1話 かっこいい5人組
ローファンタジー寄りのハイファンタジーなイメージです。
「──魔獣だ!早く逃げろっ!!」
「違うわ!魔物よー!早く逃げてっ!!」
大勢の人々が狭い道を全力で走る。子どもが転ぼうが、妊婦が走れなかろううが、老人が倒れようが、自分には関係ないと言わんばかりに全力で走る。
「⋯⋯ひぐっ、痛いよぉ。お母さん、どこにいるのー?」
子どもの泣き叫ぶ声が聞こえても、人々が立ち止まってその少年を助けることはない。皆、自分のことで精一杯なのだ。
母を求めてその場で座り込み、泣いている少年はあっという間に他の人に置いていかれた。あの中には、いつも挨拶を返してくれた近所の人も、いつも一緒に遊んでくれた友達もいたというのに。
「⋯⋯お母さん、どこー?」
転んでしまった少年の膝からは血が出ていたが、ハンカチなど持っているはずもなく。井戸で傷口を洗おうにも、先程崩れた建物の下敷きとなって、この町にあるここから一番近い井戸は崩壊してしまっていた。
「うぅ、怖いし痛いよぉ。ねぇ、どこにいるのー?」
目からこぼれる涙を汚れた袖口で拭えば、またすぐに涙がこぼれ落ちる。いつまで経っても、止まらない涙を何回も袖口で拭う。
しかし、いつまでもここで泣いているわけにはいかない。膝が痛くても、母がいなくて悲しくても、早くここから逃げなければ。
「⋯⋯確か、町を出る門はあっち。早く、行かなきゃ。お母さんもそこで待ってるはずだもん」
僅かな希望を胸に、少年が覚悟を決めて立ち上がれば、ザッという音がして急に辺りが暗くなる。
それでも周りを気にする余裕はないと、一歩を踏み出そうとすれば、今度は雨が降ってきた。
「⋯⋯何で、急に雨が」
何故、急に雨が降り出したのかなんて、わかっている⋯⋯が、理解したくなかった。これは雨なのだと信じていたかった。
⋯⋯だって、雨じゃないということは
「───魔物?」
少年が恐る恐る振り向けば、そこには太陽を遮る影を作っている巨大な魔物が、よだれを上から垂らしていた。
それでも不思議と、もう逃げようとする気持ちは湧いてこなかった。それほどまでに圧倒的な力量差。逃げることはできないという絶望感。その二つの感情が少年の心を支配していた。
「グギャアァァァオッ!!」
「───お母さん、まだ門で待ってるのかなぁ」
逃げることはできないのに、止まることなく溢れる涙を拭って瞬きをすれば、その一瞬で少年の視界には、魔物が今にも振り下ろそうとしている鋭くて大きい爪が映り込む。
⋯⋯そして、それと同時に視界に入ったのは、巨大な爪をいとも簡単に燃やす、赤き炎。
「───えっ?」
「少年っ!大丈夫か?!⋯⋯流人!!」
「わかってますよっ!それよりも、少年の保護を!」
急な展開に追いついていけず、混乱する少年を軽々しく抱き上げるのは、背が高くてさっき魔物の爪を燃やした炎のような赤い髪の色をした青年だった。
「あっ、あの⋯⋯」
「綾!少年が膝を怪我している!回復を頼むっ!!」
「はーい、わかったよ!〈光魔法:治癒〉!」
「わっ、傷が⋯⋯」
少年を抱き上げる男が誰かを呼べば、何処からともなく、可愛らしい姿をした金髪の少女が現れた。
そして、その少女が少年の膝に手をかざして何かを唱えれば、血が出ていてあんなに痛かった傷は、跡形もなく消えた。
「⋯⋯嵐っ!私が首をはねるので、囮になってください!!」
「はぁっ?!ボクに死ねっていうわけ?!」
少年を抱きかかえる青年に流人と呼ばれた眼鏡をかけている男は、背が低い緑色の瞳をした青年を嵐と呼び、囮役を頼んでいるようだった。
「あなたが囮をして、死んだことなんてないでしょうが!」
「だからって、毎回ボクに危険な役割頼まないでくれるっ?!次からは金とるよ!!」
「アホか。早く行ってこい」
そして、その嵐の頭を小突いた茶髪の背が高い男は、少年が傷を治癒してもらっている間に、魔物とこちらを隔てる高い土壁を生成していた。
(⋯⋯⋯すごい、すごい!かっこいい!!)
少年は目をキラキラと輝かせて、突如として現れ、自分を窮地から助けてくれた5人組の方を見る。
自分を抱きかかえる赤い髪の青年、眼鏡をかけている青い髪をした流人さん。緑色の髪をなびかせて魔物を翻弄しながら戦う嵐さんに、いつの間にか頑丈そうな土の壁を生成していた青年と、あっという間に自分の怪我を直してくれた金髪の綾さん。
「⋯⋯ねぇー?早くしてくれるー?ボクもう疲れたんですけどー!!」
「うるさいです!もう少し⋯⋯〈水魔法:水の刃〉!」
嵐に不満をこぼされてキレた流人は、魔物が嵐に翻弄されている間に素早く大きな水の刃を空中に生成し、それを操って魔物の首をはねる。
「グギャアァァァァァァアオ!!!!」
辺りに魔物の悲鳴が響いて、思わず耳をふさげば魔物は、辺りの建物を巻き込みながらも、血を噴き出して後ろに倒れた。
「⋯⋯よし、終わったな。安心していいぞ少年。これであの魔物は死んだ。もう動かないぞ」
「⋯⋯本当に?」
少年が恐る恐るといった様子でそう聞けば、赤い髪の青年は疑われたのにも関わらず、嫌な顔一つせずに、晴れ晴れとした笑顔で少年に言った。
「あぁ、本当だ。なんてったって俺様たち、魔法騎士団が討伐したんだからな!!」
* * *
「⋯⋯赤い髪をした青年の名前は火原煉志。確か、攻略対象の俺様系⋯⋯だったかな」
一人の少年が、自身の白に近い銀色の長い髪をまとめながらそうつぶやく。
「そして、僕の名前は椎名翼。この乙女戦闘ゲーム【魔法騎士の誓い】のモブ!」
髪の毛をまとめ終わった少年は、自分の机へと向かって、誰もいないことを確認してから引き出しを開けて、一冊のノートを取り出して開く。
「⋯⋯えーっと、何処まで書いたっけ?多分、攻略対象についての情報はまだ書いてない気がするんだけど」
そうブツブツと独り言を呟く少年には、前世の記憶があった。しかし、その家族構成や自分の性格。恋愛遍歴などの、前世で生きた人生の記憶はほとんど残っていない。覚えていたのは、その時プレイしていたゲームについてだけ。
「乙女戦闘ゲー厶【まほちか】のヒロインのデフォルトの名前は、光崎綾。天真爛漫な性格で、その明るさに攻略対象も彼女のことを好きになっていく⋯⋯らしい」
少年は、前世の記憶を思い出した時にノートに書いた文字を指でなぞりながら、小声で読み上げていく。
この世界に、詠唱をするだけで使える魔法は存在しないが、職人だけが作れる宝珠という魔導具を使用すれば、魔法が使えるようになる。
そして、少年が生まれたこの椎名家も、宝珠が作れるほどの力量ではないが、魔導具や魔具の製作で生計を立てていた。
「ゲームの舞台は魔法騎士を育成する、聖焔学園。そこでは、魔獣や魔物を討伐する魔物騎士になりたい者が入る騎士科と、魔物騎士をサポートする武器や、宝珠を製作したい者が入る魔導具科がある⋯⋯」
学園についての情報をなぞっていた指に力が入って、ノートがくしゃくしゃになる。
前世の記憶を思い出す前、翼のたった一人の兄がこの聖焔学園の魔導具科を目指して、試験を受けに行くために家を出た。
そして、行方不明になった。
「兄さんのほうが魔導具作りも上手かったし、冷遇⋯⋯とまではいかないけど、両親もやっぱり兄さんと僕の扱いには差があるよなぁ」
兄が行方不明になったと翼が知ったのは、最近のことだった。
兄宛てに両親が手紙をだしても、返事が返ってこないので、学園側に手紙が届いているのか聞いてみれば、そんな人物は試験を受けていないのだという。
そして、学園側からのその手紙を読んだ母親は、ショックのあまり泣き崩れて精神を病んでしまった。
兄が行方不明だと知った父親は、一層仕事に集中するようになり、翼のことをまともに見てくれる人間は居なくなった。
「一応、僕まだ8歳なんだけどな」
翼は母親と同じ銀髪とくすんだ青色の瞳で、どちらかといえば母親似のかわいらしい顔立ちをしている。
それに比べて兄は銀髪だが、彼は父親から受け継いだ赤色の瞳をしており、父親似の顔立ちをしていた。
身内である翼から見てもかなりのイケメンで、実際に町の女性には年齢関係なくモテていたし、兄が告白される場面を幼い翼は何度も見ていた。
「⋯⋯ゲームに、兄さんが出てきた記憶はない。やっぱり僕と同じモブだから、情報がないのかぁ」
兄が行方不明だと聞かされた時に、翼は前世の記憶を思い出した。しかし、この世界がゲームの世界だと気づいたはいいものの、兄の行方については何の情報もなかった。
「あ〜ぁ、兄さん何処にいるんだろ。やっぱこの家が嫌になって、旅にでも出たのかな」
兄は翼よりも両親の愛情を受けていたがその分、期待もされていた。翼は両親からあまり愛されて居なかったが、期待もほとんどされていなかったので兄よりもだいぶ楽だった。
常に両親から期待されてて自分も辛かっただろうに、兄は翼のことを気にかけてくれていたし、世話もしてくれていた。
(⋯⋯出来損ないの僕にまで優しくしてくれたんだから、兄さんは本当に優しかったよなぁ。ありゃあ、女性にモテるのも納得だ)
翼が机の上にあるペンを手に取り、新しいページを開いて、そこに攻略対象についての情報を書き込んでいく。
「火原煉志と水無月流人。風間嵐と土屋岳がメイン攻略対象で、追加攻略対象が闇川明だったはず」
一人一人の名前をそれぞれ余白を空けながら、書いていく。メイン攻略対象は上の方に書いて、闇川明だけは下の方に書かなければいけない。
「闇川明は元闇ギルド所属で、自分の目的のために闇ギルドを利用していたが、使えないと判断して攻略対象たちがいる第1部隊に入隊するんだけど⋯⋯」
闇川明が所属していたという、この闇ギルドが厄介なのだ。そこのボスは人身売買にも手を出していて、とある町を拠点としていた。
拠点とされていた町の名前はヴィレインという。そして、翼が今住んでいるこの町の名前もヴィレインである。
⋯⋯そう。翼が住んでいるこの町は、数年後に人身売買の拠点とされてしまうのだ。
「自分が住んでいる町が、人身売買の拠点にされるなんてたまったもんじゃない。何とかして、この闇ギルド潰せないかなー」
今のところ翼の人生計画には、兄を探すために聖焔学園に向かうくらいしか予定がない。
それなら、闇ギルド潰しを計画に加えてもいいのかもしれないが、まず前世の記憶を持ってるだけの子どもに、ギルドを潰すなんて無理だ。
(⋯⋯僕一人じゃ間違いなく無理だけど、他に闇ギルドに対して恨みを持っている人物がいれば、もしかしたら可能性はあるかもしれない)
翼は闇川明の名前のところに、どんどん情報を書き込んでいく。追加攻略対象であることや、元闇ギルド所属であることは書いたが、まだ書いてないことがある。
「⋯⋯あ、闇川明って闇ギルドの人身売買の時に、町民を一人殺すんだっけ?」
人身売買に勘づいた一人の町民を、ボスの指示に従って闇川は殺してしまうのだ。
そして、そのシーンでは無慈悲な表情をしてナイフを構える闇川が描かれているのだが、それと一緒に描かれている人物がいる。勿論、その人物とはこれから殺される一人の町民である。
しかし、その町民は茶髪の何処にでもいそうな男なのだが、赤い瞳をしていて魔導具師をしているのだとか。
赤い瞳などあまり見かけないが、その人物に翼は一人⋯⋯いや、二人心当たりがあった。けれども、そのうちの片方は行方不明である。となれば、その人物が誰なのかはわかりきったことだ。
「父親⋯⋯だよなぁ。多分」
翼の世話をろくにしない仕事人間ではあるが、人身売買のような非道な行いは許せないのだろう。
もともと、出来損ないの翼に関心がないだけで、善悪の区別はちゃんとしている人間なのだ。人身売買に首を突っ込むほど、お人好しだとは知らなかったが。
「そんなことできるなら、僕にもうちょい関心持ってくれてもいーのに」
翼が闇川明の名前のところに、僕の父親を殺すと書き込んでいく。家の中には母親がいるが、部屋に引きこもっていて出てこないため、こうやってノートを書いていても問題はない。
それに、彼女が今のままご飯を食べないで死んでしまったとしてもとくに翼に害はないので、ご飯を作ってあげるなんて親切なことはせずに放置している。
(⋯⋯まぁ、僕とは違って母親のことをちゃんとまだ愛してる父親は、ご飯を作って部屋に運んであげてるみたいだし。僕の分は作ってくれないけど!)
翼は自分以外誰もいない部屋で、口をとがらせてふてくされるが、そうしたところで今更現状が変わることはないと知っているので、諦める。
(⋯⋯とにかく今は、少しでも早く兄さんを探しに行けるように、お金を貯めなきゃな)
ノートを閉じて引き出しへとしまった翼は、自分のご飯を作るために階段を降りた。