段々と想い重ねて・・・
8話目です。
・・・ではどうぞ。
カタンと玄関の開く音がして空気が動いた。
それに続き、美晴の声と共に足音が近付く。
「芳彰、お弁当持って来た。夜にでも食べて。」
姿が見えたが、どことなく視線が合わない。
・・・あぁ拙い、前回少しやり過ぎただろうか?
いや確実にやり過ぎだろう。あれはかなり調子に乗ってしまった。
あれで嫌われていたらと思うと、ひやひやする。
でも、今日もこうやって来てくれているし・・・。
ドキドキしながら様子を窺う。
「何か中途半端な事になってるな。」
ダンボールから出しかけたテキスト類を眺めながらそうこぼす。
こちらを見ない事意外は、普段の言動と変わりない。
「そうだな、何かしっくり来ないから途中で止めた。他に置くとこ無いからそのまま。」
彼女はふーんと、適当な返事をしただけでソファに陣取った。
「芳彰は勉強中?」
「あぁ、少しづつでも思い出していかないと、学校戻っても困るからな。」
今は勉強どころでは無くなったのだが・・・まぁそれは伏せておく。
「そっか、」
そう言って美晴は持参したカバンを漁り、一冊の本を取り出した。
「今日ね、友達に無理やり本借りさせられたんだ、図書室のやつ。」
表情は見えないが、テンションは低い。
「何だそれ?」
「趣味じゃないって言ってんのに、いいから読めって勝手に借りられた。」
そう言って、ピンクの本を広げる。
確かにどう見ても、読みたい本を読んでいる態度ではない。
「お前、律儀だな。」
「読書後の感想を求められた。」
と、そう言ったきり黙り込んでしまった。
俺も変に意識してしまって、美晴の側に行きにくい。
きっと、昨夜届いた兄貴からのメールのせいだ。
久しく会ってないくせに『女子高生を妊娠させるんじゃないぞ』と。
その影には、絶対に姉がいる。
当たり前だ、美晴の人生を棒に振るような事するわけがないだろ。
・・・でも、もしも、
もしもの時には責任を取る覚悟も、守るつもりもある。
美晴を不幸にさせるような事はしたくない。
・・・浩介が言うように、相当にはまってんだな俺。
だけど、いや、だからこそ、結局どうする事もできず、
再び手元の本に向かうしか無かった。
以前は絵を描く彼を眺めていたが、今の彼は不厚い本に向かい、
時折ペンを走らせている。
残念ながら、私にはその内容はさっぱりだ。
葵に押し付けられた本は、自己啓発の類だった。『こんな自分になるために』
どうすれば、どう考えれば素敵な自分になれるかが、かわいらしいフォントで
つらつらと綴られている。はっきり言ってそんなものに興味は無い。
この外装だけでも、手に取る事は絶対に無いというのに。
葵が一体どういうつもりでこれを薦めてきたのか、むしろそっちの方が気になる。
芳彰を前にして、どうしていいか分からなくなったので、この本で逃げたのだが、
・・・これも苦行だ。
ダイニングテーブルの彼は、真剣な顔で本に向かっている。
邪魔をしては悪いからというか、今はどう邪魔をしていいのか本当に分からない。
溜息を一つ吐いて、再び本に向かった。
テキストに向けていた目を美晴に向けると、彼女は寝ていた。
読みかけの本は膝の上に転がり、ソファに身を預けて静かな寝息を立てている。
ここで寝るのは二度目だ。前回は夢見が悪かったとかで泣かれた。
日頃の無理もあったのか、ついでにと言ってしがみついてまた泣いた。
ペットボトルの水を一口飲んでから、毛布を取ってきて掛けてやる。
そのついでに隣に座り、肩にかかる彼女の髪を指で梳く。
さらさらと流れるそれは、滑らかで触り心地が良い。
何となく止め難く続けていると、彼女の頭が滑り落ちてきて俺の膝の上に納まった。
寝てたのか。
目を覚ますと温かかった。体に毛布がかかり、芳彰に膝枕されている。
・・・のは何故だろう?
しかしその彼もまた寝ていた。
肩に乗る腕をどかして体を起こし、彼の寝顔を眺める。
結構まつ毛が長い、そして結構あどけない顔をしている。
手を伸ばして髪を触る。前は固めてあって少し硬い。崩すと怒るだろうか?
あごの下に小さな傷がいくつかある。指でつつくと少しチクチクする。
手のひらで頬を撫でると、ざらざらした感触が面白い。
ふいにその手を掴まれた。
「起きた?」
「そりゃあれだけ突付かれれば、誰だって起きるだろ?」
そう言って目を開くと黙り込んだ。
すぐ側でまじまじと見つめられる。
「どしたの?」
するとその声を合図に掴まれたままの手を引っ張られ、彼の胸に倒れ込んだ。
「何?」
と言い終わる間も無く、抱きしめられた。
驚いたけど、まあいいや。
彼の体温が温かくて心地良い。
「美晴?」
「何?」
そう返事を返す彼女は、拒む事も緊張する事も無く、俺の胸に擦りついている。
「お前、どうかしたか?」
つい勢いで抱きしめてしまったが、その後の様子もおかしい。
「気持ち良い。」
そう言ってふにゃりと笑う。一昨日の固まってた美晴は何処に行った?
「・・・お前、いつもと違うぞ?」
普段の偉そうな態度だとか、人をおちょくろうとする言葉だとか、
そんなものは微塵も見えない。
「うん、何故かみんなそう言う。寝起きは何か変だって、そんなに違う?」
そう言って見上げてくる。
「お前、絶対他の奴の前で寝るな。そんなの見たら・・・。」
「襲いたくなった?」
続く言葉を取り上げた美晴は、相変わらず俺を見上げている。
「・・・なった。」
待つと言っておきながら、我ながら何とも情けない。
「じゃぁどうぞ。」
下から聞こえた声に、一瞬耳を疑う。
「お前、覚悟できたのか?」
好きな女の柔らかい体を抱いて、期待しないわけがない。
それでも我慢という枷をして耐えようとしているのに、甘い誘いの言葉だ。
それがもしからかって冗談だと笑うなら、こいつは悪魔だ。
いや待て待て、その話をしたのはたった二日前の事だ。
そんな簡単でいいのかと逆に聞きたい。
しかし、美晴の言葉は予想を超えた。
「んー、覚悟はいらないかなって。」
こいつをありがちな枠に嵌めて考えようとするのが、間違っているんだな。
だから美晴は面白いんだ。
「いくら一人で考えたって答えは出ないし、調べたって結局分かんないし、
もう悩むの疲れた。」
・・・それは諦めなのか?
「けどさ、芳彰ならいいな・・・って言うか芳彰がいいから。」
そう言って笑った。前半の言葉はさておき、後半はぐっときた。
それならと、美晴を抱え上げた。
「どこ連れて行くの?」
しがみつく美晴が聞く。
「ベッド。」
それしか無いだろう?
寝室として使っている部屋に入り、ゆっくりとベッドに下ろす。
「私の部屋と同じだ。何か変な感じ。」
見回して笑う。
「そっか、」
美晴はいつも上にいるのか。俺もつられて笑う。
彼女の頬を右手で撫でて上を向かせた。
そして、ゆっくりと唇を重ねた。
事の前だけど、エロく無い。
そして美晴の寝起きが素な設定が役立った場所。