3話 悪魔は片付けが苦手
「⋯⋯お邪魔してもいいんですか?」
「いいよ。片方はどうせ部屋から出てこないし、もう片方は最近、家にいるとこをほとんど見てないから」
作る魔導具の相談をするため、翼の部屋へとお邪魔している青年だが、正直自分が勝手にお邪魔していいのかわからない。
(⋯⋯俺に友達なんていなかったし、人の家にお邪魔するのって何やかんや初めてだな)
「ここが僕の部屋。ちょっと散らかってるけど、何とか避けてね」
「⋯⋯⋯これのどこがちょっと何ですか」
緊張して足を踏み入れた翼の部屋は、一言で言ってしまえば、ものすごい量の物が散らかっている部屋だった。
床に落ちているのは何かが書かれた紙が大半だが、たまに変な模様をした羽根や鋭く尖った石が落ちていたりするので、歩くときは足元に気をつけなければいけない。
「⋯⋯普段どこで寝てるんです?」
「そこのハンモック。ベッドの上は物置きすぎちゃったから、お金貯めてわざわざ買ったんだよ。あれは結構痛い出費だったなぁ」
翼が指差す先に、確かにハンモックらしき物はあったが、それですらかなり紙に埋もれていた。
(⋯⋯足の踏み場がないし、こんな部屋でどうやって魔導具づくりについて話し合うんだよ)
青年はあまりの翼の部屋の汚さに、言葉を失った。多分、魔導具づくりを行っているということは、この辺の紙も大事で捨てられないものなのだろうが、それにしてもこれは汚すぎではないだろうか。
⋯まぁ、魔導具づくりはド素人の青年が翼に言えることは何もないのだが。
「⋯⋯ごめん。まだ魔導具作ってないけど、手伝ってほしいことができた」
「この部屋を片付ける、ですよね?わかりました。すぐに取りかかりましょう」
さっきから必死に紙をどけたりして、青年の座れる場所を作ろうとしていた翼だったが、近くにある積み重ねられた紙に体がぶつかって、その紙たちはズシャアァァァとなだれを起こした。
その一部始終を見ていた青年は、いつ助けに入るか迷っていた。魔導具づくりド素人の自分がむやみに触るもんじゃないと。
しかし、本人から了承が出たのですぐに足元にある、紙の山から片付け始めた。
「普通にごめんね。僕が魔導具を作り終える前に、何かを手伝ってもらうつもりはなかったんだよ⋯⋯」
「はい。その気持ちはよく伝わりました」
ここからの青年の行動は早かった。青年は翼が片付けようと行動を起こせば、悪化することが分かったので早めに翼をハンモックへと移動させた。
そして、捨ててはいけないものが混じっていると困るので、なんかそれっぽい種類の紙ごとに分別して、部屋の端っこに積み重ねた。
「紙はまぁ、こんなものか⋯⋯⋯材料の中で素手で触っちゃいけないものとかあります?」
「ないよ、全部素手で触っても大丈夫なはず」
ハンモックの上で大人しくしている翼に、もう青年は恐怖を覚えてはいなかった。
翼の態度が、散らかしてしまったのに親に片付けさせてしまって申し訳なく思って、反省している小さな子供のように見えて青年は少しだけ微笑ましく思った。
「⋯⋯それにしても、めちゃくちゃ材料ありますね。俺があなたを初めて見たのは、10日前にあのお店に来てたときですけど⋯⋯他の店でも材料は買ってたんですか?」
床に落ちている材料を慎重に片付けている青年が、ハンモックの方に問いかければ、翼は首をブンブンと横に振った。
「いや、材料買ったのはあの店が初めてだし、魔導具づくりを始めたのも、あの店を訪れた10日前だよ」
「⋯⋯⋯え?」
「え?も何も、あの日に僕は初めて魔導具づくりに挑戦したんだよ。もともと知識は少しあったけどね」
そう簡単に言ってのける翼。そして、自分が片付けた紙や材料の量を思わず2度見して、え?10日?と呟き続ける青年。
「そもそも、僕よりも兄さんのほうが魔導具づくりは優秀だから〜って、両親は僕に材料とか買ってくれなかったしね」
「⋯⋯あなたがまだ子供だから、とかいう理由ではなく?」
「うん。実際、僕の兄さんは稀に見る本物の天才だったし、それと比べたら誰だって出来損ないだよ」
「あなたのお兄さん、すごすぎませんか?」
「でしょー?」
翼から話される情報に青年は耳を疑った。8歳の子どもが10日前に魔導具づくりを始めて、商品を作って売ってもいるのに、それよりも優秀なお兄さんがいるとか怖すぎる。
というか、そこまで兄と比べられて両親に冷たくされていたのなら、兄を恨んでいても不思議じゃないのに、翼は兄の話になった時に誇らしそうな顔をした。
「⋯⋯そう言えば君、名前は?」
「えっ、俺の名前ですか?」
「うん。いつまでもあなたとか、君って呼ぶのはちょっと面倒くさいなって」
急に翼から視線を向けられ、名前を言うよう促される。青年は翼に突然名前を聞かれたことを驚きながらも、素直に答えた。
「⋯⋯氷室霙って言います。好きなように呼んでください」
「そっか。じゃあ、霙さんって呼ぶね?僕は椎名翼、翼でいいよ」
「⋯⋯⋯翼、さん?」
「翼でいいってば。霙さんのほうが年上だろうし、さん付けなんてしなくていいよ」
翼は笑ってそう言うが、霙からしたらたまったもんじゃない。こんなに怖い子どもを呼び捨てになんてできるかと、霙は内心おびえていた。
「⋯⋯翼?」
「うん。それがいい」
霙に呼び捨てで呼ばれた翼は、内心嬉しがっていた。その少しだけ低い声に、自分の名前を呼び捨てされれば、何処か懐かしい気分になるのだ。
(⋯⋯あ、わかった。霙さんは兄さんと年が近いんだ。だから、呼び捨てで呼ばれたほうが落ち着くのか)
「⋯⋯?俺の顔がどうかしました?」
「いや、霙さんは僕の兄さんに雰囲気が似てるなぁって思ってみてただけ」
「そうなんですか?」
「うん。溢れ出る優しさオーラみたいなのが似てる」
翼が素直にそう言えば、霙は急に下を向いて顔面を両手で覆った。指の隙間から見える顔や耳は真っ赤なので、多分照れているだけなのだろう。
「⋯⋯⋯⋯」
「じゃあ、魔導具作り始めるか⋯⋯いつまでも照れてないで、何を作ってほしいかちゃんと言いなさい」
「あ、えっと、姿を消せるような魔導具がいいです」
「却下」
顔をパタパタと手であおいで、火照った顔を冷まそうとしている霙が要望を口にすれば、すぐに翼から却下されてしまった。
「⋯⋯何でですか?作れないからですか?」
「まぁ、それもあるね。透明化や認識阻害は作るのがむずいからもうちょっと材料がないと無理」
「⋯⋯そうですか」
一応霙も何となくは察していたのか、そこまでショックを受けたような顔をすることはなかった。しかし、何処かシュンとした雰囲気を醸し出す霙に、翼は優しく声をかける。
「⋯⋯それに、僕ならもっと良いものが作れるよ」
「えっ?!本当ですかっ?!」
「うるさい、静かにして」
「あっ、すみません⋯⋯」
透明化や認識阻害の魔導具よりも良いものが作れると聞いて、テンションが上がった霙は思わず大声で叫んでしまった。そして、すぐに翼から注意された。
「⋯⋯もっと良いものって何ですか?」
「それは作ってからのお楽しみ。だけど、僕も初めて作るものだから失敗したくないし、手伝ってくれると助かるんだけど⋯⋯」
「わかりました。手伝います!」
翼はハンモックから動こうとする気配がないが、元気よく返事をしてやる気になった霙に、テキパキと指示を出していく。
「今から作業に入るから、そこにある青い石とこっちの草。後、さっき僕が手に持ってた袋と箱もちょうだい」
「えっと⋯⋯⋯これでいいですか?」
霙が翼に言われた通りに、全ての材料を持ってくれば、ハンモックで待っていただけの人はとても満足そうな顔をして、すぐに次の指示を出した。
「うん、じゃあ次はその紙の山から右上が折られてたやつだけ持ってきて」
「⋯⋯床に落ちてたせいで、踏んだ拍子に折れてしまったものもあると思うんですけど」
「ならその折れてるやつ全部持ってきて。こっちで分けるから」
翼に指示されたとおりに、霙は大人しく紙を分類してハンモックの横へと持っていこうとするが、途中で一番気づいてはいけないことに気づいてしまった。
(⋯⋯あれ?俺、もしかして手伝いという名目でいいようにパシられてる?)
そのとおりであった。魔導具づくりの手伝いと言われたら、普通は部品ごとに作るところを分担して作業するようなイメージがあったが、魔導具づくりが好きな翼がド素人の霙に、作業を少しでも手伝わせるわけがなかった。
「⋯⋯これ違う書類だな。僕が前に作った、本人しか開けられない箱について書いたやつだ。もう中身も覚えたし、これ関連の紙いらないんだよなぁ」
「えぇ?こんなにびっしり書いてるのに勿体ない。というか、紙って結構高いのにいっぱいありますね」
霙が現実逃避をしつつ、紙の山へと視線を向けて翼に尋ねれば、書類を持って何かを書き込みながら答えてくれた。
「んー、質が悪くて王都の方に出せない紙を、格安で譲ってもらってるからね。まだまだいっぱいあるよ」
「へぇ、そうなんですね⋯⋯何て書いてあんだろ。これ」
霙が、折れていなかった紙に分類したところから紙を1枚取って軽く読んでみるが、正直に言って何が書いてあんのかさっぱりだ。
文字くらいは読めるのだが、その意味がわからない。計算やその途中に書かれている図形などなおさらだ。
「⋯⋯名前が氷室霙だもんね。せっかくだし、そういう感じのほうがおもしろ───んんっ。きっと嬉しいよね」
翼の方から何か少し笑いが含まれた呟きがこぼれた気がしたが、霙は何も聞かなかったことにする。あれは幻聴だったのだ。ここ最近の疲れのせいで聞こえてしまった幻聴だった。そうに違いない。
「⋯⋯氷とかなら面白いかな?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
幻聴じゃなかった。
「⋯⋯何の話ですか?」
「魔導具の話」
いや、それは言わなくてもわかるんですけど、という言葉を飲み込んで、霙はさらに追及する。
「もしかして、氷使えるようになるんですか?⋯⋯なんちゃって。そんな魔法みたいに氷を自在に操れたら、苦労しないですよね⋯⋯」
「使えるよ?」
「⋯⋯使えちゃうんですか?っていうか、そんなの作っていいんです?魔法を使えるようになるには、宝珠が必要なのに、その宝珠の材料や作り方を職人たちが漏らすのは罪になると聞いたことがありますよ?」
あっさりと霙の言葉を肯定した翼だが、それを聞いた霙の顔色はだんだんと悪くなっていった。
魔法が使えるのは魅力的だが、法に触れるようなことはなるべくしたくないらしい。今から人を殺そうとしているやつが何を言うか。
「⋯⋯要は、職人たちから材料や宝珠の作り方を聞かなきゃいいんでしょ?別に、自分で宝珠を作ろうとすること自体は罪じゃないしね」
「そうだったんですか?」
「うん。霙さんは、作ろうとすることが何で罪じゃないか分かる?」
「いえ、わかんないです」
大人しく首を横に振り、わからないと言えば、翼は自分が持ってる紙を霙へと渡した。
「⋯⋯これは?」
「僕が予想した宝珠に使われてる材料とその作り方」
「予想した?教えてもらったとかではなく?」
「いや、職人さんたちって口堅いからさぁ。喋ってくれそうな気配がないんだよ」
そう嘆きながらも、翼はハンモックから少し身を乗り出して、霙に渡した紙のとある場所を指差す。
「で、何で罪にならないかって言ったら、材料や作り方を何も知らないで作れるような人は、今まで一人も居なかったから、そんな法を作んなくて良かったの」
「⋯⋯こ、これって、魔獣や魔物からとれる貴重な素材じゃないですか!こっちの薬草なんて、魔法騎士団が独占してる物ですし!」
「うん、そうなんだよ。魔法騎士団って、宝珠を作るために結構いい材料使ってるよね。マジで贅沢」
翼が指を差した先には、彼がこの数日間で考えた宝珠の作り方やその材料について書かれていた。
けれども霙が言った通り、その必要な材料には貴重なものが多く、とてもじゃないが、ただの子供が手に入れられるような物は少なかった。
「だから、その素材を代用できる物を探してたんだよ。で、最後の1種類を今日入手したとこ」
「そうだったんですね⋯⋯ていうか、もともと作る予定だったのに、俺がその魔導具使っていいんですか?俺がその魔導具を使うことは予定外のことだったと思うんですけど⋯⋯」
霙が恐る恐るといった様子で翼に問えば、そんなの別にどうってことない、とでも言うような顔で床に落ちていた綺麗なペンを拾って、霙に言った。
「大丈夫だよ。ちょうど、実験体が欲しかったんだ」
その一言を聞いた瞬間、霙は翼のことをそういえばこの子供は、化けの皮を被った悪魔だったと再認識させられた。