第9話 確信
昔、恋人がいた。
オレより小さい身長。
トレードマークのツインテール。
オレを見る優しい眼差し。
ずっとこんな幸せが続くもんだと思っていた。
でもそれは間違いだ。
必ず終わりは訪れる。
どんなに足掻いても。
これが運命なんだろうか…。
10月。
三島に来て早くも1週間が過ぎた。
引越しした当時よりよく話すようになった。
笑えるようにもなった。
だけど…オレは未だ過去に縛られていた。
ピロロロロ…
「ん…」
目覚ましが午前7:00になると同時に起床を促す。
「今日が…勝負だ」
まだ眠気があるが、今日も学校だ。
遅れるわけにもいかない。
まだ起きない体を動かし、洗面台へ向かう。
午前8:00。
「おはよう!」
元気のいい逢瀬の挨拶。
だけど少し顔が桃色に染まっている様に見えた。
「おう。おはよ」
いつもと変わらない風景だ。
「今日から10月だね。もうすぐ文化祭だから忙しくなるよ〜!」
「文化祭か。楽しみだな」
「〜♪」
今日の逢瀬はいつも以上にテンションが高い。
「ゴキゲンだな」
「フッフッフ…。分かる?」
「そりゃ、鼻歌まで出てるし…」
「この気分を俊介にも分けてあげたいわ」
昨日の逢瀬の告白からオレは『なるっち』から『俊介』へ呼び方が変わった。
恐らく格上げだろう。
…たぶん。
「〜♪」
逢瀬はまだ鼻歌を口ずさんで(?)いる。
C組の教室。
大吉は最近はオレの席で居眠りをしていないようだ。
今日もちゃんと起きていた。
「大吉、最近寝てないな」
「おう俊介!おはようさん!」
「大ちゃんもやっと普通になったか〜。良かった良かった♪」
「おーせ…。やっとっちどう言う意味とか?俺は昔から普通ばい!」
大吉がジト目で逢瀬を威嚇する。
「も〜、大ちゃんてば。そんな顔をしてると厳つい顔に更に拍車をかけるわよ?」
「やかましか!」
オレは仲のいい二人を見て少し妬けた。
放課後。
オレ自身にとって勝負の時間が来た。
「逢瀬…」
鞄にせっせと教科書を詰めている逢瀬を呼んだ。
「ん?どうしたの俊介」
「話があるんだけど…」
「え?あ……うん…」
オレの言いたい事を察知したのか少し頬を赤らめる。
そして、逢瀬を連れ屋上へ。
「俊介…」
少し強張った表情の逢瀬。
夕焼けのせいか、赤らんだ顔が更に赤みを増している。
「話って…?」
「オレには……恋人がいた」
「え…?」
唐突に話を切り出した。
逢瀬はオレの言葉に驚いたが直ぐに黙って耳を傾けた。
「その恋人はオレの一つ下の幼馴染で名前は神楽 恵美」
「恵美ちゃん…」
「ガキの頃からずっと一緒でオレにとっては妹みないな存在だった」
「じゃ、あのアルバムに写ってた娘が…」
オレは黙って頷き、話を続けた。
「ある日、恵美がこの前見たく不良に絡まれてね。そして助けたんだ。
何ら暴力とは縁の無いオレだ。ボロボロにされたよ」
オレは少し自傷気味に笑った。
「まぁ、それが切っ掛けかな。オレ達が付き合い始めた理由は。
本当に幸せだった…。いつまでも続くと思ってた」
「だけど、4ヶ月前…、恵美は事故にあって死んだ」
「え!?」
逢瀬は驚き、目を丸くする。
「交差点で左折してきた車に轢かれたんだ…。オレは何も出来なかった。
ただ、呆然と立ち尽くしていただけだった…」
「………」
「今でもあの時、『引き留めておけば』、『ちゃんと恵美を見ていれば』って後悔してる」
「それは…それは俊介のせいじゃないじゃない!」
逢瀬が珍しく声を荒げた。
「…オレはよそに意識が行っていた。恵美に意識が行っていたんじゃない。
…で、結果がこれだ」
「…そんな…」
「だから、この過去にケリがつくまでは…逢瀬とは付き合えない」
「…どう…して?」
逢瀬は涙声を押し殺している。
「オレは逢瀬を通して恵美を重ねてしまうと思う…」
「私は別に―!」
逢瀬が続きを言う前に「すまない…」と一言を置き、屋上を出て行った。
午後8:00。
宛てもなく繁華街をフラついていた。
やはり、絆創膏が目立つのか怪訝な表情で見られる。
(…逢瀬)
気付くとオレは逢瀬の事を考えている。
あの元気な声、太陽の様な明るい笑顔。
今のオレの生活に欠かせない人物になっていた。
逢瀬といるだけで昔に戻れたように思えた。
だけど…やっぱり、逢瀬は逢瀬だ。
恵美ではない。
(これから逢瀬にどう接すれば…)
悩みながら交差点を赤信号で止まる。
交差点に立つとどうしても思い出してしまう。
(あの時、ちゃんと恵美を見ていれば…)
そう自虐的になる。
ふと見ると、中学生の男女が立っていた。
恐らく恋人同士だろう。
男の子は携帯のメールに夢中になっている。
女の子はその男の子に話し掛けているが、男は気付いていないようだ。
(オレもあの時、こんなだったな…)
相手にしてくれない男の子に怒ったのか、信号が青になると同時に
走って車道へ飛び出した。
その時、猛スピードで交差点に入ってくる車を見つける。
(あぶない!!)
そう思うと同時に体が動いていた。
女の子の背中を突き飛ばす。
派手に転んだが、大丈夫のようだ。
オレはと言うと…宙に舞っていた。
一瞬、何が起きたか分からなくなる。
数秒後…。
ズシャァッ!
オレは地面に叩きつけられた。
痛い―死ぬほど痛い!
恵美もこんな思いをしたんだろうか…。
意識が遠退いていく…。
目の前が段々闇に支配されていくのが分かった。
(……おう…せ)
オレはこんな状況になってまでまだ逢瀬の事を考えている。
本気で好きだとやっと確信できた。
そしてオレの意識はそこで途切れた。