師匠と弟子とケジメ
とある師匠と弟子のお話でございます。
私には、弟子がいた。
阿含という、いかつい顔をした少年だった。
彼は私を師匠と慕うわりに、なんでもできた。
できてしまった。
あやかしをひとりで退治したのは、弟子入りからわずか一月ほどであった。
得物は木刀とわずかな呪符。それも攻撃ではなく、捕縛用のものである。
家事を一通りこなし、また飯が美味い。
半端な店には通えなくなるほどの美味さであった。
料理屋でも、商人でも、用心棒でも、あやかし殺しでも、とにかく何の世界に言っても、阿含は成功するように思えた。
それも生半な成功ではない。
歴史書に名を残すような、そのような類の成功だ。
阿含よ。
ある日、私は訊ねた。
お前さん、どうして弟子入りなんぞした。
お前さんほどの実力なら、最初っからひとりで立派にやっていけるだろう。
できますよ。
たっぷりと間を置いて、阿含は答えた。
なら、なぜ。
それはね、お師匠。
阿含が、にぃっと笑ってみせた。
これまで一度も見せたことがない、あやかしのような笑みだった。
当代随一の実力持ちのあんたを、腑抜けにして殺すためでさぁ。
言うなり、阿含の手が動く。
私もとっさに動かしたが、鈍い。
美味い飯の喰いすぎで肥え太り、あやかし退治は任せきりで勘が鈍っている。
阿含っ。
呪符が四肢に絡みつく。
即座にねじ切られ、どぅっ、と畳敷きにうつ伏せに倒れる。
背中を踏んづけられた。
阿含っ。
あんたに生きてられちゃあ、あやかしが平和に暮らせない。
阿含が私の背中を踏む。踏む。踏んづける。
くそ……鈍ったね。
お前さん、あやかしだったとは。
そうだよ、お師匠。
あんたが育てていたのは、あやかしだったのさ。
……育てた覚えはないよ。
お前さんは、勝手に育ったのさ。
そんなさみしいことを言わんでください。
俺はあんたに育てられた。親父だと思ってますよって。
私も息子同然だと思っていたがね。
まったく。やれやれどうして……。
私は、わずかに躊躇うあやかしの息子の息遣いを感じる。
おい、息子よ。
やるならとっととやるべきだった。
教えてやるのはもっと先だからね、お前さん知らなかったろう。
何を言っているんですか、お師匠。
術師ってのはね、安易に傷つけるもんじゃないのさ。
なにせ俗世ではなく、あやかし相手を生業にするいかれた連中さ。
自分の身体に呪符を何百と仕込むことも躊躇わない。
お師匠っ。
遅いよぉ、阿含。
阿含が私の首を落とす。
同時に、私の術は完成する。
日々、身体に埋め込み続けたいくつもの自爆する呪符。
いかれた術師の、いかれた呪法。
倒したあやかしの墓代わりに、自らの腹に呪符を埋め込む術。
首がごろりと落ちたから、私の背中を踏んづけたままの阿含が見えた。
焦り、恐怖し、飛び退こうとする。
ふっふ、甘いねぇ。
そういうところは、私譲りなのかねぇ。
だとしたら、嬉しいなぁ。
私の身体が吹っ飛ぶ。
その先はわからない。
阿含がどうなったのか。その先は──。
私には弟子がいた。
息子同然の弟子だった。
教えることがないようで、手のかかる未熟な弟子だ。
そうなれば、良いことも悪いこともぜーんぶ、師匠であり親代わりである私の責任。
けじめは、つけなくちゃあねぇ。




