第27話:「繰り返される迷路の中で」
書類配達の依頼は、午後の穏やかな時間に舞い込みました。
「ノエル、今日は第七雲層まで書類を届けてもらえますか?」
サリエルが真面目な表情で尋ねてきました。第七雲層は天界でも最も奥まった場所です。
「はい、喜んで」
「実は...私も同行します」
サリエルの言葉に、ノエルは少し驚きました。
「一緒に、ですか?」
「ええ。複数の書類を別々の場所に届ける必要がありますので」
そう説明するサリエルの表情は、いつもより少し硬い気がしました。
「(もしかして...)」
ノエルは以前聞いた噂を思い出していました。サリエルには、ある弱点があると。
二人は資料を抱えて出発しました。最初のうちは順調でした。
「まず、北棟の第三書庫ですね」
「はい」
サリエルが地図を確認しながら、的確に進んでいきます。その姿は、まさに真面目な委員長そのものでした。
第三書庫への配達を終えて、次は東側の記録室へ向かうことになりました。
「こちらの道を...」
サリエルが地図を見ながら歩き始めましたが、なぜか同じ場所に戻ってきてしまいました。
「あれ...おかしいですね」
「(やっぱり...)」
ノエルは小さく苦笑いを浮かべました。噂は本当だったようです。
「もう一度、確認しましょう」
サリエルが真剣に地図と格闘しています。でも、方向感覚がないのか、地図を逆さまに持っていました。
「サリエル様、地図が...」
「え?あ...」
慌てて地図を直すサリエルの頬が、ほんのりと赤くなりました。
「すみません...実は方向音痴で...」
「いえ、大丈夫です。一緒に探しましょう」
ノエルが励ますと、サリエルは少し安心したような表情を見せました。
「前にも...道に迷ったことがあって...」
恥ずかしそうに呟くサリエル。でも今回は、ノエルも一緒です。
「では、この地図を二人で見ましょう」
ノエルが提案すると、サリエルは頷きました。
地図を二人で挟んで覗き込みます。その距離が、自然と近くなっていきました。
「北は...こちらですね」
「ええ、そうですね」
でも、実際に歩き始めると、またどこか違う場所に出てしまいました。
「また...迷いました...」
サリエルの声が小さくなっていきます。
「大丈夫です。ゆっくり探しましょう」
ノエルの言葉に、サリエルは少し救われたような表情を見せました。
「以前も...こうして迷子になって...」
「どうやって解決したんですか?」
「ガブリエル様が、なぜか直感で場所を当ててくださって...」
その説明に、ノエルは納得しました。ガブリエル嬢らしい解決方法です。
「今回は、私たちの力で見つけましょう」
ノエルの提案に、サリエルは真剣に頷きました。
「はい、頑張りましょう」
二人は再び地図を覗き込みました。肩が触れ合うほど近い距離です。
「この角を曲がって...」
「それから、三つ目の雲の橋を...」
一緒に確認しながら進むと、少しずつ正しい方向に近づいていきました。
でも、またしても分かれ道で迷ってしまいます。
「どちらでしょうか...」
サリエルが困った表情で立ち止まりました。
「右だと思います」
「でも、地図では左のような...」
意見が分かれて、二人は地図を更に詳しく確認し始めました。指先が地図の上で重なり、サリエルが小さく息を呑みました。
「すみません...」
「いえ、こちらこそ」
気まずい空気が流れましたが、それもすぐに和らぎました。
「前回は...とても恥ずかしかったんです」
サリエルがぽつりと語り始めました。
「でも、今回は...あなたがいてくれて...」
その言葉には、前回にはなかった信頼が込められていました。
「一緒に迷子になるのも、悪くないですね」
ノエルが笑うと、サリエルも微かに微笑みました。
「そうですね...不思議と、焦りません」
二人で協力しながら探し続けると、ついに目的の記録室が見えてきました。
「見つけました!」
サリエルの声が弾みました。無事に書類を届けると、二人は安堵のため息をつきました。
「やりました...」
「はい、お疲れさまでした」
達成感が、二人を包み込んでいます。
最後の配達を終えて戻る道も、二人で地図を確認しながら進みました。もう迷うことはありませんでしたが、なぜか地図を一緒に見る時間が続きました。
「前回よりも...スムーズでした」
「二人だったからですね」
サリエルの言葉に、ノエルは頷きました。
「迷子も...二人なら楽しいものですね」
サリエルが小さく呟いたその言葉を、ノエルは聞き逃しませんでした。
「そうですね」
天界の中心部に戻ると、そこにはガブリエル嬢が待っていました。
「お疲れさま...です。無事...届けられましたか?」
「はい、なんとか」
サリエルが答えると、ガブリエル嬢は微笑みました。
「今回は...二人で...解決できたのですね」
「ええ。ノエルのおかげです」
サリエルの言葉に、ノエルは首を横に振りました。
「いえ、サリエル様と一緒だったからです」
二人のやり取りを見て、ガブリエル嬢は満足そうに頷きました。
「良い...チームワークですね」
その言葉に、二人は少し照れくさそうに微笑みました。
執務室に戻る道すがら、ノエルは今日のことを振り返っていました。
以前も迷子になったことがあるというサリエル。でも今回は、その経験が二人の距離を縮めてくれました。
「(友達...かな)」
サリエルとの関係性に、新しい名前がつけられそうな気がします。
窓から見える夕暮れが、今日の冒険を優しく照らしていました。
迷子になることは決して良いことではありませんが、その経験が生み出した親近感は、確かに本物でした。
次に道に迷う時も、きっと二人で笑いながら解決できるでしょう。
そんな信頼関係が、静かに育まれた一日でした。
## あとがき
再び迷子になってしまったサリエルとノエルですが、前回の経験から生まれた信頼関係が二人の距離を自然に縮めます。地図を共有しながら協力して目的地を探す時間は、友情を超えた特別な親近感を育んでいくのでした。




