真面目な話です。
私が親友に相談をしてから二日後のことです。学園祭の話をいよいよクラスで持ち出すようになりました。
私の学校は短期集中型と言いますか、二週間の強化週間を設ける代わりにそれまではほとんど学園祭の時間を取りません。ただし二週間前になると午後の時間帯がすべて学園祭に向けた時間に割り当てられるのです。
つまり二週間後に学園祭というところまで迫っていました。
学園祭の出し物の内容がダンスや歌であるのならばまだいいのです。しかしそれらは二年生や一年生の出し物で、三年生の出し物は一時間ほどの演劇と決まっていました。
私のクラスには演劇部の新部長であるコウスケ君がいるので、コウスケ君を軸に学園祭の準備が始まることになりました。そこまではいいのです。
題目はロミオとジュリエットを下敷きにした物語で、主演であるロミオ役にはコウスケ君が選ばれました。そこまではいいのです。
ですがどういう因果なのでしょう。ジュリエット役に私が抜擢されたのです。
これはもう大事件です。
もちろん最初にそう頼まれた時は断ろうとしたんですよ?
でもコウスケ君たっての希望ということもありました。
それに、コウスケ君は言ってくれたんです。
「例え役であったとしても、恋人であるのならナナがいい」と!言ってくれたんですようコウスケ君が!
もうその瞬間舞い上がっちゃって一瞬のためらいもなくジュリエットの役を引き受けました。
これを書いているときに改めて思いましたけど、やっぱり私はコウスケ君のことが好きだったんですよね。コウスケ君にこんなことを言われてしまって舞い上がってしまっていたのに、どうしてあの時の私は、コウスケ君のことが好きかどうかなんてことで悩んでいたのか、すごい不思議な気持ちになります。
すみません、話しが変わっちゃいました。演劇の話です。
正直に言います。めちゃくちゃ後悔しました。だってですよ?この私が全校生徒や保護者が大勢いる前でまかりなりにもヒロイン役をやるんですよ!?絶対途中で頭の中真っ白になって固まってしまうことなんか目に見えているじゃないですか!?そりゃあもう泣きたくなってしまいましたよ。
そしてやっぱりコウスケ君の誘いを断ろうかなんて考えて。
そしたらまた私の頭の中で「コウスケ君の誘いを断る」→「コウスケ君の願いなんてそんなもの」→「私はコウスケ君のことをどうとも思っていないのかもしれない」なんて考えるというスパイラルに陥って。
本当に何やっているんでしょうね、私って。
それでも、私はコウスケ君の彼女ですから、コウスケ君に恥をかかせるわけにもいきません。覚悟を決めましたよ。ちゃんとその日のうちに決めましたとも。
劇の台本も、コウスケ君が考えてくれました。一応先生が最初に台本を作ってきてくれたんですが、コウスケ君がセリフの多さや覚えやすさ表現のしやすさなんかを加味して、ほぼすべてに修正を入れたんです。最初の台本にはさすがヒロインというだけあってものすごくセリフがあったんです。でもコウスケ君の修正が入ったおかげで、量も減りましたしセリフが自然に頭の中に浮かんでくるような台本だったんです。ほかにも体の動かし方や魅せ方も他のキャストの人と一緒にコウスケ君に教わりました。
二週間という期限が思いのほかいい働きをしてくれて、一生懸命稽古をしないとグダグダになることが目に見えてたせいか、みんな集中して稽古に取り組みました。
私もちょうど時間があれば変なことを考えていてしまった時期でしたから、他のことで頭がいっぱいになる方がいくらか楽で、夜が間近に迫ってくるまで稽古に明け暮れました。
ちなみにサキちゃんは絵がうまいので背景や小道具の担当。マナちゃんは手芸部なので衣装担当。ユイちゃんは小道具とエキストラ役で舞台に立つことが決まっていました。
ここまではまだ事件で済みました。ただ、そこでも一つ事件があったんです。
学園祭まで残り二日となった日、もう演技もだいぶ仕上がってきた頃です。みんなそれぞれの仕事に精を出しているときでした。キャスト陣からバットエンドだと学園祭の出し物っぽくないからオリジナル要素を入れてハッピーエンドっぽく見せたいという案が新たに出ていたんです。少し急な話でしたが、もうワンシーン増えても対応できるぐらいには演技の方は仕上がっていました。なので、試しとばかりにコウスケ君が台本の最後にほんの数行書き加えたんです。
オリジナルのロミオとジュリエットは、二人が息絶えてしまうところで終わりますが、オリジナル要素としてそのあと天国で再開し抱き合うシーンが追加されたのです。一応横にかっこ付でフリとは書いてあったのですが、抱き合った際にキスをするシーンで幕を下ろしてみてはどうかという案が提案されました。当の本人である私を置いてキャストの皆さんは盛大に盛り上がってくれましたよ?
「やっべーチョー盛り上がる」「感動する」
のような賛成意見が多かったです。民主主義で多数派の意見を尊重するのならその瞬間に決まってしまうほどです。唯一反対意見を出したのがエキストラ役で出演が決まっていたユイちゃんだけでした。ユイちゃんが一度声を大にして言ってくれたので、その場で決定とはならず、明日クラスの全員で多数決を取ろうという話になったんです。
さすがにそのシーンを追加しようと持ち掛けられたときは頭が真っ白になりました。
でもそのあとコウスケ君がフリというのを強調してくれたおかげで何とか意識が戻りました。もしもみんなが冷やかすだけなら互いが抱き合うだけにする。という話も上げてくれたので、本当にするつもりは今のところないんだって安心しました。嘘です。本当は胸がドカンドカン言ってました。二週間考えてなかった「コウスケ君のことをどう思っているのか」問題が再び浮上してきました。でも胸に手を当てて大きく深呼吸しながら、「フリだから大丈夫」と何度か唱えると落ち着きました。きっと二週間の間変なことを考えることがなかったおかげで、少しクールになれていたんだと思います。それに、その経験で少しはコウスケ君のことをどう思っているのかわかるんじゃないかとも思えていたんです。
その日の夜今度は私から相談を持ち掛けたわけではありませんでしたが、帰宅後ラインのサキちゃんとユイちゃんとマナちゃんのグループに呼ばれました。
きっとキスシーンが急遽追加ということになって心配してくれたんだと思います。ただ私の心も今回のことに関しては整理がついていたので「フリだから大丈夫だよ」と言って、今回は引いてもらいました。その次の日、すなわち学園祭一日前の日。朝の会でコウスケ君が決を採りました。三人は難しい顔をしていましたがコウスケ君の案は受けが良くて多数決で多くの票を獲得しました。
そして一度そういうシーンを入れて通しで劇をやってみたんです。
セリフ自体は二言三言増えただけです。ですからセリフ自体は難しくありませんでした。
ただ劇としてはフリとはいってもコウスケ君の唇がすごく近くに来ることには変わりなくて、それだけじゃなくて三十センチも離れていないところにコウスケ君の顔があるわけで、それを意識したとたん私の胸はもう壊れてしまうのではないかと思うほどに強く波打つんです。その一通りの演技を見たクラスメイトは「これで行こう」と強く賛同してくれましたが、私はきっと上の空でした。
三人は上の空になってしまった私のもとに近づいてきて心配してくれました。放心状態から立ち直るにはトイレに行って冷水を頭からかぶる必要もありました。でも一度そんな体験をした後は、少し落ち着いたんです。コウスケ君の顔が吐息を感じられるほどに近くなっても、すごく胸がドキドキするだけで耐えることができたんです。
サキちゃんたち三人はそれはもうすごくハラハラしながら私たちを見守ってくれていました。でもその日の終わりには、視界に入った三人に対して笑いかけるだけの余裕もできたんです。
これなら、明日の劇も大丈夫と思いました。
でも、その日の終わりに、コウスケ君に言われてしまったんです。
「俺、明日はまじめにしたいんだ。今までずっと、その、進展もなかったから、だから、演技も、キスも、真面目にするつもりだから!」