第10話:神秘なる美しき人
雲海に朝の光が踊る頃、ノエルは神秘庁への初めての使いを任されました。
ガブリエル嬢からの重要な連絡事項を、パヌエル様にお伝えするのです。
神秘庁の建物は、天界の中でも特に美しい装飾に彩られていました。
虹色の光を放つクリスタルが壁面を飾り、柔らかな音楽が空間に流れています。まるで芸術作品のような雰囲気に、ノエルは自然と背筋を伸ばしました。
受付で来訪を告げると、「パヌエル様の執務室まで」と案内されました。
廊下を歩く間も、周囲の神秘的な美しさに圧倒されます。このような場所で働く方は、きっと神々しい威厳をお持ちなのでしょう。
執務室の扉は、繊細な彫刻が施された芸術品でした。
ノエルは緊張しながら、静かにノックをします。
「はい、どうぞ」
聞こえてきた声は、澄んだ美しい響きでした。
扉を開けて中に入ると、まず目に飛び込んできたのは息を呑むような美しい人影でした。
絹のような銀髪が肩まで流れ、透明感のある白い肌。整った顔立ちは、まるで天界の美術品に描かれる美しい乙女のようです。その上品で優雅な佇まいに、ノエルは一瞬言葉を失いました。
「こんにちは」
振り返ったその人物——パヌエル様は、穏やかで美しい笑顔を向けてくださいました。
声も仕草も、すべてが上品で優雅です。まさに神秘を司るにふさわしい、神々しい美しさを持つ女性だとノエルは思いました。
「ノエルと申します。ガブリエル嬢からのお使いで参りました」
緊張した面持ちで挨拶をするノエルに、パヌエル様は優しく頷かれました。
「ありがとうございます。お疲れさまでした」
その言葉遣いも、とても丁寧で美しいものでした。
用件を伝える間、ノエルはパヌエル様の上品な物腰に感銘を受けていました。
質問をされる時も、相槌を打たれる時も、すべてが優雅で知的です。さすがは神秘庁を統括される方だと、心から敬服していました。
「よくわかりました。ガブリエル様にもよろしくお伝えください」
用件が終わると、パヌエル様は穏やかに微笑まれました。
その時でした。
「あ、そうそう」
パヌエル様が、ふと思い出したように言われました。
「僕、男なんですよ」
ノエルの思考が、一瞬停止しました。
「……え?」
あまりにも自然に、何の躊躇もなく言われた言葉に、ノエルは理解が追いつきませんでした。これほど美しく上品で、どこからどう見ても美しい女性にしか見えない方が、男性だというのでしょうか。
「初めてお会いする方には、いつもお伝えしているんです」
パヌエル様の説明は、まったく動揺や照れもなく、ごく自然なものでした。
「よく間違えられるものですから」
ノエルは改めてパヌエル様を見つめました。
言われてみても、やはり男性には見えません。声も仕草も、すべてが女性的で美しいのです。
「そんなに驚かれることでもないと思うのですが」
パヌエル様は首をかしげられました。
その仕草さえも、まるで美しい花が風に揺れるような優雅さです。男性だと知った今でも、やはり女性にしか見えないのです。
「あの……失礼ですが……」
ノエルは困惑しながら言葉を探しました。
「全然、男性には見えないのですが……」
「そうですね」
パヌエル様は穏やかに頷かれました。
「昔からよく言われます。でも、僕は僕ですから」
その答えには、自分自身に対する自然な受け入れと、他人の反応を気にしない健やかさが感じられました。驚かれることにも慣れている様子で、むしろノエルの戸惑いを気遣ってくださっているようです。
「もしかして、お困りでしょうか?」
「いえ、そういうわけでは……」
ノエルは正直に答えました。困っているわけではなく、ただ純粋に驚いているだけなのです。これほどまでに外見と実際の性別が異なる方に会ったのは、生まれて初めてでした。
「僕も最初は戸惑いました」
パヌエル様は優しく微笑まれました。
「でも、外見がどうであれ、大切なのは心だと思うのです。神の顔を司る役割も、見た目ではなく内面で務めさせていただいています」
その言葉には、深い哲学が込められていました。外見に惑わされず、本質を見ることの大切さ。そして、自分自身をありのままに受け入れることの美しさ。
別れ際、パヌエル様は優雅にお辞儀をされました。
「また何かありましたら、いつでもお越しください」
その姿は、やはりどこからどう見ても美しい女性でした。しかし、ノエルの心には新たな理解が生まれていました。外見がすべてではないということ。そして、自分自身を自然に受け入れている人の美しさ。
神秘庁を後にしながら、ノエルは今日の体験を振り返りました。
外見で人を判断することの危険性を、身をもって学んだ一日でした。美しい外見から想像していた人物像と、実際のパヌエル様の性別は全く異なっていたのです。
しかし、それ以上に印象的だったのは、パヌエル様のありのままの自分を受け入れる姿勢でした。他人がどう思おうと、自分は自分だという静かな自信。その美しさは、外見の美しさとは別の次元にありました。
「……尊い」
いつものように口をついた言葉には、新たな意味が込められていました。
真の美しさとは何かを、パヌエル様は体現してくださったのです。外見ではなく、その人がどのように生きているかが大切なのだと。
夕方の雲海を歩きながら、ノエルは人を見る目について深く考えました。
先入観や外見にとらわれず、その人の本質を理解することの重要性。そして、ありのままの自分を受け入れることの美しさ。
今度神秘庁を訪れる時は、パヌエル様の外見ではなく、その穏やかで上品な人柄を改めて学ばせていただきたいと思いました。外見を超えた真の理解に基づく関係性を築いていけることでしょう。
夜が更け、雲海に星が瞬く頃、ノエルは今日学んだことを整理していました。
外見と実際の性別のギャップに驚いたこと。そして、そのギャップを全く気にしないパヌエル様の自然体な美しさ。
明日もまた、新しい発見があることでしょう。
今度はどのような方と出会い、どのような学びを得ることができるのか。そんな期待を胸に、ノエルは静かな夜を過ごしました。
遠くの神秘庁では、パヌエル様が明日の業務を整理しながら、今日の出会いを静かに振り返っているかもしれません。また一人、自分をありのままに受け入れてくれる人との出会いを、穏やかに喜びながら。
外見を超えた真の理解。それは、人と人が心で繋がることの大切さを教えてくれる、かけがえのない学びでした。
## あとがき
美しい外見の奥に隠された意外な真実を通じて、外見で人を判断することの危険性と、ありのままの自分を受け入れることの美しさを静かに描いた物語でした。先入観を超えた理解の大切さと、真の美しさがどこに宿るかをお届けしました。次回は、復讐を司る立場にありながら、誰よりも優しい心を持つ天使の不思議な魅力に、ノエルがどのような感銘を受けるのでしょうか。




