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第80話:強欲を否定する気前の良さ

魔界の宮殿、廊下の突き当たり。

大きな窓から、やわらかい光が差し込んでいました。


「あら」

前から歩いてきた女性が、立ち止まります。


金色の髪が、ふわりと揺れました。

服装は華やかで、宝石がきらりと光っています。でも、その表情は穏やかでした。


「お客様ですか」

彼女が、微笑みます。


「はい」

ノエルは、礼をしました。


「マモンと申します」

彼女が、丁寧に頭を下げました。

「ようこそ、魔界へ」


マモン——。

強欲の悪魔。ノエルは、その名前を聞いたことがありました。


「どうぞ、こちらへ」

マモンが、部屋を案内してくれます。


応接室は、明るい場所でした。

窓が大きく、光がたっぷりと入っています。ソファは柔らかそうで、座るとふわりと沈みました。


「お茶をお持ちしますね」

マモンが、給仕を呼びます。


しばらくすると、お茶と共に、お菓子が運ばれてきました。

たくさんのお菓子です。テーブルいっぱいに、色とりどりの甘いものが並びます。


「召し上がってください」

マモンが、嬉しそうに勧めました。


「こんなに……」

ノエルは、驚きます。


「遠慮なさらないで」

マモンの声が、温かかったです。

「みんなで食べましょう」


ガブリエル嬢が、小さくお菓子を一つ取りました。

ノエルも、それに倣います。


マモンは、満足そうに微笑んでいました。

人に勧める時の、幸せそうな顔です。


「お茶も、良いものを」

マモンが、自分のカップを手に取ります。

「みんなで美味しいものを飲むのが、好きなのです」


その言葉に、嘘はありませんでした。


お茶を一口。

優しい味が、ふわりと広がります。体が、ゆっくり温まっていくようでした。


「魔界は、いかがですか」

マモンが、尋ねました。


「とても、良い場所です」

ノエルは、正直に答えます。


「そう言っていただけて、嬉しいです」

マモンが、こくりと頷きました。


窓の外では、雲が流れています。

時間が、ゆるやかに過ぎていきました。


「強欲、という名前なのですが」

マモンが、少し困ったように笑います。


また、その話でした。

ノエルは、もう驚きません。


「名前と、実態が違うのですね」

ノエルが、言いました。


「ええ」

マモンが、頷きます。

「お金は、皆で分け合うものです」


その言葉が、自然でした。

当たり前のことを言うように、さらりと。


「独り占めなんて、良くないです」

マモンが、続けます。

「みんなで使いましょう」


ノエルは、聞いていました。

強欲の悪魔——その名前から想像するのは、全く違う姿です。


「費用は、気にしないでください」

マモンが、お菓子を勧めます。

「たくさんありますから」


その気前の良さが、本物でした。

計算も、駆け引きもありません。ただ純粋に、人に与えたいのです。


「人にあげる時が、一番嬉しいのです」

マモンが、幸せそうに言いました。


その表情を見て、ノエルは思いました。

本当に、嬉しいのだと。物を与えることに、喜びを感じているのだと。


お茶を飲みながら、会話は続きます。

急がない時間。ゆるやかな空気が、部屋に満ちていました。


「この宝石も」

マモンが、自分の首飾りに触れます。

「気に入ってくださる方がいたら、差し上げたいのです」


「え?」

ノエルは、驚きました。


「綺麗でしょう」

マモンが、微笑みます。

「でも、一人で持っているより、皆で楽しむ方が良いです」


その価値観が、徹底していました。

物を所有することより、共有すること。独占より、分配。


「魔界の皆さんにも、よくプレゼントをするのですか」

ノエルが、尋ねます。


「ええ」

マモンが、嬉しそうに頷きました。

「喜んでもらえると、幸せです」


その顔が、本当に幸せそうでした。


ガブリエル嬢は、静かにお茶を飲んでいます。

眠そうな目で、でも優しく微笑んでいました。この穏やかな時間が、心地よいのでしょう。


「お二人にも、何か」

マモンが、立ち上がります。

「お土産を、用意させてください」


「いえ、そんな」

ノエルは、慌てました。


「遠慮なさらないで」

マモンが、優しく言います。

「私の喜びですから」


その言葉に、断る理由がありませんでした。


マモンは、部屋の奥から箱を持ってきます。

中には、美しい細工の品が入っていました。


「これを、どうぞ」

マモンが、差し出します。


「こんなに立派なものを……」

ノエルは、戸惑います。


「喜んでいただけますか」

マモンの目が、輝いていました。


「はい、ありがとうございます」

ノエルは、受け取りました。


マモンは、本当に嬉しそうでした。

与えることの喜び——それが、彼女の全てなのです。


「ガブリエル様にも」

マモンが、別の箱を差し出します。


「ありがとう」

ガブリエル嬢が、優雅に受け取りました。


マモンの笑顔が、ふわりと広がります。

幸せそうな空気が、部屋に満ちました。


時間は、ゆっくりと流れています。

急ぐ必要は、どこにもありません。


ノエルは、ソファに座ったまま思いました。

強欲——その言葉の意味が、分からなくなってきたのです。


目の前にいるのは、誰よりも気前の良い人。

独り占めを嫌い、分け合うことを喜ぶ人。


悪魔——その分類の意味も、もう分かりません。

天使と悪魔。何が違うのでしょうか。


「お茶、もう一杯いかがですか」

マモンが、尋ねました。


「はい」

ノエルは、頷きます。


温かいお茶が、カップに注がれます。

ふわりと立ち上る湯気。優しい香り。


部屋の空気が、心地よかったです。

眠くなりそうな、穏やかな時間。


ガブリエル嬢は、少しだけ目を閉じていました。

いつものように、まどろんでいるのでしょう。マモンは、それを優しく見守っています。


「ゆっくりしていってください」

マモンが、小声で言いました。


ノエルは、頷きます。


この場所には、焦りがありませんでした。

急かすものも、せかすものも、何もない。ただ、ゆるやかな時間が流れているだけです。


強欲を否定する気前の良さ——。

その優しさが、部屋を満たしていました。


魔界の午後は、今日もふわりと過ぎていきます。

## あとがき


与えることに喜びを感じる人。強欲の名を持ちながら、分け合う心。その温かさに包まれて、午後はゆるやかに流れていきました。次の物語では、まだ見ぬ誰かが待っています。

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