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第11話:許しという美徳の学び

雲海に午後の光が柔らかく降り注ぐ頃、ノエルは和解庁への書類配達を任されました。

複数の部署に関わる重要な案件で、特に丁寧な取り扱いが必要な書類です。


和解庁の建物は、天界の中でも温かい雰囲気に満ちていました。

木の温もりを感じさせる家具と、優しい光に包まれた空間。まるで家庭的な応接間のような親しみやすさです。


受付で来訪を告げると、「ラグエル様の執務室まで」と案内されました。

廊下にも争いを調停するための資料や、平和を象徴する美しい絵画が飾られています。


執務室の扉をノックすると、穏やかな声が響きました。

「はい、どうぞ」


扉を開けて中に入ると、デスクで書類を整理しているラグエル様の姿がありました。

落ち着いた表情と優しい微笑み、そして何より安心感を与える包容力のある雰囲気。平和と調停を司る方にふさわしい、穏やかな佇まいです。


「お疲れさまです、ノエル。お使いご苦労さまでした」

ラグエル様は温かく迎えてくださいました。


「重要書類をお持ちしました」

ノエルは丁寧に書類の束を差し出しました。


その時でした。

緊張のあまり手が震えたのか、書類の一部がバラバラと床に落ちてしまったのです。


「あっ!」

ノエルは慌てて落ちた書類を拾い集めようとしました。


重要な書類を散らしてしまうなんて、なんという失態でしょう。順番が混乱してしまったかもしれません。顔が青ざめていくのを感じました。


「申し訳ありません!本当にすみません!」

必死に謝罪しながら書類を拾うノエルに、ラグエル様の声が静かに届きました。


「大丈夫、許しますよ」


その言葉は、即座に、そして自然に口にされたものでした。

まるで息をするのと同じように、当然のこととして許しの言葉が紡がれたのです。


ノエルは手を止めて、ラグエル様を見上げました。

そこには、怒りや困惑のかけらもない、穏やかな微笑みがありました。


「まあまあ、そんなに慌てなくても大丈夫です」

ラグエル様も一緒に書類を拾いながら、優しく言葉をかけてくださいます。


「書類に番号が振ってありますから、順番もすぐに整理できますよ」


確かに、よく見ると各書類には小さな番号が記されていました。散らばってしまっても、きちんと元通りに整理することができるのです。


「ありがとうございます……でも、僕がもっと注意深くしていれば……」

ノエルは自分を責める気持ちが抑えられませんでした。


「まず自分を許すことから始めましょう」

ラグエル様の言葉に、ノエルは驚きました。


「自分を許す……ですか?」


「そうです」

ラグエル様は書類を整理しながら、静かに説明してくださいました。


「人は誰でも失敗をするものです。大切なのは、その失敗から学び、次に活かすこと。そのためには、まず自分自身を許し、受け入れることが必要なのです」


ノエルは黙って聞き入りました。

自分を許すという考え方は、これまであまり意識したことがありませんでした。


「自分に厳しすぎると、かえって同じ失敗を繰り返しやすくなります」

ラグエル様の説明は、とても説得力がありました。


「緊張しすぎて手が震える、不安になって集中できない。自分を責めることで、新たな失敗を招いてしまうのです」


この言葉に、ノエルは深く頷きました。

確かに、今回の失敗も、緊張しすぎたことが原因だったかもしれません。


「でも、自分を許すということは、甘やかすということとは違います」

ラグエル様は大切なことを付け加えました。


「責任を感じ、反省することは必要です。しかし、それと同時に『人間だから失敗もある』と自分を受け入れることも大切なのです」


書類の整理が完了すると、ラグエル様は微笑みながら言いました。

「ほら、きちんと元通りになりましたね」


「はい……本当にありがとうございます」

ノエルの心は、ラグエル様の優しさに深く感動していました。


「ところで」

ラグエル様が思い出したように言いました。


「私の担当は『神の復讐』なのですが、実際には争いを調停し、許しの心を広める仕事をしています」


「復讐……なのですか?」

ノエルは意外に思いました。これほど優しく包容力のある方が、復讐を司る役割だなんて。


「怒るなんてとんでもない」

ラグエル様は苦笑いを浮かべました。


「みんな良い子ですから、復讐する必要がないのです。むしろ、お互いを理解し合えるよう手助けをしています」


この言葉に、ノエルは深い感銘を受けました。

復讐を司る立場でありながら、実際には許しと理解を広める仕事をしている。その姿勢の美しさに、心が震えるような感動を覚えたのです。


「今日、ノエルが学んだことを、他の人にも教えてあげてください」

ラグエル様が最後に言いました。


「自分を許すことの大切さ。そして、失敗は成長の機会だということを」


「はい、必ず」

ノエルは心を込めて答えました。


和解庁を後にする時、ノエルの心は軽やかでした。

自分を責める重い気持ちが消え、代わりに温かい理解と前向きな気持ちが生まれています。


ラグエル様から学んだ許しの心。それは他人に向けるものであると同時に、自分自身にも向けるべきものなのだと理解しました。


夕方の雲海を歩きながら、ノエルは今日の体験を振り返りました。

失敗を恐れるあまり、自分を厳しく責めすぎていたのかもしれません。しかし、適度な自己受容があってこそ、本当の成長が可能になるのです。


「……尊い」

心からの感嘆の言葉が、自然に口をつきました。


復讐を司る立場でありながら、許しと理解を広めるラグエル様の生き方。その矛盾の美しさと、人を受け入れる心の広さに、深い尊敬の念を抱いたのです。


宿舎に戻ったノエルは、今日学んだことを心に刻みました。

自分を許すことから始まる成長。失敗を恐れず、でも責任は感じる。そのバランスの大切さを、身をもって体験できた貴重な一日でした。


明日からは、もう少し自分に優しくなれそうです。

そして、他の人が失敗した時にも、ラグエル様のような温かい理解を示せるようになりたいと思いました。


夜が更け、雲海に静寂が戻った頃、ノエルは新たな成長への確信を抱いていました。

許しの心が持つ力の大きさ。それは人を変え、関係を癒し、新たな可能性を開く、美しい力なのだと。


遠くの和解庁では、ラグエル様が明日も誰かの心を癒すための準備をしているかもしれません。「みんな良い子ですから」という信念のもとに、今日もまた一人の心に平安をもたらしたことを、静かに喜びながら。


許しという美徳が教えてくれた大切な学び。それは、自分自身との関係を見直し、より良い人間関係を築くための、かけがえのない智恵でした。

## あとがき


復讐を司りながら許しを実践するラグエルとの出会いを通じて、自己受容の大切さと失敗から成長する美しさを描いた物語でした。自分を責めすぎることの弊害と、適度な自己理解が真の成長につながることをお届けしました。次回は、天界の職人たちが持つ技術への誇りと、使う人への愛情に、ノエルがどのような感動を覚えるのでしょうか。

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