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政略結婚の逃れ方 〜カエル姫の婚礼〜

作者: 碧檎

『――じゃあ、僕はルルのために、楽しくて役に立つ魔法を込められるように頑張るよ。病人を元気にしたり、日照りの続く時には雨を降らしたり、逆に長雨の時には晴れの日を運んだりするような、そんな平和な魔法をね』


 最後に一度読み返すと、少女は古い手紙の束を暖炉に放り込む。ちりちりと音を立てて燃える紙を見つめながら、小さく呟いた。


「あの馬鹿。返事もくれないくせに、一体何が私のため?」




 ***



 ルルディアは怒りに震えていた。淡雪の肌はザクロのように赤らみ、深い森を思わせる緑の瞳は今は炎の色を宿し、自慢のあかがね色の巻き毛が逆立つような勢いだった。


「お父さま。婚約ってどういうこと」


「陛下と呼びなさいと何度言えばいいんだい」


 フサフサの金色の口ひげを撫でながら、ルルディアの父であり、ラディウス王国国王、ヘルムート三世はたしなめた。


「とにかくもう決まったことだ。お前も王家に生まれた娘ならば、こうなることは覚悟はしていたはずだ」


「冗談じゃないわ。あの国は取るに足らない、お前をやるにはもったいないって――昔からそうおっしゃってたじゃない」


 ルルディアの三人の姉が、ラディウスと陸の境界を争う北と西の国、それから南端の海の境界を争う島国に嫁いだため、ラディウスを脅かす存在は消え、ルルディアの嫁ぎ先は国外にはないはずだった。いや、大河シュプルングを挟んで東南にも隣接する国はあったが、少なくともラディウスは、岩ばかりの不毛な領土しか持たない小国をまるで相手にしていなかった。


「時局が変わったんだよ。ルルも十五。結婚ができるような歳だろ。国を取り巻く状況が変わることがわからないほど馬鹿なのか? むしろ余り物・・・を選んでもらえて喜ぶべきだろ」


 王の隣に控えていた金髪の青年――すぐ上の兄にして、ラディウスの王太子、ティグリスの余計な一言に、ルルディアはカッとなる。


「お兄様は口を挟まないで! そうだわ、イゼアには姫がいたはずでしょ。お兄様がもう一人妃を娶ればいいのよ」


「無茶言うな。妻は一人と決められている。俺は教会に破門されたくないんだが……大体、お前、それをディアナの前で言ったら殺されるぞ?」


 兄を溺愛している妃を思い出し、ぞっとしたルルディアは一瞬怯むが、やはりどうしても素直に頷けなかった。


「わかってる、無茶だってわかっているけれど――よりによって、あのレオナルトと!?」


 ルルディアが一番我慢ならないのはそれだった。相手が彼でなければまだ言うことを聞けた、かもしれない。


(だって、あの男は――)


 ルルディアが顔をしかめると、父王が彼女の気持ちを汲んだかのように頷いた。


「確かに彼の国イゼアは、魔術師の数も激減し、かつての力を失ってしまった。だからわざわざ姻戚となる必要もないと思っていた。それは認めよう」


 ルルディアは小さく首を横に振った。


「……国の規模は今は関係ないの。私、あんな失敬な男は、無理なの!」


 すると、兄が口を挟む。


「まあ、変わり者ではあるよね? なんだっけ? 皆の前で『あなたにふさわしい贈り物を』って取り出したのがカエル・・・とか――」


 言い終わる前にぶはっと吹き出されて、ルルディアは完全にへそを曲げる。


 忘れもしない。あれはルルディアが十歳の時の新年の祝祭だ。形だけの誘いさえなく、美しい姉達に次々にダンスを申し込む男達を羨望の眼差しで見ていたルルディアに、一人の少年が声をかけたのだ。銀の髪に灰色の瞳を持つ、聡明さがにじみ出るような外見をした少年は、大国ラディウスが相手にするにはあまりに小さく貧しい国、イゼアの若き王子だった。それでもルルディアは生まれて初めての誘いに、嬉々として彼の手を取ろうとした。だが彼女の手には、彼の手ではなくカエルを象った緑の玉石が載せられていたのだった。


 驚いたルルディアはすぐさまその石を遠投したのだが、石には魔法が込められていた。運悪くぶつかった者がカエルに変化し、祝祭はすさまじい騒ぎになった。そのせいなのか、なぜか巷でのルルディアの渾名は屈辱の“カエル姫”。


 しかし騒ぎの元凶はけろりとしたもの。反省の色もなく「すごく面白いだろう? 僕が作ったんだ」と無邪気に笑ったのだ。


(それだけならまだしも――)


 その数日後、レオナルトから手紙が届いた。内容はカエル事件に対する謝罪と言い訳だったのだが、ルルディアが返事を書いたら、また手紙が来た。そんなふうに始まった文通だったが、続けてみると意外にも楽しく、三年の月日が流れる間にやりとりした手紙の数は百を超えた。


 しかしそれも二年前に一方的に打ち切られた。突然の音通不信を心配したルルディアは何通も手紙を書いたが、返事はとうとう来なかった。代わりに彼が怪しげな研究に打ち込んでいるという噂が届いて悟った。ルルディアは忘れられ、捨てられたのだ。実は贈り物のカエルの宝玉よりも何よりも、ルルディアは手紙のことに一番腹を立てている。


(今更なんなの。二年も音沙汰なかったくせに、いきなり結婚? 冗談じゃないわ!)


 とっさに靴を脱ぐと、人の気持ちも知らずにヘラヘラ笑う兄に投げつけた。


「うわ!」


 ヒールが頭に命中する。


 兄は「このお転婆カエル姫が」と一瞬反撃の姿勢を見せるものの、ルルディアがもう一方の靴を脱ぐと、尻尾を巻いて逃げた。それを見てルルディアは溜飲を下げる。父王がやれやれとため息を吐き、なだめるように言った。


「お前の気持ちはわからないでもない。だが、あの国では、先日、石に魔法を溜め込ませる、ノイ・エーラという最先端の技術を確立させた。この技術によって、今後、絶滅寸前の魔術師を有効利用できるようになる。それはきっとラディウスにとって脅威となるだろう。しかも開発にはレオナルト王子が一役買っているそうだ。まだ十八という若さを考えても、あの王子は今後どう化けるかわからない。あの小国を再びかつての魔法大国に変えてしまうだけの力がある。変人――いや多少変わっているかも知れないが、不安の芽は早めに潰しておくべきだ。わかるね? ルル?」


 でも――と反論したかったが、ルルディアの中の理性が無駄だと止めた。国のためにと文句も言わずに嫁いでいった姉達の姿は、今でも瞼の裏に焼き付いていたのだ。


(だけど……それなら最初から期待を持たせるようなことはしないで欲しかった。だったら結婚に甘い夢なんか見なかったのに)


 ルルディアは小さな手を握りしめ、零れ落ちそうな涙をぐっとこらえたまま、玉座の間を飛び出した。




 ***



 そよぐ春風が花びらを空に舞い上げる。うららかな午後の庭をルルディアは歩いていた。花嫁衣装の仮縫いを終えた後に、侍女を撒いてふらりと散歩へ繰り出したルルディアは、薔薇の木に囲まれたくぼみに腰を下ろす。使用人の部屋があり裏門が近いこの場所は、昼間は人が出払っていて、ひっそりしている。一人になりたい時にはちょうど良いのだ。


 どこからか馬のいななきが聞こえてくる。このところ来客が多いのは、国中にルルディアの縁談についての触れが出され、結婚の祝いの品が続々と届いているせいだ。自室に運び込まれる個人的な品もある。もしその中に彼の贈り物があったら、と考えた途端、ルルディアの眦から涙が溢れる。


「アルフォンス。助けて」


 密かに想い合っていた青年の名を呟く。それは、ラディウスを流れる大河シュプルングが翠珠海すいじゅかいに注ぐ場所、ブリュッケシュタットの若き領主、ザフィア伯爵だ。彼の領地は大海原を旅する交易船が次々に立ち寄る交通の要所であるだけでなく、街中にはラディウスが世界に誇る建造物がある。それは大きな石橋だ。


 大河シュプルングは流れが荒く、氾濫しては幾度と無く橋を流した。国を挙げての治水工事と石橋の建築という大政策を行ったのはルルディアの高祖父だ。橋はラディウスとイゼアを結んでいて、高額な通行料を取って厳重に管理をしている。その管理人とも言えるのがザフィア家で、国内で最も力を持つ貴族であった。しかも彼は黄金の髪と晴れた日の空のような美しい瞳を持つ美青年。ルルディアよりも五つ年上の憧れのお兄様であった。


 結婚相手はどこぞの王族になると思っていたルルディアは、最初は彼のことをただの臣下としか思っていなかった。だけど、二年前、レオナルトに無視されて落ち込んでいたルルディアは、まるで心の穴を埋めるかのように現れた麗しい青年に縋らずにはいられなかった。アルフォンスの優しさは当時のルルディアにとって救いだったのだ。


 その後、アルフォンスはたくさんの甘い愛の言葉でルルディアの心を溶かした。はっきりと約束はしていないけれども、将来ルルディアは彼と結婚したいと望んでいたし、彼も同じだと信じていた。だというのに、運命はどうしてこんなに残酷なのだろう。


(どうか神様。アルフォンスに会わせて)


 アルフォンスの瞳のように澄み切った空を見上げて、ルルディアは嘆いた。


 その時、鐘が三つ鳴り響く。同時に、裏門の傍に設えられた専用の小窓から、紙の束が投げ込まれ、小窓のすぐ下の箱に入った。サンダント=タクシスの定期便だ。


 サンダント=タクシスはここ十年で大きくなった手紙専門の配達屋だ。ブリュッケシュタットにある商家が営んでいて、安く早く確実を売りとしている。最初はラディウスとイゼアを中心に商売をしていたが、徐々に規模を膨らませて大陸内でも需要を伸ばしていた。今は重要書類でなければ、王侯貴族でさえも利用する。特に気軽な私信にはもってこいで、ルルディアも昔はよく利用していた。


 なんとなく目が離せないでいると、老門番がルルディアに気づいて目を吊り上げる。


「おや、こちらでしたか。姫様、駄目ですよ、皆が探していました」


「あ、あの、手紙が来てないかなって」


 言い訳するように言うと、門番は怖い顔をやめて穏やかに笑う。


「そういえば、以前は毎日のようにここで待っておられましたね。部屋までお届けしますと申しているのに、誰かに読まれたら嫌だとおっしゃって。誰も読みませんのに」


「……そうね。そんな事もあったわね」


 条件反射のように懐かしさがこみ上げる。だが、すぐに苦い思い出がそれを塗りつぶす。


(ああ、もう、やだ。なんで今さらこんなこと思い出すのよ。手紙を燃やした時に全部忘れたはずでしょ?)


 黙りこんでしまったルルディアの前で、門番は手紙の束を取り出すと、封書の宛名を検めはじめる。そして途中で手を止めると、おや、と眉を上げ「これをお待ちでしたか?」と一通の封書を手渡した。


 今までにサンダント=タクシスを使って手紙をくれる人間は一人しかいなかった。そして宛名はいつも「親愛なるルルへ」。同じように記された封筒を見て、一気に時が遡る。


(うそ、まさか)


 耳鳴りがした。裏返すが、差出人の名はない。ぶるぶる震える手で封を開く。中身を検めて差出人がわかったとたん、落胆を感じた自分にルルディアは驚いた。だがそれも一瞬のこと。手紙の内容を理解するとともに憂鬱は晴れていく。もしかしたら、神が願いを聞き入れてくれたのかもしれない。


 顔色をくるくる変えるルルディアを、「どうなさったのですか?」と門番は訝しむ。


「なんでもないの」と誤魔化すと、ルルディアは大慌てで自室へ向かって駆け出した。



 自室に戻ったルルディアは届けられていた結婚祝いの山の中から、一つの箱を取り出した。送り主はアルフォンス=ニクラウス=ザフィア。


 いつもどおり事前に中身は検められている。だが、まめに王宮へ足を運び、贈り物をしてくれていたアルフォンスは、使用人に信用されていたらしく、念入りに調べられた形跡はない。ルルディアは中の色とりどりの菓子を取り出し、侍女の目を盗んでこっそり底の紙を剥がす。二重底になった空間に、手のひらに収まるくらいの大きさの石が入っている。ハンカチで包むと、寝室へ移動する。窓際の椅子に腰掛けて目の高さに掲げる。窓から差し込む光を当てて観察すると、うっすらと斑模様の入った緑石だった。


 どこかで見たような? と首を傾げつつ、袖に隠していた手紙を読むと、既視感の原因がわかった。そこに書かれている効用に覚えがあったのだ。


 目を瞑ってアルフォンスの姿を思い浮かべると、低くつややかな声が蘇る。


『望みを叶えたいなら、贈り物をうまく使ってごらん。きっとうまくいく。君と私の望み通りに。私は君の隣を歩く未来を信じている』


 控えめだが確かな愛の言葉だった。


「そうよね。まだ諦めるのは早いわ」


 ルルディアは頬を染め、石を握りしめる。そして燭台を引き寄せると銀盆の上の手紙に火をつけた。読んだら燃やすようにと書かれていたためだ。


 赤々とした炎が踊るのを見つめながら、誰に言うとでもなく、ルルディアは呟いた。


「私、やってみる。政略結婚なんかしない。絶対、愛のある結婚生活を掴んでみせる!」




 ***



 それから数日後に、はかりごとを実行する絶好の機会が訪れた。レオナルトが婚約の儀式のために、ラディウスを訪れたのだ。

 応接室に入ると、すでに来客は肘掛け椅子に腰掛けてくつろいでいた。ルルディアの入室にも気づかずに持ち込んだ書物に没頭している。信じられないくらいに分厚い本だった。

 侍女が茶を運んでルルディアに気づかせようとしているが、全く反応がなく途方に暮れている。ルルディアは侍女を下がらせた後、声を上げる。


「お久しぶりですわね、レオナルト殿下」


 無視したら一発殴ってやろうと手を握りしめたが、レオナルトは銀髪をさらりと揺らすと顔を上げた。整った怜悧な顔立ちは昔とさほど印象が変わらないが、頬の線が柔らかさを失っている。本の読み過ぎで目を悪くしたのだろうか。銀縁の眼鏡が鋭く光って、あどけなさを消していた。奥の灰色の瞳は辛うじてルルディアを捉えたらしい。だがすぐに目を逸らされる。よそよそしい態度は、彼がルルディアに興味や好意を持っていないことを如実に表していた。

 眉を吊り上げるルルディアの前で、レオナルトは眼鏡を親指で押し上げて位置を直すと言った。


「いつ以来かな。大きくなったね」


 らしいといえばらしい台詞。だけどこういう時は綺麗になったくらい言えないものだろうか。相変わらずの朴念仁だ。うんざりしつつルルディアは息を吐く。


「私がじゅうさ――いえ、十の時以来かしら」


 つい最後の手紙を受け取った十三の時と言いそうになった。気を抜くと「どうして返事をくれなかったの? 私の事を無視したの?」などとまるで拗ねているような言葉までもが漏れそうだった。

 物欲しげな言葉は、かしずかれるのが当たり前の大国の姫としての自尊心が許さない。


(もうあなたのことはどうでもいいの。あなたのことは忘れたの)


 ルルディアは念じると、当たり障りがない言葉を吐いた。


「あなたもずいぶん背が伸びたみたいだわ」


 レオナルトは本を閉じて立ち上がった。予想以上に背は伸びていて、ルルディアより頭一つ分大きい。肩幅も広くなっているせいで妙に大きく見えた。彼はルルディアの前まで来ると、胸元から取り出した目録を広げる。そして感情のこもらない冷ややかな声で読み上げを始めた。


「これよりイゼアからの贈り物百点の目録を陳ずる。魔術師により雨乞いの魔法を込めたノイ・エーラ三百個、晴れ乞いの魔法を込めたノイ・エーラ三百個、それから、治癒の魔法を込めたノイ・エーラ三百個――」


 単調な言葉の羅列は、まるで呪文にも聞こえて、ルルディアは思わず遮った。


「あ、あなた、なにしてるの」


 レオナルトは眉一つ動かさないで説明した。


「王に献上しようとしたら、『ルルディアへの贈り物なのだから、直接会って渡してくれ』とおっしゃったんだよ。だからこうして直接目録を渡そうと思って。品は一応高級品だし、宝物庫に入れてあるから、後で確認してくれ」


 ルルディアは渡された目録にさっと目を通すと言った。


「……って、つまりあなたは贈り物の選定に全く関わってないってことよね?」


「なんでそう思う?」


 レオナルトはきょとんとした。「なんでじゃないわよ」ルルディアは目録にずらりと並んだ〝実用品〟を見て苛立った。


「婚約者への贈り物って言ったら、普通は〝石〟じゃないと思うけれど!」


 レオナルトは一瞬言葉に詰まった後、ため息を吐いた。


「……まあ、随分前のことだから、忘れていてもしょうがないか」


「なに? 忘れているって?」


「別にいいよ、わざわざ思い出すほどの事でもない。悪かったね、好みの品ではなくて」


 レオナルトの表情が曇っている。彼を傷つけたのを感じ取るが、何を忘れているのか見当もつかなかった。気まずくなったルルディアは、動揺を隠そうと居直った。


「だって、普通、贈り物って言ったら花とかドレスとか、そういうものでしょう?」


 少なくとも、アルフォンスは花にドレスにチョコレート、ルルディアの好みの可愛らしく華やかな贈り物をしてくれた。そう予想していたから、戸惑っただけなのだ。


 ルルディアの訴えにも、レオナルトは言い訳一つもせずに涼しい顔のままだった。


「僕には女性の好みはさっぱりわからないからね。まあいい。ひとまず、贈り物は届けたし、お暇することにする。国に仕事が残っているんだ」


 あっさり部屋を出ようとしたレオナルトをルルディアは焦って引き止める。ここで帰られては、計画が台無しだ!


「ちょっと待ちなさいよ!」


 地を這うような声にレオナルトが訝しげに振り返る。機を計ってルルディアは握りしめていた緑石を投げつけ、手紙に書かれていた呪文を叫んだ。


「リーヴェラティオ!」


 緑石がレオナルトの胸にぶつかり跳ね返った。淡い緑色の煙が上がり、レオナルトが「ノイ・エーラがどうしてここに?」と目を見開き、ルルディアが「やった!」と歓声を上げた――直後の事だった。


 そのままレオナルトの体に吸い込まれるはずの煙は、彼を覆っていた透明な膜に跳ね返される。そして、行き場を失った緑煙は、無防備なルルディアへめがけて流れてきた。


 レオナルトが血相を変えて叫ぶ。


「ルルディア――逃げるんだ!」


「逃げるってどこに!?」


 慌てて逃れようとしたルルディアだったが、足がもつれて床に倒れこむ。煙は上に昇るもののはず。とっさに顔を伏せたルルディアのあがきは無駄になる。生き物のように動く緑煙は重力に逆らってルルディアの体を包み込んだ。


「きゃあああああああああああ!」


 目を見開くルルディアの視界で、レオナルトが同じく驚愕した表情を浮かべている。そして彼の体が縦に横にどんどん膨らみ大きくなっていく。


(なに、なによ!?)


 全身を覆う違和感、倦怠感に、ルルディアの意識は押し潰され、とうとう暗転した。



 ***



 部屋の床の上には、先ほどまでルルディアが身につけていたドレスが抜け殻のようになって落ちていた。姿見の前には、じゅうたんの色を移した赤いカエルがいる。頬をつねってみようと右手を上げてみる。カエルの右手――もとい右の前足が上がり、ルルディアは絶望した。


「……どうしてこんなことになってるわけ。一体何が起こったわけ……」


 突っ伏してさめざめと泣くと、真上から呆れたような声が響く。


「君が投げた石に込められていた魔法が反射したんだ。イゼア王族が魔法で身を守ることくらい常識だろう」


 そういえば苦手な地域学の授業で習ったかもしれない。思い出すが今更だった。


 ルルディアは巨人のように肥大化したレオナルトを呆然と見上げた。いいや――正確にはレオナルトが膨らんだのではなく、ルルディアが縮んだのだが。


 レオナルトはカエルとなったルルディアを手でそっと掴むと、テーブルの上に乗せてくれる。


「相変わらず勉強不足なんだな。本当に馬鹿な真似をしたものだ。そんなに僕のことが嫌だったのか」


「嫌に決まってる。だってあなたは私に恥をかかせたもの! 最初に会った時だって――」


 それに、手紙のことだって。泣きすぎて引きつけを起こしそうになって、ルルディアはそれ以上言葉を発せなくなる。続きはレオナルトが引き取った。


「初めての贈り物がカエルの形をした石だった。それがそんなに屈辱だったってわけ? 何度も謝罪したというのに、ずいぶん根に持つね。大体、僕があのカエルを作るのにどれだけ苦労したと思ってるんだ。あの試作品を作るのに一年かけたんだよ? それなのに怒るなんて、しかも投げ捨てるなんて、僕にもカエルにも失礼だと思わないのか? それに、こんなに可愛いのにどうしてこの魅力がわからない」


 鏡越しにレオナルトはルルディアを指さした。


「はっ――? か、可愛い!?」


 ルルディアは目と耳を疑った。だが、レオナルトはもう一度同じ言葉を発した。


「小さくて、つやつやしていて、目がまん丸で、可愛いだろう?」


 じっと見つめられながら億面もなく言われ、ルルディアは照れて体がさらに赤くなる。どうやら感情が体の色に出るらしいが、絨毯が真っ赤なのが幸いして、レオナルトは気づいていないようだ。


 だがよくよく考えると、こんな姿を可愛いと言ってもらっても全然嬉しくない。むしろ、普段可憐な外見だと――たとえお世辞だとしても――もてはやされている身としては辛さが勝った。


「しかもね。カエルは泳ぎが得意だし、陸上で生活出来るだけでなく、皮膚から空気を取り込んで水の中で呼吸もできるんだ」


 無駄に得意気に説明をし始めるレオナルトに、ルルディアは頬を文字通りにぷっくり膨らませると、一言言ってやろうと睨み上げた。


「あなた、さっきからずいぶん饒舌だけれど、一体何なの。普段はあれだけ無口でそっけないくせに。それにどうして冷静なの。自分の花嫁がカエルなのよ!?」


「悪いことばかりじゃないだろう。正直、僕は女の子の姿の君と話すのは苦手だし、カエルの方が話しやすい。それに、妃がカエルなら煩わしいことも全部回避されるよね。夜会もダンスもうんざりだけど、君がその姿なら回避可能だ。僕は好きなだけ部屋にこもれる。本を読み放題、実験もし放題だ」


(ちょっと待って。私よりカエルの方がいいですって?)


 ひどく衝撃的な言葉が聞こえた気がする。


「……あなた、昔から変だと思っていたけれど、益々おかしくなっていない?」


「極めてまともだよ。学問がどれだけ有意義な時間の使い方だと思っているんだ」


 話がまるで噛み合わない。ぐったり疲れたルルディアは、対話を諦めた。さっさと話を切り上げたいと、結論を急ぐ。


「とにかく、こうなった責任は取ってもらうから!」


 横暴な要求にも、レオナルトは頷く。


「言われなくてもちゃんと結婚してあげるよ」


「それじゃあ私が困るの。大体、世継ぎはどうするの。あなたも私も王族なのよ? 子供がカエルの姿で生まれたらどうするのよ!」


 口走ってしまってルルディアはまたもや真っ赤になった。未婚の女子が口にするにはどう考えてもはしたなかった。だがレオナルトは学者気質。生物学的な何かを考えたらしく「そもそも種が違うと子孫は残せないけど、確かに困る。僕はカエルには欲情できないし、王族の義務も果たせない」と真面目に言った。


「よ、よくじょ――ってあなた真面目な顔して何言ってるかわかっているの!?」


 悲鳴を上げるルルディアを無視して、レオナルトは石を観察し始める。


「これがイゼアのノイ・エーラなら解除魔法を使うだけだけど、どうも違いそうだし」


 出所を追及されるかとルルディアは顔を引きつらせるが、彼はそうせずに独り言のように続けた。


「古典的方法となると、お伽噺の『かえるのおうじさま』の方法が有名だけど……」


 かえるのおうじさま――それは大陸に古くから伝わる伝承を元にしたお伽噺だが、面白くわかりやすい物語は口伝しやすいらしくラディウスでも有名であった。


「かえるのおうじさまって、あの、王子様が呪いでカエルになってしまうってやつね?」


 気を取り直したルルディアが口を挟んだが、考え込んだ彼には聞こえていないようだった。集中力がルルディアとは桁違いだ。


 目の前でぴょんと飛び跳ねてみるが反応がない。銀縁の眼鏡の奥では、まばたき一つしない目がある一点を凝視している。


(これ、一体どこ見てるのかしら?)


 彼の視界に入ろうと場所を変えては覗きこむルルディアの前で、レオナルトが突然立ち上がる。そして「王立図書館に行く」と言う。


「まさか逃げる気じゃないでしょうね?」


 口をパクパクと動かして吠える。眼鏡越しに冷たい一瞥をくれると、レオナルトはルルディアを掴んで無造作にポケットに押し込んだ。



 ***



「うっわあ、黴臭い」


 レオナルトのポケットから顔を出したルルディアは顔をしかめる。


 ラディウス王宮敷地内の一角にある古ぼけた建物に二人――もとい一匹と一人はいた。そこは国内外のあらゆる蔵書を集めたラディウス王立図書館だった。天窓の光は高くそびえ立つ本棚に遮られて床まで届かない。足元さえ見えず、燭台の光が揺れるだけの暗い空間だ。


 触れれば朽ちそうな背表紙を、まるで愛しい少女にするかのように、レオナルトは優しく触れた。そして、まるで愛を囁くかのように熱のこもった声を出した。


「素晴らしいよね。僕が姫だったら、君の兄上と結婚してこの国に嫁ぎたかった。そうしたら、この膨大な蔵書にいつでも触れることができるのに」


「あ、あなた何言ってるの……」


 兄の隣に女装したレオナルト。ついでに過激な妃まで想像して、ルルディアはおぞましさに震えた。お構いなしにレオナルトは綺麗な長い指で二冊を引き出すと、ルルディアと一緒に机の上に置く。そして椅子に腰掛けて、胸元から取り出した布で銀縁の眼鏡を拭いた。


 向こうが透けて見えそうな、光を溶かした流水に似た銀髪。それが灰色の瞳に深い影を落としている。すっと通った鼻梁は横顔だと形の良さが際立った。唇はきりりと引き締められていて利発さがにじみ出ている。意外にまつげが長くて、鋭さばかりが目立つ切れ長の目は、伏せるとずいぶん色っぽい――


(あ!)


 ルルディアは見とれかけていることに気がついて、思わず顔をしかめた。


(ああ、もう、無駄な美貌だわ、本当に! 神様はどうしてこんな男に、美しさまで与えたの。もしときめいてしまったらどうしてくれるの――)


 などと考えていたらレオナルトが顔を上げ、目が合う。


「み、見とれてなんかないからっ!」


 思わず言い訳をしたが、レオナルトは「……ところで」と、表情一つ変えず、まるで聞こえなかったかのように華麗に無視した。


(無視!? 無視するの今の!)


 せめてそこはなんでもいいからツッコミを入れろ! と動揺と屈辱のあまりパクパクと口を動かすルルディアに、本を突き出して、とある頁を指さす。


「ここを」


 ルルディアはふくれっ面のまま開かれた頁を覗きこんだ。レオナルトの指先を追いながら音読する。


「『カエルの王子様はお姫様に疎まれ、壁に投げつけられて潰れたあとに、元の麗しい人間の姿を取り戻しました』」


 思わず眉――といっても今は存在しないがその辺り――を寄せるルルディアに、レオナルトはすかさずもう一冊の本を突き出した。


「それと、こっちも読んで」


「『カエルの王子様はお姫様のキスで、元の麗しい人間の姿を取り戻しました』って、これ、もしかして呪いの解除方法!?」


「他の方法がないかと念のために調べに来たけれど、やっぱりこれだけしかなさそうだな。方法は憎しみか愛かの二つだ。君は姫を探し、壁にぶつけてもらうか、姫の愛を勝ち取って、キスをしてもらえばいいみたいだけど――どっちがいい?」


 真面目な顔で問われてルルディアは怯んだ。


「どっちも嫌よ! それ絶対無理――! 潰れた後って下手したら死んでるんじゃないの!? あともう一個の方も、同性との恋愛とか難関すぎるし、まず姫はカエルにキスはしてくれない! 私だったら絶対しない!」


 頭を抱えて悶えるルルディアに、レオナルトはしばし沈黙した後、やや困惑したように言った。


「冗談が通じないのか? 文脈から言っても、姫っていうのは異性――この場合は多分、愛する異性に置き換えていいと思うけど」


 世界で一番冗談の通じなさそうな人間に言われて、ルルディアは思わず顔を机に突っ伏した。


「あのね! 人が、人生かかってる時に軽く冗談なんか言わないで!」


「ああ、すまない。人生がかかっているとは思えなくて」


 ルルディアは絶句した。


(この状態で人生かかってないって、どれだけのんきに見えるわけ!)


 頭の血管が一、二本切れるのではないかと思ったルルディアだが、はたと先ほどのレオナルトの言葉を反芻して我に返る。


「……愛する、異性?」


 頭に思い浮かぶのは当然のことながらアルフォンスだ。体を桃色に染めるルルディアに、一瞬の沈黙の後、レオナルトは言った。


「僕がキスしてあげようか」


 あまりに普通に言われたのでルルディアは反応が遅れた。キスの意味さえ理解できなくなった。じわじわと理解して、頭に血が上る。


「――誰があなたなんかと!」


 またからかわれたとカッとなったルルディアはいきり立つ。冗談だよと返されるのを待ち構えたが、レオナルトは眼鏡の奥の目を細めてため息を吐いただけだった。


「――ところで、その石だけど。見たところ、ノイ・エーラの初期型に似ている」


 急に話を変えられて、ルルディアは目を白黒させた。


「え、なに? 初期型?」


「昔、イゼアの魔術師が石に禁厭まじないを込めて売っていたんだ。僕はそれを改良してノイ・エーラを完成させた。でも今は製造を規制しているから、そう簡単には手に入らないはずだ。一体どこで手に入れたんだい?」


「ええと」思わずポロッとアルフォンスの名を出しそうになったが、すんでのところでルルディアは思いとどまった。


「……贈り物に混じっていたの」


 ここで名を出せば、レオナルトに危害を加えようとしたことで罪に問われる。とっさにアルフォンスをかばおうと誤魔化すが、


「送り主は僕達の結婚をよく思っていない者か。おおかた、ブリュッケシュタットのザフィア卿ってところか」


 レオナルトは一発で言い当てた。


「ど、どうしてそう思うの!?」


 ルルディアは目を丸くする。


「逆にどうしてわからないと思えるのかが不思議だよ。イゼアとラディウスの結びつきを嫌がる人間は他にもたくさんいるけれど、あの都市の人間にとって君は切り札だ」


「結びつき? 切り札?」


 ルルディアはいまいちピンと来なくて首を傾げた。レオナルトは「本当に勉強不足だな。いくら末娘でもそれはいただけない」と呆れながらも、説明をくれた。


「ラディウス王家との繋がりが欲しい人間なんて星の数ほどいるって意味だ。姉姫達の婚姻でラディウスが安泰となったあとなら、君は臣下と結婚するかもしれない。権威のおこぼれに預かりたい――そう思う人間は多いし、つまり、王家との繋がりが欲しい人間にとって君は切り札だ。そしてブリュッケシュタットはその筆頭だっていうこと。あの街が都市国家としての独立を目指しているというのは、ずいぶん前から噂されているし」


「まさかそれでアルフォンスが政略結婚したがってるって言いたいの? 恋愛感情じゃなくて?」


 レオナルトは当たり前だろうと頷いた。『君にラディウス王女という身分以外に魅力があるとでも?』とでも言いたそうだと思った。それはルルディアの劣等感を盛大に煽る。


「何も知らないくせに、アルフォンスを悪く言わないでよ!」


 噴火するルルディアにも、レオナルトは「何も知らないのはどっちかな」と全く取り合わない。しかも、ルルディアが更に頬をふくらませるとレオナルトは「それ、針でつつくと破裂しそう」と興味深そうに頬を観察しだした。


 窓をちらりと見ると、膨らませた頬は皮膚が薄く伸びて今にも割れそうだ。レオナルトが真顔でペンの先を見つめている。彼ならぶすっとやりかねない気がして、ぞっとしたルルディアは慌てて頬に含んだ空気を追い出した。


 深呼吸をする。怒りで乱れた息を整える。


(落ち着いて。まともに相手をしちゃ駄目。ほら、こういう時はアルフォンスのことを思い出すのよ!)


 とたん、あることを密かに想像してルルディアは体を赤く染めた。


(そうだわ。アルフォンスのキスで呪いが解けたらどれだけ素敵かしら)


 ぶつけられるという悲劇はひとまず頭の隅に追いやった。


(呪いを解くのはやっぱり愛の力じゃないとね!)


 ロマンティックな想像に俄然、気力を取り戻したルルディアは「私、彼に呪いを解いてもらうわ」と宣言する。


「じゃあ、早速行こうか」


 ルルディアはびっくりして顔を上げた。


「あなたも来るの?」


 すると、レオナルトは当然、と眼鏡の奥の灰の瞳を刃のように尖らせた。


「危うく被害者になりかけたんだし、文句の一つくらい言わせてもらうし、場合によっては制裁させてもらうよ」


「せ、制裁!? 彼は関係ないって言ったでしょ。駄目。絶対着いて来ないでよ!」


「じゃあ、君はどうやってブリュッケシュタットに行く? カエルの姿じゃあ馬車にも乗れない。大体御者にその姿をどう説明するつもり? 大人しく僕の力を借りておいた方がいいと思うけど」


 即座に切り返されてルルディアは項垂れる。今は彼を利用するしか手はなさそうだった。




 ***




 夕暮れを待ったレオナルトは、ルルディアを伴い、王都を離れることとなった。


 ブリュッケシュタットは王都からさほど離れていない。馬車で往復半日の距離ならばうまく行けば朝までに戻れる。それならばルルディアの不在を誤魔化せると思った。

 変身事件が明るみに出れば、婚約に確実に響く。下手すれば白紙になる。レオナルトは、それだけは避けたかったのだ。


 秘密裏に話を進めるため、まずレオナルトはルルディアの侍女に、


「今宵はルルディア姫と月を愛でるから、朝まで邪魔が入らないようにしてくれ」


 と頼んできた。侍女は頬を染め、意味ありげに頷き、誤魔化してみせますと張り切っていたが、ルルディアは


「誤解を招くようなこと言わないで! あとで訂正してもらうから!」


 と憤慨して鞄の中でふて寝をしている。良い言い訳だと思うのに、この姫は妙なことでへそを曲げる。


 三年続いた文通でもよく怒らせたと思い出す。ある時は「イゼアとラディウスを結ぶように虹が出ていて綺麗だった」と書いてあったので、虹が出る仕組みについて便せん三十枚を費やして説明した。だが「長過ぎるの。そしてそういう事は聞いていないの」と怒られ、ロマンについて熱く語られた。


 そしてある時は「手紙の内容が暗い」と苦情が来た。悩み事があるなら話せと言われ、便せん二十枚を費やして開発中だったノイ・エーラが軍事利用される懸念を書いた。出来るだけ短く易しくしたのだが、まず「長いし、難しい」と文句。そして「もう作っちゃったんでしょ。それなら、あなたが責任を持って正しく使わせるようにすればいいんじゃないの? それが上に立つ者の仕事なんだから」となんでもない事のように返した。


 そんな風に多少の噛み合なさはあったけれど、ルルディアは律儀に返事を書いてくれていた。話を聞いてもらえてレオナルトは楽しかったし、何よりノイ・エーラが悪用されそうで悩んでいたレオナルトを、ルルディアは明るく励ましてくれた。だが、レオナルトが友達から一歩踏みだそうとしたのを最後に、文通は突然途絶えた。


 彼はルルディアに、当時の精一杯の気持ちを伝えたのだ。だから、返事が無いのは遠回しな拒絶だと思った。柄にもなく、拗ねて荒れたりもした。でも結局諦めきれなくて、こうして求婚出来る立場を手に入れた。国が力を持てば態度も変わるのではと思ったのだ。


(でも、先日のあれも無視されてるし、単に嫌われていただけかな? 一体何が悪かったんだろう)


 過去に思いを馳せ、考えこんでいると、


「うーん……うーん……喉乾いたぁ……」


 しわがれた声が響き、レオナルトは鞄を覗きこむ。指先で肌の乾き具合を確かめると「どこ触ってるのよ! 変態!」と罵られるが、無視して霧吹きで水をかけてやる。カエルは皮膚呼吸をするので、干からびれば息ができずに死ぬのだ。


 潤いを取り戻したルルディアは、多少気分が良くなったのだろう。黄金の目をぱちくりとさせたあと、恥ずかしそうに狸寝入りをし始めた。どうやら誤解して怒ったことを恥じているらしい。だが自尊心が邪魔をして素直に謝れないのだ。


(とんだ意地っ張りだな)


 やれやれとレオナルトは話題を変えようとする。


「もうすぐ着くよ」


 だが気遣いは無視される。レオナルトはため息を吐くと、機嫌を取るのを諦めて目線を窓から見える石橋――クストス橋へと移した。


 ラディウスとイゼアを行き来するには、荒れ狂うシュプルングを渡らねばならない。船を使い海を回る手もあるが、ブリュッケシュタットのクストス橋を渡るのが最短だ。御者には「イゼアへ戻る」とだけ言ったが、彼は当たり前のようにブリュッケシュタットへ向かってくれた。


 薄闇の中、篝火に照らされた水面が揺れると、まるで橋が燃えているようにも見えた。人間の傲慢さをあざ笑うように荒ぶっていた河は、下流になってわずかに穏やかさを見せる。だが、時折クストス橋を飲み込んでは自然の脅威を見せつけた。見ると遠くの海の嵩が増している。月が太っていくのに合わせて、潮も満ちていくのだ。


 窓からなんともなしに眺めていると、御者がクストス橋への到着を告げた。レオナルトは昏々と眠り続ける従者達を一瞥すると、彼らに借りた簡素なマントを身につけ、鞄に蓋をする。


「少し酔ったみたいだ。止めてくれるかい」


 小窓から頼むと、御者は「珍しいですね」と不思議そうにしながらも馬車を止める。

 御者が内部の異常に気づく前にと、レオナルトは構える。そして扉が開くと同時に左手中指の指輪をこすり「ユーバファル」と囁く。赤色に輝く石を突き出したとたん、御者は従者達と同じく睡魔に襲われ、崩れ落ちた。


「これで朝まで自由だな」


 レオナルトは息を吐くと、両手の指、すべてにはめられた指輪を見下ろした。指輪には、様々な魔法を込めたノイ・エーラが埋められている。これがあれば大抵の危険から身を守れるのだ。


 御者を中に引っ張り上げると、レオナルトは馬車を降りた。鞄を覗きこむと、ルルディアは今は緑色のハンカチに包まれて、同色に変色している。カエルらしい姿をしばしじっと見つめる。のんきな寝顔に口元を緩めると、レオナルトはブリュッケシュタットの街へと足を踏み出した。




 異邦人であるレオナルトは、もちろんどこにザフィア家があるのかなど知らない。だが道行く人に尋ねればすぐにわかった。クストス橋を下流に少し下った小高い丘の上には、高い大理石の塀に囲まれた白い邸宅があった。それはまるで揃いで造られているかのように、彼らの誇りであるクストス橋によく似た雰囲気を持っていた。さながら小さな王宮のようでもあり、彼らの夢が詰まっているように思えた。


 門扉を叩くと白銀の鎧を纏った兵が現れる。レオナルトは力を開放して抜け殻となった石を差し出し、屋敷の主人に面会を求めた。



 ***



「ルル――ルルディア殿下!」


 扉が開くなり響いた大きな声が、ルルディアの体を跳ねさせる。レオナルトに話しかけられたくなくてしていた狸寝入りをやめると、ルルディアはアルフォンスに飛びついた。


「アルフォンス、私、失敗してしまったの。ごめんなさい」


 アルフォンスの胸に縋り付きながら、ルルディアは密やかに懺悔をした。


(許してくれなかったらどうしよう)


 不安に震えるカエルの姫をアルフォンスは柔らかい笑みで迎えてくれる。そしてハンカチを敷いた手のひらへと誘った。


「大丈夫です。姫。すぐに元に戻せますよ」


 ルルディアは手に飛び乗ると涙ぐみ、アルフォンスに熱視線を向ける。だが二人の間には、レオナルトの不躾な質問が割り込んだ。


「ザフィア伯爵。どうやってこの呪いを解けばいいんだ?」


 アルフォンスはおや、と初めてレオナルトの存在に気づいた顔をした。それはそうだろう。彼は今、簡素な服を纏っていて、一見王子には見えない。


「もしやイゼアの王子殿下でございますか?」


 レオナルトはアルフォンスの問いを無視し、不愉快そうに問う。


「貴殿は一体何を企んでいる?」


「だ、だから! アルフォンスは関係ないのよ! レオナルト、いいかげんにして!」


 ルルディアの必死の否定は聞き入れられない。だが、レオナルトの疑惑もアルフォンスはさらりと流す。


「何も企んでなどおりません」


「僕をカエルに変身させて、縁談を破談にさせようとしたのでは? それはブリュッケシュタット――ラディウスがイゼアに喧嘩を売っていると解釈していいのかな?」


「まさか、ご冗談を。私が何をしたとおっしゃるのです」


 金の前髪の隙間から覗く青い目が笑う。おどけた様子でアルフォンスは肩をすくめた。レオナルトは追及を続けた。


「ルルディアは、石の送り主が貴殿だと認めたけれど?」


 ルルディアは体の色を青ざめさせ、「認めてなんかないわ」と大慌てで首を横に振る。


「認めてなんかないのよ」


 アルフォンスにも訴えると、彼は大丈夫とでも言うように頷いた。


「証拠でもございますか?」


 レオナルトは、ルルディアを一瞥する。


「彼女がここにいることが証拠になるだろう」


「ここに来たのは、『呪いを解く鍵が愛する人にある』ってあなたが言ったからよ」


 焦ったルルディアが訂正すると、レオナルトは大きなため息を吐いた。


「まだ誤魔化す気? じゃあ、これならどうかな? 僕はさっき石を門番に渡しただけで、僕の名前もルルディアの名前も出さなかった。なのにどうしてザフィア卿、貴殿はそんな不審者に会おうと思った? どうして彼女の名を呼んだ?」


 ルルディアは心臓が止まるかと思う。


(うっわあ、鋭い……! どうしよう!)


 ハラハラするルルディアの前で、アルフォンスはやはり穏やかに返した。


「私は領主として、どのような者の意見でも汲もうとしていますし、姫のお名前をお呼びしたのも、門でお姿を拝見したからですよ」


「そうかな? 彼女が鞄から顔を出す前に、貴殿の声が上がった気がしたけれど? 大体、こんな小さなカエルの姿なのに、どうしてすぐに彼女だとわかるんだろうね」


 レオナルトはどんどん矛盾を指摘していく。さすがに賢い。理屈では敵わない。これ以上追及されては危ないと思って、ルルディアが対話を遮ろうとした時だった。


 アルフォンスはやれやれと肩を竦めると、幼子を諭すように言った。


「直感ですよ。どうやら王子殿下は最初から私のことを黒だと決めつけられている。曇った目で見れば何もかも疑わしく思えるもの」


「そうよ、言いがかりはやめて!」


 ルルディアがアルフォンスを援護すると、レオナルトは苛立たしげに眉を寄せた。


「埒があかないな。わかった。ひとまず石の出処については問わないことにする。とにかく僕は彼女の婚約者として、早く呪いを解除したい。知っていることを話してくれ」


 レオナルトが折れ、話が進むと、


「それならば、喜んでご協力いたしましょう」


 アルフォンスはにっこりと微笑んだ。


「どうすればいいの?」


 場の空気が緩む。ルルディアは金色の瞳でアルフォンスを見上げた。彼は優しく頷くと、あくまで伝聞の形を取りつつ慎重に答えた。


「呪いを解くには愛の力が有効だというのは昔から有名な話。魔術に造形の深いイゼアの王子殿下ならば既にご存知でしょう。つまり」


 アルフォンスはどこか勝ち誇ったような笑みをレオナルトに向けた。


「姫を愛し愛される者からのキスで、きっと呪いが解けるでしょう」


 ひとまず壁にぶつけられることはないとわかってルルディアはホッとする。だが、別の懸案事項が浮かび上がってルルディアは急に怖気づいた。


「え、でも、キスは――誓いのキスが最初でなければならないでしょう。だから――」


 今の今まで必死過ぎて忘れていたが、淑女の中の淑女で、厳格さを求める教会の熱心な信者でもあるラディウスの王女は、軽率な異性との交流を禁じられている。異性との接触は、それがたとえささやかなくちづけであろうとも、結婚と隣り合わせなのだ。


「……つまり、呪いを解いてくれた人と結婚するってことよね?」


 これではまるで催促しているようだ。ルルディアは瞬く間に赤いカエルになり、もじもじとする。それを見て、レオナルトは眉を寄せ目を冷たく細めた。


 一方、アルフォンスは満足そうに頷いた。


「姫。こうなったのもきっと運命です。私と結婚の約束を。――誓いのキスをしてもよろしいですか?」


 アルフォンスの青い瞳が柔らかく緩んだ。あまりの甘さに、後先考えずにルルディアが頷こうとした時だった。


「ルルディア。軽率な真似をするな。駄目に決まってる」


 レオナルトがルルディアとアルフォンスの間に割り入った。そして彼女を手で掴むとじっと彼女の目を覗き込み、


「僕は、カエルの君と結婚しても構わない。君と結婚するためにどれだけ僕が苦労したと思っている? 姿形が多少変わっても君の価値は変わらないだろう」


 と真面目な顔で言い放った。ルルディアとアルフォンスは同時に目を見張った。


(あれ、今、なんだかすごいことを言われた気が――)


 真剣な眼差しを向けられ、ルルディアは甘い夢から覚めた気になる。アルフォンスは、たちまち華やかな顔に怒りをにじませた。


「確かにカエルに姿を変えられても、ルルディア殿下は変わらずラディウスの王女であられます。あなたはそれほどまでにラディウス王家との結びつきがほしいのですか。愛するものと結ばれたいという、姫のお気持ちを汲んでくださろうとは思われないのですか。そのような打算で横槍を入れるなど、恥ずかしいとは思われないのですか!」


「貴殿にだけはそんな説教をされたくないな」


 アルフォンスの訴えをレオナルトは鼻で笑うが、それはつまりアルフォンスの言い分を認めるということではないだろうか。


 アルフォンスが政略結婚を狙っているなどとレオナルトは言っていたが、何の事はない。彼自身がそうだったのだ。思い当たったルルディアはひどく不快になった。


(私には王女としての価値しかない。そんなこと、わかってたけど! でもはっきり知りたくないことだってあるのよっ! だいたい否定くらいしなさいよっ。これだからお世辞の一つも言えない男は嫌いなの!)


 駒でしかない自分を感じるたび、情けなくて泣き叫びたくなる。ぐっと涙を飲み込むと、ルルディアは宣言する。


「私、アルフォンスと結婚するわ。自分がラディウスの駒であることはわかってる。だけどやっぱりちゃんと愛のある結婚がしたいの。アルフォンスなら、私を愛してくれるに決まってるもの」


「もちろんだよ。一生大事にする」


 アルフォンスは顔を輝かせる。


「じゃあ、早速王城へ行こう。こればかりはお許しがないままに事を運ぶわけには行かないからね。事情を説明すればきっと王もわかってくださる」


 ルルディアを奪い返すと、アルフォンスは彼女を背にかばいながらレオナルトを睨んだ。


「王子殿下も、姫のお気持ちを汲んでいただくべきでしょう。あなたは跡継ぎの王子です。教会は重婚を認めていない。世継ぎが必要なあなたは、この姿の姫とは結婚できません」


 ここまで言えば諦めるだろうとルルディアは思う。だが、納得が行かないのかレオナルトは渋面を作って食い下がる。


「いや、だから、僕のキスでルルディアの呪いが解ければいいんだろう? それでそのまま僕と結婚すれば万事うまく行く」


「姫の気持ちを思いやることができない。その程度の愛情しかお持ちでないあなたのキスで、果たして呪いが解けるでしょうか?」


 そんな風に愛情を疑われればレオナルトは口をつぐむしかなかったようだ。そして「もしかしたら、僕じゃなくて、ルルディアを変身させるのが本意か?」と意味のわからないことを呟いた。






 ***




 夜も更けていたため、結局王城に戻るのは明朝になった。急遽歓迎の宴が開かれる。と言っても、ルルディアの変身は伏せておくべきだということで、食事はルルディアの客室に密やかに用意された。


 食卓を囲むのはルルディアとレオナルト、それからアルフォンスの一匹と二人のみ。急ごしらえの晩餐のはずだが、ルルディアの前に置かれた金の皿、そして金のカップはまるで今のカエルの姿に合わせて作られたようだった。小さな椅子の上に優雅に腰掛ける彼女は、プレゼントされたレース編みのドレスを着ている。これもまるで測ったようにぴったりだ。自分がカエルであることを忘れてごきげんなルルディアに、レオナルトはため息が出る。


「ずいぶん用意周到だね、ザフィア卿。まるでこうなることを予想していたかのようだ」


 レオナルトの皮肉にも、アルフォンスは心外だとでも言うように悲しげに眉を寄せるだけ。手応えがまるで無い。


「そろそろ妙な疑いは晴らしたいものです。これは昔妹が使っていた子供用のおもちゃがちょうどよかっただけですよ」


 そうしてアルフォンスは胸元から絹で出来た白い手袋を出すと、丁寧に手を覆う。そして上質なつややかさを纏った白い手で、金の皿にスープを注ぎ、肉を切り分け、フルーツを取り分ける。そして、重いフォークに苦戦するルルディアを見ると「お手伝いしましょう」と小さく切り分けた肉を彼女の口に運ぶ。


 ルルディアとアルフォンスは二人だけの世界を作り上げ、あからさまにレオナルトを邪魔者扱いしている。


(ルルディア、目を覚ませ。そいつは君が思っているような男じゃない)


 眉の間に溜め込んだ不満と怒りが、醜い言葉となって今にも漏れだしそうだった。堪えきれずに、レオナルトは客室を後にした。



 ***



 ラディウスの空気はイゼアのものと違って甘く、水を含んで重たい。大河シュプルングの上を踊りながらやってくる風には、翠珠海の潮の匂いが混じっていた。


 手入れされた庭には水路が引かれ、美しい幾何学模様が描かれている。中央にある人工池に注ぐ流水はクリーム色に輝きひどく美しい。見上げると東の空には丸く太った月。夜空を淡く染めながら、天に昇ろうとしていた。


「今日は満月か」


 散歩で少しだけ頭が冷えたレオナルトは、どこかで悲鳴が上がった気がして、足を止めた。どうやら発生源は裏門のようだ。近づいて植え込みの木陰に身を潜めると、門番に阻まれた女が騒いでいる。


「主人に取り次いでちょうだい。彼、私がいなきゃ絶対駄目なんだから」


「ずいぶんと思い上がっているな、コルネリア。いっときの憐れみをかけてもらっただけで感謝するべきだろ。わきまえろ」


 門番は軽くあしらうが女は毅然と言い返す。


「あなたこそわきまえなさい。私はあの人の妻よ!」


「はっ、側女ごときが何を偉そうに」


 さすがにレオナルトは耳を疑った。


(主人? 側女? ……つまり屋敷に女を囲っていたというわけか? 教会も、ルルディアも裏切って?)


 そう思いついた途端、抑え込んでいた怒りが再び込み上がる。レオナルトは、踵を返してルルディアの元へと向かう。


 鳥の翼を模した屋敷の左翼にレオナルトの部屋は用意されていた。アルフォンスの言う〝横槍〟とやらを警戒していたのだろう。ご丁寧に右翼にあるルルディアの客室から一番遠い部屋であった。


 大股で廊下を歩く。すぐにでも彼女の目を覚まさせねばと、レオナルトは冷静さを欠いていた。


 部屋の前にはご丁寧に護衛の兵が立ちふさがっている。まるでルルディアを逃さないための見張りに見えた。少し迷ったが、レオナルトはそのまま進む。そして兵と目が合うのと同時に、レオナルトは右手中指に嵌めていた指輪の黒石をこすり、拳ごと兵に向かって突き出し、呪文を呟いた。


「――アペルピスィア!」


 途端、兵の目がうつろになり、その場に嘆きつつ俯せた。


「いやだあああ、マリアぁああ、出て行くなんて言わないでくれええ!!」


 ついには大泣きしだす兵に、レオナルトは怯む。


(ちょっとした悪夢を見せるもののはずなんだけど……、まだまだ調整が必要なのかな)


 力を解放し熱くなった指輪の黒石を擦る。


「すまない。それ、すぐに醒めるから」


 もはや職務どころではなくなった兵の肩をポンと叩くと、レオナルトはルルディアの部屋に入った。


「――ルルディア?」


 不愉快な晩餐は既に終わったらしく、部屋はひっそりとしていた。音に敏感になっているのか、ルルディアは跳ねるように顔を上げた。ベッド代わりのクッションに埋もれそうになっている。姿を確認すると、レオナルトは素早く扉を閉める。


「レオナルト?」


 訝しげに目を細めるカエルの姫にレオナルトは言った。


「今すぐここを出よう。ザフィア卿を信用するな」


 ルルディアはげんなりとため息を吐いた。


「いきなり何を言っているの」


「後悔するよ。あいつは……、君以外に好きな人がいるみたいだ。だから、君を元の姿に戻す資格が無いんだ」


 陰口など普段は口にしない。自分の品性を貶めるからだ。それでも今回ばかりは言わずにいられなかった。


 呪いの解除が彼女を愛し愛される者のキスならば、彼にその資格があるのか?


(そんなの、ないに決まってる)


 だが、ルルディアはレオナルトの言葉に耳を貸そうとしない。ギラギラと黄金の目に怒りを灯して、レオナルトを睨んだ。


「私が愛が欲しいって言ったから、ヤキモチの演技をしてるの? あなたにしてはずいぶんと上手だけれど、誤魔化されないわ。私は私をちゃんと見て、愛してくれる人と結婚するの。あなたみたいに王女の殻だけに執着する人とはまっぴらごめんよ」


「何を馬鹿なことを言っているんだ」


 相変わらず横たわる誤解にレオナルトは弁明すべきかと言葉を探す。だが、元々色恋沙汰に疎く、口下手な彼は彼女を納得させるだけの語彙を持ち合わせていない。関係がこじれてしまった今、どう言えば彼の気持ちが伝わるのかなどわからない。


 悩んでいるうちに、ルルディアは彼の言葉の断片に反応して、ひどく頑なに言い張った。


「馬鹿で結構よ。馬鹿な姫のことなんてさっさと見限ればいいのよ」


「嫌だ。何を言ってるんだ。落ち着けよ」


「どうして。馬鹿な娘でもあなたの好きなラディウスの王女だから? そんなにラディウス王家と近づきたいんなら、ほら、この間言っていたみたいに、お兄様と結婚したらいいじゃない! ご自慢のノイ・エーラで女に変身して!」


 ここまで頑なだとさすがのレオナルトも嫌気が差す。意固地なルルディアをまっすぐに睨むと、湧き上がる苛立ちを直にぶつけた。


(一度痛い目に遭わないとわからないんだ。この夢見る頑固者は)


「もういい。どうやら僕の好きな『ルル』はもういないみたいだ。――ザフィア卿と末永くお幸せに」


 屋敷を飛び出したレオナルトは、ラディウスとイゼアに架けられた石橋をずんずん進む。アーチ型の橋は削り出した石を緻密に組み合わせてある。大陸一の強度を誇る、ラディウスの建造技術の結晶だった。


 通行料は橋の中央で支払うこととなっていて、設えられた国境の門が、夜間に国境を越えようとする商隊の足を止めている。


 列に並び、緩む歩みに伴い、レオナルトの頭も冷やされた。


 カツン、カツンという音が時折大きく反響する。


(あれ、ここに空洞がある?)


 レオナルトは、気になって足を止めたが、足元の小さな水たまりを見て、顔をしかめた。水たまりは月を呑み込んで黄金に輝いていた。まるで蛙の目。嫌でもルルディアを思い出させるものだった。


 怒りに任せてここまで来たが、いくら腹がたっても諦められそうになかった。何しろ、ルルディアとの結婚は、五年越しの悲願なのだから。


(冷静になれよ。今までの苦労は一体何のためだよ)


 自分に言い聞かせると、レオナルトは大きく息を吐く。そしてぐっと腹に力を入れると踵を返した。




 ずいぶん夜は更けていた。通りで明かりの点いているのは宿場、酒場、それから配達屋サンダント=タクシスだけだった。時折女が誘うような視線を投げてくる。どうやらこの街では違法な商売がはびこっているらしい。


 いかがわしさを増した通りを伯爵家へ向かって歩きながら、レオナルトはルルディアの目を覚まさせる方法を考えつく。


(言っても駄目なら、動かぬ証拠を見せればいいんだろうな。それなら――)


 手荷物を下ろしていくつか道具を出す。だが紙が足りない。一番いかがわしくない店を選んで、レオナルトはサンダント=タクシスに飛び込んだ。


「夜分遅くすまないが、紙を何枚か譲ってくれないか」


 大きな建物の中では、忙しそうな店員が数人くるくると働いている。見ると、仕分けの最中らしい。大きな箱には行き先が書かれている。ラディウスの地名だけでなくイゼアの地名もちらほら見かける。集められた手紙が、ここでおおまかに振り分けられ、各地の集配所にまとめて送られるのだろう。


 興味深く見ていると、一番近くにいた店員が、こちらを見ることもなく答えた。


「譲れるような紙はないよ」


 紙は庶民の間では貴重品。合点したレオナルトが「じゃあ売ってくれ」と金貨を出すと、店員の態度があからさまに変わる。


「あいにく新しい紙は置いてないんだ。裏紙でいいなら」


「十分だ」レオナルトが了承すると、興奮で顔を赤くした店員は指差す。


「そこの大きなゴミ箱の中に入ってるやつなら、全部持って行っていいよ」


 不思議に思いながら中央に据えられている大きなゴミ箱を漁ると、中にあるのは封書だらけだった。商売柄、あって当たり前のものではあるが、ここに入っている意味がわからない。しかも――


「封がされているものがあるけれど?」


 レオナルトの指摘に、手にした金貨に浮かれていた店員はしまったと気まずそうに頭をかく。そして言い訳するように言った。


「あぁ、から頼まれててね。それ、届けちゃいけない手紙なんだよ。宛先見て処分しないといけないから大変なんだが、橋の通行料まけてもらってるから、融通きかせてるのさ。少々心は痛むが、誰もうちで重要書類は送らねえし、私信の一つや二つ失くなっても大したことねえだろ」


「……ふうん」


 嫌な予感がしたレオナルトは、「散らかすなよ!」と店員が止めるのも無視してゴミ箱をひっくり返す。そして底に見覚えのある封書が張り付いているのを見つけて大きく息を吐いた。それはつい先日、レオナルトがラディウスを訪問する前にと、ルルディアに宛てた私信だったからだ。


『会えるのを楽しみにしている』


 ――内容はただそれだけだった。昔を思い出してもらいたくて出したのだが、再会した時のつんけんした態度からは効果が見えず残念に思っていた。


(あーあ、そういうこと。それなら、遠慮なく反撃させてもらうかな)


「協力ありがとう。だが今後サンダント=タクシスは利用しないことにする」


 そう言うと「片付けていけよ!」と騒ぐ店員を金貨で黙らせて、紙の束を手に店を後にする。建物の影に身を潜めると、月の光を頼りに、紙の裏に人員募集の広告を書く。そして宿場の前、酒場の前にばら撒いた。女達が物珍しそうに拾っていくのを見て、ほっとしたレオナルトは、月が陰るのを感じ、空を見上げた――その時だった。


 目に映ったのは月ではなく覆面の男だった。ぎょっとしたレオナルトは飛びのくが、複数の男の腕が彼を捕えようと追ってきた。


「――っ!?」


 だが、男達の手がレオナルトに触れる寸前、左手の親指にはめられた指輪の石が青く輝き出す。かと思うと、彼を覆っていた透明な膜が青白色に光って存在を示した。こうなるとレオナルトが危機を感じなくなるまで、彼には触れられない。イゼアでも限られた人間しか使うことのできない盾の高等魔法である。魔法を跳ね返す鏡の魔法と共に常に発動していて、レオナルトが単独行動出来るのはこれらのおかげだった。


「お得意の魔法か」男の一人が舌打ちする。


「僕が魔法を使うこと、知っているのか? つまり僕が誰だか知っていてやってるみたいだけれど、このことが公になったら後でどうなるかわかっている? 我が国の者は黙っていないよ?」


 すかさずレオナルトが威嚇するように言うと、男達は顔を見合わせて明らかに怯み、マントを翻して散り散りに逃げていく。


(やれやれ、なんてわかりやすい)


 急ぐし放っておこうかと思ったが、ふと、刺客を捉えて問いただせば、ルルディアも目を覚ますかもと思い直す。先ほどの策との合わせ技が狙える。レオナルトは逃げ遅れ、まだ姿が見える一人の後を追う。


(こういう時に攻撃魔法でも込めていればいいんだろうけど)


 ちらとそんな考えが浮かぶが、すぐに振り払う。過ぎた力は破滅を呼ぶ。レオナルトはノイ・エーラに込められる魔法を攻撃性のないものに限定しているのだ。


(捕縛くらいなら、害はないかな。ああ、でも使い方によっては危険が伴うか)


 そんなことを考えながらレオナルトは、刺客を追う。


 男はラディウス側の橋の袂へ潜り込む。レオナルトは追って橋脚の横の階段を駆け下りた。上からはわからなかったが、橋脚はずいぶん太く造られていて、中に人が住めるのではないかと思えるくらいだった。


 一番目の橋脚は水に浸かっていなかったが、二番目の橋脚は水の中に沈んでいた。膝まで水に浸かると、水圧でずいぶん抵抗を受け、急に追跡が難しくなる。


 橋上には人影が見えるが、誰もこちらに気づかない。流れる水は、物音すべてを呑み込んでいる。


 闇色の水に足を取られているうちに、レオナルトはついに男の姿を見失う。右手薬指の指輪を掲げて「リヒト」と囁くと乳白色の石は眩く発光した。手を伸ばし、光を橋にかざして目を凝らすと、男は三番目の橋脚の裏へ回りこむ。追ったレオナルトは、誘うようにぽっかりと開いた穴を見つけて目を見張った。


 鉄の格子戸が付いている。ということは、穴は浸食されたものではないし、造りの頑丈さから言って予め橋の一部として設計されていたかに思えた。


「ここはなんだ? 奴らの隠れ家?」


 流れる水に引き込まれ、よろけて壁に手を突いた途端、後ろから突き飛ばされる。がちゃんと金属音がして背中で扉が閉まった。直後、鍵のかかる音がした。


「なっ――」


 謀られた!? 気づいた時にはもう遅かった。


 腰まで水に浸かったレオナルトは立ち上がると、格子にしがみつく。そして一段高い場所から見下ろす目と見つめ合った。


「あなたを守る魔法は十指の分だけ。さすがに鍵を外す魔法は備えていないのでは?」


 太った月を背に負った男の顔は逆光のため見えない。だが聞き覚えのある声にレオナルトは目を見張る。そんなレオナルトを男は笑った。


「すべてはブリュッケシュタットの未来のため。明日の朝には勝負がつきます。それまでおとなしくここにいてくださいね」



 ***




 ルルディアはぶるりと身を震わせた。レオナルトが去った後の部屋はなんだかすごく寒々しく感じたのだ。


「僕の好きなルル? どういう意味よ。私を好きだったことなんか、一度もないくせに」


 出会いからして最悪だったし、文通でも色気のある話など皆無。最後にはその手紙も無視された。

 仮にもし好意があったとしても、それはもう過去のこと。レオナルトはルルディアを見限った。ルルディアの頼んだとおりに。


(願ったり叶ったりじゃない)


 ルルディアは用意されていた小さな毛布に体を包む。暖かさでぽっかり開いた心の穴を埋めようとしたけれど、うまく行かなかった。

 そのまま眠りにつこうとしたが、駄目だった。明日の朝は早いというのに、どんどん目が冴えてしまった。


「こういう時は散歩よね。ちょうど月も綺麗」


 諦めてルルディアは毛布から抜け出すと、テーブルの上から飛び降りる。床のじゅうたんに着地すると扉の下の指二本ほどの隙間をくぐる。なぜかしゃがみこんでしくしく泣いている兵の横をすり抜け、廊下へ飛び出した。


「えーと、確か立派な中庭があるはず。どっちかしら」


 ずいぶん広い屋敷だった。ぺとんぺとんと大理石の床を根気強く跳ねるが、このままだと中庭に辿り着くまでに夜が明けてしまう。疲れたルルディアは、ちょうど通りかかった侍女の服の裾にしがみつく。そうして服の色に体の色が馴染む頃にはルルディアは中央の広場に達していた。広場からは右翼と左翼を結ぶ廊下が伸びていて、それに中庭と正門を結んだ廊下が交わっていた。


 ルルディアは侍女の服から飛び降りると、中庭方向へと曲がる。だが、門の方が騒がしいのが気になって後ろを振り向く。騒ぎにつられて正門前の噴水までたどり着いた時、ルルディアの耳に飛び込んだのは、侍従と女性が言い争う声だった。驚いて見上げると、門の向こう側で飛び抜けた美女が目を釣り上げていた。


「いいかげんにしろ、コルネリア。今日これで何度目だ。何度来ても解雇は覆らん。念書も書かせたはずだろう」


 コルネリアと呼ばれた女性は侍従のつれない言葉に食い下がる。


「だって納得行かないもの。これを見なさいよ。仕事募集って書いてあるじゃない。結婚するからってクビにされたのに、結局新しい子を雇うっていうの? 許せない。婚約者にあいつの女性遍歴全部バラしてやるから!」


(な、なに? 今のどういうこと?)


 女性遍歴という言葉に、レオナルトの言葉の意味がじわじわと頭に染みこんでいく。同時に恋情に曇っていた目がわずかに晴れる。


(まさかよね。そんなわけないわよね?)


 呆然とするルルディアの頭の上で言葉が刃となって互いを斬り合っている。盛大な喧嘩が頭上で繰り広げられはじめる。


「あんまりしつこと消されるぞ。お前くらいのべっぴんなら新しい男もすぐ見つかる。悪いことは言わないから、手切れ金で満足しておけよ」


「冗談やめて。あんなはした金、一月でなくなるわよ!」


「はした金だと? 俺達の一年分の給金だぞ!? ふざけんな」


「ふざけてないわよ。アルフォンスは、ラディウスの姫を騙して都市国家を興す気なのよ。となれば、彼は王だわ。つまりこれ、未来の側妃候補を募ってるんでしょう? 長年支えてきた私を差し置いて、冗談じゃないわ」


 コルネリアが丸めた紙を門番に投げつける。それは風に舞い上がり、やがてルルディアの足元に届く。前足で皺を伸ばすと、ザフィア家で侍女の大量募集が行われることが書かれている。アルフォンスの身の回りの世話をすると書かれているが、いかんせん、人数が多すぎるし、条件がおかしい。未婚で歳は十五歳から十八までの美人限定。そして報酬が一般的な侍女の仕事の二倍以上で、月に百ルドと高額。ルルディアの侍女でさえそんなに貰っていないはずだ。とても普通の仕事とは思えない。コルネリアの言葉が真実としか思えなくなった。


(私、なんて馬鹿なの……簡単に騙されて)


 心の拠り所をすべて無くし、絶望で打ちひしがれるルルディアだったが、ふと彼女に助言をくれたレオナルトのことを思い出して顔を上げた。


(もしかして、レオナルトは私の事本気で心配してくれてた? なのに演技してるとか……馬鹿にされても、呆れられてもしょうがないわ)


 ルルディアは急激にレオナルトを追いかけたくなる。


(とにかく、一言、謝らないと)


 ぐっと腹に力を入れる。そして人の足の間をくぐりぬけて門の外へ出た。小さなカエルに誰も目は留めない。脱出が成功した――と思った時だった。


「どちらにお出かけでしょう?」


 聞き慣れた声に顔を上げると、てっきり中にいると思っていたアルフォンスが門の外に立っている。ルルディアは目を見張った。

 金色の髪は黒いフードで覆われている。しなやかな体躯は黒いマントに包まれ、まるで闇に紛れて悪事を働いてきたかのような出で立ちだった。その上全身びしょ濡れだ。怪しい事この上ない。


「ど、どうなさったのです、その格好は」


 しゃべるカエルの登場にどよめきが起こる。アルフォンスはにっこりと辺りを見回すと、目だけで周囲を黙らせる。フードを払い、流れるような仕草でルルディアを黒い手袋をした手のひらに掬い上げる。だが、華麗な仕草に伴ったのは嗅ぎ慣れない潮の匂いだった。


「どうなさった、は私の台詞ですよ」


 迫力のある笑顔に圧され、ルルディアは一旦口をつぐむ。だが、彼の肩越しにコルネリアと目が合った。彼女はカエルのルルディアを意味ありげに見つめている。ルルディアが何者か、既に知っているような目だった。


「そこの女性は、あなたが私を騙して、都市国家をつくるつもりとか言ってたわ」


「さあ。何か勘違いをしているのでしょう」


 アルフォンスはルルディアの視界を遮ると、屋敷に入ろうとする。だが後ろからコルネリアの悲鳴のような声が上がった。


「アルフォンス! 馬鹿な真似はもうやめて!」


「気にせずに行きましょう」


 柔らかく微笑まれる。だが、アルフォンスの表情が一瞬研いだ刃のように尖るのを、目の覚めたルルディアは見逃せなかった。


「行きません。彼女のこと、きちんと説明してください!」


「私の愛する女性はあなただけですよ」


 頬を優しくなでられる。妙な不快さを感じたルルディアは、その正体を知り、じっと彼の手にはめられた手袋を見つめた。レオナルトはいつだって素手でルルディアに触れたが、アルフォンスはハンカチか手袋越しにしかルルディアに触れない。礼を尽くそうとしているのだろうと捉えていたが、もし違ったら?


「ねえ」


 思いついたひらめきは確信に変わろうとしていた。ルルディアはアルフォンスに手を伸ばす。


「あなた、本当に私にキスできるの?」


 じっと見つめると、アルフォンスの顔が初めてはっきりと引きつった。


「もちろんですよ」


 余裕の返事。だが声は裏返っている。後ろからコルネリアの声がかぶさった。


「出来ないわよ。彼、カエルが大嫌いだもの。昔、魔法でカエルに变化したトラウマで、今でも触ったらぶつぶつが出て失神するの」


「え、それってまさか」ルルディアが過去のカエル事件を思い浮かべて顔を引きつらせる前で「余計なことを言うな!」とアルフォンスは怒鳴った。泡を食った彼の態度はコルネリアの言葉を肯定しているようにしか思えない。


「もしかして」


 ルルディアは黄金の目をぎろりと輝かせた。


「あなた、私の呪いを解く気はなかったんじゃないの? 私が王女でさえあれば構わないって思っているのは、レオナルトではなくてあなたなんじゃないの!?」


 ルルディアは手袋と袖の僅かな隙間に手を差し伸べ、触れた。


 次の瞬間、アルフォンスの肌に湿疹がぶわりと浮き出た。彼は「触るな!」と怒鳴ってルルディアをあっさり手から振り払い、そのまま喉をかきむしりながら白目をむいて後ろに倒れこむ。周囲の人間が慌てて医師を呼びに行き、その間、扇いだり、水に浸した布を頭に乗せたり、応急処置が施され始める。


 地面に落とされ、踏まれそうになったルルディアは慌てて噴水の縁に避難した。そして人心地ついたところで、大きく息を吐く。


「呆れた! これじゃあ、愛のあるキスなんて絶対無理じゃない!」


 そうぼやいたその時だった。


 大風が門扉を揺らした。カンカンカンと甲高い音が川の方から聞こえてきて、ふらふらのアルフォンス以外の皆が一斉にそちらを振り向く。あまりの物々しさにルルディアも目を細めた。


「なにあれ」


 するとちょうど横にいた門番が言った。


「今日は満月なのですよ」


 カエルの姿にも臆せずに反応する彼は、どうやらずいぶん肝が据わっている。


「満月だとあんなふうに鳴らすの? あれ警鐘よね?」


 門番は何を今更当たり前のこと聞くのかとでも言いそうな顔をする。


「満潮です。橋の橋脚が水に呑まれるので、大潮の時などは念のため通行を禁止するのですよ――って、ああ! アルフォンス様、ご無理はいけません!」


 ここまで這ってきたのか、アルフォンスが必死の形相で噴水の縁に掴まって起き上がろうとしていた。


「満月……だと?」


「はい。綺麗な月ですよ」


 門番がのんきに空を指差すのと、雲が晴れて月が顔を出すのは同時だった。月光に照らされたアルフォンスの顔は白いのを通り越して真っ青だった。


「とにかく、どうか横になられてください」


 門番の言うことも耳に届かない様子で、アルフォンスは叫んだ。


「レオナルト殿下が、危ない!」


 今度はルルディアが取り乱す番だった。


「どういうこと!?」


「少しの間だからと、橋の橋脚にある牢に閉じ込めてきたのです」


「あなた、ラディウスとイゼアの間に戦を起こすつもり!? イゼアの王子にそんな狼藉――」


 だが、ルルディアはふと気になった。


(あれ? でももし私じゃなくてレオナルトがカエルになっていたらそれこそ戦じゃない?)


 今更思い当たってそう首を傾げると、アルフォンスが必死の形相で言った。


「わかっています。わかっているからこそ、波風を立てたくなかった。だからあなたをカエルにすれば、レオナルト殿下の方から破談にされるに決まっていると――」


「なんですって!?」


「あ」


 ついポロリと漏らしたという様子だった。


「なに? つまり、最初から私をカエルにするつもりだったってこと? レオナルトじゃなくって!?」


「ちがうんだっ……」


 アルフォンスが言いよどむと、コルネリアがにんまりと笑って口を挟む。


「イゼアの王子が魔法で身を守るのは有名な話だし、わざと失敗させてカエルになった姫を引き取って、ラディウス王家に恩を売るつもりだった。しかも姫に計画を実行させたら、王子が怒って溝が出来るだろうし、自分は罪を問われない。大枚叩いても手に入るのが苦手なカエルへの変身魔法しかなかったのは痛かったけれど、背に腹は代えられない――ってそんなところかしら?」


「うるさい、コニー! わかったような口をきくな」


「コルネリアよ。そっちこそ勝手に追いだしたくせに馴れ馴れしく呼ばないで」


 見ていると、喧嘩するほど仲がいい、そんな言葉が頭に浮かんだ。二人の関係の深さが察せられて、ルルディアは眉間に――今は眉はないけれど――皺を寄せる。コルネリアは眼光を緩ませるとアルフォンスを愛おしげに見つめた。


「ずっと一緒にいたんだもの。あなたのことならなんでもわかってるわよ。ブリュッケシュタットを独立させたかったってこともね。そのためにどうしてもラディウス王家に取り入りたかった。せっかく落ちかけてたお姫様を今更かっさらわれるのが我慢ならなかったのはわかるけれど、こんな馬鹿な真似……私が居たら絶対させなかったのに」


 アルフォンスはぐっと詰まる。どうやらコルネリアには頭が上がらないらしい。そういう関係の女性がいたくせに求婚するのは、ルルディアにとっても、コルネリアにとっても許しがたい裏切りだ。腹を立てたルルディアは、瀕死のアルフォンスへの恋情を、力いっぱい踏み潰してとどめを刺す。


「私、あなたとは結婚しません。――とにかく、レオナルトはどこなの!」


 アルフォンスはまだ言い訳をしたそうにしたが、結局は警鐘に追い立てられて諦めた。「第三橋脚の牢へ!」と先ほどの門番を捕まえてレオナルト救出を命じている。


 物々しい音が全身に響き、ルルディアは嫌な予感に身を震わせた。


「満潮はいつ!?」


 ルルディアの問に、門番は「あと一刻ほど。月が中天に登る時刻です」と深刻な顔で答えた。


「連れて行きなさい!」


 ルルディアは門番の肩に飛び乗ると、走りだす彼に振り切られまいとしっかり服の布を掴んだ。




 ルルディアが橋に辿り着いた時には橋脚の半分以上が水没していた。門番が「高潮だ」と青い顔で呟く。

 彼の言葉通り、白い水しぶきが橋脚に絶え間なくぶつかり続けている。見ると橋に設えられた旗が風で激しく踊っている。


「あれでは近づけない。もっと人を集めなければ」


 屋敷に戻りかける門番に向かってルルディアは叫んだ。


「冗談じゃないわ。今助けないとレオナルトが溺れちゃうじゃない!」


「しかし、私一人だけでは救助するのは難しいのです、ご理解ください! 人と道具を集めてすぐに戻りますから!」


 門番はそう言うと、踵を返した。ルルディアは思わず肩から飛び降りる。彼が気づかずに駆け出したのをいいことに、ルルディアは橋の欄干の上から身を乗り出し、荒れるシュプルングの様子をうかがった。


(酷い流れ)


 風が連れてきた水しぶきがルルディアの全身を濡らした。どうやら水深はかなりあるし流れも速そうだ。門番が怖じ気づくのも仕方がない。


(第三橋脚の牢――)


 手がかりを呟きながら、ルルディアが焦燥感に駆られた刹那、乳白色の微かな光が視界をちらついた。目を凝らす。


(あれは)


 ぼんやりとした小さな光の中に浮かぶそれが、レオナルトを示す特徴的な物体だと気づいたルルディアは、欄干の上から飛び降りていた。



 ***




(え――私、一体何してるの――!?)


 泳いだことなどないのに、今、ルルディアの体は川の上空に浮いていた。

 腹を打つのを避けて体を丸めると、体はとぽん、と小気味のいい音を立てて水の中に沈んだ。


(お、溺れる!)


 そう思ったすぐ後には、ふわんと水に体が押し上げられた。


(え、体がすごく軽い)


 しかも手足を適当に動かすと、驚くほどの勢いで前に進む。ルルディアはそこでようやく自分がカエルに変身していることを思い出した。


「そうだった。カエルだわ、私」


 急激に湧き上がる喜び。先ほどまで疎んでいた姿が、今はありがたくてしょうがない。こういうのを僥倖とでも言うのだろうか。


(これでレオナルトを助けに行ける!)


 ぐいぐいと水を蹴ってルルディアは泳ぐ。乳白色に光る〝眼鏡〟を目指して。


(お願い間に合って!)


 波に何度か流されながらも、水の中で息ができる、泳ぎに適した体は濁流に負けない。しかも運を味方につけたらしく、海から押し寄せる波は、シュプルングに流されそうになったルルディアを第三橋脚の方向へと押しやった。


「レオナルト! レオナルト!!」


 叫びながら必死で泳ぐと、やがて格子で出来た扉が見つかった。中に弱々しい光が灯っている。目を凝らすと光源はレオナルトの指輪のようだった。


「……ルル!?」


 水はレオナルトの頭を半分呑み込んでいた。彼は顎を上げて水を飲むのを必死で拒んでいる。あと少しで天井まで水が到達しそうだ。高い波が襲えば今にも溺れそうな状態に、ルルディアは蒼白になる。


「今開けるから!」


 だが、次の瞬間ルルディアは気がついた。


「あ、鍵! 鍵は!?」


 もしかして門番が持っていたかもと頭が真っ白になった。だが、


「どうしても外せないんだ」


 水を飲みそうになりながらレオナルトが言う。潜って探すとレオナルトの腰のあたりに重そうな閂状の鍵があった。指で動かそうとしたのか、中途半端に掛かっている。


「もう少し格子の目が広ければ手が出せるんだけど、それ以上は届かなくて、いくらやっても無理だった。牢なら当然だろうけど」


 そうしているうちに波がレオナルトに被った。彼が水を飲み、大きくむせる。荒い息、青い顔。そう長くは持たないのがありありとわかった。


「レオナルト、どうしよう」


「ルル。一度地上に上がって助けを呼んできてくれるかい」


 彼は息を整えるといつもどおりに冷静な顔をして言った。


「僕は大丈夫だから」


「大丈夫じゃないわよ。もうすぐ息ができなくなっちゃう」


「ここに居たら、君まで巻き込まれる。それは絶対嫌なんだ」


 熱のこもった言葉にルルディアは目を見張る。


「それは、私がラディウスの姫だから?」


「ちがうよ。君が君だからだ」


 レオナルトが真面目な顔で答えた。

 朴訥な言葉は、飾り気がない分素直にルルディアの心に染み込んだ。


「私のことなんて、どうでもいいって思ってたんじゃ……」


「何言ってる、そんなわけないだろう。僕が君を手に入れるためにどれだけ苦労したと思ってる。ノイ・エーラの開発だって、ラディウスの姫――君にプロポーズできるように、相手にしてもらえるように、国力を上げたかったからだろう」


 怒りの滲んだ声。そして言われた言葉にルルディアは驚愕を隠せない。


「でも、どうして、私? 私、馬鹿だし、身分以外になんの取り柄もないのに」


「……君は忘れてるみたいだけれど、僕にとって“あの一言”は衝撃だった」


「あの一言?」


「とにかく――君は助けを呼びに行ってくれ。もうここは危ない」


 ぷいと顔を背けて、彼はこんな時なのに眼鏡を押し上げる。その時、ルルディアは気づいた。光る指輪に照らされる目元が赤い。


(もしかして、これ、照れてるの?)


 レオナルトがルルディアと話す時に無愛想だったのは、単に照れていたのだろうか。


 愛おしさが急激に溢れ、胸を満たす。同時に体中に力がみなぎってくるのがわかった。


「私のことは心配いらない。私はカエルだもの。泳げるし、水の中で呼吸だってできる。あなたが言ったんじゃない」


 くすりと笑うとルルディアはもう一度水に潜る。小さな体は水流に巻き込まれそうになる。必死で泳ぎながら、格子にしがみついた。


 だが、いくら押しても閂はびくともしない。


(この姿じゃ力が足りないっ……どうしよう)


 思わず呻くと、まるでルルディアの嘆きが聞こえたかのように、水の上でレオナルトが必死で叫ぶのが聞こえた。


「ルル、上に行け――たのむ、君を失いたくない!」


「そんなの私だって同じよっ!」


 水中で叫んだ次の瞬間、とうとう水が天井まで到達した。


 レオナルトがもがく。彼の眼鏡が流されて沈んでいく。ルルディアは必死で閂を押すが、どうしても力が足りない。そうしているうちに、レオナルトの口から空気が大量に漏れ、彼がぐったりとする。

 ルルディアは小さな体を牢へ滑りこませると、必死の思いで彼に口付け、思い切り空気を送り込んだ。


(神様、今だけはこの姿に感謝するわ! レオナルト、ちょっと気持ち悪いかもしれないけど我慢して!)


『る、る』


 レオナルトがびくりと震え、目を開ける。そして、なにかをひらめいたかのように突如目を大きく見開いた。そして、格子の目からルルディアを牢の外へと押しやる。


(なに? まだ戻れって言うの!?)


 焦るルルディアがもう一度格子を内側へとくぐり抜けようとした次の瞬間だった。


 レオナルトが水の中でびっくりするくらい綺麗な笑みを浮かべた後、その灰色の目を伏せながら、格子越しにルルディアに口付けたのだ。


(え)


 体の中をビリビリとしたものが流れた。それは以前、カエルに変わった時に味わった感覚と同じだ。だが、以前は暗転した視界が今度はどんどん開けていく。眩しくて目を開けていられなくて、ルルディアはぎゅうっと目を瞑った。


 次に目を開けた時には、さっきまで巨人のように大きく見えていたレオナルトが見慣れた大きさに戻っていた。


(え、元に戻った!? ――って、息、くるしっ――)


 同時に息苦しさを感じ始める。慌てて格子を伝って閂に手を伸ばす。カエルの手では外れなかった鍵は、人の姿のルルディアのひと押しであっけなく外れた。


(レオナルト!)


 心のなかで叫ぶ。彼は水にゆらりと浮かび、半分意識を飛ばしかけていた。ルルディアは慌てて格子を大きく開く。再び彼に口づけ、身を絞るようにして空気を送り込むと、レオナルトは薄く目を開けた。


 二人は手を繋ぐと、残る体力を振り絞って水を蹴る。月の映る水面を目指して。




 ぷはあ、と水面から顔を出すと、二人はゼイゼイと息を整える。


 風はぴたりと止み、中天には満月が浮かんでいた。見事な満潮。川の流れが海からの潮の流れと押し合って、ちょうど流れが淀んだところだった。


 手を伸ばして橋脚にすがりつく。そこには窪みが掘られていた。足をかけて欄干へと登ろうとしたルルディアを「待って」とレオナルトが阻む。「どうしたの?」と尋ねると、僅かに頬に朱をさした彼は、ルルディアから目を逸らしながら自分の上着を脱いだ。


「とにかくこれを着て」


「え? なんで?」


 びしょ濡れの上着を手渡され、きょとんと首を傾げるルルディアに、レオナルトは気まずそうに言った。


「ええと、……君、服を着ていないんだけど」


「え、ええええええ!?」


 見下ろすと、闇色の水が胸から下を隠しているものの、確かにそうだった。


「ど、道理で身軽――って見たの!?」


「必死だったし暗かったから見えてない!」


 レオナルトは否定したが、先ほどまで光っていた彼の指輪のお陰でルルディアには彼の顔が見えていたのだから、逆もまた然りである。卒倒しかけて再び水の中に落ちそうになったルルディアをレオナルトが支える。大きな服でルルディアを包むと、自らに掴まらせる。そして見た目を裏切る力強さで橋脚を登り切った。


 地上では門番が仲間を従え、真っ青な顔で二人を出迎えた。


「レオナルト殿下、ご無事で何よりです! え、そ、そちらの女性は」


 レオナルトは「それは君達の主人がよく知っていると思うよ」と冷たく言うと、門番の差し出す毛布を奪い取るようにして、まずルルディアを包んだ後、自分も毛布をかぶる。


 誰何を続ける門番の視線からルルディアを背にかばうと、彼は毅然とした態度で命じた。


「とにかく、彼女に暖を取らせてくれ」


 こんな時までルルディアを優先してくれる彼を見て、ルルディアは感激と同時にひどく恥ずかしくなる。


(私、今まで彼の何を見ていたんだろう)


 特に先ほどの言葉は胸に深く刺さって、もう抜けそうにない。


(あれは、つまり私と結婚したいから、だから、国に力を蓄えるために研究に打ち込んでたってことよね? 私の事、好きだってことよね?)


 何よりルルディアの呪いが解けたのが愛の証だ――そう思い当たった途端、


「うっわああ、『愛の証』とか!」


 ルルディアはきゃあと小さく叫び声を上げる。ひとりで大騒ぎをしはじめるルルディアの前で、レオナルトは顔に手をやり、眼鏡を持ち上げかけたが、それは既に流されて消えている。照れ隠しが出来ない彼はじわじわと顔全体を赤らめ、ルルディアにげんなりとした顔を向けた。


「あのね、ルル。恥ずかしいからそのくらいにしておいて」



 ***



 橋のたもとにある小さな宿屋で、二人は暖炉に当たらせてもらっていた。


 町娘の着るような服を着て、銅色の髪を乾かす。香辛料の入った熱いスープを飲むと、体がぽかぽかとして、顔色も元のバラ色に戻っていた。


 レオナルトも着替えて顔色もましになり、短い銀髪はルルディアの長い髪とは違って既に乾いていた。眼鏡が消えて、彼の端正な顔を遮るものは何もない。素顔をしっかり見るのは、それこそ五年ぶりだろうか。ルルディアはどぎまぎする。


 レオナルトと目が合ったルルディアは、灰色の目で心の中を読まれたような気になり、酷く動揺する。追い打ちを掛けるように、レオナルトはルルディアをじっと見つめた。


「元に戻って本当に良かった」


 ええ、とルルディアは頷く。そして取り戻した元の姿を見下ろした。手を開く。そして閉じる。この手が水をかき分け、その後鍵を外して彼を救った。何か一つでもうまく行かなければ、レオナルトは死んでいた。思い返して、しみじみと言った。


「でも、変身したのがカエルの姿で本当によかったわ。こうしてあなたを助けることができたんだもの」


 するとレオナルトは、複雑そうな顔をした。


「君は、なんていうか……やっぱりどこまでも真っ直ぐで前向きだね。昔からそうだった。僕がもしノイ・エーラが悪用されたらって悩んでいた時も『正しく使えるようにすればいいのよ。それがあなたの仕事でしょ』って、背中を押してくれた。だから僕は頑張れたし、僕は君のそういうところがずっと、す――」


 そこまで口にしたレオナルトは、口を抑えて赤くなる。


 続きを予測してしまったルルディアは、つられて赤くなりながらこほんと咳払いをした。


「あなたのお陰で、アルフォンスとの縁談はなくなりそうですけど」


「元々彼が横槍を入れたんだよ。それどころか――そうだ、手紙のことなんだけど」


「手紙? 手紙って……」


 レオナルトはむすっと眉を寄せると、アルフォンスがサンダント=タクシスに働きかけて手紙を握り潰していた事実を語る。


「多分、彼が君に近づき出した頃からだろうね」


「ひどい。私、てっきりあなたが私に興味をなくしたって思っていたのに」


「僕だって、振られたんだなって結構落ち込んだ。そうだ。配達屋への法規制、急いだほうがいいな。橋の通行料をまけてもらって、あの安さを実現してたみたいだけど、あれじゃあ駄目だ。いくら私信といえども、そのせいで僕達の仲は割かれるところだった。……まぁ、本当に重要なものには手間とお金を惜しんじゃ駄目だっていういい勉強になったけど」


 サンダント=タクシスへの不平と己への反省を漏らすレオナルトにルルディアは笑う。


「アルフォンスの処分はお父様に任せることにする。でも個人的にもお仕置きが必要ね。あ、そうだ。ひとまず大量のカエルを送りましょう」


「カエル?」と首を傾げるレオナルトに、ルルディアはアルフォンスの強烈なカエル嫌いの事を話す。だが、


「――あ、でも、お仕置きって言うなら、私にも、よね?」


 実行犯である自分の身の上を思い出して慌てるルルディアの頬を、レオナルトはそっと撫でる。


「僕はラディウスと戦争する気はないよ。お仕置きが必要だというなら、今後僕以外が目に入らないような魔法でもかけようかな?」


 顔を固定されたまま甘く見つめられて、ルルディアはにわかに混乱した。


「ちょっと待って。何、その気障な台詞。あなた本当にあの口下手なレオナルト!?」


 思わず問うと、レオナルトは眉を寄せた。


「今は君の顔がはっきり見えないから緊張しないだけだ。ただでさえ女の子と話すのは苦手なのに、君は昔よりずいぶん綺麗になった。顔を見たらまともに話せない」


 意外な事実に驚き、素直な褒め言葉に顔が熱くなる。


「……え、もしかして、緊張するからカエルがいいとか言ってたの?」


 他にどんな理由があるんだとでも言いたそうにレオナルトは頷く。その様子に、一面だけを見て本質を判断するのは愚かだと、ルルディアはつくづく思った。


 じっと見つめ合っていると、レオナルトの親指が焦れたように唇を撫で、ルルディアは重要な事を思い出す。


「そういえば、責任取ってもらえるのよね? 姿が戻ったってことは、キスのことは知られちゃうし、誤魔化せないわ」


「責任取るって最初から言っていたと思うけど? 五年前から君は僕のものだって決めていたんだ。誰にも譲るつもりなんかない」


 不機嫌そうなレオナルトの顔が近づき、ルルディアの唇に彼のそれが重なる。


 水の中では、ただただ驚くだけだった。だが、今度は違う。彼の体温が溶けこむような甘い甘い感覚に、ルルディアはぼうっとなる。


 一度離れると、彼は満足そうな笑みを浮かべた。それはまるで花が溢れるようだった。


「君が好きだ。僕と結婚してくれるかい?」


 あれだけ嫌がっていた政略結婚も、愛があれば、ルルディアが望み続けた恋愛結婚だ。


「――ええ、もちろん」


 湧き上がる多幸感にルルディアは微笑んだ。


 《完》

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