4話 妥協してない妥協案
「⋯⋯う〜ん、難しい。後は形が何とかなればなぁ。何か形の希望とかある?霙さん」
「えっと、持ち運びやすいと嬉しいです」
「持ち運びやすい形かぁ」
作業を始めてからおよそ、3時間。意外にも、偽物の宝珠を作ることはそこまで難しいことではなかった。しかし、翼はその形を変えることに苦戦していた。
「このままじゃ、かなり大きいよね。でもこれ以上、魔力変換装置は小さくできないし⋯⋯かといって、魔力回路は今の僕の実力じゃ、これ以上省略できないんだよなぁ」
「⋯⋯すいません、何言ってるかわかんないです」
「大丈夫だよ、わかんなくても。霙さんには魔導具づくりの才能はないみたいだし」
翼は冷たくそう言うが、本当のことなので霙は否定することができなかった。実際、この3時間で何回も翼のことを手伝おうとしたのだが、その度に余計なことをしては翼に怒られていた。
どうやら、霙には片付けの才能はあっても、魔導具づくりの才能はなかったらしい。
「⋯⋯形は変えられないけど、めっちゃ小さくするのはどう?この丸い形のまま、木の実位のサイズになるイメージ」
「そんなことできるんですか?さっきは小さくできないとか何とか言ってましたけど⋯⋯」
「うん。そこは霙さんの才能におまかせするしかないかな!魔導具づくりの才能はなかったけど、魔力を操る才能はあるかもしれないし!」
翼は自信満々にそう話して、手に持っている水色をした球体⋯⋯もとい宝珠に、綺麗なペンで魔力回路を描いていく。
「こっちの魔力回路を省略しないで小さくするには、ここを並列にするしかないから⋯⋯ごめん、魔力粉取ってー?」
「足りなくなりました?」
「うん。最近、魔力粉値上がりしてるらしいし、あんまり無駄遣いしたくないんだけどねー」
翼が綺麗なペンで魔力回路を書き換え終わると、すぐに魔力変換装置を縮小する作業へと取り掛かる。
そして、翼が霙から魔力粉を受け取れば、今度は近くにある薬草を取ってくれと霙に頼む。
(⋯⋯やっぱり、パシられてるよな?)
「ありがとー。この2つを合わせて作ったら、魔力変換装置の効率がよくなるから、多少は小さくしても大丈夫なはず」
「翼⋯⋯は本当にすごいですね」
「そんなことないよ。本職の人と比べられたら、マァジで恥ずかしくて死ねる⋯⋯」
翼は照れながらも謙遜するが、ほんの数秒で手のひらサイズだった球体を、小さめの木の実くらいまで縮小させてみせた。
「⋯⋯やっぱり、すごいじゃないですか。謙遜しすぎですよ」
「謙遜しすぎじゃないよ。職人ならこんなに時間かかんないだろうしね」
翼がハンモックの上に置いていた紙や薬草を床に置いて、水色をした球体を霙へと慎重に渡す。
「はい、どーぞ。これ疑似宝珠っていうの」
「名前安直ですね⋯⋯これ、どうやって使うんですか?」
「霙さん、魔力操ったことある?」
「ないですね」
「⋯⋯そっかぁ。じゃあ、最初はちょっと難しいかも」
そう言って翼は新たに紫色の石を床から拾って、同じようにして綺麗なペンでその石に魔力回路を書き込んでいく。
「それ握ったら、魔力を感じられるようになるから頑張って。慣れてきたら、氷出せるようになると思うから」
「⋯⋯わかりました。握るだけでいいんですね?」
「うん、握るだけでいいよ。君が魔力を操ってる間に、僕は自分の分の疑似宝珠作ってるから」
翼はさっきとほとんど同じ材料をつかって、2つ目の疑似宝珠を作り始める。
その様子を見て、霙は翼に言われた通り、魔力を操るための練習を始める⋯⋯はずだった。
「───うっそだぁ」
「な、何か氷出ちゃったんですけど、これってヤバいやつですか?」
「⋯⋯うん、ヤバいね。色んな意味で」
霙が水色の疑似宝珠を握ったその瞬間、彼の周りにいくつもの鋭い氷が浮かび上がった。それを見た翼は顔色を悪くして、霙に対して落ち着けというジェスチャーをする。
「とりあえず、その氷を消そうか。疑似宝珠から手を離すか、氷を消すイメージを頭の中に浮かべてくれる?」
「こ、ここ、こうですか?」
「焦りすぎだよ」
顔色を悪くした翼を見て、そこまでヤバいことなのかと、霙は翼よりもさらに顔色を悪くする。そして、慌てて疑似宝珠から手を離して、慎重に床へと置く。
「よし、大丈夫だよ。ちゃんと消えてる」
「はぁ〜、マジで焦りました。すいません、氷出してしまって。疑似宝珠を握ったら急に周りに現れて、自分でも驚いて⋯⋯」
「霙さんには、本当に魔力を操る才能があったんだよ。僕ですら半日もかかったのに、まさか数秒でできちゃうなんてねぇ?」
翼が意地悪そうにそう言えば、霙は床に置いた疑似宝珠の横に反省した顔で正座する。
「⋯⋯すみません」
「いいよ、早くできる分には良いことだしね。次はそれを使いこなせるようになろうか。人がいない場所とか知らない?」
ハンモックの上に置いてあった紙や薬草などの魔導具づくりに必要な材料を、近くにあった大きめの鞄に全て突っ込み、翼は持っていた綺麗なペンもその中入れて肩にかけた。
「⋯⋯一応それっぽいとこは知ってますけど、外で魔導具づくりもするんですか?」
「当たり前でしょ?誰かさんに才能がありすぎて、まだ僕の分作れてないんだし」
「本当にすみません⋯⋯そういえば、この疑似宝珠って運ぶときはどうすればいいんですか?触れたら、また氷が出ると思うんですけど⋯⋯」
翼が外に行く準備をしているのを見て、自分も用意をしようと思ったものの、疑似宝珠以外は持つものがないということに気づいた霙が、また触って運んでいいのかと翼に問う。
「氷を出せたってことは魔力を感じることはできてるだろうし、自分で氷を出さないようにすることもできると思うよ。やってみて」
「そ、それじゃあ⋯⋯触りますよ?」
霙が翼の言ったことを信用し、先ほど床に置いた疑似宝珠へと慎重に手を伸ばせば、さっきとは違って氷を出さないで疑似宝珠に触れることができた。
「⋯⋯多分、この体の中を動いていた物が魔力なんですよね?」
「うん、そうだと思う。じゃあ、そのままの状態で外行こうか。場所はどこ?」
階段をそーっと降り、扉を開けて家を出た翼は、疑似宝珠を持っている霙が案内する場所へと歩いていった。
* * *
霙が案内した場所は木が多くて、たとえ人がいたとしても、あまり気づかれなさそうな森の近くだった。
「できたー!嬉しいなぁ」
「流石です。さっきより、1時間も早く2つ目の疑似宝珠を作ってしまうなんて⋯⋯」
霙が素直に称賛すれば、翼は新たに作ったくすんだ紫色をしている自分の疑似宝珠を握った。
その様子を見た霙は、何が起こるのかと内心ワクワクしながら待っているものの、何も起こらない。
「⋯⋯⋯?」
「ワクワクして待っているところ申し訳ないけど、ほとんど何も起こらないよ」
「えっ、氷が出たりしないんですか?」
「しないね」
そう翼に言われて少し残念に思いながら、霙は翼から少し離れたところで、氷を操る練習を始めようとした。
そして移動したその瞬間、何かと自分の脚がぶつかった。何とぶつかってしまったのかと辺りを見渡すが、周りに翼以外の人は居ないし、少し背の高い木と所々に生えてる花ぐらいしかない。
「あれ?今俺何とぶつかって⋯⋯」
「うわー、バレちゃった。やっぱり、込める魔力量が少ないとこれが限界かぁ」
「えっ?翼さっ──翼?」
さらっと翼さんと言いそうになって、呼び直した霙は、もう一度あたりを見渡す。だが、そこにいる翼は何も言ってないし、変な声が聞こえてしまったのかもしれない。
(⋯⋯まさか、幽霊?)
そんな考えが頭をよぎったが、どうやら違ったらしい。霙が翼のもとへと話を聞きに行こうとすれば、自分の左腕を何者かが掴んで後ろへと引っ張った。
「───っ?!」
「僕はここだよ、あれは偽物。にしてもバレるの早かったな」
「はっ?え?翼さん?!」
後ろへと引っ張られると同時に振り向けば、そこには目の前にいたはずの翼がいた。そして、霙が先ほどまで話していた翼は、サラサラとした粉になって宙を舞い、消えてしまった。
さすがに驚いて、思わず翼さんと霙が呼んでしまうと、呼ばれた本人はむすっとした顔で、霙の左腕をつかむ手にさらに力を込めていく。
「⋯⋯翼、痛いです。すみません」
「別にいいよ。で、どうだった?僕の疑似宝珠の魔法!」
「それは、本当にすごかったです。幻覚の魔法ですか?」
「うん!今持ってた材料で作れたのが、幻覚の魔法の疑似宝珠しかなかったから⋯⋯」
そう言って翼は自分の疑似宝珠を鞄へとしまって、呆気にとられていた霙の方へと向き直る。そして、静かに話し始めた。
「そろそろ霙さんも、いい感じに氷が操れるようになったし、ここからは真剣な話ね」
「⋯⋯はい」
「霙さんの犯行計画について。あなたが殺したいのは誰?」
珍しく真剣な顔をして翼が霙に問えば、彼は苦虫を噛み潰したような顔をして、そっと口を開いた。
「⋯⋯俺の兄を殺したのは叔父で、あの男は酒癖も悪く、煙草も吸っていました」
「うん。それで?何でお兄さんは殺されたの?」
「俺の父親が事故で死んだ時に、まだ幼かった俺たちは、叔父に引き取られて⋯⋯ムカついた時に殴られたりしてました。兄はそれに反抗したときに、当たりどころが悪くて⋯⋯」
「そっか。じゃあ、どうやって殺すの?」
慰めの言葉をかけることもなく、翼は静かに霙へと問う。それでも、翼は霙が俯いたときに、その両目からこぼれ落ちた物の存在は見なかったことにした。
(⋯⋯だって、僕は人を慰めることができる言葉なんて知らない。人の慰め方なんて知らない)
「⋯⋯なるべく、苦しませて殺したい。俺の唯一の家族を奪ったあの男を、なるべく苦しませて!」
「本当に、それでいいの?」
「え?な、何のことですか?」
怒りに満ちた声で霙がそう叫べば、それとは正反対に淡々とした声で翼は霙に聞く。本当にそれでいいのかと。
「だって、あいつは兄を殺した男です!酒癖も悪いし、俺たちだけじゃない!何人もの人があいつに殴られて、蹴られて、若い娘の中には傷を負った者もいた!あいつは死んで当然の人間なんです!」
「でもさ、苦しませて殺すのは違うんじゃない?」
「⋯⋯何が違うっていうんです」
さっきから翼が何を言いたいのか分からなかった霙はもうすでに、限界だった。
兄を殺されて、自分はあいつに殴られて、母親は父親が死んだ途端、あいつの妻として再婚した。そっちのほうが金がもらえると思っていたからだ。あいつは、自分から全てを奪ったのだ。
「───何が違うって言うんですかっ!!」
霙が顔を上げて翼のことを見れば、彼は同情でも共感でもなんでもない顔をしていた。強いて言うなら、わがままを言う子どもに優しく言い聞かせる親の顔、に近いのだろう。彼の方が8歳も年下だというのに。
「⋯⋯確かに、その人は人殺しだよ。君のお兄さんを殺した人殺し」
「そうです、あいつは人殺しなんです。なのに、のうのうと生きている。あいつは生きてちゃいけないんですよ⋯⋯」
「じゃあ、僕らがこれからしようとしていることは?」
急に翼にそう言われて、霙は動揺した。自分の疑似宝珠を、地面に落としてしまうくらいには。
「⋯⋯え?」
「僕らがこれからしようとしていることも、同じ人殺しじゃないの?」
「それは⋯⋯」
「別に殺すなとは言わないよ。でもさ、苦しませて殺す必要はあるの?」
その言葉を聞いて、復讐に燃えていたはずの心が揺らいだ。今までそんなことは1回もなかったというのに。
「⋯⋯ない、かもしれません。俺が苦しませて殺したかっただけで、必要なことではない、と思います」
「そうだね。でも、その人はかなり悪いことをしている。だから、そいつに後悔する時間を作ろう。それでいい?」
(⋯⋯後悔する時間を作るのも、苦しませて殺すことにほとんど変わりはないのに)
翼は霙に妥協案を出したように見せかけて、全くそんなことはなかった。翼も、霙の兄を殺した男を許すつもりはなかったのだ。
けれでも、翼は霙にその男を殺したあとに後悔してほしくなかった。空虚な思いをしてほしくなかった。
(相手のことを苦しませて殺したところで、満足するのは一瞬だけ。その後は?相手に後悔させることができなかった後、霙さんはどうするのか?)
そのままでは自分だけが一瞬満足して、終わりになってしまう。だから、苦しませなくても後悔させることができれば、少しくらいは自己満足のためではなく、お兄さんのために殺せたと思えるかもしれない。
「⋯⋯はい。あいつに後悔する時間を作ります。兄を殺したことを後悔させてやります」
「そうだね。じゃあ、詳細を考えようか」
そう言って翼は霙の隣に立って、背伸びをしてそっと大きいその背中をさすった。