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第16話:「神からの温かい光」

雲海に朝の光が静かに降り注ぐ頃、天界の神託受信室では穏やかな時間が流れていました。


大きな水晶の前に座るガブリエル嬢の後ろで、ノエルは緊張した面持ちで控えていました。今日は神託受信の補助業務を学ぶ日。天使として最も基本的で、同時に最も神聖な役割の一つでした。


「ノエル」


ガブリエル嬢の声が、まどろみを含みながらも凛とした響きを帯びました。仕事の時だけ見せる、この少し違う口調を、ノエルは密かに尊敬していました。


「はい、ガブリエル様」

「神託というものは、言葉として聞こえるわけではありません」


水晶に手をかざしながら、ガブリエル嬢は静かに説明を続けました。その指先に、微かな光の粒子が舞い踊っています。


「では、どのように...?」

「感じるのです。温かい光として」


ガブリエル嬢の表情が、いつもの穏やかさとは違う深い集中を宿しました。水晶の中に、ゆっくりと暖色の光が宿り始めています。


「近くにいらしてください」


促されて、ノエルは恐る恐る一歩前に出ました。ガブリエル嬢の隣に立つと、不思議な温もりが肌に触れるのを感じます。それは物理的な熱ではなく、もっと深いところから湧き上がってくる安らぎでした。


「これが...」

「神意です」


水晶の光が少しずつ強くなり、室内全体がやわらかな金色に包まれました。ノエルは息を詰めて、その神秘的な光景を見つめています。


「初めて感じる神託は、戸惑うものです」


ガブリエル嬢の声には、優しい理解が込められていました。きっと彼女も、昔は同じような戸惑いを感じていたのでしょう。


「温かい...」


ノエルの口から、素直な感想が漏れました。確かに、これは温かい光でした。太陽の熱のような直接的なものではなく、心の奥底をそっと包み込むような、母性的な温もりです。


「そうですね」


ガブリエル嬢が微笑みました。その表情に、いつものまどろみは影を潜め、代わりに深い慈愛が宿っています。


「神意は、常に私たちを見守ってくださっています。そして時折、このように直接お言葉をくださるのです」


水晶の光が、ゆっくりと形を変えていきます。まるで雲のような、花のような、抽象的でありながら美しい光の模様が浮かび上がりました。


「美しい...」


ノエルは思わず声を漏らしました。これが神託なのか。これが、天使たちが長い間仕えてきた神の意思なのか。


「ノエル、手をかざしてみてください」


ガブリエル嬢に促され、ノエルは震える手を水晶に向けました。指先に、微かな振動のようなものを感じます。それは次第に温かい流れとなって、腕を通り、心臓に向かって流れ込んできました。


「あ...」


言葉にならない感動が、ノエルの胸を満たしました。これは確かに、何か偉大な存在からの贈り物でした。愛情と慈悲に満ちた、計り知れない大きな心が、小さな自分を包み込んでくれているのを感じます。


「感じられましたか?」

「はい...とても温かくて、優しくて...」


ノエルの目に、薄っすらと涙が浮かびました。それは感動の涙でした。天使として生まれた意味を、初めて心の底から理解したような気がします。


「神意は常に、私たちの幸せを願ってくださっています」


ガブリエル嬢の声が、水晶の光に重なって響きました。


「私たちの役割は、その温かい気持ちを人間界にお届けすること。時には奇跡として、時には小さな幸運として」


水晶の光が、ゆっくりと穏やかになっていきます。神託の時間が終わりに近づいているようでした。


「今日の神託は、『平和な日々への感謝』でした」


ガブリエル嬢が水晶から手を離すと、光は優しく消えていきました。でも、その温もりは確かにノエルの心に残っています。


「平和への感謝...」

「そうです。当たり前だと思っている日常が、実はとても尊いものだということを、忘れずにいなさいという御言葉です」


ノエルは深く頷きました。確かに、天界での穏やかな毎日、ガブリエル嬢との何気ない時間、仲間たちとの交流。全てが、神の恩恵によって成り立っているのかもしれません。


「ノエル」

「はい」

「神託を受けることは、天使の特権であり、同時に責任でもあります」


ガブリエル嬢の表情が、再び凛々しい指導者のそれになりました。


「この温かい光を、いつも心に保ち続けてください。それが、あなたの天使としての力の源となります」


「はい、ガブリエル様」


ノエルは背筋を伸ばして答えました。胸の奥で、何かが確かに変わったのを感じています。それは使命感とでも呼ぶべきものでしょうか。


「今日の神託受信は、これで終了です」


ガブリエル嬢が立ち上がると、いつもの穏やかな表情に戻りました。でも、その目の奥には、先ほどの神聖な瞬間の余韻が残っているようです。


「あら、もうお昼の時間ですね」


時計を見たガブリエル嬢が、小さく欠伸をしました。神託受信は相当な集中力を要する作業なのでしょう。疲れを見せないようにしていますが、ノエルには彼女の疲労が伝わってきます。


「ガブリエル様、お疲れさまでした」

「ありがとう、ノエル。あなたも初めてにしては、とても上手に神託を感じ取れていました」


褒められて、ノエルの頬がほんのりと赤くなりました。


「おやつの時間になったら起こしてくださいね」


いつもの決まり文句と共に、ガブリエル嬢は雲クッションに向かいました。その後ろ姿を見送りながら、ノエルは今日の体験を心の中で反芻しています。


神託。神の意思。温かい光。


天使として生まれた自分の役割が、ようやく実感として理解できたような気がしました。人間界に幸せを届ける使者として、神の愛を伝える存在として。


「僕も、いつかガブリエル嬢のように...」


小さく呟いたノエルの胸に、新たな決意が芽生えていました。立派な天使になりたい。神の意思を正しく理解し、人々を導けるような存在になりたい。


そして何より、ガブリエル嬢のような、深い慈愛を持った天使になりたい。


雲クッションでまどろみ始めたガブリエル嬢の寝息が、とても穏やかに響いています。その寝顔を見つめながら、ノエルは今日感じた温かい光のことを思い出していました。


あの光は、きっとガブリエル嬢の心にも宿っているのでしょう。だからこそ、彼女はあれほど穏やかで、慈愛に満ちているのかもしれません。


「尊い...」


いつもの口癖が、今日はいつもより深い意味を持って響きました。ガブリエル嬢の尊さは、単に美しいとか有能だとかいうことを超えて、神に近い存在としての神聖さなのかもしれません。


窓の外では、午後の雲海がゆったりと流れています。平和な風景。当たり前の日常。でも今のノエルには、その全てが神の恩恵に包まれた奇跡のように見えていました。


神託受信の補助業務は終わりましたが、ノエルの心の中では新しい学びが始まったばかりでした。天使としての使命。神への奉仕。そして、この温かい光を胸に秘めて歩んでいく、長い道のりの第一歩。


ガブリエル嬢の寝息に包まれた午後の天界で、ノエルは静かに自分の未来を見つめていました。

## あとがき


神託という神秘的な体験を通じて、ノエルの天使としての自覚が芽生える大切な一歩となりました。ガブリエル嬢の指導のもと、温かい光に包まれた彼の心に、新たな使命感が宿ります。穏やかな日常の中に秘められた神聖さを感じ取れるようになった時、彼の天使人生にどんな変化が訪れるのでしょうか。

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