私は演じる
短編とは、4万字以下のものを指す。
今回書いたものは約6000字。
ショートショートと呼べるかも怪しい分量の短編ですが、一応1話完結型にしたので短編です。
R15の性的表現が含むので、苦手な方はUターン願いますm(_ _)m
学校の帰り道、夕陽を見上げながら帰っていると、後ろから声を掛けられた。
「トーコ、暫くトーコの家に居させて。家に鍵を置いてきたから、入れなくて。親が帰るまで、お願い」
自分より少しばかり背の高い彼女に頼み込まれ、私は仕方ないなぁというポーズをとる。
「いいよ、アーヤ」
手に持つ皮の学生カバンをトーコは私の手から奪う。
「家に居させてくれるお礼に持つよ。ただでさえ、トーコは身体が弱いから」
私は腰まである二つに分けた三つ編みを揺らし、「ありがとう」と微笑んだ。
だって、これはアーヤがうちに来る時の“お決まり”だから。
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家に着いて、扉を開けると「ただいま」という声に被せる様にして、「お姉ちゃん‼︎ リョーちゃんがテレビに出てるの。来て、はやく!」と大声が聞こえた。
速やかに靴を脱いで、居間に顔を出すと「ああっ、もう終わっちゃったわよ」と母親はむくれていた。
「でも、録画したものでしょ」
と聞くと、「勿論よ。でも、やっぱり興奮しちゃうじゃない」と上機嫌な返事が返ってきた。そして、「アーヤちゃん、いらっしゃい。また、鍵をお家に忘れちゃったのね」と振り向いて話しかけてきた。
どうやら、テレビで放送されていたドラマは終わったらしい。母親は腰を上げて、夕食の準備を始めたようとする。
私もアーヤと一緒に自分の部屋に撤退しようとしたところ、「お夕飯は、10分後ね。アーヤちゃんも食べて行きなさい」という声が後ろから聞こえて来た。「はーい」と返事をして、私達は階段を駆け上がった。
部屋に入ると、アーヤは「何度見ても広い部屋だな」という。
10畳ある部屋は、元は弟のリョウと一緒に使う予定だったものだ。しかし、今年の3月、中学卒業と共に突如「俺は俳優王になる!」と宣言した弟は家を出て独り立ちをした。今は何処を生活拠点にしているのかは、一切不明。ただ、つい最近出演し始めたドラマから芸名とプロダクションが判明した。
二つしか歳が変わらない私は、弟の神経の図太さに関心した。今まで劇団やプロダクションに入っていた訳でもないのに。
「父親は帰ってきてるの?」
脈絡もなく、アーヤが聞いてきた。
「たまにね」というと、「いい傾向だね」と言われた。
父親は弟がいなくなってから、あまり帰ってこなくなった。仕事が忙しいと言っていたが、やはり、弟が欠けた家に帰って来るのが寂しいのだろう。まぁ、大きな会社の社長である父親だから、本当に忙しいだけかもしれないが。
ただ、弟がドラマに出演するようになる少し前あたりから、家に帰ってくるようになった。
母親の「ご飯ができたわよ〜」という声が聞こえて、私達は階段を駆け下りた。
食卓に並べられた料理は、どれも美しい。「美味しそう」と感嘆の声を出すアーヤに母親は「美味しそうじゃなくて、美味しいのよ」と唇を尖らせた。
その姿を見て、私が笑うと母親は「食べながらリョーちゃんのドラマを観るわよ」と言って、リモコンを操作した。
アーヤと声を揃えて「頂きます」と言うと、「召し上がれ」と母親は笑いかけてきた。弟がいなくなったあたりから、母親も気落ちして塞ぎ込んでいたが、この頃は弟の出演するドラマを見て、弟が元気であることに安心してか、よく笑う。
食べながら、ドラマを見ていると早速弟が画面に映った。
「リョーちゃんよ!」
嬉しそうに声を上げる母親につられ、テレビを見る。
母親に似た可愛い顔立ちの弟は、現在成長期真っ只中。可愛いさの中に垣間見える格好良さが人気なようで、ドラマが終盤の今、主人公に引けを取らない人気らしい。
弟の役柄は主人公である有名な男性パティシエに、本場フランスで修業した後、日本に戻ってまでその男性パティシエの元で働きたいと弟子入りしたパティシエ。主人公の男性が材料の取引先の女性に恋をし、奥手な主人公を陰ながらアドバイスをして支えるポジションだ。
アーヤ曰く、主人公が無愛想な感じのワイルド系で、弟が無垢な可愛い系だから、一部では師匠と弟子のボーイズラブという解釈もでき、それも人気に拍車をかけているらしい。
準主役のポジションをどうやって家を出て直ぐに手に入れたかは多いに疑問だが、演技の方は悪くないので、例え父親のコネを使ったところで大きな文句は出ないのであろう。もっと不思議なことは、中盤からの出演だからいっても、よくロケに間に合ったなということであった。
ドラマをリアルタイムで既に見ていたアーヤは、母親と感想を交えながらドラマを見ている。
私は二人を微笑みながら見て、食事を進めた。
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ドラマを見終わった私は、体調が悪くなり、部屋で休むことにした。
母親は心配そうにしていたが、「いつものことだから、大丈夫。寝たら治るから」というと、「そう、ゆっくり休むのよ」と言ってくれた。
アーヤが「じゃあ、私もそろそろ帰る準備をしますね」と言って、私の後を追って部屋に来た。
扉を後ろ手で閉めたアーヤは、私に尋ねる。
「今日は大丈夫?」
その問いに私は手元のスマートフォンを見ながら答える。
「“今日も”大丈夫よ、アーヤ。いつも通り」
アーヤは何とも言えない様子で私を見る。
「トーコも大概ね。大丈夫なら、いつも通り着替えたら?」
「直ぐに着替えるから少し待ってて」
大きなクローゼットを開けると、ところ狭しに服が並ぶ。私は母親の買った私に似合うであろう可愛らしいスカートやカーディガンではなく、簡素なズボンとTシャツにパーカーを手に取り、着替える。これは弟のものだが、勝手に使ったところで怒らないから、問題ない。仕上げに三つ編みのおさげを纏めて、帽子の中にしまい込む。これにサングラスをかければ、完成だ。
私の着替え後の姿を見て、アーヤは感心したように言う。
「毎度のことながら、その変貌ぶりはすごいな。胸がまな板なのも相まって、少年にしか見えない」
「それなら、よかった。じゃあ、後は宜しくね」
私は斜めががけの鞄に最低限必要なものを入れて、クローゼットに収納していたスニーカーを手に取る。
「はいはい、いってらっしゃい」
私は鞄を持って部屋からアーヤが出たを見て、部屋の扉に鍵を掛けた。内鍵だから、外からは決して開かない。
スニーカーを履いた私はそのままベランダに進む。
窓を開けると、夏の涼しげな風と虫の音が聞こえる。足をベランダへ踏み出し、私は“外から”施錠をし、ベランダに近い木へと飛び移る。
だって、万が一泥棒が入ったら寝覚めが悪い。施錠はしっかりやらないと。それにベランダから地面に直接飛び降りたら、音を立ててしまう。静かに降りるなら、木をつたわないと。
まだ明るい空の下、空が青と赤と黄で美しく染め上げられた中を私は音を立てずにかける。
後方でアーヤと母親の笑い声が聞こえる。いつも通りで、問題ない。
“病弱なトーコはベッドで朝まで寝ていて、アーヤは母親と笑い家路へ足を向ける”
ーーー“良い子の私”は、ベッドの中で演じる。
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空が濃紺と赤で表される頃、私は公共交通機関を乗り継ぎ、ある所に辿りつく。
念のためにいつも鞄に入れてあるサングラスをかけた。
そして、前にそびえ立つ建て物を見上げる。
ここは都内有数の高級ホテルの目の前。簡素な格好と不釣り合いな建て物を前にして、私は怖気付くこともなく、ホテルのフロントに向かう。そして、一言フロントで言葉を発すると、いつも通りにエレベーターで部屋まで案内される。
階数がどんどん上へと上がり、最上階に辿りついた。ここは特別な人しか入れない階だから、エレベーターを利用するには鍵が必要で、ホテルの人に付き添ってもらう必要がある。部屋の前まで案内されると、一礼したホテルの人はその場を後にした。
ノックをしようとすると、中から声がした。
「そろそろ来ると思っていたから、鍵は開けておいたよ」
毎度のことながら、無用心だと思う。
勝手に部屋にあがり、声の主のいるところへと向かう。
広い部屋、俗にスイートルームと呼ばれる部屋のソファーに腰掛けた人は言った。
「トーコねぇさん、待っていたよ」
無邪気な笑顔が此方に向いた。
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「ご飯は済ませた?」と聞かれ、「ええ、母さんとアーヤと一緒に」というと、可愛い顔を苦々しそうに歪め、「あの人、飯だけは作るのが上手いからな」と言う。
特に返事はしないでいると、「シャワー浴びてきたら?着替えは出しといてあるから」と言われた。
弟はどうやらお風呂は済ませたらしく、ガウンを着てチーズをつまんでいた。酒のツマミの類な気がするが、酒は飲んでないらしい。法は遵守されていて安心した。
弟の勧めに従って、ここまで来るのに人混みを通ってきた私は疲れを癒すため、浴室へと足を運んだ。
風呂からあがり髪を乾かして、弟の用意した服を着る。
ちなみに風呂はやたらと広いため、お湯を張るのが面倒な弟はシャワーで済ませる故に私も然りだ。
弟のいるところへ戻ると、私を見た弟は満足気に私を見た。
「トーコねぇ、似合ってるよ」
似合ってるよ、と言われた私の格好は生地が薄く太ももの半分ぐらいまでしか丈のないネグジェリ。正直弟の趣味が私には理解できない。
ソファーから飛び起きた弟は私の手首を掴んで、天使のような笑みを浮かべて私をベッドへと引っ張る。そして、弟は広いベッドに飛び乗った。私も巻き添えをくらい、ベッドへ飛び込んだ。
二人して、仰向けになって天井を見る。私は弟に声をかけた。
「夕飯はあのチーズだけだったの? ルームサービスで今からでもちゃんとしたものを食べたら」
弟は笑って答えた。今までの天使のような笑みとは逆の腹黒さを伴って。
「トーコねぇさんがいない時に、ちゃんと食べてるよ。でもね、ねぇさんが来ている時は、ねぇさんが一番だから。食べることに時間を使いたくない。それに、僕の目の前にトーコねぇさんというご馳走があって、それ以外を食べるなんてありえないよ」
そういうが否や、弟は私の身体を片手で起こし、私の頬に手を当てる。
そして頬に唇を這わせ、口づけ、徐々にうなじ、首筋、鎖骨と下げていく。
「トーコねぇ、赤くなって可愛い」
耳元で囁かれ、ビクリと身体が反応する。
その反応を見て嬉しそうにした弟は、私の唇に口づけを落とす。始めは優しく、ただ重ねるように。
次第についばむように、唇を吸う。少し私の息が乱れると、舌を侵入させて、私の口の中を貪るかのように、舌を絡ませてくる。
呼吸困難になりかけの私をみて、弟は一度口づけを止め、舌を絡ませるのを止める。
私と弟の舌を結ぶ銀色に見える糸が、艶かしい。
薄暗い明かりの中、弟は妖艶に私の目を覗きこむ。
「トーコねぇさん、僕をリョウって呼んでね」
「リョ…ウ」
意識がフワフワした状態で呼ぶと、「よくできました、トーコ」と言われる。
私はベッドに押し倒され、弟は私の着るネグジェリの裾から手を入れる。
ネグジェリしか着替えが用意されていなかった私は、その下は一糸纏わぬ状態で、肌に這う手の感触に艶かしい声を上げてしまう。
同時に唇は再び口づけが開始され、快楽に身体が反応して、頭がぼうっとする。
弟のされるがままに、私は「リョウ」という言葉を喘ぎ、それに返事をするように「トーコ」と色っぽい声が返される。
意識を失うまで、その行為は続けられる。
ーーー私は弟の都合のいい“トーコねぇさん”をベッドの中で演じる。
********
空が白み始める少し前、暁の頃、私はシャワーを軽く浴びた後に着てきた服を着て、こっそりと部屋を後にする。
エレベーターは降りる分には鍵は必要ない。
ホテルの外に出ると、一台の黒塗りの車が待っていた。
近寄ると後部座席の窓が開き、中の人物が手を振ってくる。
「トーコおつかれ」
「ただいま、アーヤ」
私は後部座席に乗り込む。
「身体、痛くない?」
心配するアーヤに、「慣れてるから」というと、顔を顰められた。
「やっぱり、演技でも弟とそういう関係なのは心に負担じゃない。辛いなら、やめた方が」
心配するアーヤに、私はトーコらしくない冷めた無表情で言う。
「私はあの家の『弟』に買われたのよ。亡くした大好きな姉の代わりとして、家族の空いた穴を戻してほしいって。そして、かつては叶わなかった己の欲望を満たさせてほしいと。私は本当の『あの家の姉』ではないのだから、何も問題ないわ」
アーヤはそれでも悩ましげに私を見る。
「いくら私達が人の代わりになり得ようとも、姿かたちが簡単に変化させることができようとも、私達はそれでも人間で心もある。演技であっても、心に負荷はかかる。私は知らないうちに、君が壊れないかが心配なんだ」
「何を言っているの、No.3。私を誰だと思っているの?」
「そうだったね、No.8。君は変態だったんだ」
頭に手をやるアーヤもといNo.3を見て、私は先程とは打って変わり艶やかで怪しげな笑みを浮かべる。
「変態とは言いすぎだわ。ただ、いろんな人間を演じて、いろんな人間の欲望を覗くのが少し好きなだけなだけよ。この体を手に入れてから、昔より熱が入っているかもしれないけど」
No.3は溜息を吐いた。
「まぁ、仕事に支障が出ない程度ならいいけど。契約の大金はあくまで副産物。我々が本当に必要なものは、別なのだから」
「わかってるわ。本来の目的を見失うほど愚かではないわ。そんなことをしたら、No.0の血管が切れてしまうもの」
「そうだね。我々“家族”の悲願の達成のためにも、いつも通り仕事をせねばな」
「そろそろ、着くわね。もうお喋りはお終いよ。アーヤ、また学校で」
私の切り替えの早さに、彼女は呆れたような顔をする。
「ああ、また学校で。病弱なトーコ」
私は静かに車から降り、誰にも見つからないようにベランダから自分の部屋に侵入する。
空が白み始めた頃合い。睡眠不足の私は自分の着ていたものの片付けをさっさと終えて、パジャマに着替えてベッドに潜り込む。
後一時間もしたら、一階から母親のモーニングコールがするのだろう。
でも、それまでは私はただのNo.8。
ーーーそして、目覚めと共に“トーコ”を演じるとのだ。
to be continue……
といいたげな終わり方な気もしますが、ご容赦下さい。
この話は昼寝をしていた一時間の間に見た夢を編集及び改変の慣れ果て…みたいなものです。
…R15シーンは、皆様のご想像にお任せします…。
突発的に書いたものなので、続きを書くかは気が向き次第頑張ってみます。
本当は本更新する予定の『戦乙女と少年王』を書かないと!と思うのですが、なかなか進まず……情景を頑張って描いています。
年の差ヒストリカルラブファンタジー(の予定)の『戦乙女と少年王』、気になった方は足を運んで頂けると幸いです。