2話 悪魔との取引
「⋯⋯⋯作れるかな?」
「嬢ちゃん?どうかしたかい?」
「えっ?いえ何でもないです───ていうか、僕は男だって何度も言ってますよね?!」
翼が必死に主張すれば、店のおじさんは苦笑しながら謝った。おじさんの顔に反省の意思が見えないのは、きっと気の所為ではないだろう。
「悪かったってば。お前さん髪長いし、顔も女っぽいから紛らわしいんだっての」
「立派な男ですよー」
「はっはっは、そうか。ほらよ、今回の分だ。銀貨15枚」
店のおじさんから翼は銀貨15枚を受け取る。銀貨が15枚もあればしばらくは生活できるし、貯金もできるし、魔導具の材料も買える。
「⋯⋯じゃあこのうちの3枚で材料買います」
「お、今日は3枚も使っていいのかい?」
「はい。その分いい材料ください」
「わかった。ちょっと待ってろ」
翼が魔導具づくりに使う材料をお願いすると、おじさんは店の奥へと姿を消した。
(⋯⋯でも本当におじさんにはお世話になってるなぁ。魔導具づくりに使う物をくださいって言った時、ただでくれたし)
数日前、お金が必要だと考えた翼が一番最初にしようとしたことは魔導具づくりだった。兄ほどではないが、翼も魔導具づくりに関する知識はあった。
しかし、今の翼に足りないものは魔導具づくりに必要な物全てだった。
(まさかただでくれるとは思ってなかったけど、お金もほとんど持ってなかったし、ちょうど良かった)
このお店は魔導具を売っている店でありながら、魔導具づくりに必要な物も売っているお店だった。しかも、翼の家からさほど遠くもない。まさに理想的なお店だった。
翼が、一体どんな材料を持ってきてくれるだろうと、そわそわしながら待っていると、おじさんが店の奥から戻ってきた。
「⋯⋯実は今、魔力粉が値上がりしてて手に入りにくいんだ」
「知ってます。確か魔法騎士団が、今買い占めてますよね。宝珠を量産するためーみたいなこと言って」
「そうだ。けれども?魔力粉がなければ、魔導具師は魔導具を作れない⋯⋯ここで問題だ。今俺が持ってきたものは何だ?」
おじさんがドヤ顔で持ってきたのは、袋に入った赤く光る粉。これは、魔力濃度が高い場所の植物によく付着しているといわれる魔力粉だ。
魔力粉は入手が困難だと言われている。そもそも、人間は魔力の耐性が低いため、魔力濃度が高い場所へ入ることがほとんど不可能に近いからだ。
「魔力粉ですよね?それも良質なやつ」
「大正解!今の値段ならこの量で銀貨2枚以上する⋯⋯が、お前さんには特別に銀貨1枚で売ってやる」
「えっ、いいんですか?それだと、僕がかなり得しちゃうことになりますけど⋯⋯」
翼が不安になりながら聞けば、おじさんは優しい笑顔を浮かべながら、銀髪の綺麗に整えられた髪を豪快に撫でて、ぐしゃぐしゃにした。
「──あっ、ちょっと!今日綺麗にできてたのに!」
「子どもが遠慮なんてするもんじゃねぇよ。これはこのまま包むからな」
おじさんは翼の頭をある程度撫でて、ぐしゃぐしゃにしたら、満足してすぐにやめた。そして、カウンターの引き出しからリボンを取り出して、丁寧に袋の口を結ぶ。
「⋯⋯ありがとうございます」
「おう!後、お前さんが言ってたレルディーシャの羽根もあるぞ」
「えっ?すごいですね!魔獣の羽根なんて入手困難だろうに」
翼が素直に驚けば、店主であるおじさんはそんな翼のことをフッと鼻で笑って、また店の奥へと姿を消した。
しかし、さっきとは違って数十秒で戻ってきたかと思えば、何やら大きい箱を持っている。今の話の流れからして中身は、レルディーシャの羽根だろうが、そのサイズに対して箱が大きすぎる。
翼が疑問に思っていると、おじさんは何やらニヤニヤとしながら箱の蓋をそ〜っと持ち上げた。
「⋯⋯ふっふっふ、驚くのはこれからだぞ!」
「────っ?!はっ?え?!」
翼が大きな声をだして驚くのも無理はない。箱の中にはレルディーシャの羽根が確かにあった。しかし、真に驚くべきはその数だ。
「羽根を7枚も入手できてしまったんだよなぁ〜」
「いやっ?えっ?!ほ、本当におじさんが入手したんですか?裏の伝手とかも使わずに?」
「おう!裏の伝手なんて使うまでも───って!裏の伝手なんてねぇよ!!」
あまりの衝撃に翼がおじさんに対して、裏の伝手を使って入手したのではないかと尋ねれば、おじさんはそれを必死に否定した。
「⋯⋯これだけ羽根があれば作りたかったものが作れる!」
「おぉ、そうか。よかったな」
「ちなみにこちらのお値段って⋯⋯?」
翼が恐る恐るといった様子でおじさんに尋ねる。レルディーシャの羽根はかなり貴重なもので、羽根1枚で銀貨1枚位の値段はする。
しかし、さっき払った1枚も含めた銀貨8枚を払ってしまうと、手元には銀貨7枚しか残らないので少し心許ない。
「⋯⋯今回ばかりは本当に出血大サービスだぞ?レルディーシャの羽根、7枚で銀貨4枚だ」
「おじさん、ありがとうございますっ!何か作ってほしい魔導具とかありますか?僕に作れるものなら、なるべくはやく作ります!」
安く売ってくれたおじさんに対して、翼が目を輝かせてそう言えば、おじさんは箱の蓋を戻してこちらにもリボンを結んだ。そして、翼から銀貨4枚を受け取ったおじさんは、眉間にしわを寄せながらも思いついたのか嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、前に作ってたあの本人以外開けられない箱作ってくれ。あれの反響が結構いいんだよ」
「え?あれでいいんですか?割と簡単なので僕は助かりますが⋯⋯世の中、隠したことがある人っていっぱい居ますもんね」
翼が納得したように頷けば、おじさんは苦笑いをしながら複雑そうな顔をするという器用なことをした。
そして、魔力粉とレルディーシャの羽根の包装が終わったおじさんはその二つを翼に渡す。
「ほら、落とさないようにしろよ」
「はーい!おじさん、ありがとうございました!また来ますね」
おじさんから慎重に受け取った2つの材料を大事そうに抱え込んで、翼は店を出ようとした。
しかし、出る直前で自分の両手が塞がっていることに気づき、結局おじさんにお店の扉を開けてもらうという結果になった。
* * *
「ふんふ〜ん、これだけあれば作りたかったアレが作れそうだなぁ」
レルディーシャの羽根が7枚も手に入って、テンションが高い翼は、自分の家へと帰るために歩いていた。
(アレが作れれば、活動の幅が広がる。それに兄さんを探すだけじゃなくて、闇ギルドを潰すことも可能になるかもしれない!)
翼がこれから作ろうとしているものは、別に法で規制されているものでもない。だが、作れた人は過去に誰もいないのだ。
「まず、魔力はどーなっているのかについて調べなきゃ駄目だなぁ」
兄の椎名渉ほどではないが、翼も魔導具づくりが上手だし、やり始めた今となっては楽しいと感じている。
別に今更、父親に関心を持ってもらうために魔導具づくりをしているわけではない。単純に好きであるからと、今の翼にはその知識しかないからだ。
子どものお金を稼ぐ手段なんてたかが知れている。それでも、兄を探すために翼はお金をためなければいけないのだ。
そして、そのついでにできることなら闇ギルドも潰しておきたい。父親が闇ギルドの人間に殺されたともなれば、面倒くさい巻き込まれ方をすることは目に見えている。
しかし、闇ギルドを潰すには──────
「────なぁ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「そこの大きい荷物持ってるお前だよ」
「⋯⋯僕がどうかしました?」
自分よりもかなり年上の低い声に呼び止められ、翼は立ち止まる。誰が自分のことを呼び止めたのか気になって、振り返ってみれば周りに人はおらず、一人の青年だけが立っていた。
「今、そこの魔導具店から出てきたよな?」
「⋯⋯えぇ、まあ。それがどうかしました?」
「じゃあ、魔導具を作れんだな?」
(⋯⋯何言ってんだろ、このガキ)
細かいことを言えば、絶対にこの青年のほうが翼よりも年上だろうが、そこは気にしない。
それよりも何故、魔導具店に入っただけで、魔導具が作れるということになるのか。青年が、魔導具を作れると断言しているところが翼は気になった。
「⋯⋯何故、そういうことになるので?」
「お前がここ最近あの店に入っては、魔導具を売って金をもらって、その金で魔導具の材料を買ってくの見てたから」
「あなた、ストーカーか何かですか?」
ズバッと翼が直接言ってしまえば、青年は首をブンブン横に振って、必死で否定する。
「違う!俺はただ⋯⋯嫌いなやつがいてそいつを倒すために、その⋯⋯魔導具が欲しくて」
「あぁ、なるほど。殺したい相手がいるけど自分がやったと証拠は残したくなくて、魔導具を使いたい。けれど、高価すぎて手が出せないんですね」
翼のドストレートな言葉に、青年はグッと言葉を詰まらせた。どうやら図星だったようで、倒すとか遠回しな言い方をしてたが、つまりはその相手を殺したいだけらしい。
「⋯⋯ま、まあそういうことだ。金なら俺に払える範囲で払うから、頼む!いや、頼みます!」
さっきの言葉で、青年は翼のことをかなり頭の切れる子どもだと考えたのか、上目線だった態度を改めて頭を下げた。
しかし、翼には一つ懸念点があった。
「⋯⋯それって、僕に殺しの共犯になってくれと言ってるようなものですよね?」
「い、いやまぁ、そうなんですけど⋯⋯」
「正直、今お金が欲しいのは山々ですが、そこまで必要かと言われたら別にそんなことないんですよね」
そう、翼にはほとんどメリットがない。多少のお金はもらえるかもしれないが、この年の青年が稼げる額なんてたかが知れている。
それに青年がやらかして失敗した場合、証拠となる魔導具は衛兵たちに調べられてしまう。魔導具というのは作り手の特徴が現れるため、すぐに翼が作ったものだとバレてしまうだろう。作った魔導具、売り始めてしまったし。
(闇ギルドを潰すには仲間がいる。ここで恩を売って、仲間に引き入れるのもありっちゃありだけど⋯⋯)
翼は頭を下げ続けたままの青年をチラ見する。
(⋯⋯すぐに人を信用するやつは駄目だな。そういうやつほどすぐに裏切るだろうし。この人は僕が断った後に、衛兵に自分のことを通報するとか考えないのかなぁ?)
翼はやや呆れた顔で青年のことを観察する。成長期であろうにも関わらず、肉はあまりついてない。
殺してしまいたいと思うほど、その人物に恨みを募らせているのなら、そういう環境で育っているのだろう。それ自体は不思議なことじゃない、この町じゃなくてもよくあることだし。
しかし、この男は自分がこれから殺人を起こすことを仲間になるかも分からない子どもにペラペラと話しているし、協力してくれなかった時に口封じの脅迫に使うようなナイフも隠し持ってないようだった。
「⋯⋯それでも、俺はあいつを許す事ができないんです。あいつは、俺のたった一人の兄を殺したんです!」
「⋯⋯そうだったんですか?それは辛かったですね」
初めて翼が同情的な言葉をかけたことで、これならいけると判断した青年は顔を上げるが、その瞬間に顔を上げたことを後悔した。
「────っ?!」
「おや、どうかしました?」
「ななっ、なんて顔を⋯⋯⋯してんすか」
ギリギリで敬語に踏みとどまった青年だったが、彼がそう呟くのも無理はない。
青年が顔を上げたときに視界に入ったのは、すべての表情が抜け落ちた翼の顔だった。
「⋯⋯気が変わりました。良いですよ、手伝ってあげても。お金もいりません」
先ほどとは打って変わり、急に上機嫌な喋り方になったかと思えば、翼の表情は無表情から不気味な笑顔へと変わった。
「⋯⋯⋯何が望みですか」
青年が翼の纏う雰囲気に圧倒され、ゴクリと息を呑む。さっきまで難色を示していた相手が、急にお金もいらないのに手伝うと言い始めたのだ。絶対に何かある。
「ふふ、理解が早くて嬉しいです。僕があなたに望むことはただ一つ⋯⋯⋯⋯僕が魔導具を作ったら、君はこれから僕の言う事に従って?」
何でもないような顔でそう発言して、荷物を地面へそっと置き、こちらへと手を差し伸べる翼に、青年は恐怖を覚えた。
しかし、自分が今頼れるのは、この幼い子供しかいない。この差し伸べられた小さい子どもの手に縋るしか、方法がないのだ。
覚悟を決めた青年は、唇を噛みながらも差し伸べられた翼の手をとった。
「これで君はもう僕の仲間だね。これから、いっぱい手伝ってもらいたいことがあるから、そのときはよろしくね!」
(⋯⋯悪魔みてぇな子どもと取引しちまったな)
やっと子供らしく笑った翼だったが、青年はその笑顔と自分のこれからの未来に恐怖を覚えた。