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モブはラスボスから逃げ切りたい  作者: 黒鉦サクヤ


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2/8

人間じゃない!? 1

 目が覚めて、見知らぬ天井を眺め不安になりながら辺りを見渡す。僕が寝ていたのはベッドで、内装から予測するに簡素な宿のようだ。

 そのまま外に放置されたり、ラスボスの城まで連れて行かれなくてよかったと安堵のため息をついたところで、紫から黒に流れる髪が僕の腰辺りに見えた。見覚えのある色彩に僕は動きを止める。なんでまだいるんだろう。

 ベッド脇に座り、突っ伏した状態で動かない。寝ているんだろうか。そもそも、魔族って寝るのか。魔族について何も知らないからちょっと不思議。

 僕が人間であることを疑われた説明は欲しいけれど、ずっと一緒に居たいわけではない。この世界のモブとしては、ダッシュで逃げ帰りたい心境なのだ。この部屋を勝手に拝借している可能性がゼロではないけれど、もし宿をとり、ここに寝かせてくれたなら人間の暮らしにある程度理解があるのだろう。……ラスボスの魔王なのに。

 僕たちが知らないだけで、魔族の皆さんって人間の生活に溶け込んでいるんだろうか。そうでなければ、お金自体持ってないだろうし、どうやって暮らしてるか知らなければ宿をとるという発想もないはずだ。だって、僕は魔族の生活を知らないから、魔族の世界で一人きりになったら多分何もできなくて腹を空かせたまま野宿すると思う。魔族の世界には宿がないかもしれないし、それを聞いたことで危険に陥る可能性もある。

 ゲームは敵側の情報が殆ど無かったし、特に知ろうともしなかったな、とぼんやり思う。まだ前世を思い出した後遺症の頭痛はあるけれど、少しは落ち着いたから情報を整理したい。とはいえ、寝ているラスボスが気になって仕方がない。

 寝息は聞こえないけれど、小さく肩が上下しているから生きているのは間違いない。

 しかし、どうすればいいんだろう。このまま逃げ出すのはまず無理だろうし、起こして再び絶世の美形と対峙するのも遠慮したい。モブはモブらしく、メインキャラと触れ合わず、静かに暮らしていたいのだ。それがモブの幸せなのだ。

 そう思ったけれど、この世界はそれを良しとしなかったらしい。静かに突っ伏していたラスボスが顔を上げた。


「あ、起きてた」


 存外幼い口調でラスボスが言う。しかも、へらっと笑うから恐ろしいという感情が吹き飛ぶ。ラスボス、とても可愛いが!?

 気絶する前に感じた、醸し出す雰囲気が重苦しいというのは気のせいだったのかもしれない。背後にお花が飛んでそうな雰囲気だ。

 こてん、と首を傾げた時にその片鱗は見えたけど!

 だがしかし、僕はお家に帰りたいです。可愛い妹が待ってるんで! それをどう伝えたものか思案していると、ラスボスが言う。


「名前は?」


 あの、これは悪魔に名前を教えたら魂取られるとかそういう類の話だろうか。魔族と悪魔は違うはず。でも、ラスボスが純粋に僕の名前を欲してるとは思えなくて口を噤む。そんな中、沈黙が支配する部屋に、間の抜けたラスボスの声が響いた。


「あ、私はサティだ」


 ん? これは名前を教えてくれたのか?

 魔族にも人間界と同様に社交界のマナーでもあるんだろうか。分からないけれど、名乗られてしまったのでこちらも返すしかない。魔族と人間の関係だし無視してもいいのではと思いつつ、小心者なので長いものには巻かれろ精神が染み付いている。出会った当初よりは雰囲気が柔らかいから、心臓がバックンバックンしてたけれどなんとか答えた。


「リドル……です」


 片言だけど許してほしい。前世陰キャ、現在モブで小心者の僕にしては上出来だ。

 僕の名前を口の中で転がすように呟いたラスボスこと魔王のサティは、僕に満面の笑みを向ける。眩しい、溶ける。なにこのラスボス。魔族じゃなくて天使では。


「可愛い」


 可愛いのはそちらですが!

 心の中でツッコミを入れつつ、蕩けそうな甘い笑みを浮かべたサティから、居たたまれなくなって目をそらした。すると、ベッドをくるりと回って僕の視線の先へとやってきて目を合わせる。

 なんなんだ、この生き物。

 やることが幼女だった頃の妹と同じである。姿は二十歳くらいの青年なんだけれども。


「ちゃんとこっち見て。リドル、私と行こう」

「……どこへ?」


 無理です、という声が飛び出そうだったのを飲み込んで、一応聞いてみた。

 なぜか分からないけれど、サティに懐かれている。おかしい。ラスボスは僕に用事などないはずだ。自分へと言い聞かせるために、何度も僕はモブなのにと思う。モブなんて人質にするほど価値はなく、好かれる要素も皆無だと思う。

 僕は至って平凡で特徴の無い容姿だし、少しだけ目を引くのは桃色の瞳くらいだ。そういえばサティも赤に近い桃色かもしれないけれど、それが関係しているわけではなさそうだし。


「リドル、人間とは違う。私と一緒。だから一緒に私の家に行こう」


 そんな馬鹿な。僕はちゃんと人間の父と母から生まれたはずだ。兄と妹も人間だと思う。その二人と違うのは、前世の記憶くらい……。

 そこまで考え、あー、と僕は項垂れる。悪魔と魔族は違うけれど、どちらも魂を見るらしい。魂を見たら僕はきっと人間と違って見えるのだろう。でも、僕は人間だ。勝手に連れ去らず聞いてくれるだけ良いとは思うけれど、僕は家に帰りたい。突然僕が消えて、家の者だって心配しているはずだ。

 ラスボスは迫り来る勇者のことだけ考えてモブのことは放っておいてほしいけれど、これはどうにも話し合いが必要である。

 僕は期待に満ちたまなざしを向けるサティを前に、小さくため息を吐いた。

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