誓約書
固有武器、それは男のロマン。
源は僕を引っ張ったままアパートを出て、下のキャンピングカーに入った。どうやらこの車、外付けの部屋になっているらしくなにやら使い古した乱雑な雰囲気がある。
「座って」
促されるまま僕は座布団の上に座った。なんとなく正座。真面目な感じだ。
源は後ろの箱を漁ると一枚の紙とペン、そしてナイフを出した。
「これが誓約書だよ」
「これは……何語?これ」
「ん……ああ、間違えた。ドイツ語だよ。僕たちの本部がドイツにあるからね……と、あったあった。こっちがそうだ」
源は新たに紙を出した。
「ああ、別に深く考える必要はないよ。要約すると三つだ。一、情報を漏洩しない。二、別の組織に行かない。三、上のふたつを破ると処刑。……まあ、当然だね」
「そうだね」
しかし、僕は思っていた。
処刑とは、誰がやるのか。
薫を処刑するとき、源にはそれができるのか。
舞を処刑するとき、僕にはーーー
僕はぶん、と頭を振って暗い考えを追いやった。そして一応内容を流し読んでペンで名前を書く。
「このナイフは?」
「拇印だよ。親指で頼む」
僕は躊躇せずナイフで指を軽く切り、血を絞って拇印を押した。たぶん、DNAか何かが関係するんだろうな。……しないか。何を言ってるんだ僕。
「さて、本題だ」
源が真面目な雰囲気で僕に向き直った。……っていうか本題じゃなかったの?処刑とかあったけど。
「はっきりさせておこうと思うんだよ」
「……というと?」
「いいかい?よく聞いておきなさい」
源は大きく息を吸い、立ち上がり、刀を僕に突き付けーーーええっ!?
予備動作も何もかもが見えないというのは、僕にとってはじめての経験だった。
「ちょ、源!?」
「薫は、僕のだからね」
刃紋まで詳細に見える刀をすい、と僕の首筋に当てる。……あれ?なんか、縮尺がおかしい?ってそんなの関係ない!
「わ、わわわ!別に盗ったりしないよ!僕は舞が好きなんだって気付いてるでしょ!?」
「ん……ああ、そうだね。すまない、取り乱したよ。君が薫と親しげにしていたからね、つい」
「つい」で脅されたらちょっと困る。というか嫉妬深いな!意外と束縛系なのか!?
さて、と源は刀を鞘に納めた。今度こそ本題なのだろうか。
「さて、君はさっきこれを読んだときから我らが『チームZ』に入ったわけだが」
「……チーム、Z?」
ださっ!
源も分かっているのか、やれやれといった口調で説明してきてくれた。
「そもそもZってのは識別記号なんだ。業績がいい順からA、B、C…と続く。それで僕たちはZだという」
「ビリじゃん!」
というかそんなにあるのか殺し屋グループ。なんでそんなことになってるんだ世界!
「いや、Zというのは別枠でね。Yが本当は最下位だよ」
「あれ、そうなの?じゃあZって……」
「Zはね、少し組織から外れているのさ」
源は目を少し伏せた。ため息を吐いて、どうにも疲れている演出。
「僕たちはね、組織のためでなく自分達のために動く個人主義者なのさ。もちろんそんなのはたくさん居るが、そんな中でも能力が高くて処分ーーー処刑できない者たち。それが僕たちだ」
悪かったね、と源は言った。
業績はよくても、崖っぷちではあるのだ。
常に目を光らせられていて、いつ殺されても不思議はない、反逆者予備軍、観察処分の場。
それが、Z。
「さて、話を戻そうかーーー君は僕たちチームZの一員になったわけだが」
「う、うん」
正直、さっきまでの話のスケールがあまりに大きすぎて狭い世界の話をされてもピンと来ない気がする。
「いつも名前を呼ぶわけにはいかない。つまり、偽の名前が必要なんだ」
「おお、殺し屋っぽい!」
「そうだろう?しかし、だからといって好きに決める訳じゃない。……というか、コードネームは君の名前ではないのさ」
源は刀を抜いた。そして、僕から少し離れる。そして僕に突き付けた。大きさは小太刀だ。僕と源は今2.5mほど離れているため当たりはしない。
「いいかい?これでは君に攻撃が当たらないね。しかしこうすると……っ!」
源は僕を切りつける。それは明らかに当たらない攻撃のはずなのに、僕の髪を切り裂いた。
僕は唖然とする。どう頑張っても届きはしない。そんなに頑張っていた感じすらしないのだ。それに、なんだこの切れ味は。
「……と、これが僕の武器、『無神論者』。特徴は柄に刃をしまう機構よって刃が伸びたように見えること、それに伝説の鉱物、ダマスカス鉱を使用した刃だ」
「ダマスカ……?」
「ダマスカス鉱。まあ、伝説の武器なんかに使われてるやつだね。うちの組織では製法が確立されてるから使えるのさ。そして、僕のコードネームは『無神論者』……これと一緒だね。
つまり、君が今からやるのはこれさ」
源が僕に紙を出した。さっきのとは違う、何も書いていない白紙だ。大きさは少し大きめ。少し厚いし、画用紙にも見える。
「要。君の初任務は、君の武器を考えることだ。次の任務までに考えておくこと。……さあ、部屋に戻って舞に相談でもするといいよ」
思っていた以上の難題に僕は頭を抱えた。