プロローグ
こんにちは、モブです。
モブとは僕の中で主役ではなく取るに足らない、いてもいなくてもあまり変わらない脇役という意味合いで、僕の立ち位置はまさにそれ。
主人公たちの壮大な物語に巻き込まれる、その他大勢の一人だったはずでした。たった十秒前まで。
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なぜ、僕はこの世のものとは思えない美しさ全開の美貌と対峙しているのだろうか。目をそらしてダッシュで帰ってもいいだろうか、と現実逃避したくなるのは仕方ないと思う。
髪は鮮やかな紫が腰の辺りまで伸びており、下にいくにつれ黒となる美しいグラデーションをみせている。その髪は後ろで一つにくくられ、顔周りにはシャギーが入っているのか毛先が両頬にかかっていた。醸し出す雰囲気が重いのに、少し軽やかな印象に見えるのはそのせいかもしれない。
まつげは頬に長く影を落とすほどだし、二次元から抜け出てきたように目鼻立ちは整っている。いや、抜け出てきたっていうか、ここが二次元の世界だった。
この美しすぎる顔を見た瞬間、僕は前世の記憶を思い出した。走馬灯のように、前世で遊んだゲームの知識が怒涛のごとく流れてきたのだ。
小さな村から勇者が旅立ち、最終的にラスボスである魔王を倒してめでたし、めでたしというという王道ストーリーだった。その中に、僕の名前はない。なので、僕はモブだ。貴族その百辺りの末席にいると思う。
ただ、自分が勇者としてゲームをしていて知識だけはある。この知識があれば無双できる、と一瞬思ったけれど、おそらく物語はすでにラスト寸前。勇者が辺境で活躍中って話を、つい先日耳にした。ラスボス戦は辺境近くで行われるのだ。
無双できる情報をラスボス戦手前くらい持っていたって何の役にも立たないし、鍛えてもいないモブの僕はお呼びでない。更に言うと、目の前の人物はラスボスだったよ。僕の人生、終わった。
僕ってラスボスに人知れず殺られるモブだったんだろうか。ゲームって名もないモブの細々とした設定はスルーされるから、主要人物以外はどうなるのかさっぱりなところがあるよね。主人公たちから離れたところで進むストーリーなんて知るかって感じだと思う。もし、そんな話が出てきても、主人公が○○していたときこんなことがありました、くらいの扱いだ。
そう、誰も興味のない物語がここにある。なんて、逃避していたらラスボスに声をかけられた。
「お前、人間か?」
え? 僕は今ラスボスに、もしかしなくても人間じゃない判定をされた? でも、人間だと思うんだけど。人間じゃないかもなんて思ったことがないから、突然言われても返答に苦しむ。そもそもこの世界の人間の定義ってどうなんだろう。
前世を思い出したばかりで、昔と今の情報が混ざりあった状態のまま混乱しているし、その影響もあるのか頭痛もひどいし頭が働かない。それに、もし人間じゃなかったとしても、違うって返事していい場面じゃないよね?
ラスボスの強い視線が僕から逸れることはない。だから、生まれたての子鹿のようにプルプルしてしまっても仕方がないはずだ。
もうどうにでもなれと覚悟を決めて震えながら頷くと、ラスボスはなぜか可愛らしく、こてんと首を傾げた。なんだ、それ。ギャップ萌えとはこのことかと思ったけれど、落ち着け、相手はラスボスだ。
「本当に?」
僕は前世にあった赤べこのように頷くだけの物体になる。疑わしい、とラスボスは僕の周りをぐるりと回りながらニオイを嗅ぐ。そのまま三周ほどして僕の目の前に戻ってくると、味見、と呟き僕の頬に手をかけ引き寄せた。
食べられる、と目を瞑った瞬間、唇に柔らかいものが押し当てられた。初めはふにふにと啄んでいたが、顎を下に押され無理やり口をこじ開けられる。少しだけ空いた隙間に舌を入れられ、口内を貪られた。
待って、最初からディープなやつだし、僕のファーストキスー!
現在進行形で混乱中の僕は、あまりの衝撃に意識が一瞬ぶっとんだ。どのくらい時間が経ったのか分からないけれど、目が覚めたときはラスボスの膝に座った状態で、まだチューチューと唇を吸われていた。どうして……!
解せぬ、ともがいてみるけれど、無駄な足掻きだった。身動き取れないようにしっかりと抱きかかえられて、拘束が強まっただけだった。
しかし、なぜこんな貧乏子爵家次男がラスボスに捕まっているのか。うちの可愛いお姫様である妹のデビュタントに付き合って、ようやく王都に辿り着いたばかりだというのに。たまにしか来ないから今のうちに散策でも、と夜になってもうろついていた僕が悪いのか。
どこからどう見ても貧乏貴族にしか見えないし、特に目立つ容姿ではないから街並みに溶け込めると思ったんだけどなぁ。
そもそも、ラスボスが王都にいるとは何事だ。勇者たち、辺境に行ってるんだよ。辺境にいてよ!
巻き込み事故じゃないかこんなの、と怒ってみるものの、ラスボスの抱きしめる力は強いし、キスのされ過ぎで息も絶え絶えになってきている。命の危険を感じる。なんかだんだん甘い声も出てる気がして、自分の声に耐えられなくなってきた。
モブにはきつい展開です。
恥辱と頭痛も相まって、僕はもう一度意識を手放した。




