表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪椿  作者: 藤本 天
2/2

過去の夢語り

寒い寒い冬の夜。

外に出るとは酔狂だ。

男は中にたっぷり毛皮を敷いた丈夫な外套の中で苦笑する。

小さな我が家をぐるりと囲う垣根には雪に寒さに負けずに咲き誇る深紅の花。

男はふと思い立ち、一輪手折る。


雪に覆われた深紅は男の中の記憶を呼び起こす。

記憶は苦みと柔らかな温かみを帯びていてくすぐったい。


小さな我が家に入り、暖炉に残された火で暖をとりながら食事をし、子供部屋を覗く。

自分の息子と娘がいるはずの部屋には二人の姿はなく、夫婦の寝室に行く。

息子と娘は母に抱かれるようにしてぐっすりと眠っていた。

子らの母であり、妻である彼女にそっとキスをし、子供たちにも額にそっと口づける。

窓辺を見やると、自分が手折った椿と同じ椿が一輪、花挿しにささっていた。

花挿しに自分の手折ってきた椿をさし、そっとベッドに横たわる。



走れ、走れ。

剣の雨から、畏怖と欲望の暴風から、

走れ、走れ。

哀しみを振り払い、怒りを抱いて、

体中が悲鳴をあげ、傷だらけになっても。


たとえ、尽きようとも、もはやこの命に意味はないのだから。


銀色の、大きな狼は走りながら、高く吠えた。


狼はふと目を覚ました。

大きな暖炉であかあかと燃える炎と丁寧に巻かれた清潔な布、からだはまだ痛いところはあるけれど、目覚める前のような辛さや苦しみはない。

ぐるりと顔を巡らせると、小さな粗末な椅子の上、金の髪を持つ女が毛布にくるまって眠っている。


(………彼女が、魔女か?)


北の山には年中雪が降り積もる山があり、その山に一人の魔女が暮らしている。


西の地の獣、南の地の民たち、東の地の吟遊詩人が言う魔女が彼女なのだろう。

狼は傷に巻かれた布を見ながらぼんやりと思う。

西の地の獣たちが言うには、彼女はとても優しい魔女らしい。

南の地の民たちが言うには、彼女はとてもおぞましい魔女らしい。

東の地の吟遊詩人が言うには、彼女はとても美しい魔女らしい。


彼女がとても美しく、優しい魔女である事はわかる。

自分のような存在の傷を癒し、温かな暖炉の前を譲り渡しているのだから、相当のお人よしだ。

西の森にも南の草原にも東の砂漠にも自分のように大きな銀色の狼はいない。

故に、狼は追われ続けていた。

西の森では自分の巨大な体に怯えた猟師達に、東の荒野では美しい銀の毛皮に目をつけた商人達に、南では……。


狼は鼻づらに皺を寄せて低く呻いた。


一瞬胸を走った痛みは傷の所為だと言い聞かせながら目を閉じる。


次に狼が目を覚ました時、魔女も起きていて、大きな狼の体に薬を塗って手当てをしていた。

柔らかな手で慈しむように施される治療。

どこへ行っても追いかけ回されるばかりの狼は、ほっとして、つい気を緩ませてしまいました。


「しばらく、ここに置いてくれないか?魔女よ」

大きな、魔女の体くらい一飲みに出来そうな口からは人の言葉が零れた。

しまった、と狼が焦る。

人の言葉をしゃべる狼など、魔女からしてもおぞましいものだろうと。

しかし、魔女はきょとりと目を丸くした後、小さく微笑んで

「いいわよ」

と告げました。


二年間、狼と魔女は幸せに暮らした。


魔女はやはり優しい女だった。

迫害する人々を恨まず、行き場のない自分を側に置いた。

しかし、不老不死うんぬんというのは嘘……というより馬鹿な貴族や人々の勘違いだと知った。

魔女は大きな魔力のせいで老化が遅く、傷の治りが早いのだという。

それを不老不死と勘違いされ、人々に追いかけ回されるうちにここに来たのだという。

大きな魔力が人々に影響しないように山の中で暮らしている。

しかし、

「あなた、元は人よね?」

魔女は自分にかかった呪いを解くことはできないと項垂れた。

「気にするな。元の姿に戻ったとしても、どうせ、帰る場所などない」

美しい南の故郷の景色が一瞬よぎって胸が痛んだが、無視する。

それよりも、暖炉の前で寄り添う柔らかで甘い香りのする魔女が、………愛おしい。


南からの追っ手が来たのはその思いを自覚してからしばらくもしないうちだった。

魔女に対する間違った認識をすりこまれ、怯えていたふもとの村人を扇動し、南から来た追っ手は自分たちが暮らす山に襲いかかった。

彼女と自分の行動は彼らより早かった。

しかし、誤算だったのは彼女が狐獲りの罠にかかってしまった事。

彼女が傷つき、時間をとられているうちに人々が集まってしまった。

皮肉なことに彼女を獰猛な獣から守っていた自分の存在が目印になってしまっていたという事に後で気づいた。

彼女が傷ついたこと、自分たちを囲う男たちの下卑た視線が彼女を舐める事が不快で唸る。

しかし、怒りに火をつけたのは、南から追ってきた騎士たちの言葉。

「その狼は好きにしろ。だが、魔女は捕獲しろ。中々に美しい」


己の矜持を陥れた奴らの言葉よりもなお、激しい嫌悪と怒りが身を焼いた。

「待って!!やめて!!」

彼女の悲鳴に一瞬ひるんだ、彼女に嫌われるのは、嫌だ。

その隙をつかれ、炎のような痛みが身体を襲う。

気を失う一瞬、彼女の悲鳴のような泣き声と低い地響きを聞いた。


気がついたのは、日の落ち切った夜。

自分の目の色と、彼女の髪の色と同じ金の満月が昇った頃。

白い雪が一面に積り、その雪を自分の血が汚している。

(もう、助からないな)

そう思うと、体中から力が抜けた。

もう、寒さも感じない。

ただ、自分に縋って泣く彼女だけが心配だった。

しかし、彼女の名を呼ぼうとして、ふと気付く。

自分は彼女の名すら知らない。

「心優しき魔女。お前は人の中で生きろ。きっと幸せになれる」

「無理よ。わたしは魔女だもの。わたしの持つ魔力が人にどう影響するのかわからないのに!!」

「だが、それではいつまでたっても、お前はひとりぼっちだ」

「でも、」

「いとしい魔女よ。お前の幸せを私は望む」

吐息のような声で告げる。

願うのは彼女の幸せだけだ。

「なら、あなたがわたしを幸せにして!!あなたがわたしの側にずっといてくれればいい!!………側にいてくれるのはあなたでなければ、いや」

悲鳴のような声と、彼女の温もり、そして口の中に広がる温い鉄の味を感じた後、意識を失った。


ふと、目が覚めた。

「起きてしまったの?」

「お前こそ」

自分の顔を覗き込むようにしている妻を見上げ、男は言う。

おそらく、眠ってからそれほど時間がたっていない。

自分たちの子供たちはぐっすり眠っている。

「魘されていた、気がしたから」

「俺の呪いが解けた日の事を夢に見ていた」

言うと、妻が顔を顰める。

「そんな顔をするな。嫌な思い出という訳ではないのだから」

言いながら唇に彼女の金髪を指に絡めて弄ぶ。

それにくちづけると、彼女は顔を赤くして視線を彷徨わせた。

ふと、彼女の視線が赤い椿に固定される。

「今年も咲いたの」

「ああ、見事だな」

自分と彼女の血の跡から咲いた椿。


あの時、命を落としかけた自分は、彼女の膨大な魔力のおかげで生き永らえた。

瀕死の命を生き永らえさせるのは魔女でも大変なことだったらしい。

膨大な魔力を使ったせいで彼女は以前ほど大きな魔力を振るえなくなり、魔女ではなくなった。


この椿は彼女の余剰の魔力に反応して咲いた花だ。


「リーリア」

起き上がったせいで冷えた妻の体を抱え込んで温める。

いまも昔も彼女は温かい。

「ずっとそばにいる。お前の命が尽きるその瞬間まで」

そっとくちづけると彼女は小さく笑う。

「ええ。ずぅっと一緒にいましょう。ユナイト」

夫婦が寄り添いあい、いとし子達を抱きしめて、眠る。

花挿しの小さな器の中で、寄り添いあうように咲く二つの椿が彼らを見守った。

                                     (fin.)

企画参加作品です。


ギリ間に合った!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ