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第92話:戦士と賞賛者の出会い

雲の上の、とある穏やかな午後。

天界の訓練場に、剣を交える音が響いていました。


ノエルは、書類配達の途中で足を止めました。

訓練場の窓から、ミカエルの姿が見えたのです。


戦士長は、一人で型の稽古をしていました。

剣の軌跡が、空気を切り裂きます。一つ一つの動作が、無駄なく美しい。


「さすがです」

ノエルは、小さく呟きました。


ミカエルの強さは、天界では誰もが認めるものです。

かつての天魔大戦では、最前線で戦い抜きました。今も、その実力は少しも衰えていません。


ノエルが立ち去ろうとした時、背後から声がしました。


「あの……こんにちは」


振り返ると、魔界のレヴィアタンが立っていました。

嫉妬の悪魔、と呼ばれる方です。でも、その表情は控えめで、どこか遠慮がちに見えました。


「レヴィアタン様」

ノエルは、軽くお辞儀をします。


「訓練場って、ここですよね」

レヴィアタンは、窓の向こうを見ました。

「ミカエルさんの訓練を見学させていただきたくて」


「見学ですか」

ノエルは、少し驚きました。


天界と魔界の交流は、まだ始まったばかりです。

個人的な訪問は、それほど多くありません。


「ええ。前から、一度お話ししたかったんです」

レヴィアタンは、静かに答えました。


ノエルは、彼女の表情を見ました。

緊張しているようにも見えます。でも、その瞳には、何か決意のようなものが宿っていました。


「では、ご案内します」

ノエルは、訓練場の扉を開けました。


中に入ると、ミカエルが稽古を止めて振り返ります。


「おや、ノエルか」

それから、レヴィアタンに気づいて、少し驚いた表情を見せました。

「レヴィアタン……殿か」


「こんにちは、ミカエルさん」

レヴィアタンは、丁寧にお辞儀をしました。

「突然お邪魔してすみません」


「いや、構わない」

ミカエルは、剣を鞘に収めました。

「何か用か」


レヴィアタンは、少し頬を染めました。

視線が、どこか定まりません。


「あの……訓練を、見学させていただけないでしょうか」

小さな声でした。

「ミカエルさんの強さを、一度この目で見てみたくて」


ミカエルは、一瞬言葉に詰まりました。

それから、咳払いをひとつ。


「見学……か」


「ご迷惑でしたら、すぐに帰ります」

レヴィアタンは、慌てて付け加えました。


「いや、そういうわけでは……」

ミカエルは、困ったように眉をひそめます。


ノエルは、二人の様子を静かに見守っていました。

ミカエルが、こんなに動揺している姿は珍しい。普段の威厳ある態度とは、少し違います。


「別に構わんが」

ミカエルは、ようやく答えました。

「大したものは見せられんぞ」


「いえ、とんでもないです」

レヴィアタンの表情が、ぱっと明るくなりました。


ミカエルは、再び剣を抜きました。

訓練場の中央に立ちます。


レヴィアタンとノエルは、少し離れた場所に座りました。

静かに、見守ります。


ミカエルの動きが、始まりました。


剣を振るう。

体を回転させる。

足の運びが、軽やかに流れていきます。


レヴィアタンは、息を飲んでいました。

瞬きもせず、その動きを追っています。


ノエルも、改めてミカエルの技術の高さを実感しました。

無駄な動きが、一つもありません。力強さと優雅さが、完璧に調和しています。


やがて、ミカエルが動きを止めました。

呼吸は、乱れていません。


「こんなものだ」

彼は、軽く息を吐きました。


レヴィアタンが、立ち上がります。

顔が、興奮で紅潮していました。


「すごい!」

大きな声でした。

「こんなに強いんですね!」


ミカエルは、驚いたように目を見開きました。


「さすがは天界最強の戦士長です」

レヴィアタンは、目を輝かせていました。

「あんな風に動けるなんて……本当に、本当にすごいです」


「そ、そんなに褒めるな……」

ミカエルの声が、わずかに上ずりました。


頬が、かすかに赤くなっています。

威厳ある戦士長の顔が、今は少し照れたように見えました。


ノエルは、その様子を微笑ましく眺めていました。

ミカエルが、こんな表情を見せるとは。


「特に、最後の回転が美しかったです」

レヴィアタンは、まだ興奮が冷めないようでした。

「力だけじゃなくて、技術も完璧で……」


「うむ……」

ミカエルは、視線を逸らしました。

「ま、まあ、長年やっておるからな」


「長年……」

レヴィアタンは、少し表情を曇らせました。

「戦争の時も、こうして……」


言葉が、途中で止まります。


ミカエルも、黙りました。

二人の間に、少しだけ重い空気が流れます。


ノエルは、その空気を感じ取りました。

戦争の記憶。過去の因縁。


天魔大戦の時、ミカエルとレヴィアタンは敵同士でした。

直接戦ったこともある、と聞いています。


「あの……」

レヴィアタンが、静かに口を開きました。

「戦争の時のこと、覚えていますか」


ミカエルは、ゆっくりと頷きました。


「ああ。忘れられるはずがない」


「私も、です」

レヴィアタンの声が、少し震えました。

「ミカエルさんは……本当に強かった」


「貴殿もだ」

ミカエルは、静かに答えました。

「苦戦した」


レヴィアタンは、小さく笑いました。

でも、その笑みは少し寂しそうです。


「あの時は、お互い必死でしたね」


「そうだな」


二人は、しばらく黙っていました。

風が、訓練場を静かに吹き抜けます。


やがて、レヴィアタンが顔を上げました。


「でも」

彼女の表情が、少し明るくなります。

「今は違いますね」


「……ああ」

ミカエルも、わずかに表情を和らげました。


「だから、今日は」

レヴィアタンは、もう一度深くお辞儀をしました。

「改めて、ミカエルさんの強さを見せていただきたかったんです」

「敵としてではなく」


ミカエルは、少し驚いたように彼女を見ました。


「そうか」


「本当にすごかったです」

レヴィアタンは、また笑顔を見せました。

今度は、明るい笑顔でした。

「ありがとうございました」


ミカエルの表情が、わずかに緩みました。

それは、とても珍しい光景です。


「そう言ってもらえると……まあ、悪い気はせん」


ノエルは、二人のやり取りを見守っていました。

過去の因縁を乗り越えて、新しい関係が始まろうとしている。そんな予感がしました。


「また、見学に来てもよろしいでしょうか」

レヴィアタンが、遠慮がちに尋ねました。


ミカエルは、少し考えるような仕草を見せました。

それから、小さく頷きます。


「……構わん」

「むしろ、来てくれると」

言葉が、少し詰まりました。

「まあ、その……励みになる」


レヴィアタンの表情が、ぱっと輝きました。


「本当ですか」


「ああ」

ミカエルは、視線を逸らしながら答えました。

「ただし、邪魔はするなよ」


「はい!」

レヴィアタンは、嬉しそうに答えました。

「絶対に邪魔しません」


ノエルは、その光景を静かに見つめていました。

ミカエルの照れた様子。レヴィアタンの嬉しそうな表情。


何か、特別な空気が流れていました。

二人の間に、新しい何かが芽生え始めている。そんな気がしました。


訓練場を出る時、レヴィアタンはまだ嬉しそうでした。


「ミカエルさん、本当にすごかったですね」

ノエルに、小さな声で言いました。


「ええ、そうですね」

ノエルは、微笑みながら答えます。


「また見学に来ます」

レヴィアタンの瞳が、キラキラと輝いていました。

「絶対に」


その後ろ姿を見送りながら、ノエルは思いました。

過去の敵同士が、こうして新しい関係を築いていく。


それは、とても美しいことです。


そして、その関係がどこに向かうのか。

ノエルには、なんとなく予感がありました。


雲の向こうで、小さな鐘の音が響きます。

午後のお茶の時間を告げる、優しい音色でした。

## あとがき


戦場で剣を交えた二人が、平和な訓練場で出会い直す。賞賛の言葉に揺れる戦士の心。過去を乗り越えた先に、何が待っているのでしょう。

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