第34話:「愛すべき決まり文句」
午後の陽だまりの中、ガブリエル嬢はいつものように雲クッションで微睡んでいました。
ノエルは書類整理をしながら、彼女の寝息に耳を澄ませています。とても穏やかで、聞いているだけで心が落ち着いてきました。
「(今日も平和だな)」
そんなことを考えていると、時計が3時を指しました。おやつの時間です。
「ガブリエル様」
そっと声をかけると、彼女はいつものようにゆっくりと目を開けました。
「あら...もう...おやつの時間...」
小さく欠伸をしながら、雲クッションから身を起こします。
「お疲れさまでした。お茶をお持ちしますね」
「ありがとう...」
ノエルがお茶の準備をしている間、ガブリエル嬢は窓の外をぼんやりと眺めていました。まだ完全には目が覚めていないようです。
「どうぞ」
温かいお茶と雲菓子を差し出すと、彼女は微笑みました。
「まあ...いつも...ありがとう」
一口お茶を飲んでから、ガブリエル嬢は時計を見ました。
「あと30分ほど...ありますね」
「はい、ゆっくりとお過ごしください」
雲菓子を味わいながら、二人で穏やかな時間を過ごします。ガブリエル嬢のペースに合わせていると、自然と心も落ち着いてきました。
「(こういう時間も良いものだな)」
最初の頃は、おやつの時間をどう過ごせば良いのかよくわかりませんでした。でも、今では自然と彼女のリズムに合わせられるようになっています。
「ノエル...いつも...付き合ってくれて...」
「いえ、僕もこの時間が好きです」
素直な気持ちを伝えると、ガブリエル嬢は嬉しそうに微笑みました。
お茶を飲み終わると、彼女はゆっくりと立ち上がりました。
「そろそろ...夕方まで...休みましょうか」
「はい」
雲クッションに向かう彼女を見送りながら、ノエルは心の中で笑っていました。
もうすぐ、あの決まり文句が聞けるからです。
「おやつの時間になったら...起こしてくださいね」
案の定、ガブリエル嬢がいつもの言葉を口にしました。
「(あれ?今、おやつの時間だったのでは...)」
ノエルは一瞬困惑しました。でも、すぐに理解します。
「(次のおやつの時間のことか)」
ガブリエル嬢にとって、一日に何度かあるおやつの時間は、とても大切なもののようです。
「はい、承知いたしました」
ノエルがいつものように答えると、ガブリエル嬢は安心したように目を閉じました。
穏やかな寝息が聞こえ始めると、執務室はいつもの静寂に包まれます。
「(おやつの時間になったら起こしてね...か)」
その決まり文句を思い返しながら、ノエルは微笑みました。
最初の頃は、ただの業務上の指示だと思っていました。でも、今では違います。
それは、ガブリエル嬢らしさを表す、愛すべき習慣なのです。
「(毎日同じことを言うけど...それが良いんだな)」
予測可能で、安心できる。そんな日常の繰り返しには、特別な価値があるような気がします。
書類整理を続けながら、ノエルは他の決まり文句も思い出していました。
朝の「おはよう...ございます」のゆっくりとした挨拶。
午後の「少し...休みます」という宣言。
そして、「おやつの時間になったら起こしてくださいね」の締めくくり。
どれも、ガブリエル嬢の日常に欠かせないものでした。
「(同じことの繰り返しって...悪くないな)」
変化を求めがちですが、変わらないことの安心感もあります。
特に、ガブリエル嬢のような人の場合、その一定のリズムが周りにも安らぎをもたらしているような気がしました。
1時間ほど経った頃、ガブリエル嬢がふと目を開けました。
「あら...まだ...夕方まで時間が...」
時計を確認して、再び横になろうとします。
「ゆっくりお休みください」
ノエルの声に、彼女は小さく頷きました。
「ありがとう...夕方のおやつの時間になったら...」
「起こしてくださいね、ですね」
ノエルが先に言うと、ガブリエル嬢は少し驚いたような、でも嬉しそうな表情を見せました。
「覚えて...くれているのですね」
「はい、大切な決まり文句ですから」
その答えに、ガブリエル嬢の目が優しく細くなりました。
「決まり文句...ですか」
「はい。ガブリエル様らしくて、とても好きです」
ノエルの素直な感想に、彼女は少し照れたような表情を見せました。
「そう言って...もらえると...嬉しいです」
再び眠りに落ちる前、ガブリエル嬢は小さく呟きました。
「いつも...同じことばかり...言ってしまって...」
「同じだから良いんです」
ノエルの返事に、彼女は安心したように微笑みました。
「そうですか...」
それから、本当に深い眠りに落ちていきました。
「(同じだから良い...か)」
ノエルは自分が言った言葉を反芻していました。
確かに、毎日同じ決まり文句を聞くことで、日常に安定感が生まれています。予想できる安心感というか。
「(明日も、きっと同じことを言うんだろうな)」
そう思うと、なぜか嬉しくなりました。
夕方のおやつの時間が近づくと、ノエルは準備を始めました。
時計が5時を指したとき、そっと声をかけます。
「ガブリエル様、おやつの時間です」
ゆっくりと目を開けた彼女は、いつものように微笑みました。
「あら...もう...そんな時間...」
まさに、予想通りの反応でした。
おやつの時間が終わって、今度は夜まで休憩という時間になりました。
ガブリエル嬢が雲クッションに向かいながら、ノエルは心の中でカウントダウンをしていました。
「3、2、1...」
「夜のお茶の時間になったら...起こしてくださいね」
完璧なタイミングで、予想通りの言葉が聞こえました。
「はい、承知いたしました」
ノエルの返事も、もう完璧に同期しています。
この繰り返しが、なぜか愛おしく感じられました。
「(毎日同じで...でも毎日新鮮)」
不思議な感覚でした。決まり文句なのに、飽きることがありません。
むしろ、聞けるのが楽しみになっているくらいです。
「尊い...」
いつもの口癖が、今日は決まり文句への愛情を込めて響きました。
窓の外では、夕日が雲海を美しく染めています。
同じような夕暮れが、明日もまた訪れることでしょう。
そして、同じような決まり文句も。
それが、とても幸せなことに思えた一日でした。
## あとがき
ガブリエル嬢の「おやつの時間になったら起こしてくださいね」という決まり文句に、ノエルは愛おしさを感じるように。毎日同じことの繰り返しだからこそ生まれる安心感と特別感を、微笑ましく描いた日常の一コマでした。




