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出会い


「待って!」

バタンと扉が開く音がして、静寂を切り裂くように大きな声が屋上に響いた。

僕はぎょっとして、後ろを振り返った。

そこには、スラリと背が高くて、制服を着た華奢な女性が肩で息をしながらも、僕のことをじっと見つめていた。

少ししてから、その女性は息が整ったのか、その長い腕を伸ばして僕に駆け寄ってくる。


「えっ、」

僕は狼狽が隠せなかった。その場で立ちすくむ。

僕が狼狽したのは、今から自殺しようとしているところを見つかってしまったからということもあったが、それだけではなかった。

今、こうして目の前に現れた女性のことを僕は知っているからだ。


「飛び降りないで!」

突然、目の前に現れた女性は、狼狽してる僕を畳みかけるように、大きな声で僕にそう言った。

彼女は必死なのだろう。僕が狼狽してることなど気にもする余裕もなく、訴えかけるようにも聞こえた。


「何でここにいるの?」

僕は未だに今、自分の身に起きている出来事が理解できなかった。

なんで君がここにいるの?

どうして、ここで僕が自殺しようとしたことが分かったの?

なぜ、僕以外の人がここにいるのか。

なぜ、君がここにいるのか。

何が起きているのか、まったくわからなかった。

いや、わかってはいるけれど、頭の中で理解することが出来ないでいた。


「歩いてたら、屋上にいるあなたを見かけたから」

君はそう答えた。

君の至って真剣な様子から見て嘘には見えない。

それとも、僕の判断力が鈍っていて、君に騙されているのか。僕には、皆目、見当がつかない。


「今日は学校でしょ?」

僕は咄嗟にもっともらしい指摘をして、彼女を攻撃しようと試みる。

攻撃したところで何になるのだろう?

どうせ死ぬのなら最期くらい、蚊も殺さないくらいに穏やかな心であれればいいのに。

どうしてなんだろう?これが僕という人間の本性なのだろうか?とても残念でしょうがない。

もうそろそろ、今際のときを迎えるというのに。


「わ、私は生徒会の買い出しで校外に出てたの」

そう彼女は言い、続けて、


「ほら、あのデパート!」

と言って、明後日の方向を指さした。

君が指さした方へ視線を移してみると、そこにはデパートがそびえたっていた。

そのデパートはこのビルから目と鼻の先で、このビルよりも高い。

なるほど。この屋上からデパートの中が少し見える。これは逆も然りで、あのデパートからこちらも見えていたということか。これは大きな誤算だった。


「はあ」

僕は自分の運のなさに呆れた。いや、呆れるしかなかった。

僕の人生、どれだけ恵まれていないんだ。こんな最期の最期まで。

でも、僕は引き下がれない。いや、引き下がるわけにはいかない。


「悪いけど、僕だって譲る気ないから。ほら、買い出し終わったんでしょ?それなら、早く学校に帰りなよ」

僕は言葉に力を込めて、君にそう言い放った。


「目の前に同じ学校の制服着て、飛び降りようとしてる人がいるのに、それを知らん顔して、放って帰れるわけがないでしょ!?」

君は、僕に負けじと大きな声で言い返してきて、続けて、

「ほら、早くこっちに来て!」

そう言い、僕に一歩ずつ近づきながら、手を差し伸べてきた。


「君にはまったく関係のないことだろう?生徒会である君みたいな人間がこんな所で油売ってていいのかな?」

僕はその君から差し伸べられた手を拒むようにして言った。


「同じ学校の子が、ここで飛び降り自殺をするところを止めない生徒会長なんているわけないでしょ!?」

君はそれでもなお、僕に手を差し伸べようとする。

ああ、そういえば君は生徒会長だったか。僕は、すっかり忘れていた。


「生徒の望む意見を聞いて、それを実現にこぎつけるのが君ら、生徒会の存在意義でしょ?それだったらさ、僕のことなんか放っておいてくれよ。それが、同じ学校に通う生徒である、僕の望む意見なんだよ。だから、頼むよ」

ここまでくると堂々巡りのようにも感じてきて、僕は少し苛立ってしまった。それが少し感情に出てしまっただろうか。

僕はストレスにとても弱い。少し我慢しただけでも、表情や態度にすぐ出てしまう。それが、僕の人間としての大きな欠陥だ。


「そんな、常軌を逸した意見は聞けませんし、実現なんてさせません!」

君は僕の言葉をそう遮った。


「常軌を逸した、だと?」

なんだろう、心の中でふつふつと何かが煮えたぎっている感じがする。今までにあまり感じたことのない感覚だ。これは一体何なのだろう。


「ふざけんじゃねえ…」

そのふつふつと煮えたぎっていた何かが、次第に僕のことを支配し始めた。

ああ、これは。自分を止められない。自分を制御できない。


「お前みたいな生徒会長で、周りからチヤホヤされて、持ち上げられてる人間に、一体、俺の何がわかんだよ!死にたいくらいに苦しんでる人間の気持ちなんかわかるわけがないだろ、いや、わかってたまるか!さっさと学校に帰れ!俺の前からとっとと、消え失せろ!お前みたいな人間が一番、目障りなんだよ!」

僕は、その煮えたぎった何かに支配されたままに身を任せた。自分を制御できないまま、君に衝動をぶつけた。

僕が発した言葉は、蒸発したかのように跡形もなく消えていく。それと同時に、自分を責める感情が増していく。

ああ、僕は最低だ。僕の中に煮えたぎった何かは無くなったけれど、そこに新しく生まれたのは、悲しさと虚しさだった。

いかに、僕という人間は、僕の人生は、空虚で惨めで無価値なんだろうか。早く死んでしまいたい。来世の人生ガチャでSSRを引き当てたい。きっと、今は人生のリセットマラソンの過程なんだ。


「これでスッキリした?」

俯く僕に、君は僕の心を見透かしたかのように、そう言った。


「━━━━━」

僕は何も言わなかった。いや、何も言えなかったという表現の方がこの場合正しい。


「まだ怒る気力あるじゃん。そんだけ元気なら大丈夫だよ」

君は優しく微笑みながら、僕に語りかけるように言った。


怒る。そうか、僕はさっき怒っていたのか。それすらも、僕はわからなかった。

それは、僕から喜怒哀楽の「哀」以外の感情がしばらくの間、失われていたからだ。

そう、僕はまるで、「哀」の感情に支配されていた、「哀」という感情しか持たないロボットのようだったんだ。


「こっちへ来て。フェンスの内側に来て」

君は優しい口調で、僕を説得しようとする。


「嫌だよ。僕は今からここで死ぬんだ。自分で決めたんだ。自分と約束したんだ」

僕は弱い口調で、なおも抵抗した。

こんなところまできて、君に飛び降りようとしたところを見られてしまったのだから、これはもう後に引けない。


「まだそんなこと言ってるの?」

追い詰められてる僕とは対照的に、君は余裕すらも感じさせる優しい口調でそう言った。

なんで、さっき僕が怒ったというのに、そんな余裕を醸し出せるんだろう。訳が分からなくて、逆に不気味にも思えてきた。僕のことを押して突き落とそうとしているのだろうか。それならそれでありがたいが、誰かを巻き込むのには抵抗がある。第一、そしたら君は人殺しになってしまう。それは良くない。


「そんなことってなん、、、」


「君にはできないよ」

とりあえず、君に言い返そうと言葉を発したら、君はその上を行くかのように僕の言葉をかき消すかのように制してみせた。くそっ。人の話を最後まで聞きやがれ。

そう思いながらも、君の言葉に疑問を抱いた。

できない?何が?

僕には皆目、見当がつかなかった。


「君は自殺することなんかできないよ」

クイズに答えられない回答者に時間切れだと言わんばかりに、君は答えを発表してみせた。

何を言ってるんだろう?僕は今から死のうとしてるのに。

人の最期を目の当たりにして、頭がおかしくなったんだろうか。


「そんなバカな。僕は今から死ぬって何回も言ってるじゃん」

僕はそれに笑って答えた。


「じゃあ、その足は?」

彼女は、また僕と対照的にふと真顔になって僕の足元を指さした。

僕は自分の足元に目をやった。


「え?なんで?」

驚いて思わず声が出てしまった。

それも無理もない。僕の足はガタガタと震え始めていた。なぜ、気付かなかったのだろう。僕自身、よくわからない。

もしかしたら、そこまで僕は僕自身を必死になって追い詰めていたのかもしれない。


「そんな足じゃ飛び降りれないよ」

君は僕の足元から顔に目を移して、驚きのあまり、動揺を隠せないでいる僕に微笑みかけながら言った。


「そ、そんなことはない!絶対死ぬんだ!ここから飛び降りてみせるんだ!」

僕はムキになって大声を出して反論した。

飛び降りれないわけがない。絶対に飛び降りてやる。絶対に死んでやる。僕はそう意気込んだ。しかし、


「あれ?」

おかしい。足が思うように動かない。それはまるで、足が根っこのようになっているかのような感覚だった。


「なんで?」

僕は焦燥に駆られる。あと少しのところまで来てるのに。

もう、どうだっていい。君が見てる前でも構わない。飛び降りて死んでやるんだ。

死んで来世では、君より遥かに幸せになってやるんだ。

生まれも、育ちも、容姿も、知能も、人望も、財力も、幸福度も。何から何まで全て。

しかし、僕のその思いが募れば、募るほど、僕の身体は言うことを聞かない。次第に腰が引けてくる。

突然、びゅううっと強い向かい風が吹いた。僕はそれに煽られて、後ろのフェンスにもたれかかってしまった。


「ほら、天気にもできないって言われてるよ」

そんな僕を見て、君はそう言った。

君の声は僕のすぐ傍から聞こえた気がした。まるで、耳元で話したかのようだった。

振り向くと、君は僕のすぐ後ろにいた。僕は少しビックリした。


「早くこっちに来て」

君は、今度は優しく諭すように言った。


「━━━━」

僕はもう何も言えなかった。自分自身が情けなくてしょうがなかった。

君に屈するかのように、僕は俯いた。

僕はフェンスを跨いで、内側へと戻った。

飛び降りれなかった。いや、僕には飛び降りる勇気が無かったんだ。


「踏みとどまってくれてありがとう」

肩を落とす僕に、君は優しく喋りだした。


「私は生田咲桜」

君は自分の名前を名乗った。

でも、僕は君の名前を知ってる。全校集会で何度、君の名前を聞いたことか。


「桜井敬輔」

僕も名乗った。


「桜井くんね!よろしく!」

君は僕の手を取って握手してきた。なんだこいつ。


「桜井くんのこと助けたらお腹空いてきちゃった。ねえ、一緒にご飯行こ!」

君はそう言って、握った手を引っ張って僕を街へと連れ出したのだった。

それはまるで、散歩を楽しみにしていた犬の勢いに引っ張られる飼い主のようだった。

ヒロインの名前は、「咲く桜」と書いて、さくらと読みます。

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