表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/100

第78話:憤怒を忘れた平和主義者

魔界の廊下を歩いていると、前方から声が聞こえてきました。


「まあまあ、落ち着いて」

穏やかな声です。


近づいてみると、二人の魔界の職員が言い合いをしていました。

書類の処理を巡って、意見が対立しているようです。


「でも、この方法は——」

一人が、声を荒げます。


「そちらの言い分も、分かります」

間に入っている男性が、優しく言いました。


「しかし、こちらだって——」

もう一人も、譲りません。


「争いは、良くないです」

男性が、静かに微笑みます。

「お二人とも、正しいことを言っているのです」


その態度が、とても穏やかでした。

怒ることなく、双方の話を聞いています。


「お互いの意見を、尊重しましょう」

男性が、続けます。

「きっと、良い答えが見つかります」


その声に、不思議な力がありました。

言い合っていた二人が、少しずつ落ち着いていきます。


「……そうですね」

一人が、深呼吸をしました。


「話し合いましょう」

もう一人も、頷きます。


「はい、それが良いです」

男性が、満足そうに微笑みました。

「平和が一番ですね」


二人は、穏やかに話し始めます。

男性は、その様子を見守ってから、こちらに気づきました。


「これは、お客様」

彼が、丁寧に頭を下げます。


「あの……」

ノエルは、率直に尋ねました。

「お見事な仲裁でした」


「いえいえ」

男性が、謙虚に首を振ります。

「当然のことをしただけです」


ベルゼブブが、前に出ました。

「ご紹介いたします。サタン様です」


ノエルは、驚きを隠せませんでした。

サタン——憤怒の悪魔。その名前を聞いた瞬間、先ほどの穏やかな仲裁が信じられなくなります。


「初めまして」

サタンが、優しく微笑みました。

「ようこそ、魔界へ」


その表情には、怒りのかけらもありませんでした。

むしろ、慈愛に満ちています。


「初めまして。ノエルと申します」

ノエルは、礼をしました。


「ガブリエル様も、お久しぶりです」

サタンが、ガブリエル嬢に頭を下げます。


「ええ、お元気そうで」

ガブリエル嬢が、穏やかに応えました。


「応接室へ、どうぞ」

サタンが、案内してくれます。


部屋に入ると、お茶が用意されました。

サタンは、丁寧に座ります。その動作の全てが、落ち着いていました。


「先ほどの仲裁、見事でしたね」

ノエルが、率直に言います。


「ああ、あれですか」

サタンが、少し照れたように笑います。

「よくあることなのです。意見の対立は」


「でも、すぐに解決されました」


「怒ることは、何も生みませんから」

サタンが、静かに言います。

「話し合えば、必ず分かり合えます」


その信念が、強かったです。

本当に、そう信じているのでしょう。


「憤怒、という名前なのですが」

ノエルは、思い切って言いました。


「ええ」

サタンが、困ったように微笑みます。

「名前と、実態が合っていないのです」


また、その言葉でした。

魔界の大悪魔たちは、皆同じことを言います。


「私は、怒ったことがありません」

サタンが、静かに続けます。

「怒るなんて、とんでもない」


その言葉に、嘘はありませんでした。

本当に、怒るという概念がないようです。


「平和が、一番です」

サタンの目が、優しく輝きます。

「争いのない世界——それが理想です」


ノエルは、聞き入っていました。

憤怒の悪魔が、平和を語る。その矛盾が、もう驚きではなくなっていました。


「でも、怒りたくなることはありませんか」

ノエルが、尋ねます。


「ありません」

サタンが、即座に答えました。

「怒りは、心を乱します。冷静さを失わせます」


その考えが、徹底していました。


「では、理不尽なことがあっても?」


「まず、話し合います」

サタンが、穏やかに言います。

「相手の立場を理解しようと努めます」


その姿勢が、真摯でした。

怒りという感情を、完全に放棄しているのです。


「でも、それでは……」

ノエルは、言葉に詰まります。


「ストレスが溜まる、と言われます」

サタンが、先回りして言いました。

「でも、怒らないことで、心は穏やかです」


その表情が、本当に穏やかでした。

ストレスなど、どこにも見当たりません。


「ラファエル様とは、良い友人なのです」

サタンが、嬉しそうに言います。


「ラファエル師匠と?」

ノエルは、驚きました。


「ええ」

サタンが、頷きます。

「戦争の時は、敵同士でしたが」


その声が、少し沈みます。


「でも、今は違います」

すぐに、明るさを取り戻しました。

「平和な時代です。友人になれました」


その喜びが、純粋でした。

過去の対立を乗り越えて、友情を築いた——その事実を、心から喜んでいるのです。


「二人で、調停をすることもあります」

サタンが、続けます。

「天界と魔界の、橋渡しを」


「そうなのですか」


「ええ」

サタンが、満足そうに微笑みます。

「争いを防ぐことが、私たちの役目です」


その使命感が、強かったです。

平和への信念——それが、サタンを支えているのでしょう。


「憤怒という名前ですが」

サタンが、少し寂しそうに言います。

「実際は、その正反対なのです」


ノエルは、頷きました。

もう、驚きはしません。魔界の大悪魔たちは、皆名前と実態が違うのです。


「名前は、変えられませんから」

サタンが、穏やかに続けます。

「でも、生き方は選べます」


その言葉が、深かったです。

与えられた名前に縛られず、自分の道を選ぶ——その強さを感じました。


お茶を飲みながら、会話は続きます。

サタンは、平和の大切さを静かに語りました。争いの愚かさ、対話の重要性——。


「天界と魔界も、話し合えば分かり合えます」

サタンが、希望を込めて言います。

「平和協定が、その証明です」


その信念が、美しかったです。


時間が、ゆっくりと流れていきます。

サタンとの会話は、心が穏やかになるものでした。


ノエルは、思いました。

憤怒の悪魔——その名前から想像していた人物とは、全く違う。むしろ、誰よりも平和を愛している人なのだと。


「また、お会いしましょう」

サタンが、立ち上がります。

「今日は、楽しかったです」


「こちらこそ」

ノエルは、礼をしました。


「争いのない世界を」

サタンが、最後にそう言います。

「一緒に、目指しましょう」


その笑顔が、温かかったです。


部屋を出ると、廊下には平和な空気が流れていました。


「サタン様は、本当に温厚な方なのです」

ベルゼブブが、優しく言います。


「そうですね」

ノエルは、心から頷きました。


善悪の境界線——それは、どこにあるのでしょうか。

天使と悪魔。名前で分けられていても、心は変わらないのかもしれません。


憤怒を忘れた平和主義者。

その姿が、多くのことを教えてくれました。


魔界の午後が、静かに流れていきます。

## あとがき


怒りを知らない憤怒の悪魔。平和を愛する心は、名前を超えていました。善悪の境界線は、思っていたよりも曖昧なもの。次の物語でも、新しい発見が続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ