第66話:サリエルの命令伝達
雲の上の、とある静かな朝。ガブリエル嬢が、一枚の書類を手にしていました。
「……ノエル」
「はい」
「サリエルが、神託の伝達を手伝ってほしいそうです」彼女は、書類を見せます。「今日の午後、行きませんか」
「サリエルのところへ、ですか」
「ええ」ガブリエル嬢は、優しく微笑みます。「きっと、興味深いと思いますよ」
こうして、二人はサリエルの命令伝達室へと向かいました。扉をノックすると、すぐに返事が返ってきます。
「どうぞ」
部屋の中は、整然と整理されていました。書類が、きちんと分類されて並んでいます。サリエルが、机の前に座っていました。
「ガブリエル様、ノエル。いらっしゃいませ」彼女は、きちんとした態度で立ち上がります。
「お呼びいただき、ありがとうございます」ガブリエル嬢が、小さくお辞儀をします。
「いえ」サリエルは、少し照れたように微笑みました。「ガブリエル様に、私の仕事を見ていただけるなんて、光栄です」
机の上には、複数の書類が並んでいました。神託を受け取り、それを各部署に伝えるための準備のようです。
「今日は、少し難しい神託がありまして」サリエルは、一枚の書類を取り出します。「どう伝えるべきか、悩んでいるのです」
ガブリエル嬢が、それを見ます。少し、首を傾げました。
「確かに、抽象的ですね」
「はい」サリエルは、真面目な顔で頷きます。「このまま伝えても、きっと混乱してしまいます」
彼女は、別の紙を取り出しました。そこには、同じ内容を言い換えた文章が、いくつか書かれています。
「こちらの表現なら、わかりやすいでしょうか」サリエルが、尋ねます。
ガブリエル嬢は、それを丁寧に読みました。少し考えてから、優しく微笑みます。
「この二番目の表現が、良いと思います」
「本当ですか」サリエルの顔が、ぱっと明るくなりました。
「ええ」ガブリエル嬢は、頷きます。「優しい言葉で、でも的確に伝わります」
「ありがとうございます」サリエルは、嬉しそうに礼を言いました。「やはり、ガブリエル様のご意見は、とても参考になります」
ノエルは、その様子を見ていました。サリエルの真剣な姿勢。一つ一つの言葉を、慎重に選んでいる。それは、とても繊細な仕事なのだと。
「サリエルは、いつもこうして悩まれるのですか」ガブリエル嬢が、優しく尋ねます。
「はい」サリエルは、正直に答えました。「言葉一つで、受け取り方が変わってしまいますから」
彼女は、別の書類を見せます。そこには、過去の伝達記録が書かれていました。
「以前、少し厳しい表現を使ってしまって」サリエルの声が、少し小さくなります。「受け取った方が、とても落ち込んでしまったことがあるのです」
「そうだったのですね」ガブリエル嬢は、優しく頷きます。
「それ以来、もっと慎重に言葉を選ぶようにしています」サリエルは、真面目な表情で言いました。「神様の言葉を、優しく伝えること。それが、私の役目だと思いますから」
その言葉に、ノエルは胸が温かくなりました。サリエルの優しさ。責任感の強さ。全てが、彼女の仕事に込められているのだと。
「では、この神託を届けに行きましょうか」サリエルが、書類をまとめます。
「どちらへ」ガブリエル嬢が、尋ねます。
「東の雲棟です」サリエルは、地図を広げました。「確か、こちらの方向で……」
彼女は、地図を見つめます。でも、少し眉を寄せました。
「……あれ?」
「どうかしましたか」ガブリエル嬢が、心配そうに尋ねます。
「いえ、その」サリエルは、少し慌てた様子です。「東は、この方向でしたよね」
彼女が指差した方向は、明らかに西でした。ノエルは、思わず口を開きそうになります。
でも、ガブリエル嬢が先に優しく言いました。
「サリエル、それは西ですよ」
「え」サリエルの顔が、真っ赤になります。「本当ですか」
「ええ」ガブリエル嬢は、くすりと笑います。「東は、こちらです」
サリエルは、地図を見直しました。そして、さらに顔を赤くします。
「すみません……また、間違えてしまいました」
「大丈夫ですよ」ガブリエル嬢の声が、温かく響きます。「一緒に行きましょう」
ノエルは、その光景を微笑ましく見ていました。真面目で完璧に見えるサリエル。でも、方向音痴という可愛らしい一面がある。
三人は、東の雲棟へと向かいます。廊下を歩きながら、サリエルが小さく呟きました。
「方向感覚だけは、どうしても苦手で」
「気にすることはありませんよ」ガブリエル嬢は、優しく微笑みます。「誰にでも、苦手なことはありますから」
「でも、書類を届ける仕事なのに」サリエルは、困ったように言います。「迷子になってしまっては」
「その時は、誰かに聞けば良いのです」ガブリエル嬢の言葉が、温かい。「恥ずかしいことではありませんよ」
サリエルの表情が、少し和らぎました。
「ありがとうございます、ガブリエル様」
「それに」ガブリエル嬢は、続けます。「サリエルの仕事は、とても素晴らしいですから」
「そんな」サリエルは、照れたように俯きます。
「本当です」ガブリエル嬢の声が、真剣になります。「あなたが選ぶ言葉は、いつも優しくて的確です。それは、誰にでもできることではありません」
サリエルの目が、少し潤みました。嬉しさで、言葉が出ないようです。
ノエルは、二人のやりとりを見ていました。お互いの良いところを認め合う。そんな友情が、とても美しく見えました。
やがて、東の雲棟に着きます。サリエルが、書類を担当者に渡しました。
「ありがとうございます」担当者は、嬉しそうに受け取ります。「サリエル様の伝達は、いつもわかりやすくて助かります」
「いえ」サリエルは、謙虚に答えます。「当然のことです」
「本当に、感謝しています」担当者の声が、温かく響きました。
書類を渡し終えて、三人は外に出ます。サリエルが、安堵したように息をつきました。
「無事に届けられて、良かったです」
「お疲れさまでした」ガブリエル嬢が、優しく言います。
「ガブリエル様のおかげです」サリエルは、深くお辞儀をしました。「道案内をしていただいて」
「いえ」ガブリエル嬢は、微笑みます。「私も、サリエルの仕事を見ることができて、嬉しかったです」
三人は、ゆっくりと戻り道を歩きます。途中、サリエルがまた地図を見ていました。
「戻りは、こちらの方向ですよね」彼女が、慎重に尋ねます。
「ええ、その通りです」ガブリエル嬢が、優しく頷きます。
サリエルは、ほっとした表情を見せました。そして、少し照れたように笑います。
「いつか、一人でも迷わず行けるようになりたいです」
「きっと、大丈夫ですよ」ガブリエル嬢の声が、励ますように響きます。「焦らず、少しずつ」
「はい」サリエルは、嬉しそうに頷きました。
ノエルは、その会話を聞いていました。サリエルの真面目さ。ガブリエル嬢の優しさ。二人の友情が、心に温かく響きます。
尊い、と。心の中で、そっと呟きました。
命令伝達室に戻ると、サリエルがお茶を用意してくれます。
「少し、休憩しましょう」彼女が、優しく言いました。
三人で、お茶を飲みます。静かな時間が、流れていきました。
「今日は、ありがとうございました」サリエルが、改めて礼を言います。「お二人に来ていただけて、とても心強かったです」
「こちらこそ」ガブリエル嬢は、微笑みます。「サリエルの仕事を見ることができて、嬉しかったです」
「私も、勉強になりました」サリエルは、真面目な顔で言います。「ガブリエル様の言葉選びは、本当に素晴らしいです」
「お互い、頑張りましょう」ガブリエル嬢の声が、温かく響きました。
サリエルは、嬉しそうに頷きます。
やがて、二人は命令伝達室を後にしました。廊下を歩きながら、ガブリエル嬢が小さく呟きます。
「サリエルは、良い子ですね」
「はい」ノエルは、頷きます。
「真面目で、一生懸命で」ガブリエル嬢は、優しく微笑みます。「でも、方向音痴なところが可愛らしいです」
ノエルは、その言葉に微笑みました。確かに、サリエルのギャップは微笑ましかった。
しばらく歩いて、執務室に戻ります。ガブリエル嬢は、窓辺の雲クッションに座りました。
「……今日も、良い一日でした」小さな声が、聞こえます。
「はい」ノエルは、優しく答えます。
「サリエルの仕事を見て」ガブリエル嬢は、続けます。「言葉の大切さを、改めて感じました」
「そうですね」
「私も、もっと優しい言葉を選べるように、頑張ります」ガブリエル嬢の声が、真剣になりました。
でも、すぐに小さくあくびをします。
「……でも、その前に少し」彼女は、目を閉じました。「お昼寝します」
ノエルは、思わず微笑みます。真面目な話の後に、すぐお昼寝。それが、彼女らしい。
「……おやつの時間になったら」いつもの言葉が、聞こえます。「起こしてくださいね」
「はい」ノエルは、優しく答えました。
窓の外では、雲海が穏やかに流れています。静かな午後が、ゆっくりと過ぎていきました。
サリエルの真面目な姿勢。方向音痴という可愛らしさ。ガブリエル嬢との温かい友情。全てが、ノエルの心に深く残っています。
今日も、良い一日でした。そう思いながら、ノエルは自分の仕事に戻りました。
## あとがき
真面目な仕事と可愛らしいギャップ。サリエルの一生懸命な姿と、それを見守る温かい友情が、心に残る一日となりました。




