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鯵の開きと鴨葱サーカス

 唐突ではありますが、彼女いない歴イコール年齢、絶賛大学生の日下と申します。実は僕には気になっている人がいまして、あわよくばデートを、と日々妄想して過ごしております。

 どうしたの? と小首を傾げる彼女のその姿は可愛らしく、黒髪は艶やか、サークルでも慕われています。姫ではありません。とんでもない。いえ、僕にとっては姫あるいは高嶺の花なのですが、決してヲタサーの姫など呼ばれるような存在ではありません。

 できることなら。

 できることなら、一緒にデートしたいですし、あわよくば付き合いたいですし、キスとか、そそそそそのあとも次のステップもうえへへへへ……。ち、違います、誤解です。離れないで。


 と、まぁ、広がるのは夢想妄想ばかりなのですが、このままいても卒業してしまうだけです。妄想のなかではとうとう僕らは異世界に飛ばされて、彼女を守りながら突き進むのですが、その勇姿に彼女は惚れ、さらに全国放映もされていたという無駄に広大なものにまで発展しました。大方、自慢したいという心の表れなのでしょうが、自覚するとどうにも恥ずかしいものです。

 御察しの通り、このような事態にどうすればいいのか僕には知識がありません。髪に芋けんぴついてたよが許されるのはイケメンだからです。おのれイケメン。

 いもしない神に縋りたい想いが募るのも無理はありません。別に芋とかけてはいません。


 そう、己の力でなんとかせねばならんのです。いきなり唐突に告白したところで、玉砕するのは目に見えています。リアルに想像しすぎて、ショックを食らって気持ちが凹んでしまうほどです……。

 いきなり駄目出しを食らってしまう前に、デートとやらをしてみたいなと思うのです。告白する勇気がなくとも、デートなら、あくまで僕だけがデートと思って彼女が慈善事業だと思ってくれれば、多少のチャンスは望めるのではないでしょうか。

「ふ、ふひっ、あ、あああああの今度、僕と、デッ、デートしてくれましぇんかにぇ……?」

 はい、カット、カーット! 駄目です。リアルに想像しすぎました。想像の中ですらも噛んでしまい、まさにキモヲタの一言です。

 こんなの、こんなの僕だってオッケーしませんよ。いくら僕でも最低限のラインというものがあります。ふひ、と笑わない女子がいいです。ラインが低すぎと言われたことがあります。


 あああ、どうすればいいのでしょうか! 誘うときの服装もよくよく考えなければなりません。タンスのなかには、チェックの服がいっぱいです。冒険しない柄物といえばこれしか思いつかず……ええ、わかってはいますが。

 僕は呆然とします。

 ゲームの攻略はできます。配合だって覚えています。一度読んだ本は、だいたい覚えています。七大罪のラテン語も言えます。

 けれど服などわかりませんし、デートに誘う文言も思いつきません。

 ただ一つ、明確にわかるのは。

 現実はギャルゲーと同じようにはいかないということです。


「――というわけで、助けが欲しいと。闇に導かれし暗黒の勇者ジェロニモよ」

「暗黒の勇者の二つ名はなんですか、ジェロニモって誰ですか、闇に導かれしは古傷をえぐられるのでやめていただきたい!」

「二つ名、とか言っちゃうあたりが厨二の直っていない証拠だよ」

「う、うわあぁああぁ!」

 椅子から転げ落ちはしなかったけれども。某呟き系ソーシャルネットサービスでリプを飛ばし合うは、頼れる我らが相談員、人生の先輩である「二鯵」さんです。もちろんハンドルネームです。僕らはもっぱらSNSで駄弁っていまして。二鯵さんの自己紹介文は、二日で鯵は飽きる、だったりします。昨晩の残り物の処理ぐらい引き受けてあげてください。


「で? 鴨葱殿はどうしたいんだっけ? 一瞬の思い出になりたいんだっけ? 全裸になって目の前で踊れば一瞬の思い出になるよ」

「一生のトラウマの間違いでしょう?!」

「トラウマ並みの逸物だと自負するその心、素敵だよ」

「僕にもトラウマになりますし、前科一犯を思えば萎えざるをえませんけど!」

「そこまで大きくないって言わないんだねぇ」

「アイアム男の子!!」

 御察しの通り、鴨葱というのは僕のハンドルネームです。カモとネギを持っていっても相手にされないとか馬鹿にしやがったのは何を隠そう二鯵さんなのです。あれ? 僕はどうしてこの人に相談しているんでしょうか?


「あー、はいはい。えーと、なんの話だっけ、あの子の海馬に一生もののトラウマを植え付ける方法だっけ」

「やめてさしあげろよぉ!」

 本ッ当になんでこの人に相談してしまったのか僕は切実に数分前の僕自身を問い詰めたいと思う。

「最初の一歩としてデートに誘いたいんですよ。デート!」

「鼻息荒くデートしましょう、は確実に引かれるよねぇ」

「デートって言葉は、まずいですかね」

「人によるんじゃない? 誘う時にデートって言えば、ほかの友だちも誘うねー☆ を牽制できる。反面、えーこいつとデートォ? になる可能性も」

「イケメンだったら?」

「イケメンはイケメンってだけでイケメン」

「おのれイケメン」

「ほんそれ」

 イケメンというだけでヘイトを集めるイケメン。具体的に誰ということはないのですが、社会的に優位性を保持していてどうにかしづらい事項であると恨みたくもなるものです。そうでしょう?


「でー? その子はどんな子なんですぅ? DTを殺すお洋服着ちゃったりぃ?」

「馬鹿にすんな殺すぞ」

「えっはい、すいません」

「あっ、こちらこそ熱くなってしまってすいません」

「惚れ込んでるねぇ……。姫とか美人局ではないよね?」

「多分……至極真面目な方ですので」

 真面目だから人を騙さないかと言えばそうではありません。真面目系くずの可能性は十二分にございます。それでも僕は彼女を信じたいのです。出会いはサークル、彼女は先輩、僕は後輩。誰にでも分け隔てなく接するその姿、気を抜いたその一瞬の笑顔、どれもこれも僕の心を捕えてなりませぬ。あと、単位は全部取ってるはずなので、少なくともサボり魔ではないはずです。……容量がいいだけかもしれませんが。


「まぁ、まともな子だとして話を進めよう」

「はい」

「その子の行きたそうなところを三つぐらいあげて、一番食いついたのに誘えば?」

「映画で三つとか?」

「映画いいよねぇ、そういえば展示で水族館みたいなのもやってたね。イルミネーションもやってたっけ」

「あー、水族館いいですね。光とのコラボでしたっけ」

「じゃあ今度そこ行こうよ」

「えっ、オフ会ですかー!」

「と、いうようにデートに」

「なんということでしょう」

 自然にオフ会の約束を取り付けるところでした。

「しかしニ鯵さん。重大な欠点があります」

「なに、欠点とな」

「女の子を前にした僕の様子をご想像ください」

「あ、無理ぽ」

「くっそ!!」

 ええ、そうです、そうですとも。気になる女子を目の前に落ち着いて話すことができる男子がいるでしょうか、いるとするなら僕の敵。あ、ああああのさ、と声が震えてビブラート。過剰すぎるオブラート。匙加減がわかりません。いえ、匙加減ができないと言った方が正しいでしょう。塩の入れすぎはもはや料理ではありません。味を整えてこその調味料。

「ふむ、そうだねぇ……。ならば、頼りにしてみるのはどうだろう」

「頼りに」

「ああん、こんないっぱい食べれないよぅ……」

「それが愛しのあの人を予想しての一言ならば今すぐスパブロ」

「本当にその子、姫じゃないよね?」

 二鯵さんがじゃっかん引いている気がしなくもないですが、きっかけはあの人なので謝りませぬ。


「まぁ、いいよ。小食な女の子だったら、たくさん食べてくれる男の人とラーメン屋行きたぁい。ってあるだろう?」

「聖地にリア充は足を踏み入れないでいただきたい」

「リア充になりてーのにリア充を憎んでやまぬとはこれいかに」

 人畜無害ならいいじゃないかと二鯵さんは言うが、リア充は存在自体が人畜有害。僕の正気度は音を立てて削られるのです。

「それ、男がやるにはきつくないですか。あのねぇ、僕ねぇ、いっぱい食べれないから、一緒に来てほちぃなぁ、なんて」

「おぼろろろろろろろ」

「汚ぇ」

「おえー(AA略)」

「せめて貼ってほしかった」

「そこはほちいにしろよ」

「やだよ」

 それなりに心に傷を負ってリプを消したい衝動に駆られているのです。あっ、星投げてきやがったこいつ。


「パンケーキを食べに行ってもらえませんか」

「ホットケーキです?」

「そこはちゃんとパンケーキ言っておこうよ。パンケーキ、女子社会のラーメン三郎さ」

「言い方が微妙な配慮ですね。パンケーキのお店なんて行ったことないですよ、あんな煌びやか女子に中に飛び込む勇気なんて」

「それだよ、まさに。一人で女子の群れに入り込むのは、ノミの心臓たる鴨葱殿には辛かろう。そこを利用するんだ」

「うまくいきますかね……」

「少なくともどもっちまったら危ういだろうねぇ」

「うぐぅ」

 ぐうの音は出るといったところです。噛んでしまうことに関しては、どうにかするしかないでしょう。イメトレとか。なんせ、言葉の一つも発さずに女の人をデートに誘うなど無理です。

「メールでもいいじゃないか。デートぐらいなら」

「……いえ、直接言いたいです」

「……へえ、いいんじゃないかい? そういうの、二鯵さんは好きだぜ? それじゃあ、頑張れよ、通報されない程度に」

「万が一の酒は用意しておくつもりです」

「えっ、無理矢理飲ませて酒の勢いに任せて」

「いつか殺す」

「ひえぇ」

 二鯵さんへの殺害予告とともに、今日のリプライ合戦は終了するのでありました。そしてここから、僕の作戦タイムは始まるのです。


 鉄は熱いうちに打て、と言いますが、葱が折れないうちにといかに自然にパンケーキ食べたいアピールをするかどうかに頭を悩ませます。僕の意中の先輩と、サークルで使う部屋で一緒の時間を過ごせるのは、週に二時間ほど。そのなかで、どれほど刷り込ませるか! これが問題です。

 雑誌を読む? 甘いものを買ってくる? あー、パンケーキ喰いてぇ~、などは言えません。勝手に喰ってろ、となるのが関の山。前の二つをとりあえずは実践しつつ、様子を窺うのが賢明でしょうか。甘いものを買えばおすそ分けできますね?!

 パンケーキといえば生クリームのイメージですが、生クリームはあいにく差し入れには向いておりません、ではなにを? 甘いチョコレートはいいかもしれませんね。

 どきどき作戦の決行前から心臓はどんどこお祭り騒ぎ。……いえ、期待しすぎてはなりません、これまでこの年になるまで、他人に期待はしてはいけないとどれだけ学ばされてきたことやら。



――だから期待しちゃいけないっていったじゃないですかぁっ!

 はやる心臓を抑えながら、先輩から目をそらしてしまいます。翌日、ミルクチョコレートを手に部室に向かった僕を出迎えたのは、スイーツ特集を読んでいる先輩でした。はぁあああぁあぁ? なにこれ? なんですこれ? 神様の思し召し? ゆー誘っちゃいなよって?!

「せ、先輩。スイーツ特集ですか?」

「ん? そうそう、なんかこう、パンケーキ食べたくなっちゃって」

 神様ぁあああぁあああぁああぁ!! ありがとう神様ぁあああぁああぁ!!

「……さっきからどうしたの、お腹でも痛い?」

「い、いえいえいえいえ! おやつ買っちゃうぐらいには平気です! 先輩もいかがです?」

「そう? じゃあ、一つ」

 いい感じです、チョコレートを自然に差し出すことができています。平然と食べている! これはいけるのでは?! というか、スイーツ特集を見ている時点でスイーツ大丈夫なのは丸わかりでしたね! 僕ってばうっかり!


「あの、先輩」

「ん? どしたの」

「よければ、僕とパンケーキをご一緒してもらえませんか?」

「あー、パンケーキ、一緒に……うえっ、えっ? えっふ!」

「気管にお茶先輩?! そんな嫌でしたか先輩?! 僕ごときが烏滸がましかったですよね先輩!! わかります!!」

 先輩が盛大に咽ました、咽ました!! なんということでしょう、神様もう恨みます、これは手のひらクルー不可避です。なんということでしょう、生理的嫌悪感を抱かれるほどに僕は嫌われていたというのでしょうか!

「い、いや、えっと、まさかそう言われるとは思わなくて……えっと、理由聞いても?」

「え……僕には一人で女子の群れの中に行く勇気はなくて……」

「群れ……女子の群れ……」

「失言でした! きらびやかなきゃっきゃうふふの空間に行く勇気がノミ以下の存在である僕にはありません!!」

「そ、そうかー」

 これはもう完璧先輩引いてますね。今夜はウォッカでも行きましょう。ストレートはきついので、オレンジジュースとかコーラで割ってヤケ酒です。また二鯵さんに愚痴って、自分のこのなんとも惨めでくそのような現状を笑ってもらいましょう。はっはー、いい酒のツマミができました!!


「こ、今度、行く? 授業の後とか……」

「へ、え、女神かな?」

「え」

「あぁああああぁ忘れてください! 忘れてください!!」

 某SNSのノリを混入するのはご法度ですってば!! さっきよりも明らかに引いているというか、今回は紛うことなく引いていますね?! ここからどう取り戻せばいいんですかね?! 助けて二鯵えもん!!

「えーと、どうする? の? かな?」

「行かせてください!!」

 迷いなんてなかった。

「……ん、行こっか」

 やっぱ神様ありがとうございます!! 先輩かわいい! ちょっとはにかんでるその笑顔いいですね! 心のシャッター押しまくりです!!


 えっ、ていうか、ここから先どうしましょう、まったく考えていませんでした、パンケーキってどこの店がいいんでしょうか、待ち合わせは? 駅でしょうか、大学でしょうか、時間はどうしましょう、先輩の家と僕の家からちょうどいいパンケーキのお店って?

 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、助けて、二鯵さん。

「まっ! また! またメールしますんで!!」

 これは戦略的撤退です!!

 僕は鞄をひっつかんで、部屋から脱兎のごとく逃げました。手にはしっかりスマートフォン。僕にはまだ早いんです、全部決めるまでには経験もカリスマ性もなにもかも足りませんでしたぁっ!!

「助けて、二鯵さん!!」

 僕の叫びは、虚しく廊下に響くのであります。



「いや……鴨葱って君かよぉ…………」

 スマートフォンが震えて、救援信号が飛んできたことを告げる。

 一人残された部室には、甘いチョコレートの香りが漂う。

恋人いない歴イコールなもので、この話は完全なるフィクションです。

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