自己紹介
「さ、これに乗るといい」
指差されたのは車だった。黒塗りでなんか高そうだ。っていうかヤクザっぽいなあ。
「……これに乗ったら中で消されたりとか」
『ないない』
ハモった。
なんだろう、なんかムカつく。
「殺し屋って言ってもそんなに野蛮じゃないよ?」
「僕に話しかけられた瞬間に殺しに来たくせに……」
僕は根に持つタイプである。
舞は苦笑いしつつ黙った。八重歯がちらりと見えてかわいい。
「顔、顔」
「あ、あはは」
和服の人に指摘されて僕は慌てて顔を鎮める。照れ笑いするのは仕方の無いことだと思う。
車に乗り込んだ。着物の人が運転、伊織が助手席、僕と舞が後部座席に座る形だ。
「さて、アジトに着くまで暇だし、自己紹介でもしようか」
「おお……アジト!なんか夢に溢れた響きだね!」
「……話の主軸は自己紹介なんだけどね」
こほん、と咳払いして、着物の人がまず自己紹介をした。
「僕は源。一応チームのリーダーをしてる。歳は23。よろしくね」
源に続き、年長者だからか伊織が口を開いた。
「……伊織だ。専門は潜入と暗殺。歳は19。よろしくする気はねえが、まあ……がんばれや」
「あれでも実力は認めてるんだよ。素直じゃないよねえ」
「うるさいぞ舞!次はお前だ!」
「あー、怖い怖い」
舞はわざわざこっちに体を向けた。シートに正座する姿は年齢以上に幼く見えて、やっぱり可愛い。
「舞だよ。専門は事故の偽装と広域殲滅。……あ、あとあんまりやらないけど陽動?歳は13。同じくらいの歳っぽいし、よろしく」
「……よろしく」
「舞にだけ返事するのはどうなんだい?君」
肩をすくめて首を振る源。お願いだからハンドルもって、前見て。あと突っ込まないで。
そして僕に視線が集中した。どうやら次は僕の番らしい。
「……須藤要です。歳は13。専門っていうか……向かい合っての戦闘が得意、かな?」
「あ、やっぱ同い年だった!」
無邪気にはしゃぐ舞とは対照的に、源は渋い顔をしていた。ちなみに伊織は既に寝ている。ほほう、僕の自己紹介にそんなに興味がないと?
「どうしたの?源」
「ん……いや、なんでもないよ。少し気になることがあってね……あ、もう着くよ」
そう言われ、見た先にあるのは。
普通のアパートだった。
「……えー」
「おや、残念そうだね」
「いやー、だって……」
本当にただのアパートだ。古くも、ボロくも、カッコよくもない。特徴を上げるなら……そう、5つものキャンピングカー、3つの黒塗りの車が停められていることだ。
とてもアジトという雰囲気ではない。
ちなみに、部屋は4つ。僕を抜きにしても既に一部屋足りていない。地下でもあるんだろうか。
「まあ、残念ながらロマンを重視していないからね。車が多いから目立つし、外装くらいは地味じゃないと」
「あー……まあ、そう聞いたら分かるけどさ」
「ちなみに、家も兼用だよ」
「それもなんとなく分かってた」
「源は薫と、伊織は聖と同じ部屋なんだよ」
私だけ一人部屋なんだ、と舞は笑った。どうやら一部屋は空けているのか、共用スペースのようだ。
……ん?
「あ、要は今日から舞と同じ部屋に住んでもらうから。舞もいいね?」
「はーい」
「ちょ、ええ!?」
やっぱそうなるの!?でもいいの!?
「源!僕健康な13歳なんだけど!」
「知ってるけど?」
「間違いとかあったらどうするの!?」
「え、起こせば?」
なんと、間違いが起こるのを悪いことと思っていない。日常的に人殺してるとこんなことになるのか。
……って、え?
「舞、まさか……」
「生娘だよ。安心しなさい」
「心を読むな!」
あと舞と会話させて。僕さっきから源としか喋ってないんだけど。
ていうか生娘って。
古いよ、表現が。
「そら、一番左の部屋だ。入りなさい」
どうやらその部屋は集会所のようなものらしかった。
思ったよりも広い部屋に、ホワイトボード、机、椅子、棚と大量の箱だけが置いてある殺風景な部屋だ。必要最低限、なのだろう。
その中の椅子二つに、彼らは座っていた。
一人は、白かった。
歳はたぶん高校生くらい。しかし、何もかもが白い。肌も、服も、髪も。
服は、ナポレオンコートのような形だがとにかく白い。素材的に元は軍服だと思われる。
髪も肌も脱色したかのように白く、顔にかけた派手なサングラスだけがーーー黒い。対照的だからか、ぽっかりと穴が開いたようにさえ見える。
もう一人は、女だ。
後ろで三つ編みにした髪は黒く艶やかで、それでいてどこか荒々しい。おそらく武器に使うのだろう。
切れ長な目がこちらを見た。ぞくりと背中が冷えた。
「源。誰よこの子」
「新メンバーだよ。須藤要くんというらしい」
「ふうん……ん?須藤……?」
女性も源と同じく、僕の自己紹介を聞いてーーー僕の名字を聞いて、考え込んだ。
何かあるのかと思ったが、彼女は「まあよくある名前ね」と納得して、僕に向き直った。
「あたしは薫。基本的に司令っていうか……まあ参謀?みたいなことをしているわ。源とは幼馴染よ。よろしくね」
ウインクまで飛ばすサービス精神。しかし、それはいまいち僕に向けたものではない気がする。
ちらりと後ろを見た。源の視線が少し熱を帯びている。そういえば源と一緒に暮らしてる人は薫というんだったか。
……ほほう?
僕は気付いてしまったけれど、なにも知らないふりをすることに決めた。またからかわれたときにでも使おう。
薫が隣の少年(といっても僕より年上だけど)に目を向けた。それを受けて彼は喋り出す。
「……聖といいます。歳は16歳です。……ちょっと、サングラスは外したくないかな」
目でも見えないのかな?
少し疑問に思ったけれど、まあ突っ込まない。何にせよ気軽に聞いちゃいけないことだろう。
というか敬語が気になった。少し壁を作っているのかもしれない。こうなると全く敬語を使わない僕もどうかと思わなくもない。
「さて、全員自己紹介は済んだね」
「え、ちょっと。あたしたちはその子のこと名前しか知らないんだけど」
「それは任務のときにってことで」
「いや、あたし作戦さんぼ……」
聖が薫の腕を掴んだ。言っても無駄だということだろう。源、意外に独裁者だ。
「よろしくね」
フォローの意味も込めて、僕は二人に手を出した。
「……よろしく」
「……うっ、ちょっと可愛いじゃない」
二人はそれぞれ僕の手を握ってくれた。
握手と言うのは結構好きだ。なんだか、仲間になれたような気がする。
僕が握手の感触に浸っていると、パーカーのフードが引かれた。源だ。
「要はこっちだ。他のみんなは部屋にでも戻っといて。彼には誓約書を書いてもらおう」
誓約書?
なにやら不穏なワードに僕は警戒する。が、そんなことは構わず源はさっさと行こうとするので必然的にフードを掴まれている僕も行くことになった。
「じゃ、じゃあまた後でね」
それを言うのが僕の精一杯だった。