第61話:光の図書館
雲の上の、とある静かな朝。
ガブリエル嬢が、一冊の古い本を手にしていました。
「……ノエル」
彼女が、ページをめくりながら呟きます。
「はい」
「この続きが、読みたいのです」
ガブリエル嬢は、本を閉じました。
「図書館へ、行きませんか」
「図書館ですか」
「ええ」
彼女は、小さく頷きます。
「天界の図書館。とても、良い場所ですよ」
こうして、二人は図書館へと向かいました。
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天界の中心、静かな場所に図書館はありました。
白い雲で作られた、荘厳な建物です。
扉を開けると——
「わあ」
ノエルは、思わず声を上げました。
天井まで届く、巨大な本棚。
無数の本が、整然と並んでいます。光が、柔らかく降り注いでいました。
「すごい……」
「でしょう」
ガブリエル嬢が、嬉しそうに微笑みます。
「私も、初めて来た時は驚きました」
奥から、一人の天使が歩いてきました。
眼鏡をかけた、穏やかな雰囲気の方です。
「あら、ガブリエル様」
その天使は、優しく微笑みます。
「今日も、いらっしゃいましたか」
「はい」
ガブリエル嬢が、小さく頷きました。
「例の本の続きを」
「ああ、あれですね」
司書の天使は、すぐに頷きます。
「ご用意しておきますね」
そして、ノエルに気づきました。
「初めての方ですか」
「はい」
ノエルは、お辞儀をします。
「ノエルと申します」
「ガブリエル様の近侍の方ですね」
司書は、優しく微笑みました。
「噂は聞いています。ようこそ」
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「では、ご案内しましょう」
司書が、図書館の奥へと歩き始めます。
棚と棚の間を、ゆっくりと進みました。
本の背表紙が、ずらりと並んでいます。
「ここには、天界の全ての記録があります」
司書の声が、静かに響きました。
「何千年分もの、歴史が」
ノエルは、本の数に圧倒されます。
「全部、読めるのですか」
「もちろんです」
司書は、頷きました。
「ただし、とても古い本は、慎重に扱わないといけませんが」
ガブリエル嬢が、ある本棚の前で立ち止まります。
「……ここです」
彼女の指が、一冊の本を指しました。
司書が、それを取り出します。
古い革装の本です。丁寧に、ガブリエル嬢に手渡しました。
「こちらですね」
「ありがとうございます」
ガブリエル嬢は、嬉しそうに本を受け取ります。
「では、読書室へどうぞ」
司書が、別の部屋を案内してくれました。
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読書室は、静かで落ち着いた空間でした。
窓から、柔らかい光が差し込んでいます。
ガブリエル嬢が、椅子に座ります。
本を開いて、ページをめくり始めました。
ノエルは、少し離れた席に座ります。
彼女の邪魔をしないように。
司書が、そっと声をかけてきました。
「ガブリエル様は、よくいらっしゃるんですよ」
小さな声で、教えてくれます。
「そうなのですか」
「ええ」
司書は、優しく微笑みました。
「特に、古い物語がお好きで」
ノエルは、ガブリエル嬢を見ます。
彼女は、本に集中していました。ページを、ゆっくりとめくります。
その横顔が、とても美しくて——
尊い、と。
心の中で、そっと呟きました。
「では、ごゆっくり」
司書は、そっと部屋を出ていきます。
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静かな時間が、流れていきます。
ページをめくる音だけが、小さく響いていました。
ガブリエル嬢は、集中して読んでいます。
でも——
やがて、彼女の動きが止まりました。
ノエルは、少し心配になります。
そっと、様子を見ました。
ガブリエル嬢が、本を開いたまま——
目を閉じています。
眠っていました。
小さな寝息が、聞こえてきます。
ノエルは、思わず微笑みます。
図書館でも、お昼寝。やっぱり、彼女らしい。
そっと立ち上がって、近づきます。
本が落ちないように、そっと支えました。
ガブリエル嬢の表情が、穏やかです。
安らかに、眠っています。
ノエルは、静かに椅子に戻ります。
彼女が目覚めるまで、ここで待とう。
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どのくらい経ったでしょうか。
扉が、小さく開きました。
司書が、そっと顔を出します。
ノエルと目が合うと、司書は微笑みました。
そして、小さく頷きます。
「いつものことです」
口の形だけで、そう言いました。
ノエルも、小さく頷きます。
司書は、何も言わず扉を閉めました。
音を立てないように、静かに。
ノエルは、また待ちます。
静かな図書館の中で、時間がゆっくりと流れていきました。
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「……ん」
小さな声が、聞こえました。
ガブリエル嬢が、目を覚ましたようです。
ゆっくりと、目を開けます。
「あら」
彼女は、本を見ます。
「……眠っていましたか」
「はい」
ノエルは、優しく微笑みます。
「少しだけ」
「そう」
ガブリエル嬢は、少し照れたように笑います。
「本を読んでいると、眠くなってしまうのです」
「続きは、読まれますか」
「……もう少しだけ」
彼女は、本を見ます。
でも、すぐにページを閉じました。
「やっぱり、また今度にします」
ガブリエル嬢は、本を抱えて立ち上がります。
「他の本も、見て回りましょう」
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二人は、図書館の中を歩きました。
「ここが、歴史の棚です」
ガブリエル嬢が、一つの棚を示します。
「天界の歴史が、全部あります」
ノエルは、本の背表紙を見ました。
「天界創世記」「七大天使の誕生」「最初の千年」——
「すごい量ですね」
「ええ」
ガブリエル嬢は、頷きます。
「私も、全部は読んでいません」
「え、そうなのですか」
「だって」
彼女は、少し照れたように笑います。
「読んでいると、眠くなってしまいますから」
ノエルは、思わず笑いました。
正直で、可愛らしい答えです。
次の棚には、神話の本が並んでいました。
「これは、昔の物語です」
ガブリエル嬢が、一冊を手に取ります。
「神様と天使の、古い話」
ページを開くと、美しい挿絵がありました。
七人の天使が、光に包まれている絵です。
「綺麗ですね」
「ええ」
ガブリエル嬢は、優しく微笑みます。
「昔の天使が、描いたものです」
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さらに奥へ進むと、別の部屋がありました。
「ここは、特別な場所です」
ガブリエル嬢が、扉を開けます。
中には、とても古い本が並んでいました。
ガラスのケースに、大切に保管されています。
「原典です」
彼女の声が、静かに響きます。
「一番古い、記録たち」
ノエルは、それらを見つめました。
何千年も前の、文字。今も、こうして残っている。
「司書の方々が、守ってくださっているのです」
ガブリエル嬢が、優しく言います。
その時、司書の天使が入ってきました。
「ご覧になっていますか」
「はい」
ガブリエル嬢が、頷きます。
「これらは、天界の宝です」
司書は、誇らしげに言いました。
「私たちが、代々守ってきました」
「大変なお仕事ですね」
ノエルが、言います。
「ええ」
司書は、優しく微笑みます。
「でも、大切なお仕事です」
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図書館を出る時、司書が見送ってくれました。
「また、いらしてください」
「はい」
ガブリエル嬢が、深くお辞儀をします。
「本、ありがとうございました」
「どういたしまして」
司書は、優しく微笑みました。
「続きは、次回のお楽しみですね」
「ええ」
ガブリエル嬢は、少し照れたように笑います。
二人は、図書館を後にしました。
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執務室への道。
ガブリエル嬢が、ゆっくりと歩いています。
「図書館、どうでしたか」
彼女が、尋ねます。
「とても、良い場所でした」
ノエルは、答えます。
「そう」
ガブリエル嬢は、嬉しそうに微笑みました。
「また、一緒に行きましょう」
「はい」
「でも」
彼女は、少し照れたように付け加えます。
「私、また眠ってしまうかもしれません」
「構いません」
ノエルは、優しく微笑みます。
「それも、ガブリエル嬢らしいですから」
ガブリエル嬢の表情が、ふわりと和らぎました。
「ありがとう」
小さな声が、聞こえます。
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執務室に戻ると、ガブリエル嬢は窓辺に座りました。
「……今日は、たくさん歩きました」
彼女が、小さく呟きます。
「お疲れですか」
「少しだけ」
ガブリエル嬢は、雲クッションに体を預けます。
「でも、楽しかったです」
そして、目を閉じました。
「……おやつの時間になったら」
いつもの言葉が、聞こえます。
「起こしてくださいね」
「はい」
ノエルは、優しく答えました。
窓の外では、雲海が穏やかに流れています。
静かな午後が、ゆっくりと過ぎていきました。
図書館での時間。
本を読む彼女の横顔。眠ってしまった可愛らしさ。
全てが、ノエルの心に温かく残っています。
また、一緒に行こう。
そう思いながら、ノエルは自分の仕事に戻りました。
## あとがき
静かな図書館での、穏やかな時間。本を読む姿も、眠ってしまう姿も、どちらも彼女らしくて。また一緒に訪れたい、そんな場所ができました。




