第2話 小テスト
―夢。
また夢を見ている。
だが今日はいつもとは少し違う…。
(何だ?)
オレが見ているのは歩道に立つオレと…アイツ。
(ま、まさか!)
横断歩道の信号が青になると同時にアイツは走り出した。
(行くな!行ったらダメだ!)
凄まじいブレーキ音が響く。
「!!」
咄嗟に目が覚めた。
聞えてくるのはチッチッチという時計の秒針だけ。
時計は午前4:40を指している。
悪夢からの目覚めと共に今日一日が始まった。
現在の時刻、午前8:00。
今は登校途中だ。
結局あれから眠れなかった。
むしろ眠りたくなかったのかも知れない。
またあの時の夢を見るかもしれない事が怖くて…。
(まだ引き摺ってるのか…)
途端に後悔の念に押し潰されそうになる。
「おっはよう!」
後ろから声を掛けられた。
振り返らずともその挨拶の元気よさだけで逢瀬だという事が分かる。
「何、朝からネガティブオーラ放出してんのよ!シャキッとしなさい!」
そう言うと背中を思いっきり叩かれる。
(活でも入れる気かよ…)
「今日は迷ってないようね♪」
「………」
「アンタは方向音痴だからね〜。心配だわ」
(余計なお世話だ…)
「それよりさ、学校には慣れた?アンタは外見はいいけど中身が壊滅的だから心配で」
……お前はオレのお袋かよ。
こいつのテンションの高さには着いて行けない。
昨日といい今日といい、このテンションがよく維持出来るもんだ。
それに朝の夢の事もあり、あまり話をする気になれない。
急ぎ足でその場を離れる。
「あ、ちょっと!待ってよ〜!」
後ろから何か声がしたが気にせず学校へ向かった。
C組の教室。
昨日の騒がしさとは打って変わって今日は静かだった。
殆どの生徒が勉強をしている。
しかも、かなり焦りながら。
その光景に呆気に取られていると逢瀬がやって来た。
「酷いな〜。折角一緒に登校してたのに!」
(関係ないだろ。そんな事)
「それより、何で皆必死に勉強してるんだろ?」
逢瀬が頭に?マークを付けている。
確かに定期考査には時期が早い。
3時間目、数学。
朝の光景の理由が分かった。
今日は数学の小テストがあるらしい。
オレは数学はこれといって得意ではないが、まぁ大丈夫だろう。
問題なのは…。
「あ〜!何で小テストがあんのよ!しかも赤点補習なんて信じらんない!」
こいつだ。
数学教師から小テストの旨と赤点補習の事を聞くと悶絶し始めた。
それに、他の生徒の朝の焦り具合からして知らなかったのは転入してきたばかりのオレと、
恐らく聞いてなかった逢瀬だけでだろう。
「ねぇ〜、成瀬君〜」
逢瀬が少し甘えた口調で話し掛けてきた。
(今はテスト中だぞ…。何考えてんだコイツ)
「何だ」
素気なく返す。
「テスト、ちょ〜っとだけ見せてくんないかなぁ?」
と逢瀬。
「パス」
即答する。
「ケチンボ!」
カンニングなんて意味無いだろう。
それに今のやり取りで数学教師に目を付けられたぞ。
30分後…。
採点が終わったようだ。
赤点は40点以下でオレは何とか45点を取れた。
問題は…
「逢瀬〜」
「はぁい…」
「逢瀬!喜べ!…補習決定だ」
数学教師から死の宣告を受けたようだ。
ガクッと首を項垂れている。
(…ダメだったか)
結局、逢瀬だけが補習となった。
放課後、宛ても無しに校内をぶらついていると、
一人で必死に補習を受けている逢瀬の姿があった。
補習内容、数学プリント10枚だそうだ。
「ぁぁぁああああぁぁぁ」
声にならない声をあげている。
仕方ない。少し助力するか。昨日の借りもあるし。
「…よう」
「あ、なるっちか」
……なるっちなんて初めて呼ばれたぞ。
「捗ってるか?」
「これで一応最後なんだけど…」
「苦手な割には結構進んでるな」
「勘」
「は?」
「だから勘よ勘!女の勘!シックスセンス!」
……まだ暫くかかりそうだ。
結局、女の勘とやらで解いたプリントはダメ出しされもう一度解かされた。
午後8時。
恐らく生徒の中で残っているのは逢瀬とオレだけだろう。
冷たい空気が教室を覆う。
もうすぐ10月だ。寒くなるな。
「まだ帰らないの?」
逢瀬は申し訳なさそうに言った。
「まだプリントが終わってないだろうが。終わるまで見てやるから」
「ありがとう…。なるっちって優しいんだね」
「優しい……か」
『優しいよね。俊くんは』
昔の思い出がフラッシュバックされる。
(ここまで来てまだ…)
「ねぇ…」
昔の思い出に縛られかけていたオレに逢瀬は口を開いた。
「…なんだよ」
少し苛ついていたから、つい語尾に少し怒気が混じってしまう。
「何でこっちに来たの?親の転勤とか何か?」
オレの転入事情に興味があるらしい。
けど、
「今、一人暮らしだ」
「一人暮らしなの?何で?」
(こいつは……)
「詮索されるのは好きじゃない」
苛つきを引き摺ったまま答える。
「あ…。ゴメン…」
逢瀬が凹んでしまった。
「………」
「………」
お互い無言になる。
「…今度の休み、どっか遊びにでも行くか?」
先に沈黙を破ったのはオレだった。
気まずい空気が流れていたからそれを打ち消すために。
その言葉にぱっと明るく「うん!」と即答をする逢瀬。
自分でも何故気を使っていたのか分からなかったが、
逢瀬の顔がいつもの様に明るくなって良かったと素直に思えた。