魔王になんてなりたくない 2(サティ視点)
一人で百面相をしている人物は、やはり今まで見たことのある人間とは違う気がする。他人に興味を持てない私がこんなにも気になっているのだ。
「お前、人間か?」
もし違うとしても素直に答えることはないだろうと思ったが、そのまま聞いてしまった。もう少し聞き方があるだろうが、聞いてしまったものは仕方がない。
私より頭一つ分ほど小さい人間らしき者は、成人しているのだろうが随分と可愛らしい容姿をしている。栗色に金が混じっているような髪は、癖毛なのかみすぼらしく見えない程度に整えられ動きがある。瞳は赤だが光の加減で金が交じる。それもまた美しい。
パッと見た感じでは特徴のない人物に思えるが、よく見るとバランス良く纏まった造形で目を引く。体もそこそこ鍛えているのか引き締まっており、年がら年中王都にいる貴族と比べるとしっかりとしていた。
そして、人見知りというよりは、私と対峙していることが恐ろしくて震えているようだ。殺気を出しているわけではないし、人間に擬態しているはずなのに、この男は何を感じ取っているのだろうか。そこもまた面白い。
ビクビクしながらも頷き、私の動向を探るように視線を向けて目が合うと逸らすという行動を繰り返している。なんだ、この小動物みたいな者は。
「本当に?」
これが私の知っている人間だろうか。不思議に思って、首を傾げながら再度聞いてしまった。
こんなにも興味深く面白い魂を持っているのが自分の知る人間とは思えず、何度も確かめるように眺める。とても好ましく良い匂いもするのだ。甘い蜜のような香りに引き寄せられる。こんな香りのする人間に出会ったことはない。奇妙な魂の香りなのか、それともこの者の魔力の香りなのか。
人間なのか疑わしい、と私はその人物の周りを調べるように動く。三度ほど回るが、姿形は人間そのものなのに、やはり魂が普通の人間とは違って見える。かといって、私のような魔族とも違う。そして何より誘うような香りが、常に鼻腔に漂うというよりも脳を揺らす。私だけに作用しているのか、それとも他の者も引きつけるのか。だがそれは面白くないと眉間に皺が寄る。
確かめてみたい。
初めて抱く気持ちを止められなかった。誰にも興味が持てず、魔王となっても執着するものが何もなく、怠惰に過ごしていた私に訪れた転機。逃すわけにはいかないと、私は目の前の男に手を伸ばした。
味見、と呟き男に口付ける。肌に触れただけでも男の魔力が甘く心地良かったが、直接吸い上げた魔力は濃厚で甘露のようだった。脳に直接働きかけるような魅惑的な香りに包まれる。
啄むような口付けだけでは次第に物足りなくなって、顎を下に押し無理やりこじ開けると舌を滑らせた。
絡める舌から吸い上げた魔力はとろけるようだ。
腕の中にいる男は力が抜けていたので、膝の上に座らせる。互いの体を巡る心地よい魔力に無我夢中で、時間が経つのを忘れていた。
腕の中でもがく男を無視し、ガッチリと抱え直すと男の魔力を堪能する。こんなにも相性がよく甘い魔力を知らなかった。実の親でさえ、魔力を心地良いと思ったことはない。
初めて、心の底から欲しいと思った。
互いの魔力でふわふわとした心地良さに酔いながら意識を飛ばした男だって、きっとそう思っているに違いない。
城まで連れて行こう、一緒に住もう、とすぐに動こうとしたが、少しだけ考える。男は素直に頷くだろうか。先程は体格差と力の差で無理だったが、なんとか逃げようとしていた。
このままなんらかの不備で逃げられてしまう可能性もある。そんなことがないように強固な契約で縛り付けたい。
その時、頭を過ぎったのが従魔契約だった。従魔契約ならば、手っ取り早く相手と繋がることができる。離れていても魔力の共有が可能で、いつでもこの優しく甘い魔力を堪能できるのだ。
ただ、問題があるとすればどちらが従属するのかだ。側にいる口煩い者の姿が思い浮かんだけれど、私としてはどちらが従属する形でも構わない。
相手の意識はない。よって、今すぐに契約するなら私が従属する形になるが良いだろう。この男は私のものだ。誰にも渡したくない。逃したくない。
私は特に悩みもせず互いの魔力を繋ぎ、男を主として契約した。何度も途切れることがないように、魂にまで刻み込むように口付けながら何重にも魔力を繋ぐ。魔王との契約は多少なりとも体に負担がかかるものなのだが、男は特に苦しむこともなく私の魔力を受け止め、背中に契約の証である誓紋を浮かび上がらせた。背中いっぱいに広がる紫の誓紋は花弁のように美しい。きっと、私の背中にも同じ紋様が出ているだろう。
これでこの男は私のものだ。
初めて欲しいものを手に入れた喜びへと酔いしれる。
これまで周りが言う大事なものや愛おしいものというのがよく分からなかった。でも、今ならそれが少し分かるような気さえするから不思議だ。
名前も知らないこの男を知らなかった頃にはもう戻れない。
相手の承諾なく行った従魔契約だが、ここまで念入りに行えばそう簡単には覆らない。もし相手が破棄しようとしても、魂にまで刻み込んでいるから大丈夫だろう。私より強い力がなければ、破棄するのも難しいはずだ。
私は魔力を繋げたことに満足し、男に少し寄り添うことを考える。このまま連れ去るより、自分の意志で私の側を望んでほしいし、暴れられても困るし悲しい。
「お前も私に落ちてくれればいいのに」
呟きながら男を抱きかかえると、人間の宿へと向かう。まずは私に敵意がないことを伝えよう。そして、自らの意思で私と共にいることを考えてほしい。
初めて自分の中に生まれた感情がまだよく分からないけれど、相手も同じ気持ちだと嬉しいということだけは分かるのだ。
心の中にあふれたドロリとした感情に名前をつけるとしたら、これは何というものになるのだろうか。もう一度目を開けて、その目に私を映してほしい。早く私の名を呼んで、私に触れてほしい。
私は横たわる男の傍らに寄り添い、祈るような気持ちで目を覚ますのを待つのだった。




