領地を治めるところは想像できない。そもそもそういう教育を受けてないはずだ。
それにキースは元よりそういった権力を求めていない。自分の手に余るものは必要ないと、切り捨てることも厭わない人だ。
でも叙爵したらキースはこれまでの彼から変わってしまうのだろうか。
「お兄様、私って勝手よね。戦に行って欲しくはない癖に、キースが権力を持って変わってしまうのが怖いなんて。でもキースが叙爵するのなら、私はますます彼に釣り合わないわ。お茶会ですらあの醜態だもの。キースはエミリア様と結婚する方が幸せなのかもしれないわね……」
そう言いながらもアリアの胸は痛む。一緒にいたくても今のアリアではキースの足手まといにしかなれない。
幼い頃は大好きな彼のために頑張ることは苦にならなかった。それは相手の気持ちを考えていなかったからだ。成長すればするほど、置かれている立場が変わって、相手の気持ちや利になることを優先させてしまう。
今のアリアには色々なことが複雑に絡まり過ぎて、どうするのがいいのかわからなくなりそうだった。
純粋に彼を慕っていた頃が懐かしい。そう思うくらいにはアリアも大人になってしまったのだと、寂しく思うのだった。
ありがとうございました。




