しあわせの木の下で
コテンはいつものように窓から街を歩く人を見ていました。
街行く人の表情は十人十色である。
幸せそうな家族、くたびれたサラリーマン、
楽しそうに話しながら歩く学生たち…
街を歩く人のようにはなれないと思い、ため息をついた。
コテンは18才の孤児で、
今年学校を卒業しこの孤児院を出て
仕事を探さなければなりません。
自分は何のために生まれたのか、
しあわせとは何なのか、
考えても考えても何も分かりませんでした。
日は落ち、また昇る。
ある日コテンはすべてが嫌になって、
孤児院を飛び出して旅に出かけました。
長い長い道のりを、
どこまでもどこまでも歩いていきます。
歩いていると遠くの方から美しいギターの音が聞こえて
きたので、前をよく見ると金髪のきれいなコテンと同じ年ぐらいの青年が
大きな木の下で一人ギターを弾いていました。
コテンは思わず近くまでいき足を止めて
ギターの音色を聴き続けます。
「ギターを聴いてくれてありがとう。鳥の声が聴こえるかい?
風の音や鳥の声と一緒になってギターを弾いていると自然と一つになれる気分になれるんだ。
僕はロマン。君の名前は?」
「…コテン。」
コテンは少し恥ずかしそうに答えました。
「コテンか。よろしく。」
それからもう少しギターを弾いて
空に夕焼けが出てきたので、ロマンはギターをしまいだして帰る準備を始めました。
「君は帰らないのかい?」
「僕は行き先もないし帰るところもない。」
コテンはそう言うと少しうつむいた。
「なら、僕の家においでよ。ごちそうしてあげるよ。」
ロマンは明るくそう言うとコテンを連れて家に向かって歩き出し、
行く宛てがないコテンは黙ってついていきました。
着くとそこは大きな庭があり家は立派な豪邸でした。
玄関に入るとロマンのお父さんとお母さんが出迎えてくれ、
大きな暖炉がある広い部屋のテーブルに皆で座り、
楽しくおしゃべりをしました。
「私はロマンの父のバロックだ。バロックおじさんと呼んでくれ。
ロマンが友達を連れて来るなんて珍しい。今日はパーティーだ。」
ロマンのお父さんがそう言うと奥からロマンのお母さんが出てきて
豪華な料理が運ばれてきました。
「さぁ、遠慮なく食べてね。」
「ありがとうございます。」
ロマンは得意げに今日あった出来事を話し、
コテンは自分が孤児院から出てきた事をみんなに話しました。
家族は変な目でコテンを見ることなく、
とても親切にコテンの事を気遣ってくれたため何だか安心して
次第にリラックスしておしゃべりを続けます。
食時の後ロマンはギターを弾きだし、
お母さんがピアノを弾いて、バロックおじさんが歌を歌いだしました。
そしてバロックおじさんにすすめられてコテンも歌いだしました。
コテンはひどく音痴でしたが、
楽しくなっていつまでもいつまでも歌い続けました。
あくる日もあくる日もコテンはこの家にお世話になり、
ロマンと兄弟のように毎日野原に行って鳥の声をきいたり、
バロックおじさんの舟を借りて池を渡り向こう岸まで行ったり、
ロマンの部屋の中で夜遅くまで色々なことを話しあいました。
「ロマン、君のおかげで僕は今毎日がとても楽しいんだ。ありがとう。」
コテンが少し恥ずかしそうにそう言うと、
「コテン、君のおかげで僕は今毎日がとても楽しいんだ。僕の方こそありがとう。」
とロマンがコテンの口調を真似して言った。
二人は笑いあった。
寒い冬が終わり、暖かい春の季節へ。
春を告げる鳥といわれているヒバリが空を自由に飛んでいきます。
野原一面が春色に変わり、
ロマンがいつもギターを弾いていた木の下までくると
その木は桜の木で、満開の桜の花がコテンとロマンを迎えてくれました。
周りにあった大きな桜の木は一斉に花開き、
風が吹くとピンク色の花びらがヒラヒラと散っていきます。
「きれいだろう。桜の花は散るけどまた来年になれば新しい花が咲く。
僕も桜の花びらのように美しく散っていきたい。
家族もいてコテンもいて僕はしあわせだ。
このひと時は一瞬で過ぎるけど、一生こころに残り続けるだろう。
だからこの一瞬は永遠だ。僕は永遠にしあわせ者だ。」
ロマンはとても満足そうにニッコリして言いました。
コテンはなんだかよく分かりませんでしたが、
ロマンの嬉しそうな顔を見て、自然と笑顔になりました。
鳥たちは楽しそうに歌い、空はどこまでも青く、
日の光はやさしく全てを包み込んでいます。
「パシャリ。」
その時ついてきていたバロックおじさんは写真を撮りました。
遠くでロマンのお母さんが微笑みながら、三人を見守っています。
コテンは今まで生きてきた中で一番幸せな時間を過ごしました。
それから何日かしてコテンは孤児院に戻る決心がついたため、
ロマンと来年の桜の時期にまた会う約束をして別れ、
元居た孤児院へ帰りました。
孤児院の人にひどく叱られましたが、とても心配したと泣かれ
申し訳ないことをしたと反省をしました。
仕事を探して働いていくと決心して。
コテンのこころにはロマンがいつでもいてくれるような気がして
少し強くなれたのです。
ある日、コテン宛に手紙が一通届きました。
見るとバロックおじさんからの手紙です。
「コテン君へ
元気に過ごしていますか。
突然の報告でショックを受けるかもしれないが、
ロマンは昨日亡くなった。
以前から病気の為、余命が僅かしかなかった。
黙っていてすまない。
私の家は金持ちで、ロマンは頭がよく、妻が外国の人で、
ここら辺の人にはない金髪を持って生まれた為、
他の子どもから仲間外れにされいつも一人ぼっちだった。
詩を愛し、音楽を愛し、自然を愛したやさしい子供だったが、
病気の為余命僅かと宣告された時は何にも興味が無くなって、
友達は誰も家を訪ねて来ず、我が息子ながら不憫に思った。
そこへコテン君が来てくれて友達になってくれたおかげで
ロマンは元気を取り戻したんだ。感謝する。本当にありがとう。
桜の木のそばにロマンの墓を建てる予定だからまた来てやって欲しい。
この前桜の木の下で撮った写真を送る。
最後にロマンからコテン君へのメッセージを下記に記す。 バロック
親愛なるコテンへ
鳥の声を聴いているか?
僕はヒバリとなって寒いこの世から暖かい天国へ飛び立つ。
悲しくはないよ、僕はとてもしあわせだった。
辛いことや、悲しいことがあったら、
いつでもあの木の下にくるといい。
鳥の声で君を慰めてあげるから。
最後に。
君に会えて本当によかった。
永遠のしあわせ者 ロマンより」
…それから何十年も経って、コテンは80歳になりました。
ロマンと過ごした桜の木の下に座り、
春風に吹かれ、柔らかい日の光に照らされ
自然と一つになったような気分になります。
桜の花びらがヒラヒラと美しく散っていきます。
目を閉じて、
鳥の声に耳を傾けます。
しあわせの木の下で…