第71話:隣人としての魔界理解
雲の上の、とある静かな朝。ノエルは、執務室で書類を整理していました。式典の準備資料です。
「……魔界」小さく、呟きます。
天魔大戦のこと。7大悪魔のこと。平和協定のこと。話は聞いていました。でも、実際の魔界の様子は、まだよく知りません。
「ノエル」ガブリエル嬢の声が、聞こえます。
「はい」
「魔界のこと、もう少し詳しくお話ししましょうか」彼女は、窓辺から微笑みます。「式典の前に」
「お願いします」ノエルは、嬉しくなりました。
二人で、窓辺に座ります。ガブリエル嬢が、ゆっくりと話し始めました。
「魔界は、とても美しい場所です」
「美しい、ですか」ノエルは、少し意外でした。
「ええ」ガブリエル嬢は、優しく頷きます。「暗いと思われがちですが、独特の美しさがあるのです」
「どんな」
「赤い空に、黒い雲」彼女の声が、穏やかに響きます。「天界とは違う色彩。でも、それがとても綺麗なのです」
ノエルは、その光景を想像します。赤と黒の世界。確かに、美しいのかもしれない。
「建物も、独特です」ガブリエル嬢は、続けます。「天界の白とは対照的な、深い色の建築」
「へえ」
「食べ物も、面白いですよ」彼女は、少し楽しそうに言います。「有機栽培にこだわっている方が多くて」
「有機栽培」ノエルは、思わず笑います。「悪魔が、ですか」
「ええ」ガブリエル嬢も、くすりと笑います。「意外でしょう」
その時、扉がノックされました。ラファエル師匠が、入ってきます。
「やあ、お邪魔しますよ」
「師匠」ノエルは、立ち上がります。
「座って、座って」師匠は、のんびりと言います。「魔界の話をしているんですか」
「はい」ガブリエル嬢が、答えます。
「それなら、僕も少し」師匠は、隣に座ります。「魔界の人たちは、とても真面目なんですよ」
「真面目、ですか」
「ええ」師匠は、微笑みます。「自分の役割に、誇りを持っています」
「それは、天界と同じですね」ノエルが、言います。
「そうなんです」師匠は、嬉しそうに頷きます。「だから、きっと話が合いますよ」
三人で、しばらく魔界の話をしました。食べ物、建物、文化。色々なことを聞いていると、魔界が身近に感じられてきます。
「でも」ガブリエル嬢が、ふと真面目な顔になります。「政治的には、まだ微妙なのです」
「微妙、ですか」
「ええ」彼女は、小さく息をつきます。「平和協定は結ばれました。でも、まだ警戒している天使も多いのです」
「そうなのですか」
「魔界側も、同じでしょう」ラファエル師匠が、静かに言います。「お互い、時間が必要なのです」
ノエルは、少し複雑な気持ちになりました。個人としては仲良くなれる。でも、組織としては、まだ難しい。
「だから」ガブリエル嬢の声が、優しく響きます。「私たちが、橋渡しをするのです」
「橋渡し」
「ええ」彼女は、微笑みます。「一人一人が、友達になる。それが、一番の近道です」
その言葉に、ノエルは頷きました。確かに、そうかもしれない。
「頑張ってくださいね」師匠が、優しく言います。「ノエルなら、きっとできますよ」
師匠が帰った後、二人は再び窓辺に座ります。
「政治と個人」ノエルが、小さく呟きます。「難しいですね」
「そうですね」ガブリエル嬢は、頷きます。「でも、個人の繋がりが、いつか組織を変えるのです」
「そうなのですか」
「ええ」彼女の声が、温かく響きます。「時間はかかります。でも、必ず」
ノエルは、その言葉に勇気をもらいました。一人一人の繋がり。それが、大切なのだと。
午後になって、パヌエルが訪ねてきます。
「ガブリエル嬢、ノエルさん」彼は、明るく言います。「魔界の音楽を聞きませんか」
「音楽、ですか」
「はい」パヌエルは、小さな箱を取り出します。「魔界から送られてきたんです」
箱を開けると、不思議な音色が流れてきました。天界の音楽とは、少し違います。でも、美しい。
「綺麗ですね」ガブリエル嬢が、嬉しそうに言います。
「でしょう」パヌエルは、嬉しそうです。「魔界の楽器は、独特なんです」
三人で、しばらく音楽を聞いていました。ノエルは、その音色に心が和みます。
「文化が違っても」パヌエルが、小さく言います。「音楽は通じるんですね」
「そうですね」ガブリエル嬢は、優しく微笑みます。
音楽が終わると、パヌエルは帰っていきます。また、二人だけになりました。
「良い音楽でしたね」ノエルが、言います。
「ええ」ガブリエル嬢は、窓の外を見ます。「魔界には、素敵なものがたくさんあります」
「会うのが、楽しみになってきました」
「そう言ってもらえると」彼女は、嬉しそうに微笑みます。「私も、嬉しいです」
ガブリエル嬢の表情が、とても穏やかで。ノエルは、また心の中で呟きます。
尊い、と。
「……少し、眠くなってきました」ガブリエル嬢が、小さく言います。
「お昼寝なさいますか」
「ええ」彼女は、雲クッションに歩いていきます。「色々お話しして、疲れました」
ノエルは、微笑みます。たくさん話すと、眠くなる。それが、彼女らしい。
「ゆっくり休んでください」
「ありがとう」ガブリエル嬢は、雲クッションに体を預けます。そして、目を閉じました。すぐに、穏やかな寝息が聞こえてきます。
ノエルは、そっと見守ります。魔界のこと。たくさん聞けました。美しい場所。独特の文化。真面目な人々。
そして、政治と個人の違い。難しいけれど、大切なこと。
でも、一人一人が繋がれば、きっと変わる。ガブリエル嬢の言葉が、心に残ります。
窓の外では、雲海が穏やかに流れています。もうすぐ、魔界の方々と会う。それが、少し楽しみになってきました。
今日も、良い一日でした。そう思いながら、ノエルは自分の仕事に戻りました。
## あとがき
魔界の話を聞いて、少しずつ身近に感じられるようになってきました。違う世界でも、きっと通じ合えるはずです。




