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第51話:師の温もりある導き

雲の上の、とある朝。


訓練場に、ノエルとラファエル師匠の二人きり。今日から、応用技術の指導が始まります。


「それじゃあ、始めようか」


ラファエル師匠が、のんびりと腕を伸ばしました。


「はい、お願いします」


ノエルは姿勢を正します。応用技術——基礎を超えた、高度な天使の技。緊張で、肩に力が入りました。


「まずは、高速飛行からね」


「高速飛行、ですか」


「うん。でも焦らなくていいよ。ゆっくり、確実に」


師匠の声は、いつも通り穏やか。その響きだけで、少し緊張がほぐれます。


「では、お手本を」


ラファエル師匠が、翼を広げました。一瞬の静寂。そして——雲海を切り裂くように、師匠の姿が消えます。


速い。


ノエルが瞬きする間に、師匠はもう遠くの雲の上。そして、また目の前に戻ってきました。


「こんな感じ」


「すごい……」


「君にもできるよ」


師匠は、優しく微笑みます。


「じゃあ、やってみよう」


ノエルは深呼吸をひとつ。翼に力を込めて、勢いよく飛び出しました。


風が、顔を叩きます。


速度が上がっていく。でも、バランスが——。


「わっ」


体が傾いて、雲の上に着地。完全に失敗でした。


「大丈夫?」


ラファエル師匠が、駆け寄ってきます。


「すみません、失敗しました」


「失敗じゃないよ」


師匠は、首を横に振りました。


「最初の挑戦。それが大事なんだ」


「でも……」


「焦らず、優しく、着実に」


いつもの言葉。でも、その響きが心に染みます。ノエルは、ゆっくりと立ち上がりました。


「もう一度、やってみます」


「うん、いいね」


二度目の挑戦。今度は、少し速度を抑えて。翼の角度を調整しながら、慎重に飛びます。


バランスが、保てた。


少しの距離だけれど、高速飛行ができました。着地も、なんとか成功。


「できました!」


「よくやった」


ラファエル師匠が、拍手してくれます。


「最初から完璧じゃなくていい。少しずつ、確実に」


その言葉に、ノエルは頷きました。師匠の指導方針は、いつも優しい。厳しい訓練ではなく、ゆっくりと確実に。それでも、ちゃんと成長できている実感がありました。


「次は、魔力制御を」


「はい」


新しい課題。魔力を細かく調整して、光の玉を作る技術です。


「これはね、集中力が大事」


師匠が、手のひらに小さな光を灯しました。


「魔力を少しずつ、優しく出すんだ」


光の玉が、ゆっくりと大きくなります。そして、また小さくなる。まるで呼吸をするように、光が膨らんだり縮んだり。


「こういう感じ」


「わかりました」


ノエルも、手のひらを開きます。魔力を集中して、光を出そうとしました。


でも——。


「あれ?」


光が出ません。魔力は感じるのに、形にならない。


「うーん、難しい……」


「大丈夫。コツがあるんだ」


ラファエル師匠が、ノエルの手を優しく包みました。


「魔力は、力ずくじゃなくて。お願いするように、ね」


「お願いする、ように?」


「うん。魔力に『出てきてね』って、優しく」


不思議な表現。でも、師匠の手の温もりが伝わってきて、何となく理解できた気がしました。


もう一度、挑戦。


今度は、力まずに。魔力に、優しく語りかけるように。


「……出てきてね」


小さく呟くと、手のひらにぽっと光が灯りました。


「できた!」


「ほら、できたじゃない」


師匠は、嬉しそうに笑います。


「優しくすれば、ちゃんと応えてくれるんだよ」


その言葉が、なぜか心に響きました。魔力も、人も、優しくすれば応えてくれる。師匠の指導は、いつもそういう哲学に満ちていました。


訓練を続けていると、お昼の時間。


「そろそろ休憩しようか」


「はい」


二人で、訓練場の端に座ります。雲海を眺めながら、光蜜水を飲みました。


「ノエル、成長したね」


「師匠のおかげです」


「いや、君が頑張ったからだよ」


ラファエル師匠は、空を見上げました。


「僕の指導は、厳しくないからね」


「でも、ちゃんと成長できています」


「それは、君が素直だから」


師匠は、優しく微笑みます。


「素直な心は、どんな技術よりも大切なんだ」


その言葉に、ノエルは胸が温かくなりました。師匠は、技術だけじゃなく、心も育ててくれている。そんな気がします。


「ねえ、師匠」


「ん?」


「なぜ、そんなに優しいんですか」


ラファエル師匠は、少し考えて答えました。


「厳しくすることは簡単なんだ。でもね、優しく導く方が、相手の本当の力を引き出せる」


「本当の力……」


「うん。怖くて萎縮していたら、持っている力も出せないでしょ?」


確かに、その通りでした。師匠の前では、失敗を恐れずに挑戦できる。それが、成長につながっていました。


「だから、焦らず、優しく、着実に」


「……はい」


ノエルは、深く頷きます。師匠の言葉は、いつも心に残りました。


休憩を終えて、午後の訓練。


「次は、神託の応用を」


「神託の、応用ですか」


「うん。複雑な神託を、素早く理解する練習」


ラファエル師匠が、巻物を広げました。そこには、複雑な文字が並んでいます。


「これを読んで、要点をまとめてみて」


「わかりました」


ノエルは、巻物に目を通します。


文章は長く、内容も難解。でも、ひとつひとつ読んでいくと、少しずつ意味が見えてきました。要点を抜き出して、まとめます。


「できました」


「じゃあ、説明してみて」


ノエルは、自分なりにまとめた内容を話しました。師匠は、静かに聞いています。


「……以上です」


「うん、完璧」


師匠が、満足そうに頷きました。


「要点をしっかり掴めているね」


「本当ですか」


「ああ。これなら、高度な神託も任せられる」


その言葉が、嬉しくて。ノエルは、また一歩成長できた実感がありました。


訓練が終わるころ、空は夕焼け色。


「今日は、ここまで」


「ありがとうございました」


ノエルは、深く頭を下げます。


「お疲れさま」


ラファエル師匠は、ノエルの頭をぽんと叩きました。その手の温もりが、優しい。


「また明日ね」


「はい」


二人で、訓練場を後にします。夕焼けの光が、雲海を染めていました。


歩きながら、ノエルは考えます。


師匠は、厳しくない。でも、確実に成長させてくれる。それは、優しさと信頼があるから。怒られる心配がないから、失敗を恐れずに挑戦できる。


そして、何より。


師匠は、いつも自分を信じてくれている。


その確信が、心の中にありました。信じてくれる人がいる。それが、どれだけ力になるか。ノエルは、身をもって知りました。


「あ、そうだ」


ラファエル師匠が、突然立ち止まります。


「明日の訓練、何時だっけ?」


「……朝の八時です」


「そうだったね」


天然な一面。でも、それも師匠らしくて、ノエルは微笑んでしまいます。完璧じゃなくていい。そう教えてくれているようで。


「じゃあ、また明日」


「はい、また明日」


師匠は、手を振って歩いていきました。


ノエルは、その後ろ姿を見送ります。温かな気持ちが、胸に広がりました。師匠への感謝。そして、この師弟関係の尊さ。


(……尊い)


心の中で、呟きます。


師匠との時間は、いつも特別。技術を学ぶだけじゃない、もっと大切な何かを教えてもらっている気がしました。


空を見上げると、最初の星が輝き始めていました。


こうして、師匠との一日が終わりました。優しい指導と、温かな時間。それは、ノエルにとってかけがえのない宝物でした。


明日も、また頑張ろう。


そう思いながら、ノエルは執務室へと戻っていきました。

**あとがき**


優しさで育てる師匠と、素直に成長する弟子。厳しくなくても、信頼があれば人は育ちます。焦らず、優しく、着実に。その言葉が、心に響く一日でした。

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