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第81話:怠惰に反する勤勉さ

魔界の執務室、朝の光が差し込んでいます。


「あ、書類が届いていますね」

軽やかな声が、響きました。


振り向くと、一人の女性が立っていました。

明るい表情で、書類の束を抱えています。


「おはようございます」

彼女が、元気に挨拶しました。


「おはようございます」

ノエルは、礼を返します。


「ベルフェゴールと申します」

彼女が、にこやかに名乗りました。

「お会いできて嬉しいです」


ベルフェゴール——。

怠惰の悪魔。ノエルは、その名前を思い出しました。


でも、目の前にいるのは、疲れた様子など微塵もない人です。

むしろ、エネルギーに満ちています。


「今日は、たくさん仕事がありますね」

ベルフェゴールが、書類を見て嬉しそうに言いました。

「頑張りましょう」


その目が、キラキラしています。

仕事を前にして、楽しみにしているようでした。


「あの……」

ノエルは、率直に尋ねます。

「怠惰、という名前なのですよね」


「ええ」

ベルフェゴールが、こくりと頷きます。

「でも、名前と実態が……」


「合っていない」

ノエルが、続けました。


もう、何度目でしょうか。

同じ言葉を、魔界で聞くのは。


「怠けるなんて、もったいないです」

ベルフェゴールが、元気に言いました。

「働くって、素晴らしいんですよ」


その声が、本気でした。

冗談ではなく、心からそう思っているのです。


「努力こそ、美徳です」

ベルフェゴールが、胸を張ります。


ノエルは、呆然としていました。

怠惰の悪魔——その名前から想像するのは、全く違う姿です。


「では、仕事を始めますね」

ベルフェゴールが、机に向かいます。


その手が、動き始めました。

速い——驚くほど速いのです。書類を確認し、判を押し、次の書類へ。淀みなく、流れるように作業が進んでいきます。


ノエルは、その様子を見ていました。

無駄な動きが、ありません。効率的で、正確です。


「この書類は、こちらに」

ベルフェゴールが、分類していきます。

「これは、後回しで」


判断も、的確でした。

優先順位を瞬時に見極めて、処理していきます。


「働くのは、楽しいですね」

ベルフェゴールが、微笑みました。


その顔が、本当に楽しそうでした。

仕事をしている時が、一番幸せそうです。


ガブリエル嬢は、静かに見守っています。

いつものように、少し眠そうですが、優しく微笑んでいました。


時間が、流れていきます。

ベルフェゴールの手は、止まりません。休憩を取る様子もなく、ただ黙々と作業を続けています。


「お疲れではありませんか」

ノエルが、心配して尋ねました。


「いえいえ」

ベルフェゴールが、首を振ります。

「まだまだ、元気です」


その表情に、疲労の色はありませんでした。


書類の山が、少しずつ減っていきます。

ベルフェゴールの働きぶりは、見事なものでした。


「効率的に、確実に」

彼女が、呟きます。

「それが、仕事の基本です」


その姿勢が、真摯でした。


ノエルは、思いました。

これが、怠惰の悪魔——名前の意味が、もう分からなくなっていました。


昼になりました。

普通なら、昼食の時間です。


「お昼は?」

ノエルが、尋ねます。


「ああ、そうですね」

ベルフェゴールが、時計を見ました。

「でも、もう少し片付けてから」


そう言って、また作業に戻ります。

食事よりも、仕事が優先のようでした。


ガブリエル嬢が、そっと立ち上がります。


「ベルフェゴール」

優しい声で、呼びかけました。


「はい?」

ベルフェゴールが、顔を上げます。


「休憩も、大切です」

ガブリエル嬢が、静かに言いました。


その言葉に、ベルフェゴールは少し考えます。


「そう……ですね」

彼女が、ようやく頷きました。

「分かりました」


三人は、昼食に向かいます。

でも、ベルフェゴールは歩きながらも、頭の中で仕事のことを考えているようでした。


食堂に着いて、席に座ります。

料理が運ばれてきました。


ベルフェゴールは、さっと食べ始めます。

速い——食事も、効率的でした。無駄なく、でも丁寧に食べています。


「美味しいですね」

ベルフェゴールが、言います。

「エネルギーを補給して、また頑張れます」


食事も、次の仕事のためでした。

その考え方が、徹底しています。


ノエルは、ゆっくりと食事をしていました。

ガブリエル嬢も、いつものペースで少しずつ食べています。


「お二人は、ゆっくりですね」

ベルフェゴールが、少し不思議そうに言いました。


「ええ」

ガブリエル嬢が、穏やかに答えます。

「急ぐ必要は、ありませんから」


「そうですね」

ベルフェゴールが、一度立ち止まります。

「たまには、ゆっくりも良いかもしれません」


その言葉を言いながらも、落ち着かない様子でした。

じっとしているのが、苦手なようです。


食事が終わると、ベルフェゴールはすぐに立ち上がります。


「では、戻りますね」

彼女が、元気に言いました。

「まだ、やることがたくさんあります」


その姿が、輝いていました。

仕事への情熱——それが、ベルフェゴールを支えているのでしょう。


執務室に戻ると、また作業が始まります。

ベルフェゴールの手が、リズミカルに動いていきました。


ノエルは、その横で思いました。

悪魔——その言葉の意味が、もう分かりません。天使と悪魔。何が違うのでしょうか。


名前は、ただの記号でした。

大切なのは、その人自身。どう生きているか。何を大切にしているか。


ベルフェゴールは、働くことを愛していました。

怠惰という名前に反して、誰よりも勤勉な人です。


夕方になりました。

書類の山は、すっかり片付いています。


「今日も、良い一日でした」

ベルフェゴールが、満足そうに微笑みます。

「たくさん働けて、幸せです」


その笑顔が、充実していました。


ノエルは、頷きます。

もう、驚きはしません。魔界の大悪魔たちは、皆名前と実態が違うのです。


分類——それは、意味のないものでした。

天使も悪魔も、本質は変わらない。ただ、人として生きているだけです。


窓の外では、魔界の空がゆっくりと色を変えていきます。

一日の終わり。静かな時間が、訪れようとしていました。


怠惰に反する勤勉さ——。

その姿が、多くのことを教えてくれました。


魔界の夕暮れは、やわらかい光に包まれています。

## あとがき


働くことに喜びを見出す人。怠惰の名を持ちながら、努力を愛する心。名前は記号に過ぎず、大切なのは生き方そのもの。次の物語で、最後の出会いが待っています。

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