第38話:「眠りと覚醒の調和」
午後の執務室では、ガブリエル嬢がいつものように雲クッションで微睡んでいました。
まつげが微かに揺れて、穏やかな寝息が聞こえてきます。ノエルは書類整理をしながら、そんな彼女の様子を横目で見ていました。
「(今日もよく眠ってるな...)」
時計を見ると、もう2時間ほど経過しています。
その時、緊急のメッセージが舞い込んできました。魔界からの重要連絡です。
「ガブリエル様」
ノエルが声をかけると、ガブリエル嬢は瞬時に目を開けました。
「緊急連絡...ですね」
まだ眠そうな声でしたが、すぐに状況を把握している様子です。
受信装置の前に座ると、彼女の雰囲気が一変しました。背筋が伸び、表情に鋭い集中が宿ります。
「こちら天界。どうぞ」
その声は、さっきまでの眠そうな調子とは別人のように凛々しいものでした。
魔界側からの複雑な報告を、ガブリエル嬢は完璧に理解していきます。政治的な背景、技術的な問題、緊急度の判定。全てを瞬時に処理していました。
「(すごい...)」
ノエルは息を呑んで見守っていました。
「承知いたしました。こちらからの回答は1時間後にお送りします」
通信を終えると、ガブリエル嬢は即座に必要な資料を取り出し始めました。その動きに、一切の無駄がありません。
「ノエル...こちらの資料を...」
まだ少し眠そうな口調でしたが、指示は的確でした。
「はい、すぐに」
ノエルが資料を取ってくる間に、ガブリエル嬢は既に回答案をまとめ始めています。
「(あれ?いつの間に...)」
戻ってくると、机の上には整然と整理された文書が並んでいました。
「この内容で...問題ないかと...」
ガブリエル嬢が示した回答案を見て、ノエルは驚きました。論理的で、配慮が行き届いた完璧な内容です。
「素晴らしいです」
ノエルが感嘆すると、ガブリエル嬢は小さく欠伸をしました。
「ふわぁ...では...送信を...」
眠そうにしながらも、通信装置を操作する手つきは正確そのものです。
回答を送信し終えると、彼女はゆっくりと雲クッションの方を見ました。
「少し...疲れました...」
そう呟いて、再び横になります。
「お疲れさまでした」
ノエルが声をかけると、ガブリエル嬢は既に眠りに落ちそうでした。
「(また眠るのか...)」
でも、今のノエルには違う感想がありました。
「(でも、さっきの仕事ぶりは完璧だった)」
眠そうな状態から一瞬で覚醒し、複雑な問題を完璧に処理する。そしてまた、自然に眠りに戻っていく。
「(これが...ガブリエル様のやり方なんだな)」
表面的には眠そうに見えても、必要な時には完全に覚醒する。その切り替えの見事さに、ノエルは感動していました。
30分後、また別の業務が舞い込みました。今度は定例報告の確認です。
「ガブリエル様」
声をかけると、また瞬時に目を開きます。
「定例報告...ですね」
今度は比較的軽い業務だったからでしょうか。完全に覚醒するというよりは、半分眠ったまま処理しているような感じでした。
でも、その判断は正確で、指示も的確でした。
「こちらは...後回しで...こちらを...優先で...」
眠そうな声で業務を仕分けていく様子は、なんとも不思議でした。
「(眠りながら仕事してる...?)」
ノエルには理解できない感覚でしたが、結果は完璧でした。
業務を終えると、ガブリエル嬢はまた深い眠りに落ちました。
「(面白い人だな...)」
ノエルは微笑みながら、彼女を見つめていました。
普通の人なら、眠い時は集中力が落ちるものです。でも、ガブリエル嬢は違いました。
眠りと覚醒を自在に使い分けているような感じです。重要な時は完全に覚醒し、軽い業務なら半覚醒で処理する。
「(プロってこういうことなのかな)」
ノエルの中で、プロフェッショナルという言葉の意味が変わってきました。
常に完璧な状態を維持するのではなく、必要に応じて最適な状態に調整する。それこそが真のプロなのかもしれません。
夕方になって、今度は来客の対応がありました。
「ガブリエル様、ウリエル様がいらしています」
声をかけると、ガブリエル嬢はゆっくりと起き上がりました。
「ウリエルが...そうですね...」
身なりを整えながら、彼女は訪問の理由を推測しているようでした。
「お茶会の...相談でしょうか」
ノエルが予想すると、ガブリエル嬢は微笑みました。
「きっと...そうでしょうね」
ウリエルが入室すると、ガブリエル嬢は適度に覚醒した状態で対応しました。完全に目が覚めているわけではありませんが、会話には支障がありません。
「今度のお茶会の件で...」
案の通り、お茶会の相談でした。ガブリエル嬢は眠そうにしながらも、的確にアドバイスしていきます。
「その組み合わせなら...良いですね...」
相談が終わってウリエルが帰ると、ガブリエル嬢はまた雲クッションに向かいました。
「(来客のレベルに合わせて、覚醒度を調整してる...?)」
ノエルの観察眼が、だんだん鋭くなってきました。
緊急事態では完全覚醒、定例業務では半覚醒、友人との雑談では軽い覚醒。まるで、必要なエネルギーを計算して使っているようです。
「すごいな...」
思わず口に出た感想を聞いて、ガブリエル嬢が目を開きました。
「何が...すごいのですか?」
「ガブリエル様の...お仕事の仕方です」
ノエルが説明すると、彼女は少し照れたような表情を見せました。
「特別なことでは...ありませんよ」
「でも、とても効率的です」
ノエルの素直な感想に、ガブリエル嬢は微笑みました。
「昔から...そうなのです」
その言葉には、長年かけて身につけた技術への誇りが感じられました。
「眠りと覚醒の...バランスでしょうか」
「そうですね...無駄に力を使わない...ということです」
ガブリエル嬢の説明に、ノエルは深く納得しました。
「(これが本当のプロフェッショナルか)」
見た目に惑わされてはいけない。表面的な状態と、本質的な能力は別物なのだと。
「勉強になります」
ノエルの言葉に、ガブリエル嬢は嬉しそうに頷きました。
「理解して...もらえて...嬉しいです」
その日の夜、ノエルは今日の発見を振り返っていました。
ガブリエル嬢の仕事ぶりから見えてきたプロフェッショナリズム。それは、効率的にエネルギーを使い分ける技術でした。
「尊い...」
いつもの口癖が、今日はプロとしての技術への敬意を込めて響きました。
窓から見える夜空に、星がきらめいています。
眠りと覚醒の調和。その美しいバランスを、ノエルは心に刻みました。
## あとがき
どんなに眠そうでも緊急時には完全覚醒するガブリエル嬢の姿に、ノエルは真のプロフェッショナリズムを発見します。表面的な眠さと本質的な能力の違いを理解し、効率的にエネルギーを使い分ける技術に感嘆した一日でした。




