第60話:雲職人の工房訪問・再び
雲の上の、とある穏やかな午後。
ガブリエル嬢が、窓辺で雲海を眺めていました。
「……ノエル」
彼女が、ふと振り返ります。
「はい」
ノエルは、すぐに近づきました。
「今日は、少しお出かけしませんか」
ガブリエル嬢は、優しく微笑みます。
「久しぶりに、雲工房へ」
「工房へ、ですか」
「ええ」
彼女は、小さく頷きました。
「職人さんたちに、会いたいのです」
特に用事があるわけではない様子です。
ただ、会いに行きたい。それだけのようでした。
ノエルは、少し意外に思いました。
でも、すぐに頷きます。
「わかりました」
こうして、二人は雲工房へと向かいました。
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天界の端にある、小さな工房です。
扉を開けると、ふわりとした雲の香りが漂ってきました。
「いらっしゃいませ——あら」
入口にいた若い職人が、目を輝かせます。
「お嬢様!」
「こんにちは」
ガブリエル嬢が、穏やかに微笑みます。
「お嬢様がいらっしゃいましたよ!」
若い職人の声が、工房中に響きました。
すると、あちこちから職人たちが顔を出します。
みんな、嬉しそうな表情です。
「お嬢様、お久しぶりでございます」
年配の職人が、工房の奥から歩いてきました。
「今日は、クッションの調整でしょうか」
「いえ」
ガブリエル嬢は、優しく首を横に振ります。
「ただ、皆さんに会いたくなって」
職人たちの顔が、ぱっと明るくなりました。
「それは、それは」
年配の職人が、嬉しそうに笑います。
「お忙しい中、わざわざ」
「こちらは、ノエル」
ガブリエル嬢が、ノエルを紹介します。
「私の近侍です」
「ああ、以前いらした」
職人が、思い出したように頷きました。
「ようこそ、また来てくださいました」
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「では、ごゆっくりご覧ください」
年配の職人が、工房の中を案内します。
工房は、以前来た時より賑やかでした。
若い職人が増えているようです。
「新しい弟子が、三人入りまして」
職人が、誇らしげに言います。
「みんな、真面目で良い子たちです」
工房の隅で、若い天使が雲を扱っていました。
緊張した顔で、慎重に形を整えています。
ガブリエル嬢が、そっと近づきます。
「初めてですか」
彼女の優しい声が、響きました。
若い職人は、驚いて顔を上げます。
「お、お嬢様!」
慌てて立ち上がろうとして、手元の雲を落としそうになりました。
「大丈夫ですよ」
ガブリエル嬢は、微笑みます。
「座ったままで」
若い職人は、緊張した様子で頷きます。
「どんな作品を作っているのですか」
「あ、その……雲の布を」
若い職人は、恐縮しながら答えました。
「まだ、上手くできないのですが」
ガブリエル嬢が、その布に触れます。
少し歪んでいますが、丁寧に織られていました。
「一生懸命作ったのが、わかります」
彼女の声が、温かく響きます。
「素敵ですよ」
若い職人の顔が、ぱっと明るくなりました。
「本当ですか」
「ええ」
ガブリエル嬢は、優しく頷きます。
「これからも、頑張ってください」
「はい!」
若い職人の声が、嬉しそうに響きました。
ノエルは、その光景を見ていました。
一言で、こんなにも人を励ませる。それが、彼女の優しさなのだと。
尊い、と。
心の中で、そっと呟きます。
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別の場所では、中堅の職人が新作に取り組んでいました。
「これは、何でしょう」
ガブリエル嬢が、興味深そうに尋ねます。
「新しい雲織物です」
職人が、嬉しそうに答えました。
「従来より軽くて、でも丈夫なんです」
織物を光にかざすと、繊細な模様が浮かび上がります。
雲の繊維が、複雑に絡み合っていました。
「美しいですね」
ガブリエル嬢の声が、感嘆に満ちています。
「ありがとうございます」
職人は、照れたように笑いました。
「まだ試作段階ですが、いつかお嬢様にもお使いいただけるように」
「楽しみにしています」
ガブリエル嬢は、優しく微笑みます。
職人の顔が、喜びに輝きました。
ノエルは、工房全体の雰囲気を感じていました。
みんなが、ガブリエル嬢を慕っている。彼女の一言で、こんなにも嬉しそうになる。
それは、長年の信頼関係があるからなのでしょう。
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年配の職人が、お茶を用意してくれました。
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとうございます」
ガブリエル嬢は、それを受け取ります。
工房の小さな休憩スペースに、みんなが集まってきました。
職人たちが、嬉しそうにガブリエル嬢を囲みます。
「お嬢様は、お変わりありませんか」
若い職人が、尋ねます。
「ええ、相変わらずです」
ガブリエル嬢は、穏やかに答えました。
「お昼寝は、してらっしゃいますか」
別の職人が、微笑みながら聞きます。
「もちろん」
彼女は、少し照れたように笑いました。
「それは、欠かせません」
職人たちが、優しく笑います。
誰も、それを咎めたりしません。ただ、微笑ましく見守っているだけです。
「お嬢様の雲クッション、ちゃんと使っていただいていますか」
年配の職人が、尋ねます。
「はい」
ガブリエル嬢は、嬉しそうに頷きました。
「毎日、とても快適です」
「それは良かった」
職人たちが、安堵したように微笑みます。
ノエルは、その会話を聞いていました。
家族のような、温かいやりとり。長年の信頼が作り上げた、美しい関係性。
「ノエルさんは、お嬢様のお世話を?」
若い職人が、ノエルに尋ねました。
「はい」
ノエルは、頷きます。
「近侍として」
「大変でしょう」
職人が、微笑みます。
「でも、お嬢様は優しい方ですから」
「ええ」
ノエルは、自然に答えていました。
「とても、優しい方です」
ガブリエル嬢が、少し照れたように俯きます。
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しばらくして、ガブリエル嬢が立ち上がりました。
「もう少し、見て回っても良いですか」
「もちろんです」
年配の職人が、嬉しそうに答えます。
工房の奥には、完成した作品が並んでいました。
様々な雲製品。クッション、布、装飾品。
ガブリエル嬢が、一つ一つを丁寧に見ています。
時々、手に取って触れてみました。
「この飾りは、新作ですか」
彼女が、小さな雲の花飾りを手に取ります。
「ああ、それは」
若い職人が、恥ずかしそうに言いました。
「私が作ったものです」
「可愛らしいですね」
ガブリエル嬢の声が、優しく響きます。
「とても、丁寧に作られています」
若い職人の目が、潤みました。
嬉しさで、言葉が出ないようです。
「頑張って、作りました」
ようやく、小さな声が出ました。
「それが、伝わってきます」
ガブリエル嬢は、優しく微笑みます。
ノエルは、またしても思いました。
彼女の優しさ。それは、技術ではなく心から出ているもの。
だから、こんなにも人を幸せにできるのだと。
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工房での時間は、あっという間に過ぎていきました。
「そろそろ、戻らないと」
ガブリエル嬢が、小さく呟きます。
「お帰りですか」
職人たちが、名残惜しそうに言いました。
「ええ」
彼女は、みんなに向かって頭を下げます。
「今日は、ありがとうございました」
「とんでもございません」
年配の職人が、深くお辞儀をします。
「お嬢様に来ていただけて、みんな嬉しかったです」
「私も、とても楽しかったです」
ガブリエル嬢の声が、温かく響きました。
「また、いつでもいらしてください」
若い職人たちが、口々に言います。
「はい」
彼女は、優しく微笑みます。
「また、来ますね」
職人たちが、扉まで見送ってくれました。
みんな、嬉しそうな笑顔です。
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工房を出ると、穏やかな風が吹いていました。
「良い職人さんたちですね」
ノエルが、言います。
「ええ」
ガブリエル嬢は、微笑みました。
「皆さん、本当に優しい方々です」
「ガブリエル嬢も、皆さんを大切にされていますね」
「当然です」
彼女は、静かに答えます。
「私の雲クッションを作ってくださる、大切な方々ですから」
そして、少し照れたように付け加えました。
「それに……家族のような存在なのです」
ノエルは、その言葉に温かいものを感じました。
身分や役職を超えた、本当の絆。
二人は、ゆっくりと執務室へと向かいます。
「ノエルは、どうでしたか」
ガブリエル嬢が、ふと尋ねました。
「とても、温かい場所でした」
「そう」
彼女は、嬉しそうに微笑みます。
「それなら、良かった」
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執務室に戻ると、ガブリエル嬢は窓辺の雲クッションに座りました。
「……ふう」
小さな息が、聞こえます。
「お疲れですか」
ノエルが、尋ねます。
「少しだけ」
ガブリエル嬢は、優しく微笑みました。
「でも、良い疲れです」
そして、雲クッションに体を預けます。
「……やっぱり、このクッションが一番です」
満足そうな声が、小さく聞こえました。
ノエルは、そっと微笑みます。
職人たちが心を込めて作ったクッション。それを、彼女がこんなにも大切にしている。
その関係性が、美しいと思いました。
窓の外では、雲海が穏やかに流れています。
静かな午後が、ゆっくりと過ぎていきました。
「……おやつの時間になったら」
ガブリエル嬢の小さな呟きが、聞こえます。
「起こしてくださいね」
「はい」
ノエルは、優しく答えました。
彼女は、目を閉じます。
穏やかな寝息が、静かに響きました。
今日も、良い一日でした。
そう思いながら、ノエルは自分の仕事に戻りました。
## あとがき
用事ではなく、ただ会いたいから訪ねる。そんな温かい関係が、工房にはありました。職人たちの笑顔とガブリエル嬢の優しさが、静かに響く一日でした。




