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第44話:心を込めた完成品

雲の上の、とある穏やかな午後。


ノエルは雲職人の工房に向かう道を歩いていました。

今日は、特別な用事があります。

ガブリエル嬢の雲クッションを、もう一度調整してもらうのです。


「前回よりも、もっと良いものにしたい」


そう思いながら、工房の扉を開けました。


「いらっしゃい、ノエルさん」


雲職人が優しく迎えてくれます。

この工房には、これまでも何度か通っていました。


「今日は、どんな調整を?」

「前回の硬度から、もう少し柔らかくしたいんです」


ノエルの言葉に、職人が頷きます。


「なるほど。具体的には?」

「えっと……」


ノエルは考えました。

ガブリエル嬢の好みを、できるだけ正確に伝えなければ。


「柔らかいけれど、沈み込みすぎない感じで」

「ほう」

「包まれるような安心感があって、でも軽やかな感触も欲しいんです」


職人の目が、わずかに輝きました。


「なかなか難しい注文ですね」

「すみません……」

「いえいえ、やりがいがあります」


職人は工房の奥から、いくつかの雲素材を持ってきました。


「では、一緒に作りましょうか」

「え、僕も手伝えるんですか?」

「ええ。使う人のことを一番よく知っているのは、あなたですから」


その言葉に、ノエルは嬉しくなりました。

自分の手で、ガブリエル嬢のために何かを作れる。


作業が始まります。


まず、雲素材の選定です。

職人が様々な雲を見せてくれました。


「この雲は、柔らかさが特徴です」

「これは、弾力性に優れています」


ノエルは一つ一つ触りながら、ガブリエル嬢の顔を思い浮かべます。

どれが一番良いだろうか。


「この雲と、こっちの雲を混ぜられませんか?」


ノエルの提案に、職人が感心したような表情を見せました。


「良い目をしていますね。その組み合わせなら、理想的な質感になるでしょう」


二人で協力して、雲を混ぜていきます。

丁寧に、少しずつ。


雲が徐々に、理想の柔らかさに近づいていきました。


「次は、形を整えます」


職人の指導のもと、ノエルも手を動かします。

雲クッションの表面を、滑らかに撫でるように。


「そう、その調子です」


職人の声に励まされながら、作業を続けます。

指先から伝わる雲の感触が、心地よいものでした。


「ガブリエル嬢は、どんな方なんですか?」


職人の何気ない質問に、ノエルは少し考えました。


「優しい人です」

「ほう」

「いつも眠そうにしていますが、仕事は完璧にこなします」


話しながら、ノエルは微笑んでいました。


「それで、まどろむのがお好きと」

「はい。だから、最高の雲クッションを作りたくて」


その言葉に込められた想いが、職人にも伝わったようでした。


「良い近侍ですね」

「そうでしょうか」

「ええ。使う人のことを、よく理解している」


職人の言葉が、ノエルの胸を温かくします。


作業はさらに続きました。

細かい調整を、何度も何度も繰り返します。


「このあたりの硬度は?」

「もう少し柔らかく」

「ここの弾力は?」

「ちょうど良いです」


ノエルの要望に応えて、職人が丁寧に調整していきます。

二人の協力で、雲クッションが完成に近づいていきました。


夕方になる頃、ついに完成しました。


「できましたよ」


職人が差し出した雲クッションを、ノエルは慎重に受け取ります。

手に乗せた瞬間、その完璧な質感に驚きました。


柔らかいけれど、しっかりと形を保っている。

包み込むような温かさと、軽やかな感触が調和しています。


「これは……」

「良い出来です。あなたの想いが、形になりましたね」


職人の言葉に、ノエルは深く頷きました。

自分の手で、ガブリエル嬢のために作り上げたもの。


「ありがとうございました」

「いえ、私も楽しかったです」


工房を出る時、職人が言いました。


「大切な人のために作るものは、特別な輝きがありますね」


その言葉の意味を、ノエルは考えながら帰路につきました。


執務室に戻ると、ガブリエル嬢がいつもの場所にいました。

古い雲クッションに身を預けています。


「お帰りなさい、ノエル」

「ただいま戻りました」


ノエルは、新しい雲クッションを差し出しました。


「これ、新しく調整してもらいました」

「あら」


ガブリエル嬢が、興味深そうに見つめます。


「使ってみても良い?」

「はい、どうぞ」


ガブリエル嬢は古い雲クッションから、新しいものに変えました。

そして、そっと身を預けます。


しばらく沈黙が流れました。


ノエルは少し緊張しています。

気に入ってもらえるだろうか。


「あら」


ガブリエル嬢が、小さく声を上げました。


「前よりふわふわ」


その言葉に、ノエルの心が跳ね上がります。

満足してくれている――。


「本当ですか?」

「ええ、とても良い感じ」


ガブリエル嬢が微笑みました。

その笑顔を見て、ノエルは胸がいっぱいになります。


自分の努力が、ガブリエル嬢の幸せに繋がった。

これ以上の喜びがあるでしょうか。


「良かった……」


ノエルの安堵の声に、ガブリエル嬢が首をかしげます。


「ノエル、どうかした?」

「いえ、喜んでいただけて嬉しくて」


素直な気持ちでした。

ガブリエル嬢は、また優しく微笑みます。


「ありがとう。とても嬉しいわ」


その言葉が、ノエルの心に深く染み渡りました。


ガブリエル嬢は新しい雲クッションで、すぐに眠り始めました。

とても気持ち良さそうな表情です。


その寝顔を見つめながら、ノエルは思います。


「喜んでもらえて、本当に良かった」


自分の仕事が、誰かの幸せになる。

それが近侍としての喜びなのでしょう。


でも――。


ガブリエル嬢のために何かをする時、その喜びはひときわ大きい気がします。

なぜだろう、とノエルは首をかしげました。


よくわかりませんが、とにかく嬉しいのです。


翌日、ガブリエル嬢から声をかけられました。


「ノエル、昨日の雲クッション」

「はい」

「本当に最高よ。よく眠れたわ」


その言葉に、ノエルは頬が緩むのを感じました。


「それは良かったです」

「あなた、工房で一緒に作ったのでしょう?」

「え、どうして……」


驚くノエルに、ガブリエル嬢が微笑みます。


「わかるのよ。心を込めて作ったものは、温かさが違うから」


ノエルは少し照れながら、昨日のことを話し始めました。


「職人さんと二人で作ったんです」

「どんな感じだったの?」


ガブリエル嬢が興味深そうに聞いてきます。

ノエルは嬉しくなって、詳しく説明しました。


「最初に雲素材を選んで、それで」

「ふふ、それで?」

「職人さんが『良い目をしていますね』って褒めてくれて」


話しながら、昨日の出来事が鮮やかに蘇ってきます。


「二つの雲を混ぜるのが難しくて」

「大変だったのね」

「でも、職人さんが丁寧に教えてくれました」


ガブリエル嬢は静かに聞いていました。

時々頷いたり、微笑んだり。


「形を整える時は、表面を撫でるようにして」

「あら、そうなの」

「柔らかさを保ちながら、弾力も出すのが難しくて」


ノエルの説明に、ガブリエル嬢が感心したような表情を見せます。


「詳しくなったわね」

「職人さんが色々教えてくれたので」


そこでノエルは思い出しました。


「そうだ、職人さんがこんなことを言っていたんです」

「何て?」

「『大切な人のために作るものは、特別な輝きがある』って」


ガブリエル嬢が、少し驚いたような顔をしました。


「素敵な言葉ね」

「僕もそう思いました」


二人の間に、穏やかな沈黙が流れます。


「それから、雲の染色技術っていうのがあるんですって」

「染色?」

「雲に色をつける技術だそうです」


ノエルの説明に、ガブリエル嬢が興味を示しました。


「それは面白そうね」

「職人さんが、今度教えてくれるって」

「良かったわね。色々学べて」


ガブリエル嬢の言葉に、ノエルは嬉しくなります。


「ガブリエル嬢は、色付きの雲クッションも良いですか?」

「そうね……淡い色なら良いかもしれない」

「淡い色ですね。覚えておきます」


こんな何気ない会話が、ノエルには楽しく感じられました。

仕事のこと、学んだこと、色々な話ができる。


「次は、もっと良いものが作れるかもしれません」


ノエルの言葉に、ガブリエル嬢が微笑みました。


「楽しみにしているわ」


その笑顔を見て、ノエルは次も頑張ろうと思いました。


午後の業務が終わる頃、ガブリエル嬢がふと言いました。


「ノエル、工房の話、また聞かせてね」

「はい、喜んで」


こんな何気ない会話が、ノエルには嬉しいものでした。


自室に戻って、今日の日記を書きました。


「ガブリエル嬢に工房でのことを話した。喜んでもらえて良かった。次も色々やってみたい」


そう書きながら、ノエルは明日が楽しみでした。


雲の上の夜は静かに更けていきます。

ノエルの心には、充実した一日の満足感がありました。


明日も、頑張ろう。

そんな決意を胸に、ノエルは眠りについたのでした。

## あとがき


誰かのために心を込めて何かを作る。その想いが相手に届いた時の喜びは、何にも代えがたいものですね。ノエルの努力が実を結び、また一つ、二人の日常に温かな時間が加わりました。

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