モブが生き残る道 2
僕の最終目標を掲げるとしたら、モブは平凡、慎ましく密やかに生きることだろう。
なんとかうまく従魔契約を解除してサティから逃げ出すためにも、まずは目先の問題からだ。解除するのと、今後も変わりなく交流するかどうかは別問題だ。ただ、主従関係は違うと思うので、その点だけはどうにかしたいと思っている。
このまますべてのことを放り投げて逃げたい衝動に駆られるけれど、サティに巻き込まれるのは現時点で確定なので、被害を最小限に抑えるため動こう。
怪しげな動きをしている者たちのせいで、何もしていない僕の前ではちょっと可愛い魔王様が、生きるか死ぬかの選択を迫られる状況になるのが許せない。いくら僕が事なかれ主義だとしても、聞いてしまったら見過ごせない。こんなの僕じゃなくても許せないでしょ。
まぁ、でも下っ端の手綱をきちんと握っていないからこういうことが起きるので、まずはそこから直してもらわないと。
「サティにお願いがあります」
突然、僕に話しかけられて、サティは期待に満ちた瞳を向けてくる。ない尻尾がブンブン勢い良く振られているのが見えるようだよ。
でもね、これはお願いと言いつつただのお説教です。面倒で放置していたサティが悪い。さっさと改めてほしい。
「まず一つ目。部下の管理はしっかりと!」
「むっ……あいつらが勝手に……」
「上に立つ者は、自分に従う人たちを把握して、問題なく管理するのがお仕事です。していないのは怠慢です」
「そうです、その通り! さすが魔王様、素晴らしい人を見つけましたね!」
大喜びしているのはコウモリ男だ。今まで大変だった分、僕の言葉を肯定し後押しする。
「次に、さっきの続きにはなるけれど、不穏分子は徹底排除しましょう。サティの足を引っ張るだけではなく、力が弱い人たちを苦しめる原因になります」
「むっ……」
「現に大した力のない僕が巻き込まれてるでしょ?」
もっとやって欲しいことはあるけれど、ひとまずこれだけどうにかしてくれれば、少しは流れがマシになるだろう。
僕の言葉に不満そうながらも、サティは隣で騒ぐコウモリ男の話に耳を傾けている。良い傾向だ。
「じゃ、そのあたりを重点的に頑張ってもらって、僕は家に帰ります」
「駄目だ」
「はぁ?」
僕がベッドを抜け出そうとすると両側から手を掴まれた。あの、僕が二つに裂けそうなので、どちらも手を離してもらいたい。
「いや、だって、僕がいても変わらないし」
「変わりますとも! 誰が魔王様を先程のように導くんですか。他人に興味がない魔王様が唯一気に入ってるというだけでも奇跡なのに、諌めて仕事と向き合わせるという高度な技術を持つ駒を見逃すわけにはー!」
それはお前の仕事じゃないのか。コウモリ男は側近だろうが。そして、サティに引き止めてくださいってお願いするんじゃない。
「あと、ペットの面倒は最後までしっかりと!」
部下が上司をペットって言うなー!
そしてサティも小さく頷くな。僕は飼い主じゃありません。気絶して起きたら勝手に従魔契約されてたので不可抗力です。
嫌だ、この二人。話が通じないというか、わざと話を聞いてくれない。
ここから先は僕がいてもいなくてもやること変わらないんだから、帰ってもいいのでは?
「……家族が心配してるので家に帰りたいです」
「仕方ないですねー、じゃぁ手紙を出しましょう」
「……妹のデビュタントに付いてきたので」
「その日だけ帰っては?」
コウモリ男は細い目をさらに細くさせてニヨニヨと笑っている。あいつは悪魔だ、絶対に獲物は逃さないという雰囲気を醸し出している。
ベッド横にいるサティに視線を移すと、捨てられた犬みたいにしょんぼりとしながら、上目遣いで僕をチラチラと見ている。くっ、負けない!
言い返そうとコウモリ男に体を向けた瞬間、僕の袖をツイッと引かれる感覚に思わず振り返ってしまう。
罠だった。
この世の何よりも美しい男の目に薄っすらと浮かぶ涙が、どんなに破壊力あるものか知っていますか。僕は今知りました。
これは狡い。
「一緒がいい」
「うぐっ」
魔王様もう一声、って煽るなそこのコウモリ男。
「駄目?」
「だ、駄目なんだけど」
「これでも?」
ポンっという音と共に、サティの姿は紫よりも黒に近い艷やかな毛並みの猫に変わった。
モフモフだー!
完敗です。僕は負けました。前世から猫の下僕だったよ、僕。
高速で撫でて猫になったサティの毛並みを堪能しながら、僕はうっとりと呟く。
「撫でると頭がフワフワする」
「魔力が互いの体を循環するのと、おそらく魔力の相性がいいからでしょうねー。やりましたね、魔王様!」
何がやりましたなのか分からないけれど、僕は完敗した。しかし、まだ諦めない。
サティの願いは一緒にいること。だったら、僕の家にこのまま帰ってもいいのではないだろうか。
コウモリ男はさっき現れたときのように転移ができるようだし、サティもできるに違いない。用事のある時だけ帰ってもらって、指示はこちらにいて出しても良いんじゃないかと思う。
だって、今まで放置していたことを考えれば、それでも十分マシだろうし。少しのテコ入れでも変わるはずだ。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
僕の言葉にコウモリ男は目を見開くが、サティが承諾するように僕の頬に顔を擦り付けるから何も言えなくなっている。ざまあみろ。苦労しているのは分かったけれど、すべてお前の思うとおりになんて動きたくないもんね。少しはさっきの得意げなニヨニヨ笑いに対抗出来たかな?
「ま、魔王様、すぐにでも行動を開始するのではー?」
「後ほど連絡する。それまで情報を集めておけ」
「頑張りまーす」
恨めしそうな顔をして僕を見たコウモリ男は、情報を集めるためにか姿を消した。そういえば、名前を聞いてなかったな。次会ったときに聞かないと。いつまでもコウモリ男呼びは可哀想だしね。
なんかとても濃い一日だった。今から帰っても明日の朝帰っても同じ気がするから、今日はもうここで寝よう、そうしよう。
膝の上に抱いていたサティを自分の枕元におろす。すると、本物の猫のように丸くなった。そして長い尻尾は僕の腕に絡みつく。
「これは?」
「どこかくっついていた方が心地よい」
それは僕も思った。魔力が循環するのは心地よい。
そっか、と僕はそれをそのままにしてサティの隣に転がる。
疲れていた僕はそのまますぐに寝てしまい、途中で元の姿へ戻ったサティに抱きしめられて起きることになるとは思いもしなかったのだった。




