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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

つま先

作者: 壱原 一

正面のリビングを見たまま、横のキッチンの照明を点ける。


真っ白く強い電灯が待ち兼ねたように輝いて、カウンターの影をくっきり抜く。足元へ斜めの光を差して、まだ照明を点けていない正面のリビングへ流れ込む。


光はリビングへ進むにつれ、ぼんやり薄らいで暗闇に滲む。


その明暗の境界の、際の際のぎりぎりの所へ、深緑色の靴下を穿いた、甲が薄く広めの両のつま先が、肩幅ほどに間を開けて、身動ぎながら立っている。


息をするように身動いでいる。


つま先はこちらを向いている。


あと、ほんの少し前へ出てくれれば、立っている人の顔が分かる。


誰がそこに立っているのか、その顔立ちや表情が、ぼんやりした明暗の境へ浮かび上がるように現れる。全く知らない人なのか、まだ留まっている□なのか、兎に角それだけは見て取れる。


つま先の形は似ていると思う。


けれどこの色の靴下を持っていただろうか。


業を煮やして前へ乗り出すと、空気の動きに消え入る風に暗闇へ紛れてしまう。


それが、そちらへ誘き寄せているのか、あるいはあんな形相を再び見せまいとしているのか、僅かな身動ぎ一つからは、今ひとつ定かに汲み取れない。


夜中のキッチン横で独り、暗いリビングに向き合って、「誰」と問うてみたこともある。


応えは返らなかったものの、声を掛けたのは良くなかった。良くなかったと直感され、ひしひし悪寒が背を這って、不快な鳥肌が走って止めた。


「ここが良いよ」と主張したのは、□当人だった。


幽霊なんて居る訳ないし、不幸は何処ででも起きている。そういうのを気にするより、こんな好条件でこの賃料、凄く良いご縁があったって、プラスの方を向いて行こうって。


そうしてここに住んでから、半年も経たない内に、不承不承言い包められた、気味悪がりの自分を遺して、正に問題のリビングで、あんな形相で倒れていた。


動揺しきりのその夜から、つま先が来るようになって、急いでここを去るべきなのか、何か聞き遂げるべきなのか、毎晩、懲りず、止せば良いのに、どうしても気になって見てしまう。


誰がそこに立っているのか、せめてそれだけは見て取りたい。


全く知らない人なのか、まだ留まっている□なのか。


どちらがそこに立っていて、どちらが背後に立っているのか、きっと、どちらかだと感じるから、どうにか、それだけでも解き明かしたい。


立ち竦む両脚の隙間へ、親密に片足を差し入れて、ぴったりと背中に寄り添い、両腕を回して抱き締める、骨身の確かさを伴わない、水や空気の抵抗のような、この不可視の感触がどちらなのか。


行くなと制しているのか、捕まえたと閉じ込めているのか、振り向きも俯きも出来なくて、全力で下を見る視野に映る、何か暗い色の靴下を穿いた、甲が薄く広めのつま先が、果たして、どちらの物なのか。


もどかしさに憤然となって、前へ乗り出したり、振り向くか俯くかしようとしたり、何処かが吊りそうになる位ぎくしゃくと蠢く。


急に体が自由になる。


妙な具合に手足を曲げ、浮かせたり引いたりしていて、知らぬ間に背後へ倒れていて、驚いて起き上がると同時、昨夜から寝ていたベッドだと気付く。


ばくばく鳴り響く心臓に目を閉じて苦い息を吐き、今日もまだ慣れない独りの朝を迎える。


いつもあんなに生々しい。あれが全て悪い夢なのか。


全て喪失を直視できない精神が紡ぐまやかしなのか。


本当に幽霊は居ないのか。


怠い体で立ち上がり、寝室を出て、リビングに着く。


朝に見る正に問題の場所は、何の変哲も見られない。


今にもつま先が見えそうで、いつも直ぐ目を逸らしてしまう。



終.

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