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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

人生は召還待ち

--あなたの準備が整い次第、こちらの世界へとお呼びします--



いきなり頭の中に声が響いた気がした。


ただ何もしないで過ごす毎日がこのまま続き、不登校のままで高校を退学し、ニートになる……そんな未来しかみえていなかったが、異世界召喚となれば話は違う。

無双してハーレムして内政チートしてハーレムしてと、薔薇色の未来予想図がヒラケテルのサイン。


準備。

準備というと何が必要だろう。

俺の心の準備?いつでもいいのだけど。


「準備ならいつでもいいで……いや!ちょっと待って下さい!」


危ない所だった。虚空に叫びかけた承諾の言葉を飲み込む。召還先ですぐ合流できない場合もある。何か食べ物を持って行こう。

母親がドアの前においた朝飯を手にとる。


オニギリが二つとお茶と漬物、唐揚げ。あとなんかしらないがバナナジュースも。

うん、足りないだろうな。

ドアを開けて階段を降りると、母親にひさしぶりに話しかける。


「何か食べるもの作ってくれる?」


泣かれた。

部屋から出て来てくれて嬉しいって。

そんなのはどうでもいいが、料理チートってのもあるな、なんて事を冷蔵庫のありもので、手早く好物の生姜焼きを作ってる母親を見ながら思う。

どんなチート能力がもらえるかわからないが、ポイントを消費してスキル選ぶ式だったら料理スキルなんかにポイント使いたくない。簡単な料理位作れた方がいいな。


「あのさ、料理とかレパートリーいくつか覚えたいな。教えて貰っても良い?」


涙を流す母親から、タマネギ切るときの左手は猫の手でと教わりながら、「向こう」で味噌とか醤油がない可能性が高いことにも気が付く。

なんだっけ。コウジ?作り方調べておこう。細かい所は魔法で何とかなって欲しいが。

面倒くさいがこれも俺SUGEEEEの為だ。


生姜焼きはとりあえず食べてしまい、久しぶりに靴を履いて表に出る。

日差しの強さに思わず眩暈がする。いつのまにか夏になってたんだなぁ。

目指すは図書館。味噌とか醤油の作り方をメモして来よう。



異世界に行く準備というのもなかなか大変だ。

考えてみれば、召喚とはいえこの身体のままと決まったわけでもない。もしかしたら魂だけ呼ばれて転生というパターンかもしれないのだ。

その場合はノートは持ちこめないだろう。頭を使うのは久しぶりなのでどうにも苦痛だが、素敵な異世界ライフの為にノートに何冊も書いて覚える。

品質はそんなに気にしなくてもいい。とりあえずモノが完成するならば、現地の人間にレシピを譲って研究して貰ったり生産して販売してもらったりしても良いのだ。

そうすると、ちゃんと教えられるように、解り易く纏めておかないと。



調味料の生産から料理に関する知識を身につけるうちに、いろいろと不安になって来た。

はたして同じ野菜などは手に入るのか。

似たような野菜で代用する事も考え、父親のガーデニングスペースを少し譲って貰ってトマトやナスの苗を植えてみる。

植物操作の魔法など手に入れたら、品種改良とかもできるかもしれないから、野菜の育つ過程をしっかり見ておきたいのだ。


ホームセンターから買ってきた土を運び、花壇の周りにレンガを積むだけでヘトヘトになった。腰も痛い。

母親はいきなり無理しないでいいのよ、なんて言っているけれどあまり時間は無い。早く「向こう」に行きたいのだ。

とはいえ、この体力の無さはマズい。体力強化は当然して貰えるものと思っているのだが……異世界への移動後にいきなり戦闘というのも良く聞く話だ。

最初の難関をクリアするために逃げ脚くらいは鍛えておいた方が良いかもしれない。距離を取ってから無限の魔力とSS級の攻撃力で最初の襲撃を華麗にクリアしよう。魔法の射撃命中率を上げる為にモデルガンでも買ってきて射撃の練習でもするかな。

いや、良い事考えた!落ち着いたら魔法銃みたいなものでも作ってしまうのもイイ!また明日にでも図書館に行って銃の構造とか調べてこよう。



黒色火薬の配合なんかはグーグルで簡単に調べられた。

でもその材料の入手などは本とかでしっかり調べたくて結局図書館に通い詰める事になった。

自分はほら最強魔法とかいろいろあるだろうけど。自分の仲間とか部下とかを持つ可能性もあるし、国の偉い人になって他の国を平定して……っていう場合にはやっぱり銃が欲しいからね。



モデルガンでの練習は母親が妙にソワソワしながら周りをうろうろするので止める事にした。

引きこもってた息子が急に庭で銃撃ち始めるとご近所で何言われるかって事みたいだ。

まぁ、もうすぐ居なくなる家だ。親孝行は何もできなかったが、これ以上心配かけるのは止めておこう。

そうすると魔法の命中率をあげる為の訓練をどうするかなのだが。

これには良い解決策があった。

通っていた学校には弓術部があったはず。まだ退学になってなければ、学生の俺には学校に通う権利があるし、どんな部活に入るのも自由のはずだ。使えるものはなんだって使ってやろう。



「学校って、行っても平気だよね?」


夕食の席で父親に聞いてみる。退学手続きとか出席日数とかが心配だったのだが、父親は「お前が大丈夫だとおもうならきっと大丈夫だ。父さんの自慢の息子だから」とか意味不明な事を言い出した。

まぁ卒業できなくても部活だけ利用できればいいんだけどさ。



新品の夏服に袖を通し、涙ぐむ母親に見送られながら久しぶりに学校に。

久しぶりの教室はザワザワしていて騒がしい。変な視線がちょこちょここっちに向けられるし、悪口らしきものも聞こえるけど、もう気にもならない。

俺が自分の王国を持った際には、俺の実力を認めない貴族とかがもっといろいろやってくるのだろうなぁと思うと、それと比べて可愛らしく思えてしまう。



弓道部の部長さんは、爽やか系のイケメンで苦手な感じ。

だけど「弓道部を選んだのは良い選択だ。精神を鍛える物だからな!」なんて事を第一声に言って来た。

この部長……なぜ俺が魔法の訓練の為に弓道部に入りたい事を知っている?

俺が異世界移動者になる事に気付いているとでも言うのか?

だが魔法の訓練についてのアドバイスは助かる。

知っているのなら遠慮なく使わせて貰おう。もしかしたら部長は異世界に移動して帰って来たタイプの人なのかもしれない。俺なら帰らずに「向こう」に居着くが……経験者への尊敬をこめて、『先輩』と呼んでいろいろと教えを請う事にする。



先輩は名のある魔法使いだったのかもしれない。

「やっぱりイメージ力とかも大切なんですか?」と聞いてみた所

「もちろん。しっかりと的の中央に当たると言うイメージを持っている事が大切だ」と教えてくれたし、

「詠唱とか儀式みたいなのがあったら教えて欲しい」と言ったら

「えい…?儀式か。確かにそんな風に見えるかもしれないけれど、全ての所作には意味があるんだ。まずは形だけ真似るつもりで構わないから、一つ一つの動作を丁寧にやって見てごらん」などと教えてくれた。


毎日の朝連で体力もついた。

「部活連では成績残している武道系の部は発言力あるからな。俺たちが睨み効かせている以上、お前に変なちょっかいは出させないから安心しろよ」

なんて事をある日先輩が言ってきた。意味がよくわからなかったが、クラスにいる何人かが何故か謝って来た。そいつらが誰かも覚えてないので「別にいいよ」とだけ答えておいた。


その後、弓の大会でなかなかの成績を残せるまでになったのは少し嬉しかった。



気が付けば短い3年間だった。

最初の引きこもり期間の分、勉強は付いていけなかったのだが、卒業だとか進学だとかはどうでもいいと思っていた。必要な知識やスキルを身につける為の準備なんだから。

だが、教頭先生が力になってくれた。


元々は、遅れている分の勉強を先生が色々と教えてくれようとしていたのだが、

「農業とかについて調べたいだけなんです。必要な事を最短距離で!」と告げると担任は頭を抱えていたけれど、教頭先生がやけに感心した様子で「やりたい事が見つかると言うのは素晴らしい事だ」とか言ってきたのだ。

そして、とある大学にいけば俺の求めている知識が学べるはずだと教えてくれた。

それに俺は教頭先生のこの言葉で雷に打たれたようなショックを受けた。


「やりたい仕事のビジョンがあるのなら、足踏みや回り道に見えるかもしれませんが、大学に行って知識を積むのは、見識を広げることにもなりますよ。あなたからは数年と言う時間は無駄に思えるかもしれませんが、その後の方がずっと長いんですよ」と。


確かに。その通りだ。準備を急いでしまって、「向こう」に行ってから色々と足りないものが出てきてからじゃ遅いのだ。ここは数年を無駄にするつもりで準備に専念しよう。


広く浅い知識でいいと思っていたのが間違いだったかもしれない。

俺の移動した先の国が飢饉に襲われていたりしたら、農業改革とかは魔法だけでやるよりは知識の裏付けがあった方が良いはず。先輩もイメージ力は大事だって言ってたし、

これも俺の第二の故郷となる国を飢饉から救うためだ。救った人の中に可愛い子がいてハーレムフラグが建てられるかもしれないのだし。

「農業が国を救うんです」なんて思わず漏れてしまった俺の脳内の言葉だが、教頭先生はゆっくりと頷くだけで、聞かなかった事にしてくれたようだ。異世界の事なんて誰も信じてくれないだろうし、助かった。


それからも教頭先生がいろいろと力になってくれた。

いくつかの教科は捨てたが、目指す大学に行く為にピンポイントで教科を絞った為、遅れていた授業の分を取り戻す事に成功した。

こうして俺は高校を卒業し、「準備」の為に大学に通う事になった。



大学では砂漠の緑化なんかを研究している研究室に1年の頃から入り浸って見た。

エルフとかと仲良くできるかもしれないし。


それはそれで重要なのだが、もっと大事なことにも手を付け始めた。

わざわざ異世界から呼ぼうって言う位だから、向こうの知識や常識では解決できない問題があるはず。

SS級冒険者になって国を救ったりする頃には、超絶チート性能の身体能力や無限魔法力では解決できない問題もきっと出てくる。

いろいろと異世界で必要な知識を身につけるうちに、農業チートは一人ではちょっとつらいと言う事に気が付いたのだ。


それをどうにかする方法を思いついた。これも通学途中とかに毎日考えている成果だ。

いっそ、任せられる人を育ててしまおう言う事に思い至ったのだ。


なにせ、トラックに轢かれたわけでもなく、わざわざ準備期間をもうけてまでの世界移動だ。

きっと俺はただの冒険者では終わらない。期待されている。

割とすぐに国の中枢にかかわって行く事になるだろう。有能な部下にどんどん任せてしまおう。


印刷や紙の作り方についても調べ、「向こう」で本を大量生産する事を予定に入れる。産業革命バンザイ!


内政チートのためには教える能力も必要だろう。教職課程とってしまおう。



あれから結構な年月が過ぎ、俺は教師という職業を全うし、さまざまな経験を積んだ。

教師になって、多くの生徒に少し遠まわしにアンケートを取った。


「お金とか自分の能力とかは別にしてさ、どんな事をして過ごすのが一番楽しいと思う?

いや、金があってダラダラ過ごすってのもいいんだけど、一生だと飽きるだろ。

そうそう、寿命も凄く長いと仮定してさ。お金も凄くあって、自分は超人で」


生徒たちは始めは馬鹿にしたようにまともに取り合わなかったが、そのうち答えてくれるようになった。

「俺、ホントは医者じゃなく大工になりたいんだ」

「英語とか成績悪いけどさ、翻訳の仕事って……」

「笑わないでくださいね? オリンピックで金メダルを」


生徒たちは色々なネタを提供してくれた。

全て俺が「向こう」に行った時にやって見る為に、仕事の合間に知識を身に付けた。

アンケートに答えてくれた生徒には、せめてものお礼として学校の裏のラーメン屋で餃子付きチャーシュー麺を奢りながら、かつての教頭先生の様に、どうやったらその仕事につけるかを教えた。

その道に進んだ生徒から、頻繁にさまざまな相談を受けたりもするが、いずれ「向こう」でぶつかる問題かもしれないので、全て親身になって一緒に考えた。

準備にはだいぶ時間を使ってしまっているが、若返りとか不老不死とかで何とかして貰えると思いたい。



「準備はもうすんでいる。いつでも『向こう』にいける」

そう言ってゆっくりと目を閉じた献身的な元教師は、生徒たちに囲まれて息を引き取った。


その一生に悔いのない事を宣言した最後の言葉から、満足した一生だったのだろうと語り継がれた。

行けたんだろうか。

それとも逝ったのだろうか。

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― 新着の感想 ―
めっっっっっっちゃ良いお話でした。 良き転生ライフを過ごしてほしい。
[一言] まさか、一生を準備に費やすとは…。 しかし、良い準備でしたね~。 それはそうと、召喚元はよく待っていたなぁ。 もしかして、強制召喚した連中がことごとく役立たずの夢見るチート願望ばかりで難儀…
[一言] 過去の作品を読み漁っていたら辿り着けました まさか最後まで異世界転移するための準備をし続けるとは・・・ とても面白い短編でした
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