第58話:天界評議会の静かな議論
雲の上の、とある静かな朝。
ノエルは、ガブリエル嬢と共に大聖堂へ向かっていました。
「今日は、評議会の日なのです」
ガブリエル嬢が、ゆっくりと歩きながら言います。
「ノエルも、一緒にどうですか」
評議会——7大天使が集まる、定例の会議です。
ノエルは、まだ参加したことがありませんでした。
「よろしいのですか」
「ええ」
彼女は、小さく頷きます。
「見ておくと、良いと思いますから」
大聖堂の奥に、評議会の部屋がありました。
扉を開けると、円卓が置かれた静かな空間です。
すでに何人かの天使が、席についていました。
「おや、ガブリエル嬢。それに、ノエルも」
ラファエル師匠が、穏やかに手を振ります。
「連れてきました」
ガブリエル嬢は、ノエルを紹介しました。
「傍聴席で、見学させていただきます」
「かまわんぞ」
ミカエルが、威厳のある声で答えます。
「近侍なら、知っておいて損はない」
ノエルは、部屋の隅にある傍聴席に座りました。
ガブリエル嬢は、円卓の自分の席へと向かいます。
やがて、全員が揃いました。
ミカエル、ラファエル、ウリエル、サリエル、ラグエル、パヌエル。そして、ガブリエル嬢。
「では、始めよう」
ミカエルが、静かに宣言します。
---
「本日の議題は、三つです」
サリエルが、書類を開きました。
「まず、人間界の見守り強化について」
ウリエルが、手元の資料を見ます。
「最近、人間界で小さな争いが増えています」
彼女の声が、冷静に響きました。
「介入すべきか、見守るべきか」
「介入は、慎重にすべきだな」
ミカエルが、腕を組みます。
「人間には、自ら解決する力がある」
「でも、見過ごせない時もあります」
ラファエルが、優しく言いました。
「苦しんでいる人を、放っておくのは」
ガブリエル嬢が、静かに口を開きます。
「……神託では」
少し眠そうな声です。
「見守りつつ、必要な時だけ、手を差し伸べるように、と」
全員が、彼女の方を向きました。
「つまり、バランスですね」
ウリエルが、頷きます。
「そうですね」
ガブリエル嬢は、小さく頷きました。
「過度な介入は、人間の成長を妨げます。でも、見捨てるわけにもいきません」
的確な意見でした。
ノエルは、少し驚きます。眠そうにしていても、彼女の判断は鋭いのです。
「では、見守り強化は継続、介入は個別判断で」
ミカエルが、決定を下しました。
「異議なし」
全員が、頷きます。
---
「次の議題です」
サリエルが、また書類をめくります。
「天界の光祭りの準備について」
「ああ、あれか」
パヌエルが、明るく言いました。
「今年は、どんな飾り付けにしましょう」
「伝統を重んじるべきだ」
ミカエルの意見は、堅実です。
「でも、新しいことも試したいですね」
ラファエルが、穏やかに提案します。
「……両方、できませんか」
ガブリエル嬢の声が、また響きました。
全員が、彼女を見ます。
「伝統の飾りを基本に」
彼女は、ゆっくりと続けます。
「新しい要素を、少しだけ。そうすれば、どちらも尊重できます」
「なるほど」
ウリエルが、感心したように頷きました。
「ガブリエル嬢の案が良いな」
ミカエルも、同意します。
ノエルは、またしても感心しました。
対立を避けて、みんなが納得できる提案。それを、さらりと出してしまう。
「では、飾り付け委員会を作りましょう」
サリエルが、記録を取ります。
「私、お菓子の準備をしますね」
パヌエルが、嬉しそうに言いました。
「私も、お茶の手配を」
ウリエルが、静かに申し出ます。
「では、動物たちの安全確保は私が」
ミカエルが、真面目な顔で言いました。
一瞬、場が静まります。
「……動物?」
ラファエルが、首を傾げました。
「祭りで迷子になる子犬がいるかもしれん」
ミカエルは、真剣です。
「それは……確かに」
ウリエルが、小さく笑いました。
ノエルも、思わず微笑みます。
堅い評議会だと思っていましたが、意外と和やかでした。
---
「最後の議題です」
サリエルが、少し緊張した様子で書類を見ます。
「魔界との交流について」
空気が、少しだけ引き締まりました。
「交流は、順調だな」
ミカエルが、静かに言います。
「問題はない」
「でも、まだ警戒している者もいます」
ウリエルが、冷静に指摘しました。
「過去を忘れられない天使も、少なくありません」
「時間が必要ですね」
ラファエルが、優しく言います。
「急がず、ゆっくりと」
「……そうですね」
ガブリエル嬢が、また口を開きました。
今度は、眠気が消えていました。
真剣な表情です。
「戦争の記憶は、簡単には消えません」
彼女の声が、静かに響きます。
「でも、新しい記憶を作ることは、できます」
全員が、黙って聞いています。
「良い記憶が増えれば」
ガブリエル嬢は、穏やかに続けました。
「いつか、辛い記憶を上書きできるかもしれません」
「その通りだ」
ミカエルが、深く頷きます。
「私たちが先導して、良い関係を作る」
ウリエルが、決意を込めて言いました。
「そうすれば、みんなも続いてくれる」
パヌエルが、明るく言います。
ノエルは、胸が温かくなりました。
みんな、平和を願っている。過去を乗り越えようとしている。
「では、交流は継続で」
ミカエルが、決定を下しました。
「異議なし」
全員が、また頷きます。
---
「以上で、本日の議題は終了です」
サリエルが、書類を閉じました。
「お疲れさまでした」
ラファエルが、穏やかに言います。
「では、私はこれで」
ミカエルが、席を立ちました。
他の天使たちも、次々と立ち上がります。
でも、ガブリエル嬢だけは、席に座ったままでした。
「……ガブリエル嬢?」
ノエルが、近づきます。
彼女は、目を閉じていました。
小さな寝息が、聞こえます。
「あら」
ウリエルが、微笑みました。
「眠ってしまいましたね」
「いつものことだ」
ミカエルが、呆れたように笑います。
「でも、ちゃんと意見は言ってくれたからな」
ラファエルが、優しく言いました。
ノエルは、そっとガブリエル嬢の肩に触れます。
「ガブリエル嬢」
「……ん」
彼女が、ゆっくりと目を開けました。
「あら、終わりましたか」
「はい」
ノエルは、微笑みます。
「そう」
ガブリエル嬢は、小さく伸びをしました。
「では、帰りましょう」
---
執務室に戻る道。
ガブリエル嬢は、ゆっくりと歩いていました。
「評議会、どうでしたか」
彼女が、穏やかに尋ねます。
「……尊いです」
ノエルは、思わず答えました。
「尊い?」
ガブリエル嬢が、首を傾げます。
「あ、いえ」
ノエルは、慌てます。
「皆さんの意見が、素晴らしかったという意味です」
「そうですか」
彼女は、優しく微笑みました。
「みんな、天界のことを真剣に考えていますから」
「ガブリエル嬢の意見も、とても的確でした」
「それは、神様のおかげです」
ガブリエル嬢は、謙虚に答えます。
「私は、ただ伝えているだけですから」
そう言いながら、彼女は小さくあくびをしました。
「……でも、少し眠かったです」
ノエルは、思わず笑います。
眠そうでも、的確な判断をする。それが、彼女の素晴らしいところなのです。
執務室に着くと、ガブリエル嬢は雲クッションに座りました。
「今日も、お疲れさまでした」
ノエルが、光蜜水を差し出します。
「ありがとう」
彼女は、それを受け取りました。
「ノエルも、お疲れさまです」
窓の外では、雲海が穏やかに流れています。
静かな午後が、始まろうとしていました。
「……おやつの時間になったら」
ガブリエル嬢の声が、小さく聞こえます。
「起こしてくださいね」
「はい」
ノエルは、優しく答えました。
彼女は、目を閉じます。
穏やかな寝息が、静かに響きました。
ノエルは、そっと微笑みます。
会議でも、執務室でも。彼女は、いつも変わらない。
その一貫性が、きっと彼女の強さなのだと。
そう思いながら、ノエルは自分の仕事に戻りました。
## あとがき
定例評議会での、ゆるやかな議論。眠そうでも的確な意見を述べるガブリエル嬢の姿に、ノエルはまた新しい魅力を見つけます。平和を願う心が、静かに響いた一日でした。




