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第35話:「静寂の中の知性」

天界大図書館は、午後の静寂に包まれていました。


高い天井に向かって並ぶ本棚の間を、柔らかな光が差し込んでいます。ノエルとガブリエル嬢は、古い資料の整理という任務で図書館を訪れていました。


「今日は...古文書の...分類作業ですね」


ガブリエル嬢が小さく欠伸をしながら説明しました。いつものように眠そうですが、図書館の厳粛な雰囲気に少しだけ背筋を伸ばしています。


「はい。どちらから始めましょうか?」


ノエルが尋ねると、彼女は書架を見回しました。


「まず...こちらの...古代天界史から...」


指差した先には、分厚い書物がずらりと並んでいます。どれも重厚で、一見しただけでは内容の見当もつきません。


「(これを分類するのか...)」


ノエルは少し不安になりました。古文書の知識は、まだまだ不足しています。


でも、ガブリエル嬢が最初の本を手に取った瞬間、雰囲気が変わりました。


「これは...古天界期の...編纂ですね」


眠そうだった表情が、急に鋭い集中を見せています。


「どうしてわかるのですか?」


ノエルが驚いて尋ねると、ガブリエル嬢は本を開いて見せてくれました。


「文字の書体が...特徴的なのです」


確かに、普通の文字とは少し違う装飾的な文字が並んでいます。でも、ノエルには違いがよくわかりません。


「それから...紙の質感も...」


ガブリエル嬢が紙に軽く触れました。


「古天界期は...雲紙に...光蜜を混ぜる技法が...使われていました」


そう説明されても、ノエルには普通の紙にしか見えません。


「すごいです...そんなことまで」

「昔...よく読んでいたので...」


ガブリエル嬢は謙遜していましたが、明らかに専門家レベルの知識です。


次の本を手に取ると、またすぐに判別していきます。


「こちらは...中天界期...こちらは...新天界期...」


その速さと正確さに、ノエルは目を見張りました。


「(こんなにすごかったのか...)」


普段は眠そうにしているガブリエル嬢の、全く違う一面を見た気がします。


「ノエル...こちらの本は...どう思いますか?」


突然話を振られて、ノエルは慌てました。


「えっと...古そうな本ですね」


あまりにも情けない答えに、自分でも苦笑してしまいます。


でも、ガブリエル嬢は優しく微笑みました。


「表紙を...よく見てください」


言われて改めて見ると、確かに細かい装飾が施されています。


「この模様は...天使の翼を...表現しているのです」


ガブリエル嬢の説明を聞いて、ノエルは装飾の意味を理解しました。


「本当ですね。言われてみれば...」

「それから...この金の縁取りは...」


彼女の解説は続きます。その知識の深さに、ノエルは圧倒されていました。


作業を続けていると、ガブリエル嬢の博識ぶりがさらに明らかになっていきます。


「この著者は...当時の大天使学者...古代天界でも...名高い方でした」


歴史上の人物の関係性まで、詳しく把握しているようです。


「そんなつながりが...」

「天界の歴史は...意外と狭い世界なのです」


そう言って、ガブリエル嬢は小さく笑いました。


「こちらの天体観測記録は...現在の神託受信技術の...基礎になっています」


別の本を手に取りながら、また新しい知識を披露してくれます。


「(本当に何でも知ってるんだな...)」


ノエルは感嘆していました。普段見せる姿とは、まるで別人のようです。


「ガブリエル様は...どうやってこんなに詳しく?」

「昔から...本を読むのが...好きだったので」


簡単に答えていますが、これほどの知識を身につけるには相当な努力が必要だったはずです。


午後の作業が進むにつれて、ノエルは新たな発見を重ねていました。


ガブリエル嬢は単に博識なだけでなく、情報を関連付けて考える洞察力も持っていました。


「この時代の政治情勢と...この詩集の内容は...深く関係しているのです」


一見無関係に見える本同士のつながりを、彼女は見抜いていました。


「政治と詩が関係するんですか?」

「ええ...詩人は時代の...雰囲気を敏感に...感じ取りますから」


その説明を聞いて、ノエルは物事を見る視点の違いを実感しました。


「(こんな風に考えたことなかった...)」


表面的にしか見ていなかった自分が、少し恥ずかしくなります。


「歴史は...点ではなく...線なのです」


ガブリエル嬢の言葉に、深い哲学が込められていました。


「すべてが...つながっている...」


その洞察力に、ノエルは改めて敬服しました。


夕方近くになって、ようやく作業が一段落しました。


「お疲れさまでした」


振り返ると、ガブリエル嬢はまたいつもの穏やかな表情に戻っていました。


「いえ...楽しい時間でした」


本当に楽しそうに答える彼女を見て、ノエルは微笑みました。


「ガブリエル様の博識ぶりに、驚きました」

「そんな...大したことでは...」


謙遜していますが、その知性は紛れもなく本物でした。


図書館を出る時、ノエルは今日の発見を振り返っていました。


普段見せる眠そうな姿からは想像もできない、深い知性と洞察力。ガブリエル嬢という人の多面性を、改めて実感した一日でした。


「(いつも新しい発見がある...)」


知れば知るほど、魅力的な人だということがわかります。


「また...一緒に...図書館に来ませんか?」


ガブリエル嬢の提案に、ノエルは嬉しくなりました。


「ぜひ、お願いします」


今度は、もっと色々なことを教わりたいと思います。


執務室に戻る道すがら、ノエルは静かな充実感に満たされていました。


知性とまどろみを併せ持つガブリエル嬢の魅力を、また一つ発見できた気がします。


「尊い...」


いつもの口癖が、今日は知的な美しさへの敬意を込めて響きました。


窓から見える夕日が、今日の学びを優しく照らしていました。


まだまだ知らないことが、たくさんありそうです。

## あとがき


図書館での古文書整理で見せた、ガブリエル嬢の深い知識と洞察力にノエルは驚嘆します。普段の眠そうな姿からは想像できない博識ぶりと、物事のつながりを見抜く知性に、彼女の新たな魅力を発見した静かで充実した午後でした。

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