表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/100

第77話:色欲に反する純愛主義者

魔界の宮殿、応接室。


「次は、アスモデウス様をご紹介いたします」

ベルゼブブが、案内してくれました。


ノエルは、少し緊張していました。

色欲の悪魔——その名前から想像されるのは、危険な雰囲気の人物です。けれど、これまで会った悪魔たちは、皆名前とは正反対でした。


扉が開きます。

入ってきたのは、優雅な身のこなしの男性でした。


美しい金髪に、整った顔立ち。

服装も上品で、紳士的な雰囲気です。確かに、魅力的な外見をしていました。


「お待たせいたしました」

彼は、丁寧に頭を下げます。

「アスモデウスと申します」


その声は、落ち着いていました。

品があり、どこか教養を感じさせる話し方です。


「ガブリエル様、お久しぶりです」

アスモデウスが、微笑みました。


「ええ、お元気そうで」

ガブリエル嬢が、優雅に頷きます。


「こちらは?」

アスモデウスの視線が、ノエルに向きました。


「私の近侍、ノエルです」

ガブリエル嬢が、紹介します。


「初めまして」

ノエルは、礼をしました。


「これはこれは」

アスモデウスが、丁寧に応えます。

「ようこそ、魔界へ」


その態度は、紳士そのものでした。

危険な雰囲気など、どこにもありません。むしろ、礼儀正しく品のある人物です。


「お座りください」

アスモデウスが、席を勧めてくれました。


三人は、ソファに腰を下ろします。

給仕が、お茶を運んできました。美しい茶器に、丁寧に注がれます。


「魔界は、いかがですか」

アスモデウスが、穏やかに尋ねました。


「とても美しい場所です」

ノエルは、率直に答えます。


「それは嬉しいお言葉です」

アスモデウスが、満足そうに微笑みました。


お茶を一口飲むと、優しい味がしました。

魔界のお茶も、天界と変わらない美味しさです。


「ところで」

アスモデウスが、少し声を弾ませます。

「恋愛について、お考えをお聞かせ願えますか」


「恋愛……ですか?」

ノエルは、突然の質問に戸惑いました。


「ええ」

アスモデウスの目が、輝きます。

「恋愛とは、清らかなものです」


その言葉に、驚きました。

色欲の悪魔が、清らかという言葉を使うのです。


「愛は、美しい」

アスモデウスが、続けます。

「純真な心から生まれる、最も尊い感情です」


その表情は、真剣でした。

冗談で言っているのではありません。本気で、そう信じているようです。


「色欲、という名前なのですが」

ノエルは、率直に言いました。


「ああ、はい」

アスモデウスが、少し困ったように笑います。

「名前と実態が、合っていないのです」


また、その話でした。

暴食のベルゼブブも、同じことを言っていました。


「私は、純愛を信じています」

アスモデウスが、胸に手を当てます。

「不純な考えは、持ちません」


その姿勢が、堂々としていました。

恥じることなく、自分の価値観を語っています。


「恋愛とは、心と心の結びつきです」

アスモデウスが、熱を込めて言います。

「互いを尊重し、思いやり、純真な気持ちで向き合う——それが真の愛」


ノエルは、聞き入っていました。

色欲の悪魔から、純愛論を聞くことになるとは。想像もしていませんでした。


「一目惚れも、素敵ですね」

アスモデウスが、夢見るように言います。

「運命の出会い——魂が引き寄せられる瞬間」


その表情が、純粋でした。

まるで、恋に憧れる少年のようです。


「でも、時間をかけて育む愛も良いです」

アスモデウスが、続けます。

「友情が愛情に変わる——それも、美しい物語です」


ガブリエル嬢が、静かに微笑んでいます。

彼の恋愛論を、優しく見守っているようでした。


「アスモデウス様は、恋愛がお好きなのですね」

ノエルが、率直に言います。


「ええ」

アスモデウスが、照れたように頷きました。

「でも、理想を語るばかりで……実際には」


その声が、小さくなります。


「実際には?」


「経験が、ないのです」

アスモデウスが、顔を赤くしました。


ノエルは、驚きました。

色欲の悪魔が、恋愛経験がない——その矛盾が、あまりにも大きすぎます。


「理想が高すぎて」

アスモデウスが、困ったように笑います。

「なかなか、踏み出せなくて」


その姿が、どこか可愛らしかったです。

大悪魔という肩書きに反して、とても純情な人でした。


「純真な心が、大切ですね」

アスモデウスが、再び真剣な表情になります。

「計算や打算ではなく、純粋な気持ち」


その言葉に、嘘はありませんでした。

心から、そう信じているのです。


「素敵な考えですね」

ノエルは、素直に言いました。


「ありがとうございます」

アスモデウスが、嬉しそうに微笑みます。

「でも、周りからはよく驚かれます」


「それは……そうでしょうね」

ノエルも、正直に答えました。


色欲という名前——。

でも、実際は誰よりも恋愛を美しく捉えている人。その矛盾が、不思議でした。


「名前は、ただの記号です」

アスモデウスが、穏やかに言います。

「大切なのは、心の在り方ですから」


その言葉は、ベルゼブブも言っていました。

魔界の人たちは、皆そう考えているのかもしれません。


「恋愛の話は、いくらでもできます」

アスモデウスが、楽しそうに言いました。

「古今東西の恋物語——素晴らしいですね」


その目が、本当に輝いていました。

恋愛という題材に、純粋な憧れを抱いているのです。


「でも、語りすぎると長くなってしまうので」

アスモデウスが、自制するように言います。

「この辺りで」


その謙虚さも、また彼らしいものでした。


お茶を飲みながら、会話は続きます。

アスモデウスは、時折恋愛論に戻りそうになりますが、すぐに話題を変えます。自分の好きな話ばかりしないよう、気を遣っているようでした。


「天界では、恋愛は多いのですか」

アスモデウスが、興味深そうに尋ねます。


「そうですね……」

ノエルは、考えます。

「あまり多くはないかもしれません」


「そうですか」

アスモデウスが、少し残念そうにします。

「もっと、皆さん恋をすれば良いのに」


その純粋な願いが、微笑ましかったです。


時間が、ゆっくりと流れていきます。

アスモデウスとの会話は、予想外に楽しいものでした。


ノエルは、思いました。

色欲の悪魔——その名前から想像していた人物とは、全く違う。むしろ、誰よりも純粋に恋愛を尊んでいる人なのだと。


「また、お話ししましょう」

アスモデウスが、立ち上がります。

「今日は、楽しかったです」


「こちらこそ」

ノエルは、礼をしました。


「恋愛は、素晴らしいですよ」

アスモデウスが、最後にそう言います。

「ノエルさんも、いつか」


その言葉に、照れくささがありました。

自分の経験がないのに、他人に勧める——その矛盾に、彼自身が気づいているようです。


部屋を出ると、ベルゼブブが待っていました。


「アスモデウス様は、本当に純粋な方なのです」

彼女が、優しく言います。


「そうですね」

ノエルは、頷きました。


名前と実態の違い——。

それを知ることで、偏見が消えていく。魔界での体験は、そんな連続でした。


魔界の午後が、静かに流れていきます。

## あとがき


色欲の名を持つ純愛主義者。理想を語り、恥じらう姿は、誰よりも純粋でした。名前に惑わされず、心を見ること。次の物語でも、新しい発見が待っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ