20 厄災は周囲に広がり
馬車内でミリアリア様に命令されて数字のカウントを取っているアルムです。
そろそろ四千を突破しました。一時間以上数字を読み上げています。
その間もミリアリア様と会話していますが、カウントを間違えない様に必死です。
馬車内で分かった事がある。ミリアリア様は二分くらい沈黙して、約一分くらい会話する。会話の最後は必ず毒を吐く。どうしてだろうか?
目的地に着くと劇場の支配人らしき人物がミリアリア様を出迎えていた。
「ようこそ劇場へ。王族専用の個室へご案内します」
「支配人、よろしくお願いします。アルム様、行きましょう」
「四千二百八、はい、四千二百九、四千二百十……」
ミリアリア様をエスコートと数字をカウントしながら支配人の後について行く。
「……ドックライム公爵子息はどうして数字を読み上げているのですか?」
支配人の疑問にミリアリア様が答えた。
「時間内に城に戻らないといけないのです。お母様達に内緒で来たので」
「……そうですか。ドックライム公爵子息は時計をお持ちではないのですか?」
「時計よりもアルム様の声で時間の経過を把握したいのです」
王妃様に内緒で来たの! 城はミリアリア様不在で混乱中なのでは? オレが王妃様や側近の人達に怒られないか? ヤバい!
「何を考えているのですか? エスコート中くらい婚約者の事も考えられないのですか? これだから能無しと言われるのですよ。エスコート中くらい私の事だけを考えなさい。能無しでもその位は出来るでしょう、時計代わりの能無しさん」
「申し訳ありません、ミリアリア様」
……支配人さんがミリアリア様のセリフにドン引きしている。そうだよね、王国の姫が、神に祝福された姫が毒吐いているからね。
ミリアリア様は沈黙し始めた。その間、オレも支配人も沈黙した。
個室に着いたのは数字が約二百十秒後だった。
「ありがとうございます。さぁアルム様、席に座りましょう」
「四千四百三十七、はい、ミリアリア様、四千四百三十九」
「もう数字のカウントは良いですよ。始まるまでゆっくりお話ししましょう」
やっと数字カウントから解放された! 喉が渇いた! 飲み物ないかな?
王族専用個室の専属使用人から飲み物を貰って喉を潤した。
「アルム様は劇場に来たのは初めてでしたか?」
「はい、初めてです」
「アルム様が初めて経験する事をご一緒出来て嬉しいです。私も婚約者と劇場に来たのは初めてなのでとても嬉しく思います」
……今まで連れてこなかった事の忠告と、今後は連れて行けと催促しているのだな。
「次もご一緒に行きましょう。しかし今度は王妃様達の許可を得て下さい」
「……本当に連れて行ってくれますか? アルム様」
「はい、私で良ければ」
「では今度もご一緒しましょうね。次は学院帰りで制服デートしましょう!」
ミリアリア様は嬉しそうに、満面の微笑を浮かべて催促する。そして、
「ファム達も一緒に劇を観て、皆でお茶を飲みましょうね。そうだわ! テオドール様も一緒に誘いましょう。アルム様は皆の前で芸をするの! 笑わせないと罰として犬の真似をしてもらいますわ!」
「……それは勘弁してください」
ミリアリア様の提案にドン引きだよ。さすがにみんなの前で犬の真似は無理です。
専属使用人さんもドン引きしているよ。……だからそんな目でオレを見ないでください。
「そろそろ始まりますね。犬のアルム様に劇の素晴らしさが分かるか疑問ですが、犬の様にお座りし続けて観てくださいね。それから劇中は犬の様な振る舞いは禁止ですよ」
「……はい、気をつけます」
……度重なる毒舌にマジで心が折れそうです。
……だから専属使用人さん、オレをそんな目で見ないで下さい。
劇の幕が上がる。オレの手の甲にミリアリア様が手が乗せられた……。
これは何の合図か? 真面目に観ないと手を抓るとか? それとも逃げ出さない様に?
もしかして犬の様に振る舞わない様に確認する為の接触か! 手が動いたら体も動くから観ていないと判断されて、手を叩かれて躾けられるのか!
ミリアリア様に躾けられない様に手を動かさない! 体も動かさない! 視線は舞台に!
感想言われてもすぐに答える事が出来るように一挙一動を目に焼き付ける様に舞台に集中しよう!
……ミリアリア様と一緒に観る劇は胃に穴が開きそうです。
※
現在、緊急事態です!
ミリアリア様の筆頭側近である私、エリス・マクガイアはミリアリア様の側近全員を集合させています。
「ミリアリア様が行方不明です! 急ぎ捜索を! 最悪の事態を考慮して騎士団にもミリアリア様の捜索を求めます!」
私達の主であるミリアリア様が行方不明となりました。
ほんの少し目を離した隙にミリアリア様が居なくなり、城内を捜しましたがミリアリア様は何処にもいませんでした。
戦時中なので敵国に攫われた可能性もあります。
事を公にしたくありませんが、王妃様にも連絡をしなければなりません。
ミリアリア様に万が一の事があれば私達は、良くて辞職、最悪の場合は死刑でしょう。
自身の心配よりもミリアリア様の安全を確認しなければ!
……やはり人手が足りません。
ミリアリア様の学友であるファムとコレートは今日は休みで登城していません。
王妃様に連絡して騎士達にも捜索をお願いしましょう。……って王妃様は外出中でした!
……私達の失態に王妃様は失望するでしょう。しかし罰は甘んじて受けいれます。それだけ大きな失態なのですから。
「エリス、アルムエルグ様を捜しているのですが、知りませんか?」
友人のディーアが尋ねてきました。……今はそれどころではないのに!
「やっと怪我から復帰して、久しぶりに登城したのに。何を焦っているのですか?」
「ミリアリア様が城内に居ないの! 何処を捜しても居なくて!」
「……それは緊急事態ですね。王妃様に連絡は?」
「王妃様は外出中で戻り次第連絡するしかありません。一刻も早くミリアリア様を見つけないと……」
ディーアが少し考え込みました。
「ミリアリア様は城内に居ない。アルムエルグ様も発見できていない。……二人で出かけられたとか?」
「……ま、まさか。ミリアリア様はアルムエルグ様に一人で接触を禁止されているのですよ。……でも、まさか、……しかし」
ミリアリア様が偶然アルムエルグ様と会ったとしたら? そしたらミリアリア様はどうする? ……答えはアルムエルグ様とイチャイチャする!
そしてミリアリア様はどう行動する? アルムエルグ様と一緒に劇を観る稽古をしていたので、二人は劇場に行った?
「ディーア! 私と一緒に来て! ミリアリア様の馬車が有るか確認するわ!」
私はディーアと一緒に馬車置き場に走り出しました! ……ミリアリア様の馬車がありません。担当者に聞くと「ドックライム公爵令息と一緒に劇場に出かけられました」と答えが返ってきた。
あのポンコツ姫! アルムエルグ様に毒吐くから一人で行動するなと言っていたのに!
「しかしミリアリア姫様は噂通りドックライム公爵令息を嫌っているのですね。やはりお二人は近い内に婚約解消されるという噂も事実ですな」
「担当者さん。そんな噂を信じない様に。そして二人の仲を言いふらす事をすれば、侍女全員が貴方の敵になるでしょう」
馬車担当者を脅します。これ以上ミリアリア様とアルムエルグ様の不仲説を広げない様に。
担当者は私の脅しが効いたのか、腰を抜かして頷きました。これで大丈夫でしょう。
「……エリス。凄いですね」
「ディーア、感心しないで私と一緒に馬で劇場まで行きますよ!」
私は馬に乗れないのでディーアが扱う馬に二人乗りで劇場に向かいます。
ディーアが馬を用意している間に、側近達に伝えました。
「ミリアリア様はアルムエルグ様と一緒に劇場に向かった可能性が有るので捕まえに行きます」
「エリスは先に劇場へ! 私達も急ぎ向かいます!」
「お願いします。あと王妃様にも連絡を!」
全員が団結しており、私はディーアの操る馬に乗って劇場へ向かいました。
「ディーア、急いでください!」
「これ以上は無理です! 重いので馬に負担がかかります」
「私は重くありません!」
「体重二人分なので、馬にとっては重くて負担になっています!」
私は重くありません! それよりもお馬さん、急いでください!
ミリアリア様の毒舌の影響で心に大ダメージを受けたアルムエルグ様に婚約破棄したら、私達側近は職場をクビになります!
「姫様の側近は大変ですね」
「ディーア、貴方も他人事でないのですよ! 御二人が不仲になったら貴方にも責任を取らせますからね!」
「私もですか? 関係ないでしょう?」
「関係あります! ディーアがアルムエルグ様の側に居たらこんな事にはならなかったのですから!」
「ちょ、ちょっと待ってください。私はルックナー砦から久しぶりに王都に戻って登城して、アルムエルグ様にも会えなかったのですよ!」
「関係ありません! 一蓮托生です! 道連れです! 絶対に逃がしません!」
絶対に逃がしませんから!
劇場へ着きました。
もう公演されている様ですね。
支配人にミリアリア様が来ているか聞いてみます。
「はい、ドックライム公爵令息と一緒にお越しです」
私達の読みが当たりました! 死が近づくとカンが冴えるのですね……。
「しかしミリアリア姫様とドックライム公爵令息は仲がよろしいのでしょうか?」
「……どうしてそのような事をお聞きになるのでしょうか?」
「ミリアリア姫様はドックライム公爵令息に数字を読み上げて時計の様に扱っていたので」
……何をしているのですか、あのポンコツ姫は!
「ミリアリア姫様は声を聞けて満足していると仰っていましたが、さすがに四千秒以上カウントさせるのは……」
四千秒以上読み上げさせるって。アルムエルグ様は一時間以上も数字をカウントさせられたのですか? 新しい苛めですか? それとも嫌がらせ?
「噂通りミリアリア姫様とドックライム公爵令息は仲が悪いのでしょうか? やはり欠陥魔法使い……」
「支配人! この事は絶対に口外しない事。もし口外したら……」
「しません! 絶対に口外しません!」
「よろしくお願いしますね。それからアルムエルグ様の事を貶す事も禁じますよ」
「二度と口にしません! 周囲の者達にも厳命します!」
「よろしい。ではミリアリア姫の所に案内してください」
「はい! こちらへどうぞ!」
支配人の後を歩き、王族専用の個室に着きました。
静かに部屋に入るとミリアリア様とアルムエルグ様が仲良く劇を観ています。私達の入室に二人は気付いていません。
アルムエルグ様の手を握ってうっとりして劇を観ているミリアリア様と、背筋を伸ばして観ているアルムエルグ様には必死さが伝わりました。
王族専用個室の使用人に二人の会話内容を聞く為に、使用人と一緒に退室します。
「個室でミリアリア様とアルムエルグ様はどのような会話をしていましたか?」
「ミリアリア姫様はドックライム公爵令息と一緒に劇場に来た事を喜んでいました。
……ミリアリア様は祝福を封じる魔法を使って会話したのですね。一人で会話できる様になった事に驚きと嬉しさを感じました。今までの苦労が報われた想いです。
「他の者達と一緒に劇場を観てお茶を飲み、ミリアリア姫様がドックライム公爵令息に犬の真似をして……」
「その会話は忘れなさい。お二人は仲良く会話をしていのです。もしも変な噂が流れたら、劇場が物理的に潰れるかもしれませんよ」
「はい! 私は何も知りません! 退室していたので会話は聞いていません!」
「劇場では静かに。まだ劇中ですからね」
「申し訳ございません」
「それからお二人の接待はミリアリア様の側近である私が担当します。護衛は騎士ディーアが」
「はい、よろしくお願いします」
「それから支配人。もうすぐミリアリア様の側近達が劇場に来たら、王族専用個室に案内して頂戴」
「了解しました」
ディーアと一緒に入室します。……お二人は劇に夢中で私達に気付いていない様ですね。
劇はまだ途中の中盤で、終演まであと一時間弱。
二人は私の存在に気付かずにずっと劇を観ていました。
私はその間、ミリアリア様にどのような罰が相応しいか思考します。側近全員を失業させる恐怖に相応しい罰を考えます。
ミリアリア様、覚悟してくださいね!
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




