私は小説を書きたかった。
小説家になりたい。
いつの頃からか、そういった野心が芽生えた。たとえ名を残せなかったとしても、己の信じる文学を表し、それを活字として、未来永劫残す。それがどれほど価値あることで、どれほど素晴らしいことか――そのことを思うと、夜も眠れないほどだった。
しかし、実際に小説を書くことはしなかった。出来なかった。いざ新人賞へ出さんが為に話を考えてみたところで、それが書くに値しない、陳腐極まる素材でしかないことが、書く前から痛いほどに解った。それだけではない。何よりも書くという行為が、どうしようもなく恥ずかしかった。自己を表現すること、芸術家がその素晴らしさをどれだけ説こうとも、結局、高名でないディレッタントの自己表現など、痛々しいナルシズムの表出に過ぎないのだという脅迫から逃れることが出来なかった。
そもそも、私は本当に己の芸術の為に小説家を志しているのだろうか。本当はただ名を売りたいだけなのじゃないか、その様な自己猜疑もまた、私を捉えて離さなかった。金や名声を求める野心――その様なものは、私の最も軽蔑するところだった。その軽蔑しているはずの俗望を文学に介在させていないと、私は自信を持って答えることが出来ない。その事実に直面した以上、もはや私は己の野心を否定せざる得なかった。
ところが、私はこの様なサイトに登録をして、こんな雑文を書きなぐっている。あるいは小説などと称して、その体裁すら整えられていない、くだらない物語を投稿している。つまり、私は諦めることが出来なかった。小説を書くという夢を、小説家になるという夢を、諦めることが出来なかった。
こんなところで芸術家など気取るつもりは、毛頭ない。かといって、俗望を抱くことに開き直った訳でもない。ただ私は小説を書くことのできる場所が欲しかった。たとえ新人賞など取れなくとも、芥川賞などとれなくとも、有名になどなれなくとも、私は小説を書きたかった。
なにせ世界はこんなにも美しいのだから。