彼の言葉に、恋に落ちていたのかもしれません。
その時のことを克明に思い出せるわけじゃないんです。
思い出そうとしても視界を埋め尽くす暁の海しか思い出すことができません。
私の意識が戻ってきた時には、私は家の玄関の前に立っていました。
私はそのまま夢心地の気分を味わいながら自分の部屋のベットに身を投げ、いの一番にサキちゃんに告白されたことをラインで打ち明けました。するとすぐにサキちゃんと私とユイちゃんとマナちゃんのグループが作られ、「詳しく聞こうか」と三つの吹き出しが同時に出てきたのを見て、ようやく今自分がいるところが現実だって思うことができました。
その頃はまだ買い与えられたばかりのスマホに慣れていなかったので、私は両の手でスマホを持ってその時のことを打ち込んで打ち明けたんですけど、一文字一文字を打ち込んで行くたびに告白されたことが現実であると認識できて、文字を探して指を動かすたびに嬉しさがこみあげてきて、途中何度か顔から火が出そうになって枕に顔をうずめたことを今でも覚えているんです。
しかし恥ずかしがってばかりもいられません。何しろ一世一代の大事件です。当然告白されたのなんてその時が初めてでしたし、同じクラスでよく知っているコウスケ君が相手だからと言ってコウスケ君は今までそういう目で見たことがなかったものですから、どうすればいいのか本当にわからなくて友達に助けを請いました。
告白された時、実はどう分かれたのかは思い出せないのですけれど、返事はまたとうことになったということだけは覚えていたようで、そのことも三人に打ち明けました。
その時相談に乗ってくれた親友たちは、本当に頼りになりました。
夜遅くまで私の相談に乗ってくれて、胸が高鳴って眠れなくなることを心配して、よく眠れるように蜂蜜ティーのレシピや落ち着けるようにお風呂でのリラックスの仕方を教えてくれました。それをバカみたいに私も全部試して、結局寝たのは三時過ぎだったと思います。けれど、不思議とその日はすぐに眠れたんです。朝まで眠れなくて、すごい顔をしていくことになるんじゃないかって心配してましたけど、さすが親友たちはすごいです。
三人にたっぷりと相談に乗ってもらった次の日、私は再び校舎裏に呼び出されました。
正直最後の瞬間まで、ずっと悩み通していました。
コウスケ君はそれまでも偶に話すことはありましたが、それでも偶にです。正直そういう相手として意識したことはありませんでした。
コウスケ君がいい人ではないという意味ではないんですよ?コウスケ君は良い人です。コウスケ君は演劇部に入っていて運動部という雰囲気ではありませんが、物腰がとても柔らかくて話していて悪い気分には全然なりませんし、結構抽象的な顔つきも素敵だと思います。正直私には勿体ないほどです。
それに何より、私のことを好きと言ってくれました。
サキちゃんでもなくユイちゃんでもなくマナちゃんでもなく、私を好きと言ってくれました。
それを自覚しただけで飛び上がるほどに嬉しいのです。
ただ、三人からもとっても大切なアドバイスをもらいました。
好きと言われてうれしいのは当たり前。だから、嬉しかったからという感情だけで決めてはだめだと。昨夜のうちにそうアドバイスをもらいました。
まったくその通りです。
つきあうというのはお互いを好きになれることが絶対の条件だと思うので、ちゃんと彼のことが好きになれるか、その問いかけを自分に投げる必要がありました。
私のことをせっかく好きと言ってくれたのに、私が彼を好きにならないままつきあうというのは彼に対して誠実な態度ではありません。
自分のためにも、彼のためにもそこだけははっきりとしなくてはいけない部分でした。
だから告白された時のあの頭が溶けてしまうような甘い感覚も、好きと言ってくれた喜びもいったん忘れて向き合う必要がありました。
でも、結局校舎裏に呼び出され彼と向き合った瞬間も、私の心は揺れていました。
ちゃんと答えたいという気持ちはあったんです。
私のことを好きと言ってくれた初めての人ですから、私もそれなりの答えを返さなくてはと思ったんです。
だから、つきあってみて決めればいいとか、また返事を伸ばしてもらおうとかそんな逃げ道に行くことは嫌でした。
けれど私の背を押してくれるものが欲しかったことも事実です。だから、私は一度彼に問いかけました。
「どうして、私のことを好きになってくれたんですか?」
その言葉を言った時、すごく胸が苦しくなったんです。
きっと恐怖のようなものもあったんだと思います。
そういう心持になっていたからだと思いますが、その時彼が言ってくれた言葉に、私は救われた気分になりました。
「具体的にどこって言われると、ちょっと変態だって言われるかもしれないけど。……俺演劇部でさ、そこそこメイクに凝ってた時期があって、だから女の子が少しおめかししてることも結構わかるんだ。で、そういうメイクに手を出している子って意外とわかりやすくアピールする子が結構多かったんだけど、君って結構わかりずらくってさ。初めて君を見た時は特にメイクとかそういうのに興味のない子なんだなって思ったんだけど、髪とかゴムとか本当にわからないようなところでちょこちょこと変わっているのが面白くって。なんか毎日結構難しい間違い探しをしているみたいでさ。いつの間にか今日は君のどこが変わっているのかっていうのを探すようになった。それから君を見始めるようになったらさ、友達とかと話しているときとか本当に元気で可愛げがあって、感情豊かに笑うんだなって思って。そんな風に見てたら、いつの間にか好きになってたっていうか、……これ、答えであっているのかな?」
自信なさげに赤く染まった頬を掻きながらそう言葉を紡ぐ彼から、私は視線を逸らすことができませんでした。
きっと私の頬も、空を染める夕焼けと同じように焼かれていたと思います。張り裂けそうなほどの鼓動を感じていたと思います。
残念ですけど、その時のこともなかなか克明に思い出せません。思い出しきれません。私の小さな胸には入りきらないほどの感情がきっとその時溢れていたと思います。
だから、その時の感情を言葉にしようとするととても迷ってしまいます。
もしかしたら、好きと言ってくれたことにまた舞い上がってしまっていたのかもしれません。でも、それ以上の感情は確かにありました。
彼の言葉を聞いてその時悟ることすらできたほどです。
彼以上に私のことを見てくれる人はいないと。
彼以上に私を好きとわからせてくれる人はいないと。
私はきっと、彼のことを好きになれると。
これは今だからこそ言えることですが、私はその時から恋に落ちていたのかもしれません。
私は、コウスケ君と付き合うことになりました。