第31話:「まどろみの真の意味」
光祭りが終わって三日目の午後、ノエルは執務室でガブリエル嬢の様子を観察していました。
祭りの準備で忙しかった日々が過ぎ、いつもの穏やかな日常が戻っています。ガブリエル嬢は雲クッションに深く沈み込んで、とても気持ち良さそうに眠っていました。
「(今日で...何時間眠ってるんだろう)」
ノエルは手帳に記録を取り始めていました。光祭り後のガブリエル嬢は、いつも以上によく眠っているような気がするのです。
「朝9時から10時半まで...午前の仮眠1時間半...」
真面目にメモを取るノエル。でも、その理由がよくわかりません。
「午後1時から現在まで...2時間経過...」
時計を見ながら記録を続けます。
「(光祭りの疲れかな?でも、他の天使はそうでもないし...)」
昨日パヌエルに会った時は、元気そうでした。ミカエルもラファエルも、いつも通り。
でも、ガブリエル嬢だけは眠る時間が明らかに増えています。
「(何か理由があるはず...)」
ノエルは真剣に考え始めました。原因を突き止めて、適切な対処をしなければ。
まず、環境を確認してみました。室温、湿度、光の具合。でも、いつもと変わりません。
「(食事?体調?ストレス?)」
可能性を手帳に書き出していきます。でも、どれもピンときません。
食事は普通に取っているし、体調も悪そうには見えない。ストレスといっても、光祭りは成功だったし...
「(うーん...)」
ノエルが頭を抱えていると、ガブリエル嬢がふと目を開けました。
「あら...ノエル...何を...?」
「あ、すみません。起こしてしまって」
慌てて手帳を隠そうとするノエルを、ガブリエル嬢は不思議そうに見つめました。
「手帳に...何を書いて...?」
「えっと...」
正直に答えるか迷いましたが、嘘をつくのも良くありません。
「ガブリエル様の睡眠時間を記録していました」
「まあ...」
ガブリエル嬢は少し驚いたような、でも微笑ましそうな表情を見せました。
「心配...してくれているのですね」
「はい。光祭り後、いつもより長く眠られているようで...」
ノエルの真面目な心配に、ガブリエル嬢は小さく笑いました。
「ありがとう...でも...大丈夫ですよ」
「でも、何か理由があるのでは?」
ノエルの質問に、ガブリエル嬢は少し考え込みました。
「理由...ですか」
「はい。原因がわかれば、対処できるかもしれません」
真剣な表情のノエルを見て、ガブリエル嬢は困ったような笑顔を浮かべました。
「実は...よくわからないのです」
「え?」
「なぜか...眠くなってしまうので...眠っています」
あまりにもシンプルな答えに、ノエルは拍子抜けしました。
「(よくわからない...?)」
でも、諦めるわけにはいきません。ノエルはラファエルに相談してみることにしました。
「師匠、ガブリエル様のことで質問があります」
「はい、なんでしょう?」
ラファエルが穏やかに応えました。
「光祭り後、いつもより長時間眠られているようなのですが...」
事情を説明すると、ラファエルは少し考え込みました。
「そうですね〜...」
「何か医学的な理由があるのでしょうか?」
「うーん...特に思い当たりませんね」
師匠も首を傾げています。
「ガブリエル様は昔から、よく眠る方でしたからね」
「昔から...ですか」
「ええ。理由は...あれ?なんでしたっけ?」
ラファエルの天然発言に、ノエルは苦笑いしました。
「つまり、原因不明ということですか?」
「そういうことになりますね」
結局、師匠からも明確な答えは得られませんでした。
執務室に戻ると、ガブリエル嬢はまた眠っていました。今度は更に深い眠りのようです。
「(本当に謎だ...)」
ノエルは手帳を見返しました。記録した睡眠時間、考察した原因、全て意味のないデータのような気がしてきます。
でも、その時でした。
急に魔界からの緊急連絡が入ったのです。
「ガブリエル様!」
ノエルが慌てて声をかけると、ガブリエル嬢は瞬時に目を開けました。
「緊急...連絡ですか」
その瞬間、いつもの凛とした表情に変わります。
受信装置の前に座ると、完璧な集中力で魔界との通信を開始しました。問題を的確に把握し、適切な指示を出していきます。
「(すごい...)」
さっきまで深く眠っていたとは思えない、完璧な対応でした。
通信が終わると、ガブリエル嬢は再び穏やかな表情に戻りました。
「お疲れさまでした」
「ええ...」
そして、何事もなかったかのように、また雲クッションに向かいました。
「(結局...これがガブリエル様なんだ)」
ノエルは手帳を閉じました。
理由はわからない。でも、眠っている時は本当に眠っているし、必要な時は完璧に起きて仕事をする。
「(謎だからこそ...魅力的なのかもしれない)」
すべてを理解する必要はないのかもしれません。
「(よくわからないけど、すごい人)」
そんな単純な結論に辿り着いて、ノエルは満足していました。
「おやつの時間になったら...起こしてくださいね」
いつものお決まりの言葉と共に、ガブリエル嬢は眠りに落ちました。
「はい、承知いたしました」
今度のノエルの返事には、分析を諦めた清々しさが込められていました。
窓の外では、午後の雲海がゆったりと流れています。
ガブリエル嬢の穏やかな寝息が、執務室に安らぎをもたらしていました。
「尊い...」
いつもの口癖が、今日は「謎だからこそ尊い」という新しい意味を持って響きました。
すべてを理解する必要はない。そのままの彼女を受け入れることの方が、ずっと大切なのかもしれません。
手帳に書かれた無意味な記録を見ながら、ノエルは小さく笑いました。
真面目に分析した自分が、なんだか可愛らしく思えてきます。
謎めいた魅力。それも含めて、ガブリエル嬢なのでした。
## あとがき
光祭り後のガブリエル嬢の睡眠時間増加を心配して、真面目に原因分析を始めたノエル。でも結局理由はわからず、「謎だからこそ魅力的」という結論に至ります。すべてを理解する必要はなく、そのままを受け入れることの大切さを学んだ一日でした。




